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想い出

『デート』というからには、おしゃれな店に行くとか、洋服を見に行くとか、そういうことを想像していた。

 

 けれど、今回のはそういうのではないらしい。

 今回の発案者であるソフィア曰く、「ふたりでシュカさんの想い出の場所を巡ってきましょう」とのことだった。

 

 ニコニコした彼女が何を考えているのかさっぱり分からなかった。

 でもデートというのはあながち冗談でもないらしく、わりと真剣な表情をしていた。


 とりあえず、俺たちは二人並び立ってレオロスを歩くことにした。

 獣王国の中心部だけあって、行き交う人はそれなりに多い。

 

 「そういえばシュカはここの出身なんだって?」

 「そうだね。まあ、僕の家はもっと端っこの何もないところにあるよ。都会なこことはだいぶ雰囲気が違うかもね」

 「都会ねえ……」


 人は多いけど、都会という印象はあまりなかったな。

 建物とかもどっちかっていうと質素だし。

 そんな風に周囲を観察していると、シュカには何を考えているのかお見通しだったらしい。

 

 「まあ、獣王国の都会なんてたかが知れてるけどね! 王国とかの方がもっと立派で洗練されてる。……でも、ここにいる人のほとんどはそんなの知ることもなく一生を終えるんだよ」


 ちょっと遠くを見つめてシュカは説明してくれた。


 「獣人のほとんどは獣王国の中で暮らしている。基本的にここの人たちは国の外まで出ようとしないんだよ。外の国では今でも獣人を差別しているところも珍しくない。それなら、同類と一生暮らした方がいいに決まってる」


 なるほど。

 その話通りなら、獣王国を出て冒険者になったシュカはここでは変わり者なのだろう。


 「僕だって国を出てからは色んな人と会ってきたからね。馬鹿にされたことだってあるし気持ちは分かる。まあ、全部拳で黙らせてきたんだけどね」

 「や、野蛮なコミュニケーション……」

 

 にっこりと笑ったシュカが拳を握った。

 普通の女の子みたいな格好をして勘違いしそうになるが、コイツは拳で岩をも砕く武闘家だった。

 

「閉じた世界の幸せっていうのを否定する気はないよ。……でも、僕はもっと自由になりたかった。弱い立場のままじゃ、いつまで経っても強い人の言いなりだからね」

「ああ、シュカはそういうの嫌いそうだもんな」


 束縛を嫌い自由を愛する。彼女からはそんな印象を受ける。

 

 「シュカはこの国のことが嫌いなのか?」

 「……まあ嫌いっちゃ嫌いなんだけど……でも、簡単には断言できないかな。逃げ出したとは言え、僕はこの国で育った。家族もいる。だから、この国が滅ぼされるかもしれないなんて言われて黙って見ているわけにはいかないよ」


 そう語ると彼女は拳をグッと握った。


「じゃあ、守らないとな」

 

 

 その後、懐かしそうにレオロスの街並みを眺めるシュカと一緒にしばらく歩いた。

 時々俺が「あの店は何か」とか「あっちの人混みは何か」とか聞くと、シュカがどこか嬉しそうに答える。

 そんな風にぽつぽつと会話が続く。

 普通の男女カップルみたいに色気のある会話はなかったけれど、それはたしかにデートと呼ばれるようなものだった。


 ふと彼女の足がピタリと止まったので、俺も歩みを止めて彼女の方を見る。

 その視線の先にあったのは、大きな公園だった。

 遊具などの設置物は少なく、広い空間が広がっている。

 中では数人の子どもが走り回っていた。

 

「この公園、子どもの頃に僕がよく走ってた場所なんだよね」

「へえ……」


 シュカの子ども時代を想像する。

 シュカの子ども時代……ということは、彼女がまだ彼だった頃である。

 コイツの男の姿など見たことがないので想像できないな……。


 「なんか『強くなりたいー!』って漠然と思っててさ。それでがむしゃらにここを走って、毎日倒れ込んでた。……今になって思うと、馬鹿だよねー」


 カラッとした口調で自嘲するシュカだが、その姿はまるで失くしてしまったものを懐かしんでいるようだった。


 「いくら走ったってスキルが手に入るわけじゃないし、せいぜいちょっと体力がつくくらいだからね。ほとんど何も変わらないよ」

 「……そうかもしれないけど、でもシュカが努力していた事実は変わらないだろ」


 卑下するなんて、シュカらしくもない。そう思った俺は、思ったままのことを口にしていた。

 それを聞いたシュカが俯いた。


 「キョウ君は、ずっとそう言ってくれるんだね。――劣等種が努力しても何も変わらない。そうは思わないの?」

 

 劣等種、なんて言葉をシュカの口から聞いたのは初めてだ。

 そういえば、ヒビキがいつか言っていたっけ。

 犬の耳を持つ獣人は狼の耳を持つ獣人に付き従うもの。

 元を辿れば犬や狼は群れを作り上下関係を作る種族だ。ひょっとしたら、獣人の習性にはその辺りが影響しているのかもしれない。


「ボクみたいな種族は強い種族に付き従うのが当たり前だ。狼や獅子。豹に猪。そういった遺伝子を持つ獣人に頭を下げて、奉仕する。殴られたって何も言えやしない。キョウ君はそんな僕が努力しているのを無駄だったと思わない?」

 「……俺はこことは違う国で育ったからな。そういうのはよく分からん」


 基本的人権の尊重。教育機会の平等。格差是正。

 そんな理想論の中で育った俺には、生まれた種族だけで他人を劣っているなんて断定することはできない。


「……そっか。やっぱりキョウ君は人とは違うね。……良くも悪くも」

「褒め言葉として受け取っておくよ」


 俺の言葉を聞いたシュカは嬉しそうに笑った。

 

「まあ、そんな感じでさ。僕はこの国ではあんまり受け入れられない存在だったんだよね。だから国を出て、冒険者になった。……こんなこと、今まで誰かに話したことなんてないんだけど……不思議だね。キョウ君には話しておきたくなったんだ」

「……」

 

 ちょっと前までは知ろうともしなかったシュカの弱い部分。

 明るい彼女が隠していた暗い部分。

 

「……まあ、なんだ。お前がそんなこと考えなくて済むようになるといいな。お前には暗い顔よりも、馬鹿みたいにケラケラ笑ってる顔の方が似合う」

「……ッ」

 

 そんな風に伝えると、彼女は慌てて顔を背けた。

 横から見える頬は赤くて、頭上の耳はピクピクと動いていた。


「……キョウ君の、馬鹿」

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