英気を養う
獣王国の中心部であり王都、レオロスの周辺には荒野が広がっている。
獣王国の荒野の中には、レオロスを取り囲むようにして小さな都市がいくつも形成されている。
これによって、獣王国を守る戦士たちは遠征をしても都市に立ち寄り補給を行うことができた。
戦士の補給に協力した都市には謝礼が出る。加えて、国防に貢献することは住民の自尊心を満足させていた。
この関係性は決して悪くなかった。
しかしフランチェスコの侵攻は今までの獣王国の体制をあっさりと崩してしまった。
身体能力を人為的に強化した合成獣による侵攻。物量による攻勢。
小規模の都市は合成獣の侵攻により陥落。敵の拠点と成り果てた。
それを足掛かりにした合成獣の軍勢は、既に多くの都市を手中に収めている。
人為的に改造された合成獣はすこぶる燃費が悪い。
だが、都市を攻略したことで、フランチェスコの軍団は補給線を確保した。
まるで人間のように、合成獣たちは食料の自給自足を始めたようだ。
攻勢を受けた獣人は、ついに王都レオロスへと押し込められた。
「つまり、絶体絶命ってことだな」
ヒビキは状況を一通り説明した後、そう締めくくった。
「国家としてかなりの危機ですね。民衆の士気が落ちているのも納得です」
騎士として国防に関わった経験のあるソフィアもそう頷く。
「それで、俺たちに奪還して欲しい拠点っていうのがその都市の一つのわけか」
なんとなく全体像が分かってきた。
「結局、魔王フランチェスコって奴を倒すにはまずは占領された都市を奪還しないといけないってことだな?」
「そうだな。ルピナもそう分かっているからボクたちに依頼してきたんだろう。今回の敵は単独じゃなく軍団だから段階を踏まなきゃならない。たとえシュカがひとりで突っ込んだとしても、休憩すら取れない環境ではいつか倒れるだろう」
「えー、なんとかなるってー。……多分」
言及されたシュカが不満そうに言う。
けれど、「多分」という言葉尻には、ほんの少し自信のなさが現れていた。
シュカは不満そうに頬を膨らませたが、今回はヒビキの言うことの方が正しいだろう。
俺は改めて説明する。
シュカがどれだけ強くても無限の体力を持つわけではない。
今回は単に一人の強敵を倒せばいいわけじゃないのだ。
敵は獣王国を守る戦士よりも数が多いのだから、とてもシュカ個人の手には負えないだろう。
そんな風に話すと、シュカは難しそうな顔をして黙ってしまった。
「……キョウさん、ちょっとこちらへ」
真面目な顔で作戦を考えていたソフィアが、突然俺に対してちょいちょいと手招きをした。
俺が彼女の方を向くと、彼女がぐいと近づいてきた。
俺の心臓が急激に高鳴る。
一国のお姫様の彫像みたいに整った顔は、突然近づいてくると心臓に悪い。
彼女はまるで俺の耳に口付けでもするみたいに近づいた。
「あの、シュカさんの様子ですが、やっぱりちょっとまだおかしくないですか? 無理しているような、というか……」
「お、おお……」
吐息が耳にかかる。急に自分の心臓がうるさくなった。
俺はソフィアの話を聞くどころではなく曖昧な返事をする。
「やっぱり、キョウさんもおかしいと思いますか? ご本人何か聞いていらっしゃいますか……?」
「……」
吐息でずっとぞわぞわする。話が全く耳に入ってこない。
そんな風に俺がドキドキしていると、ヒビキがこちらに呆れた目を向けてきた。
「おい、そこ。ボクが真面目な話をしようとしている時にイチャイチャするな」
「なっ!? イ、イチャイチャなどしていません! ただ少し話があっただけです」
ソフィアは白い頬を薄っすらと赤くするとそっぽを向いて座り直した。
ヒビキはそれにジトッとした目を向け続けていた。
「んんっ、浮かれてる奴らはほっといて。……ボクたちの状況分析をするぞ。足掛かりとして必要なのが、ルピナの言っていた拠点――中規模都市『カロン』の奪還だ」
眼鏡をズイと上げたヒビキが説明を続ける。その様子は先ほどまでよりも不機嫌そうだ。
「ここは元々獣王国における交通の要所に存在している。カノンを奪還できれば魔王フランチェスコの元まで一日で辿り着くことができるだろう」
『カロン』は獣王国の交通の要所に位置する重要な都市だった。
しかし、合成獣の軍勢は都市をあっさりと奪い取り自分たちのものにしてしまった。
「……じゃあ、僕たちの出番、ってわけだね」
拳を握りしめたシュカが笑う。
けれど、やはりその笑顔にはどこか陰があるように見えた。
その様子を見ていたソフィアは、にっこりと笑うとある提案をした。
「ああ、こういった大きな作戦の前には、やるべきことがありますね。――まずは、英気を養うんです」
「……え?」
◇
英気を養う、と言ってソフィアに提案されたのは「デート」、だった。
「ソフィアの奴、いったい何を考えているんだ?」
俺とで出かけたくらいでシュカの気持ちが改善するわけでもないだろうに。
そんな風に考え事をしていると、向こう側から見覚えのある陰が近づいてきた。
「お、お待たせ……」
「おう」
やけにしおらしい態度のシュカに、俺は手を上げて応えた。
内心、動揺している。
どうしたんだコイツ、普通の女の子みたいな態度しやがって。ちょっともじもじするな。
そうしていると本当に美少女みたいなのでやめてほしい。ドキドキする。
「……」
近づいて見れば、服装も普段とは随分と違う。
涼しげな薄手のシャツからは健康的な肌がチラチラと覗いている。
丈の短いスカートから出る足は引き締まっていて、眩しいくらいに魅力的だ。
さらに、短い髪には小さな髪飾りが付けられていた。
「その、これはソフィアが無理やりやらせたもので……だから僕の好みとかじゃないっていうか……あんまりジロジロ見ないで欲しいんだけど!」
聞いてもいないのに言い訳を始めたシュカ。
どうやら今日のコーディネーターはソフィアだったようだ。
「いや、別にいいから。いこうぜ」
俺はわざとそっけなく言った。
シュカがしおらしくしていると調子が狂う。
コイツにはこう、馬鹿な男友達みたいな態度でいてほしいものだ。
そうじゃないとこう、何かが狂う。
ドギマギしながら、俺たちは「デート」とやらを始めたのだった。




