シュカの起源
「じゃあ早速行こうよ観光! 美味しいもの食べて綺麗なもの見て人と交流しようよ!」
「いや、急に観光とか言われてもボクはもう結構疲れたんだけど……」
宿屋にようやく着いたというのに早くも外出しようとするシュカに、ヒビキがげんなりした声を上げた。
ヒビキは先ほど獣王との交渉に尽力したばかりだからその気持ちも分かる。
「私も、できれば少しばかり休みたいです」
会話を聞いていたソフィアが控えめにアピールする。彼女もまた、王族として獣王との対話に臨もうとしていた。
慣れない態度を取るのは結構疲れるだろう。
「シュカ、疲れてないのはさっきの交渉で何もしてない馬鹿二人だけだ。諦めろ」
「ええー。……じゃあ、僕と同じ馬鹿のキョウは行けるよね?」
自分から言い出しておいてあれだが、馬鹿呼ばわりされるとムカつくな……。
◇
「んん-。やっぱり外に出て太陽を浴びている時が一番いいよね。獣王のところとか、なんかジメジメしてて最悪だったよ」
結局、俺とシュカだけで少し都市を巡ることにした。
背伸びをしつつ笑顔で毒を吐くシュカに、俺は一応問いかけておく。
「いいのか、この国の王様の悪口を堂々と言って」
周りにはここの住民がいる。今の言葉が聞かれていてもおかしくない。
不敬罪、みたいなものにならないのだろうか。
「いいのいいの。これくらい誰も気にしないし」
「獣人はプライドが高いって聞いたけど、こういうのはいいんだな」
「ああ、今の言葉とそれは関係ないよ。獣人のプライドって言うのは、腕力とか強さに関わるものだからね。たとえば僕が王様を『貧弱』とか言ったら、殴りかかられてもおかしくないけど」
よく分からない価値観だなあ。
「まあそれはいいよ、とにかく行こう行こう!」
「うおっ!?」
彼女に急に手を掴まれてビックリする。
相変わらず、シュカの手はまるで普通の女の子みたいに柔らかくて小っちゃかった。
ドギマギする俺の心なんて知らないように、彼女は無邪気に走り出す。
「ほら見てあそこ。レオロスで一番大きな酒場! あれ、でも今日はちょっと人が少ないかも?」
彼女が指さした先、大衆酒場らしい雰囲気の店舗では、数人の客が酒を飲んでいた。
昼間から楽しそうだ。
「そうなのか? 真っ昼間にしては随分客が入ってるように見えるけど」
「いやいや、前なら休みの戦士とかがよく昼から飲んでたよ。あの人たち声大きいから目立つんだよね」
シュカの言葉からは薄っすらと『戦士』に対する嫌悪が感じられた。
「前から思ってたけど、獣王国の『戦士』ってなんだ? 意味的には兵士みたいなものだと思うんだけど」
「ああー、たしかに他の国とはちょっと違った感じかもね」
シュカは俺に背を向けて街を歩きながら、説明を始めた。
「戦士の一番大きな役割は、兵士、騎士みたいに戦争で戦うことだね。戦士には獣人の中でも特に強い者が選ばれる。……ああ、そう言うと騎士みたいだね。でもだいたい戦士の子どもが次の戦士になるから、むしろ貴族家みたいなものかな」
「強い奴が戦士になるんだろ? なんで同じ一族の子どもばっかり戦士になるんだよ」
あれか、コネ入社みたいなのが横行してるってことか?
「獣人の強さはほとんどが遺伝なんだよ。獣としての特性をどれだけ受け継いでいるか、どんな特性を受け継いでいるか。そういうものが強さに直結する。例えば獣王ガゼルシャフトの家系は代々百獣の王としてのスキルを受け継いでる」
そう語るシュカの顔は、ひどく悲しそうに見えた。
そんな様子を見た俺は、思ったままに言葉を紡いだ。
「でも、強さなんて努力で変わるものだろ。シュカだってそうだろ? 厳しい修練を積んで、魔闘術を極めてSランク冒険者になったわけだし」
そう言うと、シュカはこちらを振り向いた。
ちょうど、鳩が豆鉄砲を食ったよう、という比喩が似合うような間抜け顔だった。
数秒の沈黙。
しばらくの間硬直していたシュカは、やがて動き出すとワタワタと手を振りながら慌てて話し始めた。
「い、いや違う違う! 僕が話してるのは獣王国の価値観の話! 僕の話はしてないから! だからその、急に核心に踏み込まれても困るっていうか!」
「お、おう……」
なぜか凄い勢いで否定されたので、俺はちょっと傷ついた。
シュカは未だ興奮が収まらないのか赤い顔をしていたが、深呼吸をすると冷静さを取り戻したらしく話を続けた。
「と、とにかく、獣王国の『戦士』っていうのは兵士とかよりも世襲制の要素が強いって話。それから、獣王国内で色んな特権が許されるようになる。莫大な給金で豪華な家を建てられるし、多少の横暴なら許されるようになる」
「多少の横暴?」
聞き返すと、シュカはスッと表情を消した。
「お店の人に特別待遇を求めたり、人を殴ったりとか、そういうことだよ。強いから誰も逆らえない。いざ外敵が来た時に守ってくれるのは戦士だからね」
「へえ……」
あれか、江戸時代の武士みたいなものか。
まあ、詳しくは知らないからイメージでしかないけど。
「だから、王国の騎士以上に特別な人たちだね」
「その戦士ってシュカよりも強いのか?」
そう聞くと、シュカは急に得意げになって胸を張った。
「当然、僕の方が強いね! 力だけ強いやつばっかりだから、ちょっと受け流してバンバンだよ!」
よく分からない効果音を口で言いながら彼女はシュッシュとシャドウボクシングをした。テンションの浮き沈みが激しい奴だ。
「それでもシュカが戦士じゃないんだな」
「僕の家族はそんなに腕っぷしが強い一族でもなかったからね。下も下。僕はそういうのに反感を覚えて飛び出してきたんだけどね」
シュカは少し悲しそうな顔をした。
「なるほど、それでお前は強さにこだわってるってわけか」
シュカの異様なまでの強さへのこだわりの正体が、分かってきた気がする。
故郷である獣王国の中での強さによるカースト制度。その抑圧への反抗みたいなものが彼女の原動力になっているのかもしれない。
「……まあ、そんなところだよ」
バツが悪そうに呟くシュカ。認めたくはないが否定はできない。そんな感情を読み取ることができた。
「まあ、それはいいから次行こう、次!」
軽快な足取りのシュカが次に向かったのは、街中の公園だった。
「ここ、僕が子どもの時に来てたんだよね。……ここも、前はもっと人がいたけど」
たしかに、広い公園にはあまり人がいなくてがらんとした印象を受ける。
小さな子どもが数人走り回っている。それを見守る大人が数人。
「やっぱり、戦争中だと子どももあんまり遊んでないとか?」
「うーん、僕が記憶してる限りだと魔王との戦いの間でも皆いつも通りに過ごしてたと思うけどね」
獣王国では魔王の戦いは珍しくないらしい、というのはちょっと前にシュカから聞いた。
「やっぱり、街全体の活気みたいなものが少なくなってるみたいだ。ひっそりしてるっていうか、元気がないっていうか」
「そうなのか?」
部外者である俺にはあまり分からない感覚だ。
けれど、彼女が言うのなら間違いないのだろう。
「うーん、なんかパーッて楽しいところ紹介したかったのに、あんまりそういう雰囲気でもないなぁ」
悲しそうに言うシュカの耳はへたりと垂れていた。
「まあでも、俺はシュカがどんなところで育ったのか見れて嬉しいよ。シュカのことをもっと知れたみたいで」
実は俺はシュカについてよく知らないんじゃないか、ということに気づいたのは最近のことだ。
シュカの様子がおかしくなって初めて気づけた。
何を考えていて、何を好んで、どんな風に育ったのか。
そんなことを知らないから、シュカが落ち込んだ時にどんな風に言葉をかけていいのか分からなかった。
だから、ちゃんと知っておきたい。
そんな想いを籠めて話すと、シュカはなぜか顔を赤らめた。
「え!? ま、まあそれなら、良かった、よ」
途切れ途切れに言うと、シュカは黙り込んでしまった。
やっぱり、今日のシュカのテンションが分からない。
急に元気になったり寂しそうになったりする。
やっぱりまだ落ち込んでいるのだろうか?
その後、俺たちはしばらく気まずい沈黙の中で街路を歩く羽目になった。




