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 王国の西側から国境を出ると、そこから先は獣王国の領土だ。

 俺たちは初めて王国の外に出ることになった。

 

 獣王国に入ってからは、整備された道が全く存在しなかった。

 平野のあちこちに岩が転がり、馬車で通ろうとすれば途中で横転してしまうことだろう。

 身体能力に優れる獣人は、徒歩での移動が基本らしい。

 そもそも馬車をほとんど使わないので、道の整備は最低限だ、とシュカが説明してくれた。

 

 「なあシュカ、道が荒れてるのはいいとして、人と全く出会わないのはどういうことだ? 俺は早くケモ耳美少女との劇的な出会いと壮大なラブコメディーをしたいんだが?」

 「気が早いね……。このあたりにわざわざ来るような人はほとんどいないと思うよ。獣王国は王都レオロスを中心に街が形成されてる。そっちの方まで行かないと誰もいないよ」


 ずんずんと先を進むシュカの言葉を聞きながら、俺は彼女についていく。

 

 「なあシュカ、ボクからも質問なんだが……ボクたちはいったいいつまでこの荒野を歩き続ければいいんだ……? もう足がクタクタなんだが……」

 「えー。もうすぐだよ。我慢して」

 

 俺の後ろを歩いていたヒビキが、すっかり疲れた声を出した。

 見れば、すっかり背中は曲がっているし、眼鏡の奥の瞳はどんより曇っている。

 あまり体力のない彼女はそろそろ限界のようだ。


 それではヒビキよりも体力のないソフィアはどうだろうか……と疑問に思ってさらに後ろを見る。

 

 「……」


 ソフィアは、もはやこちらの会話すら聞こえていなそうな虚ろな目をしたまま歩いていた。

 足取りはフラフラで、目が合わない。

 もはやゾンビのような、という形容が似合うような有様だった。

 

 「おーいシュカ、ダメだ。休もう。そろそろソフィアが倒れる」


 このお姫様は自分の体力のなさを把握していない節がある。このまま放置しているとパッタリ倒れかねない。

 

 「ええー、もうすぐなのに……」

 「お前の言う『もうすぐ』は全然信用できないんだよ。それしか言わないだろ」


 お前が全力で走ればすぐ、のことをもうすぐと言わないで欲しい。

 シュカは不満げに唇を尖らせながらも足を止めてくれた。


 適当に木の影を探して全員で腰を下ろす。

 休憩に入るとすぐに、ソフィアはバッタリとその場に倒れ込んだ。ピクリとも動かない様はまるで屍のようだ。

 

 多分、しばらくしたら回復するだろう。

 そう思って俺は隣に座るヒビキに話しかけた。

 

 「魔王に襲われてるって話だったけど……今のところ特に異常はないな。魔物とも会わないし」

「まあそうかもしれないが……でも、魔物と全く会わないってのも変だと思うぞ。こんな広い荒野なのに、さっきから生命の気配が全然ない。――まるで、何かが生物を狩り尽くした後みたいだ」


 ……そう言われると、たしかに不気味な気がしてくるな。襲ってくる魔物だけじゃなく、野生動物の姿すら見えない。

 俺たちの会話を聞いていたシュカも、頷きながら口を開く。


 「そうだね。人が集まるのはレオロスの周りだけど、動物がいないのはおかしい。あの村の人たちは魔物の駆除が追いついてないって思ってたみたいだけど……実際のところ、あのウインドウルフの群れは、何かから逃げ出してきたのかもしれないね」


 先日戦ったグレーターウインドウルフは強力な魔物だった。

 あれほどの強者が自らの縄張りを捨てた理由は、さらなる強者が縄張りに侵入してきたからなのかもしれない。


 荒野には風が吹き荒れる音だけが響いていた。

 先ほどまで何とも思っていなかった場所が、今では不気味な場所に思えてきた。

 鳥の鳴き声も、犬の遠吠えも、人間の話し声も聞こえない不気味な空間。


 まあ、獣王国の王都とやらに行ってみればどんな事態が起きているのかハッキリするだろう。

 胸に浮かんだわずかな不安を押し殺して、俺たちは着実に獣王国の中心部へと歩みを進めていった。

 


 

 

 荒野を辿って二日程度。俺たちの視界の先には、建物が群居する街らしきものが見えてきた。

 これまで一度も人に会えなかったので、人の営みの気配に俺は少し安心した。


 「シュカ、あれが……?」

 「うん、あれが獣王国の王都、レオロスだよ!」


 フレーゲル王国の王都に比べれば、いくらか質素な作りと言えるかもしれない。

 建物はほとんどが平屋。例外は中心部に建つ大きな塔のような建物くらいだ。

 

 中に入ると、その様子がさらによく分かるようになった。


 真っ先に目に入ってくるのは露店の数々だ。簡易な造りの品棚には果物や野菜など食料品が並び、通行人がそれを眺めている。

 整然とした王都、というよりむしろ下町のような雰囲気だ。


 「おお、随分人がいるな……なんか安心したぞ」

 「うーん、でもレオロスにしては活気が少ないような気がするね……」


 地元出身のシュカはどこか違和感を覚えているようだ。

 とりあえず、誰かに今の獣王国の状況を聞きたい。

 そう思ってキョロキョロと辺りを見渡す。

 うん、とりあえずあの可愛い犬耳少女に聞こう。


 「すいませーん、ちょっとお話聞いていいですか?」

 「あれ、外の人ですか!?」


 驚いた彼女が口を開くと、奥の方に小さな八重歯が見えた。

 可愛い。あれも獣人の特徴ってやつだろうか。


「いつもは旅の人は歓迎してるんだけど、今はちょっと時期が悪くてね……できれば、早めに元の国に帰った方がいいかも?」


 苦笑いをした彼女がやんわりと言う。

 踏み入ってほしくなさそうな雰囲気を感じたが、俺ははっきりと問いかける。

 

「何かあったんですか? この国が魔王に襲われているっていう噂と関係がありますか?」

「あー、そこまで外に伝わってたんだ……」

 

 バツが悪そうに笑った犬耳少女は、観念したのか今この国で起こっていることについて話してくれた。


「獣王国は最近ずっと魔王軍との戦争中なの」


 魔王軍との戦争、というのは獣王国の長い歴史の中ではさして珍しくないことだ。

 広大な領地を持っている獣王国は、侵略者たる魔王軍にたびたび襲われてきた。

 しかし、獣王国の戦士たちは精強なことで有名だ。身体能力に優れる獣人の中でもとりわけ屈強な戦士たちは、魔王軍を次々と蹴散らしていた。

 

 魔王の撃退は獣王国では何度もやってきたこと。

 だから、今回のもあっさりと終わるものだと誰もが思っていた。


「でも、今回の戦いは随分と長引いてる。苦戦してる。……あ、こういうことを言うとプライドの高い獣人は怒るから気を付けてね。でも、食料もどんどん貧しくなってるし戦士たちも負傷が目立つ。私たちみたいな弱者はそんなこと口に出せないけどね」

 「へえ……」


 王国とはずいぶん毛色の違う国みたいだな。

 目の前の少女の言葉を聞きながらそんなことを考える。


 「その魔王について詳しい話を聞きたいんだけど、誰に聞けばいい? 俺は勇者ってやつだから、それを倒さなきゃならないんだけど……」


 まあ正直、使命感というよりはデカイことやって女の子にチヤホヤされたいというのが本音なのだが……。


 「勇者!? ……もしかしたらこの状況を打開できるかも……?」


 ちょっと考える素振りを見せた女の子は、やがて顔を上げて教えてくれた。


「獣王様のところに行くのが一番いいと思う。でも、歓迎されないと思う。強さにプライドを持ってる王様だから、余所者が戦いに手を出すのを嫌がると思うから」

 

 どうやら、この国の王様は随分と気難しいらしい。


「でも、君が本当に魔王を倒す力を得た勇者だと言うのなら……どうか、この国を救って欲しい。他の人はそんなこと言わないかもしれないけど、お願い」

 

 彼女の瞳には、真摯な光が灯っていた。

 話を聞くに、この国を襲う魔王と戦うのはあまり歓迎されないことらしい。

 

 でも、可愛い女の子にお願いされたら断れないな。


 「任せて」


 にこりと笑って、俺は言った。


 女の子からある程度の事情を聞けた俺たちは、レオロスの中央に住まうという獣王の元を訪ねることにした。

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