空元気
「おりゃああああ!」
気合十分のシュカが振りかぶった拳は、冗談のような風切り音を鳴らしてウインドウルフの身体を吹き飛ばした。
しかし、すぐさま別の個体が反撃を繰り出す。
拳を振りかぶった直後のシュカの横、茂みの中からウインドウルフが飛び出す。
しかし、戦っているのは彼女だけではない。
後ろから状況を見ていた俺は、別個体の攻撃を剣で受け止めるとそのまま斬り捨てた。
「おお、流石キョウ君! 信じてたよ!」
「噓つけ! 完全に見てなかっただろ!」
完全に不意をつかれていた。あのままなら一発もらっていただろう。
と言っても、シュカは常に高濃度の魔力を纏っているのウインドウルフの攻撃では傷などつかなかっただろうが。
「深夜テンションみたいなもんか? 浮かれすぎだろ」
「ハハッ! 相変わらずキョウ君の言ってることはよく分からないや!」
ハイテンションのままに答えを返しながらも、シュカはまっすぐに森の奥へと向かっていた。
「おい、俺たちの役割は敵の誘導だろ! そんな突っ込んでどうするんだ!」
「敵の誘導、もしくはボス個体の発見でしょ! 多分、敵のボスはこの先にいるよ!」
コイツ、馬鹿なようで一応話は聞いていやがる……!
敵の数はシュカが森の奥に進むたびにどんどん増えている。敵の攻撃も一層苛烈になってきた。
どうやら本当にボスのところに向かっているらしい。
野生の勘という奴だろうか。
「――キョウ君、気を付けて! 何かいる!」
シュカが鋭い声を上げた。彼女はすでに構えを取りながら周囲を見渡していた。俺もそれにならい剣を構える。
先程までひっきりなしに襲いかかってきていたウインドウルフたちの姿がまるで見えない。まるで嵐の前の静けさのような、不気味な静けさだ。
「機を伺ってるね。多分、ボス個体の指示だよ」
「……どうする? 引くか?」
「ううん。こういった手合は、だいたい退路を塞いでから構成に出ているはずだからね。だから、こういう時の対応方法は一つ。……前に突っ込んで強行突破だよ!」
叫ぶと同期に、シュカが地面を蹴った。
迷いなく茂みへと突っ込んだ彼女が大きく跳躍する。
「魔闘術――流水 滝流!」
重力の力を借りたシュカが、茂みの中に拳を突き立てた。
狼の断末魔が響いた。シュカは今倒した敵には目もくれずに俺の方を見た。
「キョウ君、ボクのそばに!」
「そういうことは先に言えって……!」
走りながら悪態をつくと、そこらじゅうから唸り声が聞こえてきた。シュカが動いたことで俺たちを取り囲んでいたウインドウルフも動きを見せたようだ。
シュカは好戦的な笑みを浮かべて次の敵へと向かおうとする。
――直後、彼女の体が横にふっとばされた。
「シュカ!」
「大丈夫! 受け流したから!」
地面を転がった彼女がすぐに起き上がる。
彼女の扱う魔闘術は剣だろうと魔法だろうと受け流すことができる体術だ。今の不意打ちにも反応できたらしい。
「今のはなんだ?」
「多分風魔法。ボス個体が扱うって言ってたでしょ。まさか、見えない場所から狙撃してくるとは想定外だったけどね……」
そういいつつ、彼女は森の奥を鋭く見据えた。
おそらくあの先にウインドウルフのボスがいるのだろう。
「飛んでくる風魔法はボクが弾くから、キョウ君は向かってくる敵を倒して。頼んだよ!」
言うと同時に、彼女はその場で拳を振るった。何かが弾け、不自然な風が吹く。どうやらシュカが風魔法を吹き飛ばしたようだ。
素手で魔法を吹き飛ばすその体術は、相変わらず理不尽なほどに強く見える。
そんな風に考えていると、死角から飛び出してきたウインドウルフが俺に向かって突進してきた。
「っと……こっちも仕事しないとだな!」
突撃を躱し、素早く剣を振るう。一体を倒した時には既に横から別個体が迫っていた。
「フレーゲル剣術――ワイドカット!」
スキルを発動し、ウインドウルフの体を両断する。
敵の攻撃は今まで戦った強敵ほどの強さを感じないが、如何せん数が多くて厄介だ。
「キョウ君、こっち!」
風魔法を使いながら叫んだシュカが走り出す。
俺はそれに追従しながら彼女に問いかけた。
「おい、ボスのところまで突っ込む気か!?」
「そうだよ! こんな魔法をポンポン使うウインドウルフなんて気になるじゃん! 戦ってみよう!」
ちょっと元気になったと思ったらすぐに戦闘バカに戻ったな……。
次々と襲い掛かってくるウインドウルフは、まるで死を恐れていないようだった。
既に同胞が何体も斬り捨てられているのに、果敢に突っ込んでくる。その様はある種の恐怖すら感じさせた。
「なあ、コイツらはどうして勝てない敵に向かってくるんだと思う?」
「群れ、だからだよ。結束の強い集団を形成することで、個人の意思なんてものは存在しなくなる。好悪も敵意も意志の決定も全て集団のマジョリティに吸収される。そういうものでしょ」
驚くほど冷淡な物言いに、俺は思わず口を閉じた。前を走るシュカの顔は俺からは見えない。
「獣人の国に行くのなら、そういうものだと知っていた方がいいよ。獣人の身分制は王国のそれとは随分と違うものだからね」
俺たちとウインドウルフの群れとの戦いは、それからしばらく続いた。
四方八方から襲い掛かってくる襲来には時折肝を冷やすこともあったが、俺の反応が間に合わない時はシュカが素早く敵を倒してくれた。
やはり俊敏性において俺はシュカにまるで勝てないらしい。
森の中を走り回り、数え切れないほどのウインドウルフを倒した後、唐突にそれは現れた。
「……コイツが?」
「うん、間違いなくこの群れのボスだね」
他の個体よりも数倍大きな体をした狼だった。
四足歩行にも関わらず俺たちの倍はあろうかという体長。黒々とした体毛。その瞳は、敵意に満ちた目で俺たちを見つめていた。
俺は『鑑定』スキルを使い敵の情報を見る。
【種族】グレーターウインドウルフ
【スキル】
群れの主 C
風魔法 B
獰猛 D
風魔法Bってことは……俺の魔法と同じランクか。
感覚がマヒしそうになるが、俺の魔法は勇者として授かったものなのでかなりランクが高い。
たとえば村の自警団が相対した場合、あっさりとやられてしまうかもしれない。
ここで俺たちで倒さなければ。
そう思って俺は剣を握りしめる。
「Grrrr!」
「ッ……来るよ!」
ボス個体が口を開く。直後、目には見えない風の衝撃がこちらに飛んできた。
シュカの警告を聞いていた俺はすぐに横に飛ぶ。
直後、俺たちのいた場所では空気が爆ぜた。
「おい、さっきまでより威力が上がってないか!?」
「そりゃ近いからね!」
ロケットランチャーみたいな威力だ。
思わず冷や汗をかいた。直撃すれば結構なダメージになるぞ。
しかし、そんな攻撃をシュカはいっさい怯まずに敵の懐へと入り込んだ。
「魔闘術――烈火 噴口」
右拳が唸り、敵の体に直撃する。
大きく後ろに仰け反ったグレーターウインドウルフは、しかしすぐさま爪を振るい反撃してきた。
「おっと……悪くない反撃だね!」
シュカの左腕がまるで鞭のようにしなやかに動き、爪の攻撃をいなす。
「魔闘術――流水 渦潮」
斬撃の勢いを受け流したシュカは、その場でくるりと回り強烈なハイキックを繰り出した。
「Grr……」
蹴り上げられたグレーターウインドウルフの巨体が大きく浮いた。
その瞳に驚愕の色が映る。
足場がなくなり反撃の手が尽きたかと思われたグレーターウインドウルフは、最後の最後に大きく口を開けた。
「――シュカ、風魔法が来る!」
「……分かってたよ! 手負いの獣の行動はね!」
上空から風魔法が放たれようとした瞬間、地面を蹴り飛翔したシュカの拳がグレーターウインドウルフの顎に突き刺さった。
衝撃で口を閉じると、魔法の発動が強制停止する。
巨体がさらに上空へと吹き飛ばされた。
敵の瞳が絶望に染まる。
既に、ウインドウルフは木よりも遥かに高いところにまで打ちあがっていた。
シュカの激しい打撃はその巨体をまるで花火のように打ち上げていた。
――つまり、ヒビキの射程に入ったということだ。
「紫電よ、貫け」
森の外から敵の姿を捉えたヒビキの魔法は、グレーターウインドウルフの体を寸分たがいなく撃ち抜いた。
晴天の下雷に撃たれたグレーターウインドウルフは、完全に息絶えた状態で地上へと落下してきた。
「おお……すげえ、やったのか!」
「ふふん。まあ、ボクは強い……ちょっと強いからね!」
なんだ、その微妙な自慢は。
やはり、彼女の精神状態はまだ元通りとはいかないようだ。
首魁を討伐した後、ウインドウルフたちはすっかり連携を失っていた。
あっさりと誘導が成功し、ヒビキの魔法で大きく数を減らすことができた。
こうなれば、後は村の自警団でも十分に対処可能だ。
森を熟知した自警団が残ったウインドウルフを狩り始めると、一日もすればウインドウルフの姿は完全に消滅した。
しばらくの間ウインドウルフに襲われる恐怖に耐え続けていた村人たちは、大層喜んでくれた。
全ての事が終わると、村では小さな宴会が行われた。
俺たちは村の英雄としてひとしきり歓待を受けた後、沢山のお土産を持って獣王国へと向かうことにした。
獣王国への道を歩きながら、俺はこっそりとシュカの様子を見ていた。
グレーターウインドウルフとの戦いの後、すっかり吹っ切れたみたいに明るくなった彼女。
ただし、その様子はどこか以前とは違って見えた。
本当は分かっている。
シュカに本当の自身を戻すのは俺じゃない。彼女自身だ。
多分今の彼女を動かしているのは、空元気とでもいうようなものだ。
俺が何か言おうと、本当の意味で彼女が変わることなどない。
自分を縛る枷を破るのは自分自身だ。
けれど、ひょっとしたら、獣王国に行けば何かが変わるかもしれない。
生まれ故郷、すなわちシュカの原点に帰れば、あるいは。
そんな淡い希望を抱きながら、俺たちは魔王に襲われているという獣王国に向かった。




