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強さとは

 ウインドウルフと初めての戦闘を行った翌日、俺たちは朝早くに自警団の拠点に集められた。

 自警団の獣人たち、それと俺たち4人が集まる場で、ソフィアが作戦の説明をはじめる。


「討伐計画の核になるのはヒビキさんの魔法です。群れになることで力の本領を発揮するウインドウルフ相手には、広範囲を殲滅する魔法が最も有効でしょう」


 俺は彼女の言葉に黙って頷いた。

 昨日の交戦でも、ヒビキの魔法は圧倒的だった。


 敵の連携など関係なくまとめて攻撃できる魔法は、ウインドウルフの天敵と言えるだろう。


「ただし、敵の本陣は深い森の中。古くからこの村に自然の恵みを与えている場所。燃やし尽くすわけにもいきません。視界不良はこの殲滅戦における最大の問題点です」

「そこは僕も懸念点だと思う。森の中に隠れられたら魔法が当てられない。狙いを定めずに魔法を放ち続ければ僕の魔力が先に尽きる」

「……つまり、俺が先に森の中に入って敵の位置を見つけ出せばいいのか?」


 彼らの話し合いを聞いていた俺が問いかける。

 それに答えたのは自警団のリーダーだった。


「私たちの話し合いでは、そう結論づけられました。ただ、本当に引き受けてくださるのですか? 森の中でウインドウルフと対峙するのはかなり危険な役目です。あなたに万一のことがあったら……」

「大丈夫です。それに、シュカも一緒に来るんだろ?」


 後ろを振り返って、先ほどから黙って話を聞いていた彼女に話を振る。

 暗い顔をしたシュカだったが、俺の言葉には小さく頷いた。


 戦闘となれば最前線に向かう彼女の気質は変わっていなかったようだ、と俺は安心する。


「お前と一緒なら大丈夫だな。信頼してるぞ」

「……」


 おれの言葉に、シュカは一瞬だけ驚いたような表情を見せた。

 しかし何か言うことはなく、すぐに表情を消す。


 俺たちのやり取りを聞いていたヒビキが、話を進め始めた。


「できれば視界の通る場所まで群れを誘導して欲しい。無理そうなら、一番強いボス個体の場所だけでも突き止めてくれ。ボスを倒せば群れは統率力を失うはずだ」


 集団のトップがいなくなると混乱が生じるのは魔物も人間も同じだろう。

 ヒビキの作戦は合理的だった。


「じゃあまあ、目的もハッキリしたことだし……行くか、魔物退治!」 



 ◇


 ウインドウルフが潜むという森の中は、視界がかなり悪かった。

 腰ほどの高さにまで伸びた草。太陽の光を遮る木々。

 薄暗い森の中にいるのは、俺とシュカの二人だけだ。


「なあシュカ、まだ機嫌治らないのかよー。別に一回負けたってまたやり直せばいいだろ? あの魔王に負けたのはスキルの相性が悪かっただけだって」

「……」


 返事はなかった。前を歩くシュカはこちらを振り向くことすらしない。


 他に誰もいないから、シュカが話してくれないと本当に退屈だ。

 まあ、ヒビキあたりなら「周囲の警戒をしろ」って言うかもしれないが。


「……キョウは、ボクの考えが間違っていたとは思わないの?」

「え?」


 突然、言葉を投げかけられる。

 彼女の言葉の意味が分からなくて、俺は聞き返した。

 シュカの視線は、森のどこか遠いところを見つめていた。


「ボクは、自分の正しさは自分の強さによって証明されると思っていた。それしかないと思ってたから。元々、ボクには何もなかったから。生まれは劣等種だし、特別なスキルも授からなかったから」


 彼女の言う劣等感のようなものは、現代日本に生きていた俺にとっても身に覚えのある話だった。


「でも、積み上げたモノは結局無意味だった。スキル。才能。持って生まれたモノ。ボクがどう頑張っても打ち克てないものがあると知った。修練とかじゃない。あの魔王は、ただそこにいるだけで強かった」


 魔王ルサンチマンのスキル『虚無の波動』は、都市にいた人間ほとんどすべてを無力化する強力な精神攻撃だった。

 俺とソフィアはスキルで凌ぐことができた。

 ただし、俺たちのスキルは努力して得たものではない。

 つまり、あの時勝敗を分けたのは努力ではなく生まれ持った才能だったと言ってもいいだろう。


 ようやくシュカの絶望の正体が掴めてきた。

 努力では辿り着けない境地。それに直面して、常に強くなることを目指していたシュカは前に進むことをやめようとしてる。

 いつの間にか、彼女は足を止めて俯いていた。


 転生した時にスキルを授かった俺には、彼女にかける言葉なんてないのかもしれない。

 最初から持っていた俺が何を言っても無意味なのかもしれない。

 それでも。


「──別に、お前の強さはそんなことで全部無意味になるわけじゃないだろ」


 それでも、俺は彼女に言葉を投げかけた。

 シュカが顔を上げてこちらを見る。


「お前の言っていた強さってのは、単に一回の勝ち負けで決まるものじゃなかっただろ。もっと抽象的な、何にも縛られない、自由奔放なものだったはずだ」


 シュカの生い立ちを、思想の原点を詳しく聞いたことはない。

 でも、彼女と沢山話した俺は知っている。


「お前の言う強さってのはお前の在り方だったんじゃないのか? 何者にも縛られず、誰にも隷属せず、己を見失わないこと。だったら、一回負けたくらいでその価値が失われるなんて有り得ない」


 単に技術があるとか、強いスキルを持っているとか、そんな単純な話じゃないだろ。

 俺はお前のそういうところが結構気に入っていたんだ。


 自分の想いを伝えるように、俺は彼女の瞳をじっと見つめた。


「──キョウ君」


 呆然と呟く彼女は双眸を大きく開いていた。

 曇りのあった瞳が、元の綺麗な色を取り戻していく。


「……そうだね」


 ポツリと呟いた彼女の背後で、何かが動いた。

 薄暗い森の中を疾走するその影──ウインドウルフは、疾風の如き素早さでシュカの背後から襲い掛かった。


「魔闘術──烈火 噴口」


 彼女の肉体が美しく躍動した。

 背後を振り返ると同時に繰り出された右拳がウインドウルフの顎に突き刺さる。

 正確に繰り出されたアッパーカットがウインドウルフの脳にダメージを与える。吹き飛ばされたウインドウルフは、それ以降動くことはなかった。


「うおっ、えぐい……」


 とんでもない技のキレだ。あれが自分に向けられたらと思うとゾッとする。

 それを放ったシュカは、ひどく晴れやかな笑みで俺に向かって言い放った。


「ありがとう! なんかスッキリした!」

「そ、それは良かった……」


 シュカの様子に若干引いていると、周囲から複数の足音が聞こえてきた。

 仲間をやられたウインドウルフがこちらを包囲している。そのことに気づいたシュカは、むしろ好戦的な笑みを浮かべた。


「じゃあ、少しリハビリしようかな!」


 そういう彼女は、ひどく楽しそうだ。


 ──けれど、その笑顔はやはりどこか以前の彼女とは異なるように見えた。


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