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村の脅威

「えっ、ケモ耳!?」


 魔物の討伐に協力してくれるという村の自警団に出会った瞬間、俺は驚きの声を上げた。

 王国では滅多に見ることのない頭の上についた耳を持った人間が、沢山いたのだ。


「王国でここまで獣人の方が集まっているとは珍しいですね」

「はい。この村は獣王国のすぐそばにあるので、獣人族の住民も多いのです。ハーフの子どももいます」


 ソフィアの声に答えたのは自警団のリーダーらしき青年だ。

 彼の頭にも狼のような耳がついている。


「獣人は身体能力に優れる者が多いですからね。魔物の討伐は主に私たちの仕事なのです」

「なるほど」


 ソフィアはその言葉に納得したように頷いた。

 話についていけなかった俺はこっそりヒビキに尋ねる。


「なあ、獣人ってハーフとかいるのか? あと、シュカだけじゃなく全員強いのか?」

「はあ……キョウは相変わらず無知だなあ」


 やれやれと肩をすくめているわりにどことなく嬉しそうに見えるのは俺の気のせいだろうか。


「馬鹿のキョウのために一から解説してやろう」


 ヒビキが眼鏡をクイッと上げて得意げに言う。

 ムカつく……ムカつくがヒビキの解説はいつも分かりやすいので聞いておきたい。

 俺は黙って頷いた。


「獣人という種族は、主にガーランベルク獣王国に住んでいる。俺たちの目的地である国だな。獣人の特徴は獣のような身体的特徴をどこかに持つこと。耳とか尻尾とか、後は嗅覚に優れるとかあるらしい。人間との子どもを産むこともある。その場合は獣としての特徴が遺伝しづらくなるんだ」


 俺の理解を確かめるように、ヒビキがこちらを見た。

 俺が黙って頷くと、彼女は説明を再開した。


「それから、大抵の獣人は身体能力が高い。高位の冒険者パーティーには前衛役として獣人が入っていることが多いんだ。ここの自警団が獣人で構成されているのも、高い身体能力を買われてのことだろうな」


 たしかに、自警団の面々は体型が良く筋肉もついているように見える。


「と言ってもハイレベルなスキルを持つ人間が獣人を超えた身体能力を発揮することも珍しくない。身体能力に優れるってのはあくまで傾向の話だ」

「へえ……」


 そんな説明を聞いていると、ソフィアと自警団の間の話し合いが終了したらしい。

 彼女がこちらを向いた。


「キョウさん。魔物の討伐についてですが、実物を見てもらった方が説明が早いとのことです。さっそく外に向かいましょうか」



 村の外に出るとすぐに小さな森に突き当たる。

 俺たちは自警団のリーダーである青年の案内でその手前まで来ていた。


 今回の討伐目標である魔物たちは、この森を根城にしているそうだ。

 青年は森の方を注意深く観察しながら説明してくれた。


「森の中は奴らのテリトリーです。草木に視界の遮られる森の中で奴らを捉えるのが難しく、迎撃が手一杯です。これくらいの距離であれば、既に襲われてもおかしくありません。どうか警戒を」


 じっと見つめると、たしかに草の中で何かが動いているのが見えた気がした。

 注意深く観察していると、やがてそこから一体の魔物が現れた。


「あれがウィンドウルフ。群れを作って狩りを行い、人間をも捕食する危険な魔物です」


 人間の腰程度まで届く大きな体を持つ狼だった。

 黒い体毛に、見え隠れする鋭い牙。

 あれほどの大きさなら、人間が嚙みつかれればあっさりと引きずり倒されてしまいそうだ。


 こちらを見据える双眸は獰猛で、明らかに獲物を狙う目をしている。


「あれを倒して欲しいってことか?」

「はい、その通りです」

「Grrrrr!」


 ウインドウルフがこちらに走り出した。

 一瞬にして加速した四足歩行の影はあっという間に俺たちの目の前まで肉薄し飛び上る。


 俺は自分の剣を手にして前に出た。


「フレーゲル剣術──ワイドカット!」


 慣れ親しんだスキルを繰り出す。振るわれた剣身が風切り音を立てる。

 剣先は狙い通りにウインドウルフに命中し、相手は断末魔を上げて地面に倒れ込んだ。


「なんだ、意外とあっさりだったな」


 刃先もすんなり入ったし、あっさりと倒せた。

 これくらいなら簡単に倒せるんじゃないか? そう思って獣人の青年を見るが、彼の顔はうかなかった。


「ええ、一体一体の力は大したことがないのですが──しかし、群れになったウインドウルフはこんなに簡単にはいきません」


 ガサガサと草むらが揺れる。

 先ほど倒したのと同じ魔物、ウインドウルフが喉を鳴らしながら近づいてきた。

 その数は5。油断なくこちらを観察しながら近づいて来る。


「……思っていたより沢山出てきましたね。奴らの連携は強力で、一体の時とは手ごわさが段違いです。一度撤退しましょうか?」

「いや、ボクの魔法があれば大丈夫だ」


 一歩前に踏み出したのは魔女帽子を揺らすヒビキだ。

 獣人の青年の見立てでは、この人数では5体のウインドウルフを相手するのは不可能。

 ──ただしそれは、高位の魔法使いがいない場合の計算だ。


「紫電よ瞬け──サンダーボルト」


 ヒビキの杖から放たれた雷撃は瞬く間に分岐し、ウインドウルフを穿つ。


「Grrrrr……」


 一瞬にして紫電に貫かれたウインドウルフたちは、全てその場に倒れ込んだ。

 連携しての攻撃などする余裕すらない。ヒビキという魔法使いを前にしたウインドウルフは的にすぎなかった。


「い、一撃で……凄いですね!」


 青年が褒めると、ヒビキはまんざらでもなさそうに胸を張った。


「これくらい当然です。ボクは後方支援ですから」


 謙遜している風だが自慢げなのを隠し切れていない。

 すごいニヤニヤしてるし、声も弾んでいる。


「皆さんなら森の奥にいるボス個体も倒せるかもしれませんね……」


 ぽつりと呟いた獣人の青年は、新しい希望を見つけたような顔をしていた。



 ◇



 これ以降の魔物討伐計画については、明日以降に練り直してから改めて説明したいと言われた。

 なんでも、俺たちの戦力が想像以上に高かったので一気に敵の本隊まで殲滅する計画を立てたいそうだ。

 自警団のリーダーは随分と気合の入った様子だった。


 そうなると今日一日は暇になる。

 ウインドウルフとの戦闘もすぐ終わったので、あまり疲れてもいない。


「おーい、シュカ。時間も空いたし、ちょっと近くを散歩しないか?」

「いい。他の人と行って」


 相変わらず元気のないシュカに言葉少なく断られてしまった。

 様子がおかしいからちゃんと話を聞きたかったのだが……。

 俺は溜息をついてからくるりと後ろを向いた。


「仕方ない。じゃあヒビキ、行こうぜ」

「いや、その誘われ方は不満なんだが……」


 ブツブツ言いながらも、ヒビキは俺についてきてくれるようだ。

 久しぶりに二人きりだ。


 ここにいないソフィアは、自警団の作戦会議に顔を出すと言っていた。

 彼女は元騎士だ。魔物の討伐経験が豊富だから、作戦会議でも適切な助言ができるだろう。


 ヒビキと並んで歩き出す。


 特にこれといって行きたい場所があったわけでもない。

 俺たちはのどかな村をぶらぶらと二人で歩いた。


「……」

「……」 


 お互い何も話さない時間が少し続く。人によっては気まずくなる瞬間かもしれない。


 でも、この時間がどこか心地よい。

 幼馴染だからこその関係性なのかもしれない。

 隣にいることが当たり前の関係。ずっと一緒にいたからこその気安さ。


「お、あそこに獣人の子がいるな」


 村の中を走り回っている二人組の子ども。片方の男の子は普通の片方の女の子の頭には、小さな耳が生えていた。


「キョウ、知ってたか? 王国の外に行くと、獣人ってのは差別の対象であることが多いんだ。だから、ああやって人間と獣人が手を取り合っているのは奇跡みたいなものだ」

「へえ……」


 ずっとこの国にいた俺にはよく分からない話だ。

 ヒビキは本ででも読んだのだろうか。


「この村の獣人の扱いも、差別と言えなくもない。獣人なら全員が身体能力に優れるわけじゃないし、性格的に戦いに向いているとは限らない。それでも彼らは自警団としての仕事をしている。……なんていうのは考えすぎかもしれないがな」

「……」


 分かるような分からないような。何と言えばいいか分からなくて、俺は黙った。

 その様子を見たヒビキがちょっと声の調子を変える。


「いや、きっとボクの考えすぎだな。ほら、見ろよ。さっきの子どもたち、仲良さそうだ」


 見れば、さっき見ていた子どもたちが追いかけっこをしていた。

 ただ走り回っているだけで楽しそうな姿はいっそ羨ましい。


「ボクたちも小学生くらいの頃あんな感じだったよな。難しいことなんて考えないでひらすら走り回ってた。……もっとも、キョウは今も同じかもしれないがな」


 見れば、ヒビキの口元はニヤニヤと笑っていた。


「なんだと!? 俺は小学生から随分と進化したぞ!」

「そうか? たとえばどんなところがだ?」


 ニヤニヤと問いかけてくるヒビキは明らかに俺を揶揄っていた。

 ムカつく……。


 俺は考え抜いた後に、なんとか答えを捻り出した。


「ぐ、具体的に言えば……そ、そうだな、背が伸びたとか……」

「ハハハッ! 背! そんなの誰でも一緒じゃないか! やっぱりキョウの内面は何も進化してないってことだな! ハハッ、アッハハハ!」

「わ、笑いすぎだろ!」


 我ながらひどい答えだったと思うが、それにしても笑いすぎだろ。

 ヒビキは目に涙を浮かべながらケラケラと笑っていた。肩を揺らすたびに大きな胸が揺れるので目のやり場に困る。


「いやあ、でもそういうお前も嫌いじゃないぞ。何があっても、何言われても全然変わらないのはお前のすごいところだ。本当に……何も……ククッ」

「おい、半笑いで言われても説得力ないぞ!」


 楽しそうに笑うヒビキ。ここに来る前であればからかわれたことに対する怒りしか感じなかっただろう。

 けれど今の俺には、今の彼女が魅力的な女の子に見えてしまっていた。

 柔らかく細められた瞳。綻んだ口元。

 もっともっと、色んな表情を見たいと思ってしまって──


「だああああ、違う違う違う!」


 コイツはヒビキだ。

 俺の幼馴染で、元男のTSっ娘。

 恋愛対象になんてならないはずの相手だ。


「……変なキョウだな」


 そんな風に葛藤する俺を、ヒビキが不思議そうな目で見ていた。

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