獣王国へ
3章です
魔法都市を出てからは、偶然居合わせた商人の馬車に乗せてもらっていた。
当然、それなりのチップは払ったが。
そのあたりの交渉はヒビキがぬかりなくやってくれた。
情報収集を兼ねて、同乗した商人の男と話をした。
各地を巡る行商人はこの世界にて貴重な情報源だ。
チップをはずんだおかげか、あるいは見た目だけ美少女の三人に囲まれたからか、彼は饒舌に情報を語ってくれた。
俺が最も知りたいのは、各地に出現する魔王の情報。転生者が倒すべき人類の敵だ。
いくつかの情報を聞くうちに、俺たちにとって聞き逃せない情報を知ることができた。
『獣王国が魔王に襲われているらしい』
獣王国はシュカの祖国だ。
その話を聞いた彼女は、複雑そうな表情をしていた。
そんな様子を見ていた俺たちは、次の目的地を獣王国に定めることにした。
商人とは行き先が違ったので途中で別れた。
馬車を降りた後、俺たちは街道沿いを歩きながらのんびりと会話をしていた。
「なあシュカ、いい加減立ち直ってくれよ。お前がそんな調子だとこっちの調子が狂うんだよ」
「……うん、そうだねー。人生が無意味なことと一緒だねー」
「おい、絶対俺の話聞いてないだろ」
「そうだね、人生が無意味なことと一緒だねー」
ダ、ダメだコイツ……。
話を聞いていないというか聞く気がない。
シュカは元々アホの子なので話の通じない感じはあったが、今の状態はそれは随分と様子が違う。
心ここにあらず、といった感じか。
シュカはずっと何かを考えているようだ。考える前に拳が出る彼女らしくもない。
「シュカさん、何か悩みがある時は、筋トレがオススメですよ! 負荷をかけ続けられた筋肉の悲鳴は、精神に良い影響を与えます。ぜひ!」
シュカを気遣ったソフィアが、ムンと力こぶを作った。
相変わらず細い腕には少しも筋肉がついていない。驚くほど説得力がない。
ソフィアに続いてヒビキが声をかける。
「シュカ、ボクは読書をオススメするぞ。自分の考えがグルグル回ってしまった時には他人の言葉を自分の中に入れてみるんだ。違う視点ってのは解決の糸口になり得る」
「……そうだねー、勝手にひとりで悩んでたヒビキが言うと説得力あるねー」
「なんだとお前!?」
善意を踏みにじられたヒビキが憤慨する。
実際のところ、ヒビキはひとりで悩みがちなのであまり擁護できない。
魔法都市にいた頃だって思いっきりひとりで抱え込んでいたし。
彼女らに合わせて俺もシュカに言葉をかける。
「あれだ、思いっきり戦ったらスッキリするんじゃないか?」
「……そうかもね」
シュカならあっさり肯定するかと思ったが、帰ってきたのは歯切れの悪い返事だった。
やはり、今のシュカはおかしい。
俺はこういう時に頼りになるヒビキにこっそりと話しかけた。
「なあヒビキ。やっぱりシュカのあの状態、やっぱりこの前の戦いの影響だよな?」
「ああ、おそらくな」
ヒビキは眼鏡をクイと上げ、分析を口にする。
「分かりやすく言えば、自信を無くしたってとこだと思う。シュカは自分の強さにアイデンティティを持っていた。それを今までにない形で打ち砕かれて無気力になっているんだろう」
たしかに、この前の戦いは少し特殊だった。
魔王ルサンチマンの『虚無のオーラ』は、拳や剣を交える以前に敵の気力を奪い取る強力なスキルだった。
きっと、シュカの拳がどれだけ重くても関係なかった。
どれだけ鍛えようとも越えられない別種の強さ。それに直面してしまったシュカは、自分の絶対的な基準だった『強さ』に迷いが生じている。
「うーん、どうすればいつものあいつに戻るんだ……」
俺にはアイデンティティが喪失した経験なんてないので、どうやれば彼女を元気づけられるのか分からない。
俺は楽天家らしいので、そういう悩みはあまりないのだ。
悩む俺に、ヒビキは冷静に告げた。
「まあ、結局自分の心をどう整理するかの問題だからな。他人がどうにかするのは難しいと思うぞ」
「……さすが経験者。言葉に重みがあるな」
ちょっとだけ揶揄いを交えると、ヒビキは俺をジトリと睨んだ。
やめろ、今のお前の美少女フェイスで睨まれると変な気分になる。
そんな風に話していると、前方にいくつかの家屋が見えてきた。先ほどまで街道沿いには木と草しかなかったので、嬉しくなる。
「あれは……小さいですが村ですね。ここにあるということは旅人向けの宿などもあるかもしれません。少し訪ねてみましょうか」
ちょうど、体力のないヒビキとソフィアが疲れてくる頃だ。
馬車から降りてからもう随分経つ。
俺たちはのんびりした街道に位置する村に立ち寄ることにした。
村へと入ると、近くを歩いている女の子を見かけた。さっそく話を聞きに行く。
「こんにちは! 旅の途中に立ち寄ったんだけど、ちょっと話を聞いていい?」
「あら、旅人さん? こんにちは!」
この娘、近くで見るととても可愛らしい顔立ちをしている。
大きな目に、ほんのり焼けた小麦色の肌。白のワンピースが彼女の天真爛漫な様子を引き立てている。
気軽に話しかけたけど想像以上のレベルにちょっとドキドキしてきた。
久しぶりに女の子と話せて高揚しているというのもある。TSっ娘は当然ノーカンだ。
「このあたり、しばらく何もなくてさ……獣王国ってまだ遠いかな?」
「あら、どこから歩いてきたの? この村は国境あたりにあるのよ。これ以上行くと獣王国に着く。ここから西に歩けば着くと思うわ」
いつの間にか国境のあたりまで来ていたらしい。
しかし、女の子は深刻そうな顔で告げた。
「でも、よほどの事情がないのなら今の獣王国に近づくのは止めた方がいいと思うわ。最近魔王の侵攻があったとかで、随分と治安が荒れているの。魔物の駆除も滞ってるみたいで、この近くでも魔物が出るの」
「そうだったんだ……」
どうやら事態は思っていたよりも深刻なようだ。
魔王の侵攻による魔物の増加の影響が王国の領土にまで及んでいる。
その事態に、王国の騎士にして姫たるソフィアはちょっと眉をひそめた。
俺と女の子の会話に、後ろにいたソフィアが入ってくる。
「魔物の被害というのは、今でもこの村で進行しているのでしょうか?」
「え? ええ……」
女の子がびっくりした表情でソフィアを見た。いきなりお姫様フェイスを見せつけられて驚いたのだろう。その気持ちは俺にも分かる。
話を聞いたソフィアが俺に顔を近づけて囁く。
うおっ、顔が良い……。
「キョウさん、寝床を貸してもらうことを条件に魔物の討伐を請け負ってはいかがでしょうか。この辺境までは騎士の助力も難しいでしょうから、私たちで助けた方がよいかと」
「あー、なるほど。たしかにな」
困っている人が助けられて宿まで貸してもらえるなら願ったり叶ったりだ。
俺はキメ顔を作ると、もったいぶって女の子に提案する。
「お嬢さん、もし良かったら俺たちで魔物の討伐を請け負うよ。これでもそれなりの冒険をしてきた冒険者なんだ。報酬は……そうだな、君とゆっくりお茶でも飲めればそれで十分だよ」
フッ、と笑うと、隣にいるソフィアに『話が違うのでは?』と迫力ある笑顔で睨まれた。
怖い……。
「あっはは……お茶くらいでいいなら、ぜひお願いしたいわね。よし、分かったわ。村長にも話してみる。ついてきて」
女の子の後ろをついていくと、先ほどの会話を聞いていたらしいヒビキにも睨まれる。
「おい、ボクたちはお前がお茶を飲むためだけに魔物の討伐をするのか?」
「い、いや、後でちゃんと報酬をお願いする予定だったんだよ……」
ソフィアといいヒビキといい、なぜこんなにも威圧感があるのだろうか……。
美人の見た目で怒ると迫力があるのでやめてほしい。
そんな会話をしている最中でも、シュカはずっと黙ったままだった。
村長の場所に案内されて魔物討伐の件を提案すると、あっさりと話がまとまった。
向こうとしても都合が良かったらしい。
この村の周辺の魔物の討伐は、村の自警団で行っていたそうだ。
しかし、獣王国の治安悪化による魔物の増加により手が追い付かなくなった。
村の中まで魔物が入ってくるのも時間の問題だろうと村長は語った。
自警団とも協力して魔物の討伐にあたって欲しい。
そんな風に言われて、俺たちはこの村の自警団と出会うことになる。
自警団は10代から20代の若者で構成された10人程度の集団だった。
目立ったスキルなどは持っていない、多少腕が立つ程度の一般人。
しかし彼らに共通するある特徴を目にして、俺は驚きの声を上げた。
「えっ、ケモ耳!?」
彼らは、王国ではあまり見ない獣人だった。




