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冒険のはじまり

 冒険者ギルドで依頼を受ける。まずは簡単な魔物の討伐からだ。

 都市部を出て森に入ると、俺たちは、すぐに魔物を見つけることができた。

 

「あれは……目標のスライムってやつじゃないか!?」


 見つけたのは、青色のスライムだった。ちょうど二体。初めて倒すにしては手ごろな数だ。

 

「ああ、そうだな。どうするんだ、キョウ」


 もちろん、斬る。鞘から剣を抜き出して、正眼に構える。本物の剣など初めて握ったが、不思議と手に馴染む。これがスキルとやらの恩恵だろうか。


「はああああ!」


 全力を籠めて、剣を振り下ろす。

 我ながらなかなかの威力だったと思う。しかし弾力のあるスライムはぼよん、と歪むと、また元の形に戻った。

 スライムは俺の攻撃など関係ないかのように、ぴょんぴょんと跳ね続けている。

 

 その様子に腹が立ったので、俺はむきになって剣を振った。

 

「なっ……くそっ……このっ……」

「くっ……あっははは! キョウ、遊んでるのか?」

「う、うるせえ! そんなこと言うならお前がやってみろ! コイツ結構硬いぞ!」

「硬いというより弾力があるといった感じだな。ふん、いいだろう……たしかにボクも魔法というやつには興味がある」


 クイ、と眼鏡を上げたヒビキ。男だった時はうざったいだけだったそれが、可愛く見えるのがなんとなく悔しい。クソ、中身がヒビキじゃなければ……。

 

「『雷よ、ライトニング!』」


 杖を前に突き出したヒビキが詠唱すると、勢いよく稲妻が飛び出した。それがスライムに直撃すると、スライムはみるみるうちに萎んでいった。


「おお、倒した!? すげえ!」

「フフン」


 わりと豊かに育った胸を張るヒビキ。眼福だ。……眼福だがしかし中身があいつであることを考えると複雑だ……!


「なるほどそういうことか。物理無効ってやつだろ?」


 俺はヒビキと同じように手を前につき出すと、頭に浮かんできた呪文を唱えた。


「『炎よ、ファイヤー!』」


 ごう、と手のひらから飛び出した火の玉が別のスライムに命中する。途端、スライムは一瞬で溶けてなくなってしまった。


「フッ、俺も倒せたぞ、スライム」

「スライム一体倒したくらいでなに粋がってんだ、ハーレムを作る予定の勇者様?」

「うるさいわ。ちょっとは感傷に浸らせろ」


 ヒビキは相変わらず俺の気持ちを全然分かっていない。

 

「しかし、やっぱりお前強いな。今からでもいいから俺とスキル交換しない?」

「いやだ。『楽天家 S』なんていらない」


 それはそうだ。俺もいらない。

 

「しかし……この感じなら、二人いればなんとかなりそうだな」

「ああ。魔法使いのボクと剣士のお前。バランス的にはちょうどいいんじゃないか?」

「いやあ、でも女の子が足りないだろ。具体的にはあと三人くらい欲しい」

「お前本当にそればっかだな……」


 とりあえず目標は達したので、森を後にする。スライムの核は回収してある。これを冒険者ギルドに提供すれば、報酬金を受け取れるだろう。


「それにしてもキョウ……」


 珍しく上機嫌で、ヒビキが話しかけてくる。


「なに?」

「お前。やっぱりボクの胸見てるよな」

「ぶふっ……み、見てねえし!」


 ば、バレてたか……! ヒビキの胸はなかなか大きくて、動き回るたびに少し動くのだ。コイツは男、コイツは男と心の中で自分に言い聞かせているのだが、体は正直なのでついつい目で追ってしまう。


「いいんだぞー。見てても。ただ、ボクはお前を好きなだけからかってやるけどな。ほらー、お前の大好きおっぱいだぞー。ただし元男の、な」


 ぽよぽよ、とヒビキが自分の胸を上下させる。揶揄われていることなど分かりきっているのに、俺はそれを凝視してしまう。クソ……節操のない自分が憎い……!


「クク……お前のこんな面白い姿が見れるなら、少しは女になったかいがあったかもな」


 こちらを面白そうに観察する彼女は本当に楽しそうだ。


「くそっ、見てろよ! 今に本物の女の子をたくさん捕まえて、お前の揶揄いなんて比じゃないほどのイチャイチャライフを過ごしてやるからな!」

「そんなこと言い続けてもう10年近く経つじゃねえか。今までお前彼女いたことあるか?」

「グッ……ない……ないよ! でも夢くらい見てもいいだろ! だって異世界だぞ? 異世界と言えば、男の夢がすべて叶うところだろ!」

「うんうん、そうだな。ここなら彼女ゼロ歴10年のキョウにも振り向いてくれる女の子が一人くらいいるかもなー」


 心底馬鹿にしたような声だ。ヒビキの眼鏡の奥の目が笑っている。


「そういうヒビキこそ、彼女できたことないだろ」


 苦し紛れに反撃する。そう、こいつだって俺を馬鹿にできるほどの経験があるわけじゃないはずだ。


「そりゃあできたことないけど、ボクの場合は彼女欲しい欲しいって年中言っててできなかったわけじゃなく、むしろいらないかなーくらいの精神だったから、お前とは違うよ」

「くそっ、クールぶりやがって。本当は欲しかったんだろ? 彼女。イチャイチャして、そういう時になったら彼女に眼鏡外してほしかったんだろ?」

「人の性癖を決めつけるな。……まあ、そういうシチュエーションにあこがれがないわけじゃない」


 ヒビキは少し目を逸らして、頬を赤らめながら言った。……その顔でやられると可愛い、と思ったのはいったん置いておく。

 若干頬を赤らめながら、彼女は弁舌を始めた。

 

「いいか、眼鏡っていうのは最終防壁なわけだよ。普段から常につけていて、外すのは風呂の時と寝る時だけ。自分の素顔を隠す、最後の砦。それを他人に外されるっていうのが、いったいどういうことなのか分かるか?」

「……いや、知らん」


 正直怖い。急に早口にならないでほしい。


「それは愛情表現だよ! ともすれば接吻にも匹敵するような、相手にすべてを委ねる意志! それこそが眼鏡をはずさせるという行為なんだよ! だからボクは、眼鏡を外したいし外されたい! いや、外し合いたいと言えばいいのか――」

「ふーん、こんな感じ?」


 なんだか話を聞いているのがめんどくさくなった俺は、彼女に近寄ると眼鏡をそっと掴み、外した。

 その途端、彼女の顔は真っ赤になった。


「なっ……おまっ……ッ!」

「なーんて、野郎にやられても面白くもなんとも……ヒビキ?」

「……ッ、お、おま、お、おお、おまっ」


 言葉にならない言葉を吐きだすヒビキ。頭の良いヒビキらしからぬ語彙力のなさだ。

 眼鏡を外した目はやや細くて、今はわずかに潤んでいる。紅潮した顔は、中身が誰なのかも一瞬忘れてしまうほどに可愛らしい。


「な、なんだよ。悪かったって」


 おずおずと眼鏡を返す。ヒビキはそれをやや俯いて受け取ると、ゆっくりとつけた。


「……」

「……」

 

 気まずい。お互いに赤面して沈黙するなんて、男同士の時にはなかったことだ。

 ああ、ヒビキは本当に女の子になってしまったんだな。俺はそんな実感を得ながら、気まずい時間を過ごすのだった。

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