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誇り高き獣人、シュカ

 格闘犬耳少女のシュカは、同じ獣人たちの暮らす村で育った。

 そしてその時、彼女はまだ、男の子であった。


 

 犬と同じような耳を持つもの。猫に近いもの。より獣に近いもの。

 獣人、と一括りにされがちだが、その実態は多様で、各々に特徴があるものだ。

 そこでの生活は、シュカにとって窮屈なものだった。

 

 より強いものに従う。より強い種に従う。

 

 より自然界に近いそのルールは、先祖である獣の本性を色濃く受け継ぐ獣人の中にある、共通のルールだった。


 

「ゴードン様、ようこそいらっしゃました。さあ、私どもの上納品です」


 シュカの両親も犬耳を持っている。二人が上位種である狼の耳を持った獣人に跪いているのを、幼いシュカは物陰から見ていた。

 シュカたち犬耳の獣人は、彼らに逆らってはいけない。腕力から聴力まで、何もかも敵わないからだそうだ。


「フン、少ないな」

「なにぶん最近は気温が低く、獣たちもあまり行動を活発にしていないものですから」


 シュカの父親が卑屈に笑う。それに対して、狼の耳を持った獣人は顔をしかめて見せた。

 

「言い訳するな。次に怠けたら許さないからな」

 

 シュカの父親は、卑屈に笑ったままだった。


 狼の耳をした獣人が家に帰った後、シュカは両親に聞いた。


「お父さんたちは、どうしてあの人たちに従うの?」

「俺たちではあの方たちに勝てないからだよ、シュカ」


 父親の顔には、諦観が染み付いていた。

 

「……それは、やってみないと分からないんじゃない? 力で勝てなくても、頭なら勝てるかとか、そういうことは考えないの?」

「あっはは。シュカはやる気だね。でも、父さんたちはこれでいいんだよ。ごはんが食べられて、屋根の下で眠れて、家族がいる。それだけで、十分だ」


 ――納得できない、とシュカは思った。それではまるで奴隷だと思えたのだ。


 だからシュカは魔闘術を学んだ。魔力を用いて拳を振るい、スキルや身体能力に恵まれた相手を打ち倒す術を身に着けた。

 

 生まれたままの強さを何よりの誇りとする獣人の中で、技術を貪欲に学ぶシュカは異端だった。獣人には異端者だと言われ、人間には変わり者の獣人だと面白がられた。

 それでもシュカは努力を続け、強くなり、魔闘術師として師範代まで昇りつめた。師範代は術者の中で1%しかなれない熟練者の証。


 それを得たシュカは、後輩の指導などせずに冒険者として名前を上げた。各地を巡って名のある強者に立ち会いを申し込み、そのすべてに勝利してきた。

 いつしかシュカは、Sランク冒険者になっていた。

 

 その過程で女になったことなど、些細なことだ。


 

 ――キョウとの戦いで初めて地面に組み伏せられて無防備な体を晒すまで、シュカは自分が女であることなど強さの前ではどうでもいいことだと思っていたのだ。


「かっ……あ……」


 首が締まる。バタバタと手足を動かすが、馬乗りになるキョウの体はびくともしない。

 

 シュカの魔闘術は、敵を拳や蹴りで打ち倒すことを最終目標としたものだ。組み伏せ、制圧することなど想定されていない。

 完璧な防御と攻撃が一体になれば、敵と組み合うことすらないからだ。


「ッ……」


 魔闘術の訓練の中で、シュカは幾たびも倒されてきた。彼女は強いが、敗北の経験がないわけではない。

 けれども、こんな状況に陥ったことは一度だってなかった。自慢の拳も、蹴りも、何一つとして役に立たない状況。

 屈辱とはこのことを言うのだろう。彼女がまだ男だったなら、こんなことにはならなかったかもしれない。

 体格の差は技術の差を押し潰す。


 無力感に体を支配されそうになる。

 起死回生の一手はないか、と考える頭がだんだんと回らなくなっていく。

 白に染まりゆく意識。

 

 酸欠にぼんやりとしていく意識。その中でシュカが実感したのは()()()()()()だった。


 そのことに、彼女自身が何よりも失望していた。

 ……ああ、結局僕も、両親と同じ犬畜生だったってことか。

 シュカが何よりも嫌悪した、奴隷のような、畜生のような在り方。極限まで追い詰められた彼女は、己の獣の本能を実感した。

 

 強さを求めていたのも結局、より強いものを見つけて従属するためだったのではないか。より強い主人を探す野良犬のようなものだったのではないか。

 

 ねえ、教えてよキョウ。

 初めて会ったのに、他人を見ている気がしない不思議な人。ボクが見たことのない強さを持った人。

 

 ボクは結局、弱いままだったのかな。強者に媚びへつらう奴隷だったのかな。

 その問いかけを最後に、彼女の意識は途絶えた。


 胸には、ほのかな熱。それは獣の隷属本能だったのかもしれないし、見たいことのない強さを持った男への憧れだったのかもしれない。

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