抜け殻との対峙
意識が現実世界に帰還すると、亡霊騎士と相対したままだった。状況としては先ほどまでとあまり変わらない。
しかし、彼の纏う雰囲気は先ほどまでと大きく異なるものだった。
空虚。そんな言葉を想起させる様子だった。剣を構えたままだが、そこに意志が、生気が感じられない。
まるで糸の切れた操り人形のようだ。
その様子に戸惑っていると、後ろから俺を呼ぶ声がした。
見れば、ゾンビたちに足止めされていたはずの三人がこちらに走ってくるところだった。
「キョウ!」
「ヒビキ! あのゾンビたちはどうした?」
「急に動きが鈍くなったから、突破できたんだ。シュカが大暴れしてな」
「まあね!」
ヒビキの後ろにいいるシュカがフンと胸を張る。
よく見れば彼女の体には返り血が点々とついていた。彼女の奮闘が窺える。
「ですが、まだここには沢山残っているようですね」
ソフィアの声を聞いて前を見ると、ちょうどゾンビたちが再び地面から這い上がってきているところだった。
「ボクがまとめて吹き飛ばそう。時間を稼いでくれ」
ヒビキが杖を構えたので、俺とシュカが前に出る。
隣に立つシュカはニッコリと笑って俺を見た。
「なんかキョウ君と一緒に話すのも久しぶりな気がするね。最近はずっと小っちゃい奴に構いっきりだったし」
「小っちゃい奴……ツルギのことか?」
俺が問い返すと、シュカは何故か頬を膨らませてこちらを見た。
「そうだよ! どこにいるのかも分からない奴とばっかり話してさ!」
「わ、悪かったって……」
責められる筋合いもない気がしたが、シュカの気迫に負けて謝罪を口にする。
俺の言葉を聞いて一旦は満足してくれたらしい。拳を構えたシュカが前を向き、犬歯を剥き出しにした。
「じゃあ、久しぶりに僕のことも見てもらおうかな」
地面を蹴ったシュカは走り幅跳びの要領でゾンビの群れへと突っ込んだかと思うと、勢いのままに裏拳を地面に叩きつけた。
衝撃波が走り周囲のゾンビが吹き飛ばされる。
相手が体勢を崩したとみるや一瞬にして懐まで迫ったシュカは、次々とゾンビたちを薙ぎ倒していく。
よく見れば、彼女はあえてゾンビを倒さないようにしているようだ。ボディブローや投げ技によってダメージを負ったゾンビたちは、土に還るわけでもなく地に伏せてピクピクと動いている。倒すたびに復活する敵の対処法としてはベストの選択と言えるだろう。
「……なんだよ、ちょっとは賢くなったじゃねえか!」
憎まれ口を叩きながら俺も前に出る。
シュカに倣って致命傷を与えないように気を付けながらゾンビたちを打ち倒す。
そうやって二人で敵を迎撃しているうちに、ヒビキの準備が下がった。
「二人とも、下がれ!」
俺たちがヒビキの元まで下がるのと同時に、巨大な雷光が迸った。
「──サンダーストーム!」
見ているだけでも寒気のするような威力の雷魔法だった。雷が落ちたような音が連続して鳴り響き、稲妻の生み出す熱が伝わってくる。
ゾンビたちが一瞬にして灰になった。
──道が拓けた。
「シュカ!」
二人同時に踏み出して、一瞬にして亡霊騎士の懐へ。
しかし、敵は既に迎撃準備を整えていた。
突っ込んでいったシュカに憤怒の魔剣の振り下ろしが襲い掛かる。
「魔闘術──水流」
凄まじい剛剣だったが、シュカの技術はそれを上回るものだった。
剣身に添えるように当てられた右手が絶妙な角度で剣先を逸らす。狙いの外れた剣先が地面に叩きつけられるのと同時に、腰を捻ったシュカの左拳が唸った。
「魔闘術──烈火 噴石!」
カウンターで放たれた左フックが甲冑のど真ん中、正中線に突き刺さる。
拳を受けた亡霊騎士はわずかによろめいたが、すぐさま剣を振って反撃した。
シュカは一旦バックステップして仕切り直す。
「うーん、全然手応えないなあ。鳩尾に刺さったはずだけど」
「シュカ。多分あの甲冑の中身は空っぽだ。打撃は効果が薄いのかもしれない」
硬くて軽い、空っぽの甲冑。内臓へのダメージなどの概念が存在しないなら、いくら急所を打撃しても無駄だろう。
「フーン……じゃあ斬るしかないってことか」
そう言いながらシュカは俺の剣に目をやった。
「俺の出番だな。シュカ、合わせてくれ」
「言われなくても。ボクならツルギとかいう奴より上手くできるからね!」
変な捨て台詞を口にしながらシュカが飛び出す。
その背中を追って俺もまた亡霊騎士に接近していった。
亡霊騎士の動きは先ほどまでよりもさらに単調に見えた。
迫りくるシュカに対して真っ直ぐに突き。横に回避したシュカに向かって横振り。
二撃共に避けたシュカは、相手の剣に向かって裏拳を叩きつけた。
「シッ!」
「ッ……!」
大剣が弾かれた亡霊騎士が大きく体勢を崩した。
シュカが目で俺に合図してくる。
一気に加速した俺は、剣を振りかぶった。
「ォオオオオオ!」
体勢を崩した亡霊騎士は俺の接近を止めることができなかった。
傲慢の魔剣を強く握りしめる。視線は真っ直ぐに相手へ。ヘルムの奥の瞳は──もう見えなかった。
「ッ!」
抵抗は感じなかった。
甲冑の真上から振り下ろした剣先は兜に入り込み、股部分までを真っ直ぐに切り裂いた。
甲冑の中身は、やはり空っぽだった。
真っ二つになった亡霊騎士がガチャガチャと音を立てて崩れ落ちるのと同時に、周囲にいたゾンビたちが次々とその場に倒れ込んだ土へと還っていった。
それを見てようやく、俺は事が終わったことを確信できた。
傲慢の魔剣を鞘へと戻す。
改めて目をやると、亡霊騎士が着ていた甲冑だけが地面にポツンと残っていた。
それを見ると彼と共鳴状態にあった時の記憶が思い起こされる。
深い悲しみと怒り。悲劇の歴史。道半ばで息絶えた彼のこと。
「……まあ、弔うくらいはしてやるか」
抜け殻となった甲冑を土に埋めるため、俺はゆっくりとそれに近づいて行った。




