厄災
ゼトギニシア大迷宮・最下層・神殿の間
神殿内部はとても広く、四方に巨大なクリスタルの柱が据えてあり神秘的な光を放っている。
中央部分には円形の台座があり、台座を囲むように大剣を持った7体の天使の巨像が聳え立っていた。
台座の中央には黒曜石であろう鉱物で出来た宝箱というより、棺のような箱がある。
「あの中に古代錯誤遺物があると見て間違いないな。古文書には神殿内部の記述が少ない。ヨウコ頼む」
「任せて下さい。団長」
ヨウコと呼ばれた女性が辺りを見渡す。
名前からして転移者なのだろう。
「団長、神殿内には罠や術式の類いはないようです。あの巨像からも何も感じません」
「そうか。ならば進むとしよう」
アリシテルは団員達を引き連れ台座へ歩み始めた。
ただ見ただけで分かるなんて、異能スキルか何かなのだろうか?
アリシテルが彼女の言葉を信用したという事は、そういう事なのだろう。
アリシテルが台座に足を踏み入れた時、異変が起こる。
『箱を開けてはならぬ』
『災いを出してはならぬ』
何処からともなく声が響く。
「そんな!? さっきスキルで見た時は何も感じなかったのに!?」
動揺するヨウコをアリシテルが静止する。
「落ち着け! 台座に足を踏み入れると声が聞こえるようになっているのだろう」
確かに、声が聞こえた以外何も起こる様子がない。
だが……。
「よし、箱を開けるぞ」
アリシテルの声を合図に兵士達が蓋に手をかけ力一杯押した。
さっき声が聞こえてからずっと何が引っかかっている事がある。
本当に罠ではないのか?
確かにスキルの力で罠や術式が無いのを確認したが、本当にそうなのか?
なら何故声が聞こえる事も予測できなかったんだ?
そして俺はひとつの結論に辿り着く。
この神殿内ではスキルや呪文の類が使えない!
その結論にたどり着いた時、咄嗟に声が出た。
「待てッ!!!」
ーーだが、俺の声届くか届かないかで蓋が動いた。
少し蓋がずれたところで、その場にいた全員の血の気が引いたのを感じた。
蓋を押していた兵士達の首が、さっきまで動かなかった巨像の大剣に寄って切り飛ばされたのだ。
「きゃああああーーーー!!」
女性団員の叫び声が神殿内に響き渡る。
だが、悲劇は終わらない。
先程まで美しく、神々しいとまで思えた天使の巨像が次々と攻略組を襲い出した。
「ヨミ! 影縫いを使え!」
アリシテルが危機迫る声で言い放つ。
本人も呪文を唱える。
「絶対零度!!」
しかし何も起こらない。
俺の予想が的中した。
「団長! 力が使えません!」
ヨミもアリシテルも困惑している。
「アリシテル! ここではスキルも魔法も使えない!」
だが、俺の言葉は逆効果だった。
「うぁああああーーーー!!!」
強大な力を持つ者がその力を奪われ丸裸にされた時、心が折れるのも早い。
アリシテルは悲鳴を上げ剣を振り回し始めた。
全体に動揺と恐怖が広がる。
その時、巨像の一体がアリシテルの体をむんずと掴んだ。
「離せ!!! や、やめろぉおお!!!」
アリシテルは子供の様に泣きじゃくりながら巨像の手の中でジタバタする。
ガブリッ! と頭から巨像がアリシテルを喰らった。
その姿は天使とは程遠い姿だ。
その光景に神殿内全員の恐怖がピークに達する。
皆悲鳴を上げ、兵士やギルドの生き残りだけでなく騎士団員までもが閉ざされた入り口の扉目掛け逃げ出した。
1人も逃すまいと巨像達が翼を広げ飛び回り、逃げ惑う人達を斬り殺していく。
地獄絵図だ……。
脚がガクガクと震え、立っているのがやっとな状態で俺は恐怖に体が飲み込まれそうになる。
怖い、怖い……。
箱さえ開けなければ……!
あの声の通り、あれは災いの箱だ……!!
その時、ふと元いた世界の神話を思い出す。
ーーパンドラの箱
遥か昔、最初の女性と言われるパンドラが神から絶対開けてはならないと言われ箱を持たされる。
言いつけを守り箱を開けることをしなかったパンドラだったが最後には好奇心に負け、箱を開けてしまう。
箱の中にはありとあらゆる災いが閉じ込められていて、開けた拍子に勢いよく飛び出してしまう。
パンドラは慌てて蓋を閉めるも、パンドラのせいで世界は災いや疫病で溢れてしまった。
これじゃ本当にパンドラの箱だな……。
今じゃ神殿内は恐怖と絶望に満ち溢れてるし。
俺もここで死ぬしかない……。
あの箱から災いが溢れたんだ。
ダクタさんが助けてくれた命を無駄にしたくはないが、生き残れる可能性も希望もない……。
ーー待てよ……!
っと自分自身に否を唱える。
確かパンドラの箱の神話には続きがある。
もう1度パンドラが蓋を開けると最後に残っていたのは……希望だった……!
もしこれが俺の妄想で的外れだったとしても、こんな所で死んでたまるかよ!!
試してみる価値はあるッ!!
俺は台座に向かって走り出した。
目指すはあの箱!!
気がつけば俺以外立っている人間はおらず、台座付近には巨像が密集している。
あれをかわすしかない!
7体も相手にできるのか!?
避ける事だけ考えろ!!
台座目前で巨像3体が立ちはだかる。
剣筋を見て間一髪で避けると同時に巨像の股下をスライディングで潜り抜ける。
あと4体!!
箱さえ開ける事ができれば!!
体勢を持ち直し全速力で走る。
とにかく避けろ!!
次々と襲ってくる巨像達の猛攻をギリギリで躱す。
最後の1体!!
巨像が大きく振りかぶり斬りつけてくるのを身をそり返しながら避ける……が、右腕が残ってしまった。
ザシュッ!!
激しい痛みと共に右腕が飛んでいくのが見えた。
「グウゥ!!」
激痛で叫びたくなるのを必死に抑え、なんとか箱まで辿り着く。
左手と体を使って全力で押す。
蓋が重く、びくともしない。
「開けよぉお! 開いてくれぇええ!!!」
とその時、背後から強烈な殺気を感じ巨像達に向き直る。
「ヴガァア!!」
脳天への一撃は回避できたが、今度は左手も斬り落とされた。
痛い!痛い!痛い!
両腕が切り落とされた状態でもなんとか蓋をずらそうと体全体で押す。
少しずつだが蓋がずれ始めた。
出血が酷い!意識も飛びそうだ……!頼む!頼む!開いてくれ!
「開いてくれぇええ!!!!!!」
全力で体で蓋を押し込む。
その時…………。
ガコッ!!
「うわぁッ!?」
蓋がずれ落ち、全力で押していた俺の体は箱の中に入り込んでしまった。
ーーズサッ!
「きゃッ!!」
顔面着地した筈なのに全く顔が痛く無い……。
むしろなんか柔らかい……。
なんとか顔を上げると、そこには裸で横たわった状態のままこちらを見つめる美少女の姿があった。
「……はい?」
……どゆこと?