第一話 玉を砕くと書いて【ギョクサイ】と読む。
「このホモ野郎!」
響く罵声。
場所は校舎裏。
伝説の木下(第12期卒業生一同贈与)でロマンチックに告白した答えがそれだった。
相手は水泳部所属の高溝先輩。
セミロングの黒髪と、キリっと釣りあがった目が印象的なお姉さま系『美女』だ。
決して『美男子』ではない。
なのに、告白して『ホモ野郎』の称号を賜りました。
大いなる誤解があると思うのだが、こっちの言い分なんて毛ほども聞いてくれない。
「真由子を泣かせたくせに!」
と、某日本チャンピオン並のデンプシーロールで俺を殴り続ける。
振り子の運動で左右から繰り出される必殺のブロー。
先輩、水泳部だよね?
拳闘部じゃないよね?
体重がしっかりと乗った重みのあるパンチに、俺の顔はアンパンマンみたいに膨れ上がっていく。
そして最後のフィニッシュブローはガゼルパンチ。
カモシカのようなしなやかな下半身から繰り出される、芸術とも言うべきアッパーだった。
俺は吹き飛び、頭から垂直に落ちてヤバイ感じに首を捻る。
意識が薄れゆく俺が感じたことは
「どうしてこうなった?」
と、ペッと吐きかけられた先輩の唾に対する興奮だった。
◆
「おめでとう」
「ありがとう」
首にギブスを巻きながら親友とそんなやり取りをする。
痛む首を押さえて見上げると
『祝♪ビッチ撃退100回達成記念』
と書かれた垂れ幕が見えた。
「なにこれ?」
親友に問いただす。
「ゆー君がアバズレから清い体を守り通した100回記念の垂れ幕さ」
「そんなに俺の不幸が嬉しいか?」
「何を言ってるんだよ? これは偉業じゃないか。 こんなにすばらしい日は無いよ。 学校が終わったらパーティーがあるから、絶対参加してね。 大統領だって参加了承の返信貰ってるんだから」
さらっと恐ろしい発言をブチかます親友に頭痛が止まらない。
何が悲しくて告白100回玉砕を記念にパーティーを開かれねばならんのか。
しかも、彰人がパーティーを開くなんて言うものだから、クラスの女子が「正欺町さん、パーティー開かれるんでしたら私も参加していいですか?」なんて聞きながら集まってくる。
その中には高溝先輩の言っていた真由子こと原田真由子ちゃんもいた。
うん。
君ならパーティーに参加する権利はあるよ。
なんてったって、俺がいまフランケンシュタインになっているのは、君にも少なからず責任があるからね。
つか、高溝先輩に何って言ったんだ?
怖くて聞けないのですっと目を逸らした。
目を逸らした先には抜けるような青い空が広がっていた。
揺ら揺らと流れていく白い雲。
それを見つめながら深く息を吐く。
昔からだ。
昔からこうなのだ。
保育園の先生から、マクドナルドの店員さん。
果ては高溝先輩まで告白するたびに玉砕してきた。
自慢ではないがそれほど俺は悪くないと思う。
オタクと言えるほど漫画は読むが、短距離をやっているのでみっともない体はしていない。
成績は褒められたものではないが、飼育委員の仕事も真面目にやっているし、停学などの処分を喰らったことが無い。
中にはアウトローなのが良いって言う女の子もいるだろうが、真面目に学生生活を送っていてマイナスイメージになることは少ないだろう。
そして容姿。
彰人を基準と考えると凹んでしまうので考えから除外して、客観的に見てそれほど悪いとは思えない。
もちろん人によって好みはあるし、多少釣りあがった三白眼のような目つきの悪さはマイナスポイントだが、それでもニキビも無いしブサイクではないとおもう。
それが100連敗だ。
100というのは偉大な数字である。
それと同時に、絶望を表す数字であることも知った。
何故ここまで気が付かなかったのか、愚かな自分を殴りたい。
きっと高溝先輩は今の俺の気持ちをくんで『まっくのうち』をしてくれたのだろう。
あの後、瀕死の体を引きずって病院から抜け出し。
そして先輩に聞いた玉砕の理由はとんでもないものだった。
「あんた達付き合ってるんでしょ?」
あんた達?
何を言ってるのか解らなかった。
付き合っている?
誰と付き合っているというのだ?
誰かとキャキャウフフな関係に成れていたならば、そもそも先輩に告白する必要は無いじゃないか。
頭がぐちゃぐちゃする。
フリーズする俺に先輩は追い討ちをかけた。
「だから、正欺町と付き合ってるんでしょ?」
「はい?」
俺は求め続けてきた答えを聞いて…… 病院に逆戻りをした。