追放された魔法剣士は、それでも一緒にいきたかった
物心つく頃から、私達は常に一緒だった。
「レインー! 早くおいでよー!」
「待ってよ、アレクー!」
小高い丘に向かって、私達は駆けている。
この小さな村で、私達の遊べる唯一の場所。
丘の上に付いた私たちは、息を整えて互いの顔を見合い、笑いだす。
「今日はおじさん、かなり怒ってたね」
「うん。『この村の未来はお前たちに掛かっている』って、うるさいよね」
「あ、今のおじさんそっくり」
アレクの声真似で笑いが起きる。
なんてことない平凡な日常に、私は満足していた。
「あれ、なんだろう」
ふとアレクが目を細める。
アレクの視線を追っていくと、こちらに向かってくる数人の人影がやって来るのが見えた。
「先頭にいるの、アレクのおじさんじゃないかな?」
「え、父さん!? 何もここまで怒りに来なくても……」
「でも、なんだか様子が変だよ」
よく見てみると、おじさんは後ろの人達に何度も頭を下げている。
この村の村長であるおじさんよりも偉い人なんて、いったいどんな人たちなのだろうか。
そんなことを考えていると、おじさんたちが丘の上に辿り着いた。
「アレク! やっぱりここにいやがったか」
「父さん、何の用?」
アレクは後ろにいる人達から視線を逸らさず、おじさんに尋ねる。
知らない人達はアレクを見ると、感動したかのような声を上げて跪いた。
「君がアレク君だね?」
「……そうですけど、おじさんたちは?」
警戒を解かずに尋ねるアレクにおじさんが怒ろうとするが、知らない人達の中から少し豪華な服を着た男性が前に出てきて、おじさんを止めた。
「我々は王都の教会から、この村に住むアレクという少年が勇者に選ばれたという報告を聞いてやって来たのだよ」
「僕が……勇者?」
アレクが驚いた表情を浮かべている。
そして、それは私も一緒だろう。
村で一緒に遊んで暮らしていた幼馴染が、ある日突然勇者に選ばれたと聞いたら、誰だって同じ反応をするに違いない。
「その通り。君にはこれから王都に行って、勇者としての教育を受けてもらう。君のお父さんには、既に話は通してあるよ」
アレクがおじさんに視線を向けると、おじさんは誇らしげに頷いた。
すると、アレクは次に私に視線を向け、知らないおじさんに尋ねる。
「それって、レインも一緒に連れていけないの?」
「そうだね、基本は君一人だけだよ」
知らないおじさんの答えに、アレクの表情が歪む。
アレクが勇者として王都に連れていかれるのは決定事項のようで、そこに私の意思は入り込めないのだろう。
だけど……。
「……いやだよ、そんなの」
思わず零れてしまった私の本音。
生まれた頃から一緒だった私の半身とも言える存在がアレクなのだ。
アレクと引き離されたくない、アレクを奪わないで。
私の呟きが聞こえたのか、アレクは私の手を握っておじさんたちに向き直った。
「基本はってことは、例外はあるんだよね」
アレクの質問に、知らないおじさんは閉じていた目を薄っすらと開いた。
「そうだね。もしその子が優秀であれば、連れていくのもやぶさかではないよ」
「し、司教様。それは……」
司教と呼ばれたおじさんの後ろにいた大人達が狼狽えているが、司教さんは彼らを宥めてアレクに視線を戻した。
試されているのだと理解したアレクは、私の肩を抱き寄せて説明を始めた。
「レインは魔法が使えます。おばさんが魔法使いだったことから、おばさんの魔法を継承したと思います」
「アレク!?」
なんで知っているのかと驚きの声を上げてしまう。
お母さんに指導してもらい、うまく使えるようになってからアレクを驚かせたかったのに……。
「魔法かい。それは確かに有益な情報だが、魔法使いであれば、王都にも沢山いるよ」
「では、その中で剣を扱える人はどのくらいですか?」
「ほぉ、剣をかね?」
「はい。レインは魔法だけでなく、剣も扱えます。」
司教が驚きの目で私を見てくる。
私が剣を扱えるように見えないからだろう、疑いの色が見て取れた。
少しムッとなって私が口を出そうとした時、意外なところから支援の声が上がった。
「本当です。レインちゃんはアレクと一緒に私が指導してきましたので、十分に扱えるでしょう」
「おじさん……」
おじさんが私の剣の腕を認めたことで、司教さんは何度も頷いて私に謝罪した。
「そうか、それはすまなかったね。そういう事であれば、君を王都まで同行させることに、異論はないよ」
「司教様、よろしいのですか!?」
知らないおじさんの一人が慌てて司教に尋ねると、司教は頷いて答えた。
「構わないよ。その方がアレク君も心強いだろう。王都での生活面はアレク君同様、私が責任を持って保障しよう」
「あ、ありがとうございます!」
私は司教にお礼を言って、アレクに向き直る。
すると、アレクは私の手を両手で掴み、真剣な表情で私を見つめていた。
「レイン! 今更だけど、僕と一緒に王都に行こう!」
確かにこれだけ話が進んだ後にする話ではないだろう。
だけど、私の答えは決まっていた。
「勿論! 喜んで!」
「ッ……レインー!」
「きゃっ!?」
アレクに抱きしめられ、私はバランスを崩してその場に倒れこんでしまった。
頭はアレクが咄嗟に守ってくれたのだが、それ以外は地味に痛い。
倒れたまま私達は互いを見合い、どちらからともなく手を握り合った。
「僕達は何処へ行っても、ずっと一緒だよ」
「うん、 約束だよ!」
私はアレクの額に額をくっつけ、約束する。
ずっと一緒に、これからも……。
それからすぐに、私達は両親や村の人達に見送られ、王都に出発した。
七年後……。
魔王討伐の旅に出て早数ヵ月。
現在、私達は街の近くに出現したオーガの群れと戦闘をしていた。
「レイン! 右のオーガは任せた!」
「了解!」
アレクが左のオーガに向かっていき、私は右のオーガと対峙する。
ここが突破されたら、後方の街に危害が及んでしまう。
負けるわけにはいかない。
「ハァァァ!!」
雄叫びを上げながらオーガに肉薄し、勢いを乗せて剣を振り抜いた。
これまで相手にしてきたオーガであれば決まっていた一撃は、オーガの持つ棍棒によって簡単に防がれてしまう。
「ッ! コイツもなの!?」
魔王城に近付くにつれて、魔物が強くなってきているのは分かっていた。
しかし、ここまで大きく強弱が異なるとは思わなかった。
オーガが振り下ろした棍棒を屈んで回避した私は、剣を持たない左手をオーガに向けて、魔法を発動する。
『ファイヤーバレット!』
左手の平から、炎の弾丸が発射された。
魔法を警戒していなかったオーガは避けることも出来ず、魔法が腹部に命中したことで態勢を崩した。
「せりゃああ!!」
その隙を逃すことなく、オーガの首目掛けて剣を振り抜き、斬り飛ばした。
「よし! これで二体目!」
崩れ落ちるオーガを見て安堵の息を吐いた時、アレクの切羽詰まった声が聞こえてきた。
「レイン! 後ろだ!」
「っ!?」
アレクの声で、私は背後に近付いていたオーガに気付くことが出来た。
しかし、オーガは既に棍棒を振り上げており、初動の遅れた私では避けることは不可能だった。
せめてダメージを減らそうと防御の姿勢を取った時、私の頭上を雷の魔法が飛び越えていった。
雷の魔法は私を襲おうとしていたオーガの頭部に直撃し、オーガは仰向けに倒れていく。
魔法の向かってきた方向に視線を向けると、私とアレクを除いて唯一のパーティーメンバーである魔法使いメルディがこちらに手を振っていた。
メルディの周りにはオーガの死体が転がっており、あちらも激戦だったことが伺える。
「流石メルディだな。この距離でも魔法の威力が落ちていない」
気が付くと、いつの間にかアレクが私の傍に来ていた。
アレクのいた場所から結構距離はあった筈だけど。
「アレク、お疲れ様」
「あぁ、レインもお疲れさま。怪我は無いか」
「うん、大丈夫だよ」
私は両手を広げて見せて、怪我がないことをアピールする。
「そうか……後の残敵掃討は僕達でやるから、レインはメルディ達と合流してくれ」
「了解。気を付けてね」
私はアレクにこの場を任せ、メルディのいる場所まで駆けていく。
駆け寄ってきた私に気付いたメルディは、荷物からタオルを取り出して渡してくれた。
「ありがとう、さっきは助かったよ」
私はタオルを受け取って汗を拭いながらお礼を言うと、メルディはブイサインを作って頷いた。
「危なかった……用心……大事」
「うん、次から気を付けるよ」
「……次があれば……だけど」
最後のメルディの言葉に引っかかりを感じていると、遠くからアレクの呼ぶ声が聞こえてきた。
オーガの残敵掃討は終わったらしく、他の冒険者達とこちらに戻ってくるのが見える。
私達はアレク達と合流し、オーガの生き残りがいないことを確認する。
「北の森……捜索……オーガ、いない」
「そっか、生き残りもいるだろうけど、数は多くなさそうだね」
「よし、後は街の冒険者に任せて、僕達は帰ろうか」
アレクの言葉に私達は頷き、この場を冒険者に任せて街へと帰還した。
街に入ると、直ぐにアレクは街の人達に囲まれていった。
「勇者様、ありがとうございます!」
「これで街は救われました!」
街の人達にお礼を言われて、アレクは恥ずかしそうに頬を掻いている。
その様子を眺めながら、私とメルディは顔を見合わせ、小さく笑った。
「私は疲れた……先に戻る……レインは?」
「私はアレクを待ってから戻るよ」
「……そう」
私がそう言うと、メルディは欠伸をしながら群衆の中に消えていく。
メルディを見送った私は、再びアレクに視線を戻す。
街の女性達に囲まれ、困った表情を浮かべているアレクを見ていると、自然と笑みが零れてくる。
勇者として有名になった今となっても、昔と変わらない一面を見られて満足だ。
暫くして、アレクが群衆から解放されたのを見計らって声をかけた。
「お疲れ様、色々な意味でね」
労いの言葉をかけると、アレクは不貞腐れたようにそっぽを向いてしまう。
「助けてくれても良かっただろうに」
「はいはい。そんなことより、早く戻って明日の準備をしよう。魔王城まであと一歩なんだから、準備不足は許されないよ」
「……あぁ、そうだな」
私の言葉にアレクは頷き、滞在している宿まで歩き出した。
あれから一夜明け、荷物を纏めていた私はアレクに呼び出され、アレクの部屋にやって来た。
部屋にはメルディの姿もあったが、その表情はどこか暗い。
呼び出した本人のアレクも、目を閉じて俯いている。
「どうしたの、アレク。急に呼び出して」
私が尋ねると、アレクは意を決したように目を開き、顔を上げた。
「レイン、君にはパーティーを抜けてもらう」
「……え?」
いきなり告げられた言葉に、私は困惑した。
これから魔王城に乗り込もうというタイミングもあり、私はアレクの意図を測りかねていた。
「アレク、何を言って……」
「これは決定事項だ、異論は認めない」
異議を言わせない冷たい視線に、私は後退ってしまう。
アレクにこんな目で見られるのは初めてだ。
「……理由は何なの?」
私は振るえる身体を押さえて尋ねる。
いったい何が駄目だったのだろう。
気付かない間に、何か怒らせるようなことをしちゃったのかな。
「レイン、君の実力は確かだ。剣と魔法をここまで扱えるようになったのは、素直に称賛するよ。だけど、それはここまでだ」
「どういうこと……」
私の問いに、アレクは溜息をついて答えた。
「君では本職の剣士や魔法使いに劣ると言っているんだよ。君の実力では、魔王との戦いについていけないだろう」
「そんなこと……」
「ないと言い切れるかい。昨日だって、オーガ相手に苦戦していただろう」
アレクの指摘に、私は口を閉ざした。
私は剣と魔法を扱う魔法剣士として、臨機応変な戦い方が出来る。
だけど、剣の腕は本職の剣士に劣り、魔法も本職の魔法使いのように広範囲を攻撃する魔法は使えない。
器用貧乏、と称されても文句は言えなかった。
「レイン……貴女の旅……ここで終わり」
「メルディ……」
メルディが私の肩に手を置いた。
メルディは勇者パーティーが結成した日から苦楽を共にした仲間なのだが、彼女も私の追放に異議は唱えないようだ。
「既に君の代わりは見つかっている……入ってくれ」
アレクに呼ばれて、二人の男女が部屋に入って来る。
一人はガタイがよく、背中に携えた大剣がメインの剣士の男性。
もう一人は軽装の女性なのだが、一つ一つの動作に隙が無く、おそらく盗賊か暗殺者なのだろう。
二人とも先日のオーガ戦で見たことのある、この街有数の冒険者だ。
この二人が、私の代わりに勇者パーティーに入ると言うのか。
「剣士のデイモンと盗賊のケイナだ。剣の腕はレインよりもデイモンが上だし、レインがやっていたトラップの警戒も、これからは本職のケイナが引き受ける」
「そういう事だ。足手まといはとっとと失せるんだな」
「うるさい、黙れ!」
剣士の男性を黙らせ、私は再びアレクに視線を戻す。
しかし、アレクの瞳に迷いは見えなかった。
「本気なんだね、アレク」
「……あぁ、本気だとも」
アレクの答えを聞いて、私の中の何かが崩れる音がした。
離れたくない一心で頑張ってきたこれまでの努力が、否定された気持ちだった。
「それじゃあ、僕達はもう行くよ。今日の分の宿代は渡してあるから、それからは好きにしてくれ」
そう言って、アレクは俯く私の隣を通り過ぎていく。
デイモンとケイナは馬鹿にするような視線を向けており、メルディは私から顔を逸らしている。
あぁ、本当に終わったのだと突きつけられる。
「ずっと一緒だって、約束したのに……」
私の呟きにドアノブを掴んだアレクが一瞬動きを止めたが、そのまま何事もなかったかのように部屋を出ていく。
こうして、私とアレクの冒険は終わりを告げた。
「はぁ、これからどうしよう」
アレク達に置いていかれた私は宿を飛び出し、街道の脇にしゃがみ込んでいた。
私の私物こそ残されていたが、資金が心ともない。
アレクが一括で管理していた弊害が、ここで浮き彫りになった形である。
一応少しは持ち合わせているが、この程度では数日分の宿泊代と食事代しかない。
更に言えば、故郷の村に帰るのも躊躇われた。
アレクと一緒に村を飛び出したにも拘らず、旅の途中で私だけ帰ってきたら、信じて送り出してくれた両親に迷惑をかけてしまう。
私は再び溜息を零し、これからどうするかを考えていた時、近くの路地から微かな音が聞こえてきた。
「……何の音?」
普段であれば気にしないだろうが、何故か今は非常に気になってしまう。
私はゆっくりと立ち上がり、重い足を動かして路地を覗き込む。
覗いた先には薄暗い路地が広がり、少し入り込んだ先にフードを被った小さな人影が倒れているのを見つけた。
「っ! 大変!」
人が倒れているという事態に、感じていた気怠さは吹き飛んだ。
いったい何があったのか、そして誰にやられたのか。
聞きたいことは沢山浮かんでくるが、それよりも先に身体が動き、倒れた人に駆け寄っていた。
「貴方、大丈夫!? どうしたの!?」
「う……あぁ……」
声のトーンから、この人物が少女であることが分かった。
それ以外にも、身体の至る所に血の跡が見て取れる。
「お……おぉっ……」
「なに、どうしたの?」
少女が何かを言おうとしていることに気が付き、耳を少女の口元に近付ける。
非常に小さな声であったが、何とか聞き取ることに成功した。
成功したのだが……。
「お腹、すいたぁ」
ある意味定番な答えに、私は力が抜けてしまった。
血の跡から酷い怪我をしているだろうに、真っ先に出た言葉は空腹なのね。
「うーん、ちょっと待ってね。すぐに何か買ってくるから」
「あー、それはいいよ。そんなことより……」
不意に少女が私の腕を掴む。
そして、その小さな口を大きく開けて、私の首筋に……。
「貴方の血、ちょーだ「とりゃ!」あいたぁ!?」
届く前に引き離し、放り投げた。
その際にフードが捲れ、少女の素顔が露わになる。
「やっぱり! 貴女は!?」
「いったぁ……って アンタは!?」
少女の顔を見て、私は咄嗟に腰の剣を引き抜いた。
それと同時に、少女も臨戦態勢を取る。
「まさか、このような場所で出会うとはね」
「それはこっちのセリフよ! なんで貴女がここにいるのよ……ルビア!」
目の前の少女・ルビアに、私は警戒心剥き出しのまま尋ねた。
ルビア・マルクレイ。世界中の吸血鬼を束ねる女王にして、魔王軍四天王の一人。
そして、私達が唯一倒しきれず、撃退に留まった……怪物だ。
しかし何故だろうか、目の前のルビアは最後に遭遇した時よりも幼く見える。
「落ち着きなさい、私に争う気はないわ」
「それを信じろと?」
これまで散々苦汁を飲まされた相手の言葉を信じられる筈もない。
それを理解してか、ルビアは臨戦態勢を解いて両手を上げた。
「本当よ。私にもう、アンタ達と戦う理由はないわ」
「……どういうことよ」
殺気を感じられえないことから、本当に争う気はないのだろう。
それでも、警戒を解く理由にはならない。
ルビアの動きに注意しながら次の言葉を待っていた私は、ルビアの口から出た内容で呆気にとられることになる。
「実は私、魔王軍を追放されちゃったのよ」
「……はぇ?」
思わず変な声が出てしまった。
魔王軍を追放とは、何があったのだろうか。
「アンタ達との戦いに敗れ、何とか魔王城に逃げ込んだまでは良かったんだけど、それが魔王様にとって良くなかったみたいでね。貴様のような弱者はいらん! って、追い出されちゃったのよ」
「それは……辛いね」
あまりに酷い話に、思わず眉を顰める。
ルビアはこれまで遭遇してきた魔族の中では強敵の部類に入り、現状魔王と同等の脅威であると私達は認識していた。
そんな強敵の現在が、追放されて行き倒れているとは思わなかったが。
「同情はいらないわよ」
「同情と言うか……私も同じだから」
その言葉に、ルビアは不思議そうな表情で私を見る。
私は俯きながら、先程の出来事を話していく。
「私もね、追い出されちゃったんだ。剣も魔法も本職に劣る私は、パーティーにはいらないんだって」
「ちょっと! なによそれ!」
ルビアが声を荒げた。
いきなりどうしたのかと顔を上げると、ルビアの怒った表情が目の前にあった。
「アンタは十分に強いわよ! 剣と魔法が本職に劣る? そんなの関係ないわ!」
「でも、私より本職の剣士を入れた方が、パーティーも強くなる筈だし」
「いいえ、逆よ。ただ腕の立つ剣士や凄い魔法が使える魔法使いってだけなら、私のあんなに苦労しなかったわ。私が一番苦労したのは、勇者とアンタがいたからよ」
「アレクと……私が?」
あまりピンと来ていない私に、ルビアは落ち着いた声量で教えてくれた。
「接近して戦っていた時に、いきなり魔法が飛んでこられると対処は難しいの。逆に、魔法使いは接近戦が苦手というのが基本常識だから、魔法発動前に接近して倒そうとしたら剣で反撃されたってなったら、結構簡単に返り討ちよ」
「そ、そうかな……」
確かに、これまで出会って期は他の魔族は、剣と魔法を両立するアレクと私を前にすると、驚いた様子を見せていた。
でも、それは勇者であるアレクを見て驚いているのだとばかり思っていた。
そのことを伝えると、ルビアは目頭を押さえて溜息をついた。
「アンタ、ちょっとは自分の実力を信じなさいよ。アンタは十分に強いわ」
そこまで言われて、私は少し恥ずかしくなってくる。
でも、何故ルビアは私をここまで褒めてくれるのだろうか。
「なんでルビアはそんなに褒めてくれるの? 私達、敵同士だよね」
「私はもう魔王軍じゃないから、アンタ達と敵対する気はないのよ」
そういうものだろうか。
あっさりと敵意を引っ込めたルビアが異常なのか、未だに警戒を解けない私が異常なのか……前者であることを願いたい。
「それで、アンタはこれからどうするの?」
「どうするか……」
私はいったい、どうしたいのだろうか。
ルビアと遭遇する前から悩んでいたことだが、未だに答えは出ていない。
「ひとまずは、日雇いの仕事を探すかな」
「本当にそれでいいの?」
ルビアの問いに、私は押し黙ってしまった。
本当にそれでいいのか……分からない。
自分がどうしたいのかもわからないのに、これでいいとか言える筈もない。
私が黙っていると、ルビアは呆れたような表情で溜息をついた。
「呆れた。私はね、勇者を追いかけなくていいのかって聞いているのよ」
ルビアは話を聞いていたのだろうか。
私はアレクにパーティーを追い出されて、今に至るのだ。
追いかけたところで、アレクの迷惑にしかならないだろう。
そのことを伝えると、ルビアは私の肩を掴んで揺さ振った。
「私はアンタの本心を聞いているのよ! アンタは本当にそれでいいの!? 勇者と別れて、本当に良かったの!?」
ルビアの言葉に、唇を噛み締める。
「そんなの……本当は嫌に決まってるじゃない! 私はアレクとずっと一緒にいるために頑張ってきた! どんなに厳しい訓練も、どんなに危険な目にあっても、アレクと一緒にいるためなら乗り越えてこられた! それなのにこんな……こんな別れ方って……」
気が付くと、目から大粒の涙が溢れだしてくる。
本当は離れたくなかった。
もっと一緒に旅を続けたかった。
ずっと……一緒に居たかった。
「それなら答えは決まっているじゃない。追いかけなさい」
「でも、それはアレクの迷惑に……」
「今は勇者の意思なんて関係ない。アンタのしたいようにしなさい」
「私の、したいこと……」
アレクを追いかけたい。
それが、今の私がしたいこと。
ルビアに言われて気付くなんて、自分の不甲斐無さが憎い。
「ありがとう、ルビア。貴女って、いい人ね」
「あら、今頃気が付いたの? 私はこう見えて、魔王軍唯一の良心だったと自負しているのよ」
「そうかもね……出会い方が違ったら私達、友達になれたのかもね」
もし、魔王軍との戦争が起きてなくて、最初の出会い方が最悪でなくて、同じ環境で過ごせていたのなら……そんなことを考えてしまう。
そんなたらればなんて、考えても仕方がないのに。
「ルビアはどうするの?」
「私? うーん、どうしようかなぁ」
「魔王軍に戻らないの?」
「私は別に魔王軍に未練なんてないから、戻る気はないわね」
私をこんなに焚きつけた本人は、戻るつもりはないらしい。
そのことに、私は胸を撫で下ろした。
ルビアが魔王軍に戻った場合、私がルビアと戦える気がしなかったので、非常に助かる。
「じゃあさ、暫く私と一緒に行かない?」
「私、勇者に殺されちゃいそうなんですけど?」
「そんなことさせないよ。私がアレクを説得するから」
私の提案にルビアは数秒間悩んだ末に、頷いた。
どうやら答えが出たらしい。
「仕方がないわね。いいわ、その提案を受けましょう」
「やった!」
こうして、ルビアが旅に同行することが決定した。
元勇者パーティーメンバーと元魔王軍四天王という組み合わせは何故だろう、凄く斬新だ。
「それじゃあ、早速準備して行こうか」
「そうね、そうしたいのは山々なんだけど」
次の瞬間、ルビアのお腹から大きな音が鳴り響いた。
追放の件で忘れていたが、ルビアは空腹で行き倒れていたのだった。
ルビアは顔を赤くして、私を見上げた。
「ねぇ、アンタにお願いがあるんだけど」
「私に出来ることなら。後アンタじゃなくて、名前で呼んで。これから一緒に旅する仲なんだからさ」
「分かったわ。それじゃあ……レインの血、頂戴」
それからは一瞬だった。
私の気が抜けた瞬間を突いて、ルビアは私の首筋に歯を立て、肉を貫いた。
「なん、でっ」
「おえあい、ひんいへ(お願い、信じて)」
完全に油断していた。
追放者同士という共通点から始まり、親身に話を聞いてくれたルビアに対する警戒心が、いつの間にか緩んでしまっていた。
抵抗しようにも、ルビアは抱き着く形で私の動きを封じ、首筋から血を摂取していく。
「ル、ビア。もう、やめ……」
「もうふほひらへ(もう少しだけ)」
ルビアの切実な声に、抵抗する意思が奪われていく。
抵抗するための腕は、もはやルビアを支えるだけのものになり果てていた。
時折血を舐め取る舌の動きに身体を震わせながら、私はただ目を閉じ、ルビアの食事が終わるのを待つしか出来なかった。
それから暫くして、ようやくルビアの口が首筋から離れた。
「はぁ、ご馳走様……って、レイン!」
解放された私は足に力を入れられず、その場にへたり込んでしまう。
貧血でもうろうとする意識の中、ルビアの謝罪の言葉が聞こえてくる。
「あぁ、なんてこと……ごめんなさい、レイン。ごめんなさいっ」
ルビアの謝罪を聞きながら、私は意識を手放した。
次に私が目を覚ましたのは、私がまだ契約していた宿屋のベッドの上だった。
隣に視線を向けると、ルビアがこちらを見つめていた。
ルビアの姿は初めて遭遇した時の大人の女性になっており、恐らく血を摂取したことで元に戻ったのだろう。
「おはよう、レイン」
私の顔を見て、申し訳なさそうに挨拶をするルビアに、私は質問する。
「私はどのくらい気を失ってたの?」
「えっと、だいたい半日ってところよ……あのね、レイン。さっきは「そっか、じゃあアレク達はもうだいぶ進んじゃったかな」っ!」
私が言葉を被せると、ルビアが悲痛そうな表情で口を閉ざした。
強引な吸血をした手前、どう切り出すか悩んでいるのだろう。
……そろそろいいかな。
「なんてね。冗談だよ、ルビア。私はそんなに怒ってないから」
「いや、そこは怒っていいのよ?」
何故かルビアに注意されてしまった。
ルビアは深く溜息をついて私に近付き、首筋に触れた。
「痕は残らないようにしたつもりだったけど、少し赤くなっちゃったわね」
「えっ、そうなの?」
起きたばかりで鏡を見ていないから、何とも言えない。
だけど、ルビアの反応から見て、そこまで腫れているという訳ではなさそうだ。
「ごめんなさい。極限の空腹状態で血を摂取したから、歯止めが効かなくて」
「気にしないで。それよりも、早くアレク達を追いかけよう」
ベッドから立ち上がり、壁に立てかけられていた剣を取る私に、ルビアは心配そうに尋ねる。
「本当に大丈夫なの?」
「もう平気だよ。それより、ルビアも早く準備して?」
「私はいつでも行けるわよ」
「んっ、了解」
ルビアの準備が終わっているのであれば、何も言うまい。
私はベッドの上に地図を広げ、ルビアと一緒にのぞき込む。
「アレク達が出てから半日ってことは、もう魔王城に着いてる頃かな」
「そうでしょうね。となると、一番近いのは……」
魔王場に近いこともあり、地理に詳しいと思われるルビアに尋ねる。
すると、ルビアは暫く地図を眺め、この街から北側にある森の一部を指差した。
私が首を傾げていると、ルビアが優しく教えてくれた。
「ここに四天王専用の秘密通路があるの。本来は緊急時の脱出用なのだけど、四天王は全滅してる上に、魔王の性格から逃げるなんてしないと思うから、安全に魔王城まで行ける筈よ」
「そんなのがあるんだ」
これならアレク達に追いつくことが出来そうだ。
そうと決まれば話は早い。
私達は必要最小限の荷物を持って、宿屋を後にした。
街の街門を抜け、目的地までの道を歩いていると、不意にルビアが訊ねてきた。
「前から思っていたのだけど、レインと勇者って、付き合っていたの?」
「ぶふっ!」
突然の質問に、飲んでいた水を吹き出してしまった。
「な、何を突然! 私とアレクは幼馴染! それだけだよ!」
「えっ、幼馴染なだけ? 本当に?」
「そ、そうだけど……」
「えぇ……どう見てもそれだけには見えないのだけど……」
私の答えが不満だったのか、ルビアはぶつくさと呟きながら私から視線を逸らした。
何かおかしなことを言っただろうか。
私とアレクは幼馴染で、一緒に魔王討伐の旅に出て、ずっと一緒に居ようと約束した仲で……約束は守られなかったけど。
私は小さく溜息をつき、未だに自分の世界に入っているルビアに話しかけた。
「ルビア、秘密の通路はどのあたりにあるの?」
「……えっ? そ、そうね。確か……あ、あそこよ」
ルビアが指を指した方に視線を向けると、そこには大きな岩が鎮座していた。
どれほど前からここにあるのだろうか、岩は苔に覆われ、周りには見たことのない石像が転がっており、どれも風化しているようにも見える。
「これが?」
「そうよ、少し待ってなさい」
そう言ってルビアは岩に近付いていき、近くに転がっていた石像の一つを動かす。
すると、岩がまるで割れたように左右に動き出し、中から地下へ続く階段が出現した。
私が呆気に取られていると、ルビアが階段を少し降りて振り返る。
「何してるの、早く行きましょう」
「あ、うん。そうだね」
ルビアの言葉で我に返った私は、後に続いて階段を下りていく。
階段の先には薄暗い通路が伸びており、まさに緊急時用といった状態で保たれていた。
それから暫く通路を進んで行くと、大きな扉が立ち塞がる。
「この扉の先は、魔王のいる玉座の間よ。もし勇者達がまだ辿り着いていなかったら、魔王と戦闘になるかもしれないわ」
「それならそれでいいよ。アレク達を待つ間、魔王で時間潰すから」
「……時々、アンタが本当に凄いのか、ただのバカなのか、分からなくなるわ」
目頭を押さえて溜息をつくルビアに心外だと抗議しながら、私は目の前の扉を見上げた。
扉の取手は私の頭一個分高い位置にあり、届きはするだろうが開けられる気がしない。
そんなことを考えている私の隣に、ルビアが並び立つ。
「さぁ、行くわよ」
「どうやって開けるの?」
私よりも背の低いルビアがどうやって開けるのかと注目していると、ルビアは扉に手を当てて口を開いた。
『開け、ゴマ!』
「え、えぇ!? それでいいの!?」
ゆっくりと開かれていく扉とルビアを交互に見ながら、私は驚きの声を上げた。
扉の取手の意味は? その呪文で本当にいいのか? と、そんな私の疑問を口にするよりも先に、ルビアが表情を歪ませた。
「おかしいわ。魔王様の魔力を感じられない」
ルビアの呟きに、私は即座に扉の先に視線を向ける。
ルビアの反応から、本来ならこの場所からでも魔王の魔力を感じられるのだろう。
魔力の流れに注意しながら腰の剣に手をかけ、扉の先を注視する。
そして、私は衝撃の瞬間を目の当たりにした。
「いやぁぁぁ!!」
「……え?」
玉座の間に響き渡る女性の悲鳴。
崩れ落ちる女性の前に立つ男性の剣から、鮮血が滴り落ちていく。
信じられない光景に、私は震える声でその男性の名前を呼んだ。
「アレ……ク?」
「あれ、レイン?」
私に気付いたアレクは、キョトンとした表情で首を傾げた。
何故私がここにいるのかを聞きたいのだろうが、私はアレクが口を開くよりも先に尋ねた。
「アレク、その人って……」
「え? ……あぁ、これか」
そう言ってアレクは事切れた女性・ケイナを蹴飛ばした。
私は未だに夢を見ているのだろうか。
誰よりも優しく、勇者として人々の先頭に立っていたアレクは、今は別人に見えてしまう。
私が呆然としていると、ルビアが前に出てアレクを睨みつけた。
「レイン、気を付けて。微かにだけど、勇者から魔王の魔力を感じる」
ルビアが警告すると、アレクは意外なものを見たと言わんばかりに目を見開いた。
「これは驚いた。魔王軍四天王の一人が、どうしてレインと一緒に?」
「私は魔王軍を追放された身だから、もう魔王軍とは関係ないわ」
「追放……あぁ、似た者同士、傷の舐め合いでもして取り入ったのかい?」
アレクが忌々しそうにルビアを睨みつける。
すると、アレクから異常な魔力の流れが滲み出ているのが分かった。
勇者として相応しい力強さに、どこか優しさを含んでいたアレクの魔力は、今は禍々しい流れで覆われて感じ取れない。
「アレク、なんでケイナさんを殺したの」
ルビアの警告と魔力の違和感から我に返った私は、アレクに尋ねた。
何か理由があった、私の思い違いだ、その私の願いは、アレクの言葉で打ち切られた。
「ケイナ? あぁ、これの名前か。これはレインを馬鹿にした。だから殺した」
「何を……言って……」
「これは君のことを売婦って言った。誰にでも股を開くビッチ、今頃はどこかの男に腰を振っているって……だから殺した。あれも、これも全部……」
「全部……ッまさか!?」
アレクの言葉の意味を理解した私は、玉座の間を見渡した。
そして、少し離れた場所に倒れている二人の姿を見て、血の気が引いていくのが分かった。
「そんな……ッ!?」
二人の状態に言葉を失う。
ガイウスは四肢を斬り落とされ、服部から内臓が飛び出るほど深く斬り裂かれている。
メルディはもっと悲惨で、左腕を斬り落とされている他、顔の原型が分からない程に潰されており、身につけている装備から、辛うじてメルディだと見て取れた。
かつての仲間の惨状に、力が抜けそうになってしまった私を、ルビアが支えてくれる。
「とんだ下種野郎ね、勇者……いいえ、お前で十分だわ」
ルビアは心底軽蔑したと言わんばかりの視線でアレクを睨みつける。
すると、アレクは私達を見て表情を歪ませた。
「レイン、あれはあなたの知っている勇者じゃないわ。気を確かに持って」
ルビアに励まされ、私は力なく頷いた。
あれはもう、私の知っているアレクじゃない。
「アレク……」
「残念だよ、レイン。君ならわかってくれると、信じていたのに」
アレクが剣先をこちらに向ける。
表情は悲痛そうに歪んでいるが、その目は私達を敵だと言っているように見えた。
「レイン! 構えなさい!」
「……うん、わかった!」
私は鞘から剣を抜き取り、アレクに向けて構えた。
戦闘が始まってからすぐに、私達はアレクとの実力の差を思い知らされていた。
『ファイヤーバレット!』
私の左手の平から炎の弾丸が発射され、アレクに向かっていく。
『ファイヤーバレット!』
アレクが同じ魔法で私の魔法を迎撃する。
しかし、それはもはや同じ魔法と呼べるものではなくなっていた。
アレクの放った炎の弾丸は私の放った魔法よりも遥かに大きく、打ち消すだけに留まらず私に向かって突き進んでくる。
「ッ!」
間一髪のところで直撃を避けた私だったが、着弾の余波で数メートルほど吹き飛ばされてしまう。
「なんて威力……本当に同じ魔法なの!?」
「レイン! 呆けてないで畳みかけて!」
上空からルビアの声が聞こえてくる。
ルビアは自分の指先を噛み切ると、流れ出る血を飛ばして魔法を発動させる。
『ブラッド・ザ・ナイト!』
飛ばされたルビアの血が次第に騎士の形を形成していき、アレクへと向かっていく。
しかし、アレクはルビアの魔法に向かって剣を薙ぎ払う、それだけでルビアの魔法を消滅させてしまった。
「元といっても四天王か。油断はできないな……ならば」
アレクが左手を突き出し、ルビアに向ける。
その動きを見たルビアは魔法の発動に警戒するが、次の瞬間驚愕の表情を浮かべて動きを止める。
「お前、その魔力は!?」
ルビアの疑問を無視して、アレクが魔法を発動させた。
『デス・バレット』
アレクの左手の平から放たれた黒色の弾丸。
ルビアが回避しようと急降下するが、魔法はまるで意思を持ったようにルビアを追尾する。
「くっ! 『ブラッド・ザ・ナイト!』」
ルビアが血の騎士を出現させ、黒色の弾丸に特攻させる。
すると、黒色の弾丸は血の騎士と接触するや否や、大きく膨れ上がって血の騎士を消滅させてしまった。
「なに、今の魔法……」
見たことのない魔法に私が驚いていると、ルビアが近くに着陸して説明する。
「デス・バレット……触れた相手を消滅させる魔法。そして……魔王様の魔法よ」
「少し違うな。これはもう、僕の魔法だ」
そう言って、アレクは上着を脱ぎ捨てる。
すると、その下から胸に埋め込まれるように禍々しく輝く緋色の玉が姿を現した。
「やはり、魔王様はもう……」
ルビアが悔しそうに視線を伏せる。
魔王軍に悔いはないと言っていたが、魔王に対しては特別な感情を抱いていたのかもしれない。
「そうさ。魔王の魔核を奪い取った。これで僕は、魔王を上回る魔力を手に入れたんだ!」
アレクは、まるで新しいおもちゃを見てもらいたい子供のように笑いながら左手を握り締める。
その様子を、ルビアは憐れむように見ていた。
「皮肉なものね、魔王を倒した勇者が、魔王に堕ちるなんて」
「うるさい! 黙って殺されろ!」
怒ったアレクが再び魔法を発動させる。
打ち出されてくる黒色の弾丸をルビアのブラッド・ザ・ナイトと私のファイヤーバレットで迎撃していくが、次々に打ち出されてくる魔法に、次第に残魔力が不安になって来る。
「ルビア! そろそろ魔力が!」
「私に任せなさい! これでも元四天王、吸血鬼の親玉なのよ!」
そう言い切ったルビアは、今度は反対の手を深く噛み切り、新しい魔法を発動させた。
「食らいなさい! 『ブラッド・オブ・レギオン!』」
床に溜まった血の池から無数の騎士や魔物等が湧き出て、相手を攻撃する魔法。
ルビアの力が尽きるまで湧き出る血の軍勢は、黒色の弾丸に向かって突き進んでいく。
血の軍勢でアレクからの視線が途切れた私達は、互いを支え合うようにその場で膝をつく。
「まずいわね、血を使いすぎたわ」
ルビアが辛そうに息を整えている。
魔力量では灯台の魔王すらも上回っているとされているルビアだが、ルビアの使う魔法は魔力以上に血液を大量に消費する。
如何に魔力が多くとも、血が足りなければ戦えない。それがルビアなのだ。
「ルビア、私に血を使って! そうすれば!」
「無理よ。レインから血を貰っても、私の魔法ではあいつに勝てない」
「でも、それじゃあどうすれば!」
私の悲痛な声に、ルビアは優しい笑みを浮かべながら私の頬に触れた。
「一つだけ、手はあるの。でもそれは、レイン……貴女の協力と信頼が必要なの」
「私の協力と、信頼……」
私はルビアの手に触れ、繰り返す。
私達の間に、信頼なんては殆ど無いだろう。
お互いを殺し合ってきた相手を、そう簡単には信じられないからだ。
だが、それでも……。
「信じるよ。それで、アレクを止められるのなら!」
「……ありがとう」
次の瞬間、ルビアが私の首筋に歯を突き立てた。
最初は血の補給かと思われたが、すぐに違う何かだと理解する。
身体全体に失った魔力以上の魔力が送り込まれているのだ。
「ルビア、これはいったい……」
私が困惑していると、ルビアは口を離して説明する。
「ブラッド・ライン……血を交わして私の魔力を相手に送る魔法……一歩間違えたら死ぬ危険のある魔法だったけれど、成功したみたいね。私の残り魔力の殆どを送ったから、数発はあいつ以上の魔法が使える筈よ」
「そんな、それじゃあルビアは……」
どうするのかと尋ねようとした時、ルビアの細い指で口を押えられた。
そして、ルビアは諭すように私の頭を撫でる。
「私は大丈夫。貴女は貴女の為すべきことをしなさい」
そう言い切るとルビアは立ち上がり、私に背を向ける。
そして、体内に残る殆どの血を使い、新たな血の騎士を生み出してく。
「私にできるのはここまでよ、レイン。あいつを……勇者を止めなさい」
「ッ! ……うん、分かった!」
私は立ち上がり、ルビアの隣に並び立ち、託された魔力を扱えるよう集中する。
魔力を調整し、魔法に組み込み、同調していく。
「……よし! 行けるよ!」
「分かったわ。それじゃあ行きなさい!」
そして、私達の反撃は始まった。
私はルビアの生み出した血の騎士達とアレクに向かって突き進んでいく。
「レイン、君じゃあ僕に勝てないのは分かっているだろう」
そう言いながら、アレクは魔法を発射する。
魔法が放たれる度に、血の騎士達が身を挺して私を守り、消滅していく。
「確かに、私一人じゃアレクには勝てない。でも、ルビアと力を合わせれば!」
私は左手を突き出し、魔法を発射する。
『ファイヤーバレット!』
瞬間、太陽が出現したかと思えるほどの輝きを放ちながら、巨大な炎の弾丸……否、砲弾がアレクに向かっていく。
「なッ!?」
突然のことに一瞬呆気にとられたアレクだったが、直ぐに態勢を立て直して回避する。
そして、炎の砲弾は地面に衝突すると、その威力をいかんなく発揮した。
巨大な爆風をもろに食らい、アレクが吹き飛ばされる。
「なんだよそれ、そんなのありかよ!」
アレクの抗議を無視して、私はアレクに迫っていく。
すると、アレクは落ち着きを取り戻して剣を構えた。
「剣で勝負するつもりか? 魔法とは違って、剣なら負けないぞ」
アレクの言うように、剣の勝負ともなれば、託された魔力も意味は無いだろう。
剣だけで(・・・)、戦えばの話だが。
『ファイヤーバレット!』
「ッ!?」
剣が交差する直前、私は左手を前に出して魔法を発動した。
剣での対決と油断していたアレクは回避が遅れてしまう。
「ぐぁぁあ!!」
「くっ!」
直撃によって発生した衝撃波で私も後ろに吹き飛ばされてしまうが、直ぐに態勢を立て直して突撃する。
アレクは魔法の直撃によるダメージが大きいのか、動きが鈍い。
「なぜだ、なぜレインがこんなに……」
「ルビアが教えてくれて、信じてくれたからだよ」
ルビアは言っていた。
接近して戦っている時に魔法が飛んで来たら、対処は難しいと。
ルビアは信じてくれた。
私を信じて魔力を託し、送り出してくれた。
その思いに、私は答えたい。
「アレクゥゥゥ!!」
私の剣が真っ直ぐにアレクの胸……魔王の魔核へと突き刺さ時、アレクの声が聞こえた気がした。
「流石だよ……レイン」
そして、私の剣は魔王の魔核を貫いた。
魔王の魔核が砕け、アレクが仰向けに倒れる。
「はぁ……はぁ……」
私は激しく鼓動する心臓を押さえながら、息を整える。
アレクを殺した……その事実が、重く圧し掛かる。
「お疲れ様、レイン」
ルビアの声が聞こえたかと思うと、背後から優しく抱きしめられた。
「ルビア……だいじょう、ぶなの……?」
「えぇ、ちょっと血を使いすぎて、意識を保つのがやっとなだけよ」
「駄目、じゃん……」
私はその場に尻もちをつく。
ルビアも支えられる力がないのか、一緒に崩れ落ちた。
全て終わった……そう思われた時。
「……かはっ!」
アレクが肺の中の空気と一緒に血を吐き出した
それを見たルビアが、臨戦態勢に入る。
「こいつ、まだ生きて!」
「ルビア、やめて」
私はルビアを止めて、アレクに向き直る。
アレクはぜぇぜぇと荒い呼吸をしながら、私達を見ていた。
「教えて、アレク。どうして、私を置いていったの?」
私の質問に、アレクは答えない。
だが、答えてもらえるまで、私は質問を止めない。
「ねぇ、どうして? 私と一緒にいるの、嫌になっちゃった?」
「ッ! そんな、こと……ない!」
「じゃあどうして?」
「……だったから」
かすれた声で、アレクが答える。
「君を……巻き込みたく、無かった……」
「もう十分巻き込まれているよ」
すると、アレクは首を横に振った。
「魔王が死んだ今……一番の脅威は僕だ……いずれ僕は、人の手によって殺されるだろう」
「まさかそんな……」
「それだけじゃない……人類は魔族を絶滅させるまで……止まらない」
「でしょうね。それだけ人類と魔族の間に、埋めがたい因縁があるのも事実よ」
アレクの言葉に、ルビアも同意する。
しかし、それが私を巻き込まないことにどう繋がるのだろうか。
「アレク。貴方は何がしたかったの?」
私の質問に、アレクは少しの間を開けてから答える。
「……人類と魔族の共存。そして……そんな世界を、レインと一緒に、見たかった」
「……バカ。それなら連れて行きなさいよ」
私はアレクの頭を膝に乗せ、頭を撫でる。
旅の途中に何度もしてあげた膝枕。
だが、それも残り僅かだ。
「レイン……」
アレクが力なく手を持ち上げ、私の頬に触れる。
「僕は昔から……君が好きだったよ」
「……じゃあさ、もっと生きてよ」
ここで、私は自分の声が震えていることに気付いた。
声だけではない、身体も、心も、私の全てが震えている。
「生きて、もう一度好きだって言ってよ。アレクの夢を叶えて、一緒に見ようよ……なんでこんな……アレク……」
目から止めどなく涙が溢れてくる。
何度顔を拭おうとも、涙が止まる気配はない。
どうして、こんなことになったのだろうか。
「いやだ……いやだよ、アレク! ずっと……ずっと一緒だって……約束、したじゃない……」
「ごめん……約束、守れなかった」
「駄目! 許さない! 生きて、ちゃんと謝るまで許さないから!」
「それ……なんとも手厳しい……」
苦笑いを浮かべていたアレクが、ゆっくりと目を閉じる。
その表情はどこか穏やかで、苦しみから解放されてように見えた。
どれだけ時間が過ぎただろうか。
気が付けば、涙も止まっていた。
アレクはもう、動かない。
「ねぇ、ルビア」
信じられない程に低く、冷たい声が私の口から出て来る。
「アレクを生き返らせることは出来る?」
「……不可能よ。神でもない限り、そんなことは出来ないわ」
「そっか」
「ねぇ、レイン。貴女は……」
冷たくなったアレクをそっと降ろし、ゆっくりと立ち上がる私を見たルビアは、次の瞬間息を詰まらせた。
ルビアは私の目を見て何を思ったのか、それ以上は何も言わない。
「じゃあさ……なろっか。神に」
私の言葉に呼応するように、胸の耀きが増した気がした。
どこか心地よく、力強さを感じる魔力に身を委ね、私は決意する。
「ずっと一緒だよ、アレク。約束破るのは……許さないから」
あれから数ヵ月後、私は王都の教会にいた。
魔王と勇者が相打ちして直ぐに、新しい魔王が誕生したことが民衆に知れ渡り、王都のみならず世界中で大混乱が起きている。
「なぜ、こんなことに……」
私はそう呟くことしかできなかった。
すると、教会の扉が開かれ、一人の女性が入ってくる。
私はその女性の顔を見て、口を閉ざした。
「久しぶり……来た」
メルディ。
本来神官であった彼女は魔法の才能を認められ、魔法使いとして勇者パーティーに同行した、魔王討伐に赴いた勇者パーティー唯一の生き残りである。
「報告……勇者の教育、終わった……明日出る」
新しい勇者の教育が終わったから、明日旅に出ることの報告であったらしい。
話に聞けば、彼女も旅に同行する様だ。
私は聞かずにはいられなかった。
「本当に行くのか? その怪我で」
彼女は前回の魔王討伐で片腕を失い、顔も原型が留まらない程の怪我を負って帰って来た。
顔は教会の神官が総出で治癒魔法をかけたことである程度は回復したが、失われた腕を戻すことは出来なかった。
「行く……それが私の……アレクとの、約束だから」
最後にそれだけを残して、メルディは教会を後にする。
私はその後姿を見送り、祈りを再開した。
いったい何処で間違えたのだろうか。
あの日のことを、昨日のように思い出す。
あの日、私は教会の大司教の命を受けて辺境の村へと足を運んだ。
目的は勇者の素質を見出された少年を保護し、王都まで送り届けることであった。
何事もなく少年と合流し、王都まで同行してもらおうとした時、少年の隣にいた少女が呟いた。
『……いやだよ、そんなの』
最初はただ親しい親友と離れたくない少女の悲痛な声だと思っていた。
しかし、彼女の目を見て、それが間違いだと気付いた。
何処まで黒く、飲み込まれそうな程に深い闇が、そこにはあった。
連れて行くべきではなかった。
勇者の説得など聞き入れず、護衛の声に耳を貸すべきだった。
だが、もはや全て手遅れである。
少女は魔へと身を堕とし、教会の加護を持たない彼女は、あらゆる制約を受けずに人類を、全生命を脅かしていく事だろう。
人類と魔族、全てを関係なく……。
「神よ……」
私は今日も祈り続ける。
人類に……世界に安寧が齎される、その日まで。