第92話 妖精の帰還
ルバークは魔道具の研究は程々に抑え、森のパトロールについてくるようになった。
季節はすっかりと秋めき、森で採ることのできる食物も豊富に実っている。
ノームがいなくなって、もうどれ程になるのだろうか。
「今日もいっぱい採れたわね。これで冬の間も美味しい食事にありつけそうね!」
ルバークが手伝ってくれることで、明らかに収穫量が増えていた。
「そうですね。甘いものはどれだけあっても困りませんからね。」
ロゼもウンウンと頷いてくれる。
味覚も少しづつ戻ってきており、食事を楽しむことができるようになっていた。
「そのまま食べてもいいけど、やっぱりジャムにした方がボクは好きだなぁ~!」
ロゼはすっかりとジャムにハマっている。
食べることにもだが、どちらかというと作ることに楽しさを見出していた。
毎日のようにジャムづくりに励んでいた。
一通り、森を巡ると家へと帰る。
代わり映えの無い日々を送っているが、毎日がそれなりに楽しかった。
家に戻るなり、ロゼはジャムづくりを始める。
ルバークも自室へと戻っていってしまう。
特にやることが無いので、シラクモを撫でながら過ごす。
しかし、平穏な日々は突然終わりを告げる。
「戻ったわよ!ダイク、開けなさい!」
森の妖精様が帰還なさったのだ。
扉を開けてやると、早々に家の中が騒がしくなる。
「あら、いい匂いね!ロゼ、何を作っているの?ダイク、約束は覚えているわよね?出掛ける用意はできてるんでしょうね?」
ノームはあっちこっちと忙しなく家の中を飛び回る。
「約束はしてないだろ。出掛けるってどうやって行くんだ?何の説明もなしに飛んでいっただろ?まずは説明してくれ。ルバークさんも呼んでくるから。」
「ダイク兄、ボクが呼んでくるよ!鍋をお願いね!」
ロゼは素早い動きで階段を登っていった。
「しょうがないわね、説明するわよ!すればいいんでしょ!」
自分の行動を思い出したのか、テーブルの上に降り立って大人しくルバークを待った。
俺もロゼの代わりに木べらで鍋を混ぜて待った。
「ノームちゃん、戻ったのね。どこに行ってたの?」
ルバークは階段を下りながら妖精に声をかける。
「遅いわよ、ルバーク!説明するから、早く座りなさい!」
ノームの物言いを気にする素振りもなく、ロゼとルバークは席に座った。
「ありがとう、ロゼ。ジャムはもう出来たと思うから、火は止めたよ。」
「うん、ありがとう、ダイク兄!お話が終わったら味見しよっか!」
「それなら、お茶を淹れるわ。まずは香りだけでも楽しみましょう。ノームちゃんも飲むでしょ?」
「もちろん飲むわ!けど、話をしたいから早くしてよね!」
気にも留めずにルバークはいつものペースでお茶を淹れ始める。
俺も鍋をテーブルに持ってきて、お茶に入れられるようにしておく。
「なんなの、これ!?すごくいい匂いじゃない!」
ノームが臭いにつられて鍋に近づいてくる。
「ブルーベリーっていう果物のジャムだよ!今日、みんなで採りに行って、ボクが煮込んで作ったんだよ!お茶に入れても美味しいんだよ~!」
ロゼは丁寧に妖精に説明してあげる。
「そうなのね!頑張ったわね、ロゼ!褒めてあげるわ!」
淹れ終わったお茶に一匙ずつジャムを入れていく。
「ん~、これもいい匂いがするわね。木苺よりは甘みが強いわね。」
「うんうん、美味しいよ!ノームも飲んでみなよ!」
ロゼに促されずともノームは飲み始めていた。
「ん~、美味しいわね!これからわたしのお茶は毎回これでよろしくね!」
話を始めたいのに、妖精はすっかりお茶に夢中だ。
「なぁ、ノーム。早く話を始めてくれ。」
妖精はグビッとお茶を飲み干して、ようやく話を始めた。
「話も何も無いわ!パッと行って、パッと帰ってくるんでしょ?」
ノームは説明下手なのか、要領を得ない。
「だらか、どうやって行くんだって話だよ。」
ノームは飲み足りないのか、俺のお茶まで飲み始める。
「ノームちゃん、ダイク君はもう味を感じられるようになったの。だから、これからはダイク君の分は取っちゃダメよ!それはダイク君に返して、ノームちゃんのコップを持ってきなさい。お代わりをいれるわ。」
ルバークがやんわりと注意するが、すでに俺のコップは空だった。
「美味しかったわ、ルバーク!もうお茶はいらないわ!どうやって行くかだったわね!外を見てごらんなさい!」
ノームは窓を指差して、そう言った。
俺たちは立ち上がって窓へと移動する。
「あれっ、あんなところに木って生えてたっけ?」
家の前に立派な木が一本生えていた。
「あの子が連れていってくれるわ!準備が大変だったんだから、感謝してよね!」
妖精の言っていることが、全く分からなかった。
「あの子ってことは、あれはトレントなのか?マザーの許可もないのに、よく入ってこれたな。」
「鬼蜘蛛の親玉には許可をもらったわよ!当り前じゃない!勝手に縄張りを荒らすのはマナー違反よ!」
ノームがマナーを弁えているとは知らなかった。
人間種のマナーが分からないから、こんな物言いなんだろうか。
「そうなのね。許可を得たことはわかったわ。わたしたちが分からないのは、トレントがいるから何なのってことね。」
トレントがこちらへ振り向いて、口を大きく開けた。
「うわぁ~、ダイク兄!動いたよ!!」
ロゼは楽しそうにしているが、そんな気分にはなれなかった。
トレントの口の中が禍々しく、ウネウネと何かが蠢いていた。
「あの中に入れば、魔獣木の近くに移動できるわ!妖精だけが使える移動術よ!まぁ、滅多に使うことがないから用意に時間が掛かっちゃったけど、これで移動できるようになったわよ!」
俺もルバークも言葉が出ない。
ロゼは興味深そうにトレントを見ている。
「い、一旦座って落ち着きましょうか。何だかのどが渇いちゃったわ。」
ルバークは飲んだばかりのお茶を再び淹れだした。
「ロゼ、俺たちも座るよ。」
窓にしがみ付いて見ているロゼを剥がして、席まで連れていく。
「何で座るのよ!もう行くわよ!」
ノームはテーブルの上でジタバタと暴れ出す。
「これから行ったってすぐに夜になって、魔獣木どころじゃないだろ。行くにしたって明日以降だよ。ノームには道案内だってしてもらわなきゃいけないし、しっかりと休んでからでもいいだろ?」
「そうだけど・・・。まぁ、いいわ!明日には必ず行くってことだものね!今日は美味しい食事を楽しむことにするわ!」
何とかノームを言い包め、出発までの時間を稼いだ。
「わたしも行った方がいいかしら?」
「ルバークさんは家で待っていてください。もしかしたら、ヴィドさんたちが来るかもしれませんからね。ロゼはどうする?」
ルバークは家主として森を守っておいてほしい。
ロゼは・・・、来てくれればありがたいが、無理やり連れていく気にもなれなかった。
「ボクだって行くよ!魔獣を倒す人がいないと、ダイク兄も困っちゃうでしょ!」
「そうだな。ありがとう、ロゼ。」
準備をすることは特にないが、一体どのくらいかかるのかを想像もできなかった。
軽食のストックはまだあるので、作る必要は無いだろう。
とにかく、早く食事を作って体を休めるのみだ。
すぐさま調理場に立って、料理を作り始める。
「ダイク君、食事はアイテムボックスにまだ入ってるの?少し移してもいいのよ?」
「大丈夫です。まだ、スープもいくらかありますし、唐揚げパンもまだ入ってます。」
「そう、ならいいわ。わたしも手伝うから、少し早いけど夕食にしちゃいましょうか。」
ノームが帰ってきたことで、バタバタと忙しない夕暮れとなった。
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