第91話 森の恵み
翌日、午前はロゼとロデオの世話と魔法の練習に取り組んだ。
昼飯を食べ、午後からは森の管理のためにパトロールに出掛けることになっている。
「ダイク兄、もう行くよ!」
ロゼが俺の手を引っ張りながら言う。
「食べたばかりなのに、もう出掛けるの?二人とも、気を付けるのよ!」
ルバークはお茶を淹れようとしていたが、手を止めて俺たちを見送る。
「わかったから、引っ張らないで。ルバークさん、行ってきます。」
ルバークに軽く手を振り、家を出たところでロゼの手が離される。
「魚を見てからでいいか?」
「うん、いいよ!でも、早くね!」
家の前に干してある魚を確認すると、表面はいい具合に乾燥している。
今日の夕飯にでも焼いて、味の確認をしてもらおう。
魚を干物台へと戻して、森へと入っていく。
パトロールと言っても、ほとんど俺たちにやることは無い。
魔獣退治は鬼蜘蛛たちが森の入り口で行ってくれている。
折れた枝や食べられそうな果物があれば、採って回るくらいだ。
「ダイク兄、これはもう採ってもいいかな?」
小さな木に生える木苺を指差してロゼが言う。
「いいんじゃない?」
一つ摘まんで、ロゼの口に放り込む。
「どう、美味しい?」
「ん~、甘酸っぱくて美味しいよ!クガネも手伝って!」
「シラクモもお願いできるか?」
二匹の鬼蜘蛛は前足をあげて、木苺を収穫していく。
俺も収穫しながら、一粒食べてみるがまだ味覚は戻らない。
鍋がいっぱいになるまで収穫を続け、パトロールに戻る。
森は変わることなく、平和が訪れている。
少し風が冷たくなってきたが、植物たちは鮮やかに色づいている。
「マザーのところに寄ったら帰ろうか。」
一通り森を見て回り、特に異常は見つからなかった。
「そうだね!昨日採れたさつまいもも見せてあげなきゃね!」
ロゼと手を繋いで、マザーの住まう大樹を目指して歩いた。
「こんにちは、マザー。昨日戻ってきました。」
大樹を魔法で作った階段を登り、マザーに挨拶をする。
(戻ったか、ダイク。ルバークが元気になってよかったな。)
「ありがとうございます。森に変わりはありませんか?」
(あれ以来、平和な森が戻ってきたよ。)
あれ以来というのは、近くの遺跡に生えていた魔獣木を回収して以来ということだろう。
ロゼが小さな籠を持ってマザーに近づいていく。
「マザー、これね、昨日畑で採れたさつまいもと、今日森で採った木苺だよ!マザーにお裾分けだよ!」
(そうか・・・感謝する、ロゼ。)
ロゼは照れくさそうに笑いながら戻ってきた。
「じゃあ、マザー。今日はこれで帰りますね。何かあれば、呼んでください。」
(わかった。気を付けて戻りなさい。)
マザーに手を振って、大樹を下りる。
そういえば、ノームについて聞こうかと思っていたが忘れてしまった。
まぁ、いつでも来られるし、明日でもいいか。
階段を下りてすぐのところに、以前住んでいた俺とロゼの家がある。
家といっても、木の根っこの隙間に住み着いていただけだが、今改めて見てみるとかなり小さな隙間に感じる。
「ロゼも大きくなったな。」
隙間を見ながら言ったので、ロゼにも伝わったみたいだ。
「そうだね・・・。もうボクたち、ここには住めないね。」
ロゼは隙間に体を入れてみるが、入ることはできたがだいぶ狭そうにしている。
シラクモもじっと家の方を見ている。
ここでシラクモに、ルバークに会わなければ間違いなく俺たちは死んでいただろう。
隙間の家を見ていると、いろいろな感情が湧いてくるようだった。
「そろそろ帰ろうか。」
隙間に嵌っているロゼを引っ張り起こして帰路に着いた。
「お帰りなさい。ダイク君、ロゼ君。」
珍しく、ルバークが一階で作業をしていた。
「ただいま、ルバークさん!何してるの?」
「戻りました。珍しいですね、ルバークさん。下で作業をしてるの。」
「たまには下で作業をすることだってあるわよ!あらっ、それって昨日の魚よね?もういいの?」
家に入る前に、干物を手に持っていた。
「もうできたと思います。夕飯に焼いてみるので、感想をお願いしますね。」
ルバークは近づいてきて干物一切れを手に取り、いろんな方向から眺める。
「わかったわ。ダイク君が作ったんだもの。美味しいんでしょうね!」
特におかしなところは見当たらないのか、そのまま俺の手に干物は返ってきた。
「木苺を採ってきたんだよ、ルバークさん。ダイク兄、ルバークさんに見せてあげて!」
ロゼが言うので、アイテムボックスから取り出してあげる。
「まぁ、美味しそうね!一つ貰ってもいいかしら?」
ロゼが頷くと、ルバークは一粒を口に運んだ。
「うん、美味しいわね。ありがとう、二人とも。」
俺たちの頭を撫でて、ルバークは作業に戻った。
夕飯までにはまだ時間がある。
「ロゼ、木苺のジャムでも作ろうか?」
ルバークの側で作業を見守っているロゼに声をかける。
「ジャムってなぁに?」
「木苺を煮詰めて作るんだけど、パンに塗ってもいいし、お茶に入れても美味しいものだよ。」
美味しいと聞いて、ロゼは素早く調理場に立った。
「早く作ろうか!鍋はこれでいい?」
そんな様子を見たルバークはフフっと小さく笑っていた。
ロゼの準備した鍋に木苺を洗ってから入れる。
「採ってきたの、全部入れないの?」
不満げな表情をロゼは浮かべるが、そのまま食べる分もとっておきたかった。
「今日はこれだけ作るよ。美味しくできたらまた作ればいいしね。」
魔導コンロの魔石に触れて、木苺を煮詰めていく。
砂糖は無いので、基本的には煮詰めるだけだ。
甘みが足りないときは蜂蜜を入れることにする。
「ダイク兄は座ってていいよ!ボクがかき混ぜてるから!」
ロゼが鍋を焦がさないように木べらで木苺を混ぜてくれるので、やることのない俺は椅子に座ることにした。
「疲れたら言ってね。いつでも代わるから。」
「わかった!」
真剣な表情でロゼは鍋と向き合っていた。
ルバークの隣に座って作業を見ていると、手が突然止まる。
「ん~、いい匂いね。やっぱり、集中できないわね。」
「す、すいません。」
「ううん、違うのよ。謝らないで。最近、いろいろなことがあったじゃない?魔道具を作っていても、何だか集中できないのよね。いいアイデアも出てこないし・・・。」
スランプにでも陥っているかのように聞こえた。
「そうですか・・・。そういう時は一旦、魔道具から離れてみるのもいいんじゃないですか?」
ルバークと話していると、ロゼが振り返った。
「ダイク兄、これでいいんじゃないかな?」
立ち上がって鍋を覗くと、木苺がとろりとジャム状になっていた。
木べらで掬い、冷ましてからロゼに味見をしてもらう。
「どうかな?美味しくなってる?」
聞かずとも、ロゼの表情で察することができたが、一応聞いておく。
「酸っぱいのが減って、甘みが増えてるね!すごく美味しいよ!」
ルバークも俺の後ろからジャムに手を伸ばした。
「ん~、本当ね!甘みが強くて美味しいわ!お茶に入れてもいいんだって言ってたわよね!今からやってみましょうか!」
ルバークは席に戻り、魔道具を片付けお茶を淹れだした。
お茶にジャムを一匙掬って混ぜてルバークとロゼに渡す。
味の分からない自分の分には入れなかった。
「何これ!?すごく美味しいわ!お茶に入れると、甘みよりも香りがいいわね!」
「ほんとだね!いい匂いがもっと良くなったね!」
ロゼとルバークには好評だった。
この調子では、ジャムはすぐに無くなることだろう。
明日からは森に生えている果物を、出来るだけ集めることにしようと決めた。
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