第56話 約束
「今、ここら一帯で魔物が増えていてな。冒険者ギルドも大忙しだ。」
リンデンは深刻そうな顔を浮かべてそう言った。
「そうですか・・・。」
「出来ることなら、お前たちをサンテネラに連れていって、手伝ってくれねぇかなとの淡い期待もあったんだ。この森でもそうだったのか・・・。まぁ、そうだよな・・・。」
リンデンの大きな声がどんどんと小さくなった。
温かいお茶でも飲んで落ち着いてもらおうと、お茶を淹れ直す。
「おう、すまねぇな。」
「ダイク兄、あれのこと聞いてみたら?」
いつの間にかロゼが背後に立っていた。
話に集中していたため、家の中に入ってきたことすら分からないかった。
「ろ、ロゼ、いつの間に!今、お茶淹れるよ。」
ロゼの分もお茶を淹れることになった。
キッチンでお湯を沸かしながら、一息つく。
「で、あれって何のことだ?」
お茶を淹れ終わると、リンデンは暑苦しい顔を近寄せてくる。
俺はリンデンよりも前に、マザーかルバークに相談したかった。
遺跡にあった魔獣木は回収したが、他にもあるかもしれない。
「その話は明日じゃダメですか?夜も遅いですし、今日はもう休みましょうよ。」
リンデンは腕を組んで考え込む。
「わかった。明日には教えてもらえるんだな。」
「はい、約束します。」
「ボクも約束するよ!」
「そうか、約束だぞ!」
約束を交わすと、俺は一人で裏庭へ行って風呂の準備をする。
リンデンにはロゼが飲み終えるまで、一緒に待っていてもらった。
ロゼはお茶を飲み終えるとリンデンを連れて裏庭へ来て、みんなで風呂に入った。
リンデンは風呂に驚いていたが、入ってしまえば気持ちよさそうに疲れを癒していた。
風呂の後はヴィドとアルが泊った部屋に案内して、俺たちも部屋に戻る。
ベッドに入るとすぐに眠気に襲われて、あっという間に寝た。
起きると、下の階から物音が聞こえてくる。
部屋を出て階段を下りると、リンデンが朝食を作っていた。
「おはようございます、リンデンさん。」
「おう、おはよう。悪いが使わせてもらってるぜ!」
「どうぞ、好きに使ってください。」
そう言い残して、洗面所へと向かう。
顔を洗っていると、キッチンが騒がしくなる。
「おはよう、ダイク兄!」
扉を開けてロゼが入ってくる。
「おはよう、ロゼ。朝食を食べたら、マザーのところに行くよ。」
「うん、わかった!」
ロゼが顔を洗うのを待って、一緒にキッチンへ戻る。
「もう出来てるぞ。リンデンスペシャルだ!」
テーブルの上には、ホットケーキがそれぞれ二枚ずつ焼き立てが置かれていた。
「美味しそうですね。ありがとうございます。」
「ほんとに美味しそうだね、ありがとう。リンデンさん!」
「いいってことよ。世話になったお礼だ。」
一枚をシラクモに分けて、いただくことにする。
「「いただきます!」」
リンデンは何か言いたそうだったが、飲み込んで食事を始めた。
ホットケーキは塩味だった。
甘いものを想像して口に入れたからか、頭の中が混乱したが意外といける。
「リンデンさん、あとで作り方を聞いてもいいですか?」
生地がしっかりと膨らんでいる。
恐らく重曹のような膨らませる何かを入れているはずだ。
それが何なのか、知りたかった。
「いいぜ。簡単だし、すぐに覚えられるぜ。」
「俺たちは食後に少し出かけるので、その後にお願いします!」
「おう。」
塩味のホットケーキをペロリと食べ終えると、俺とロゼは家を出た。
リンデンには鬼蜘蛛たちの作業場と、それぞれの個室以外は好きにしていいと言っておいた。
「ダイク兄、行く前に畑に水をあげたいんだけど・・・いい?」
ロゼがそう言って、じょうろを持ってくる。
「いいよ。畑のお世話してから行こうか。」
水の玉から少しずつ水を、ロゼの持つじょうろの中に入れてやる。
昨年はじゃが芋を収穫し、形は歪なものが多かったが味は美味しかった。
今年はじゃが芋とサツマイモの苗を植えている。
畑の大きさは倍の広さとなっていた。
何度か水を補充して、ロゼは水を撒き、俺は雑草を毟った。
作業が終わると、マザーの元へと向かった。
「そういえばロゼ、鬼蜘蛛の様子はどうだった?」
もう少しでマザーの大木というところで、突然思い出した。
「まだ寝てるみたいだったよ。」
「そうか、マザーにそれも報告しなくちゃな。」
「うん、そうだね!」
そんな話をして階段を登ると、マザーが見えてくる。
「おはようございます!」
「おはよう!」
マザーと挨拶を交わして、昨日の報告をする。
遺跡の地下道で魔獣木を見つけて持って帰ってきたこと。
ロゼと鬼蜘蛛が血の契約を結んで、鬼蜘蛛が進化の眠りについたこと。
リンデンが俺たちの家に泊っていること。
サンテネラに向かう途中の橋が壊れて、ルバークが帰ってこれないこと。
マザーは、俺たちが話し終えるのを黙って見守っていた。
「マザーは魔獣木について何か知っていますか?」
(魔獣木とは魔王領で管理されている木だ。わたしが魔王領で見た魔獣木は、魔石が取れる木で、見た目は普通の果樹のような木だったはずだ。)
マザーの言う魔獣木とはかけ離れた見た目だった。
見てもらった方が早いだろうと、アイテムボックスから取り出す。
「これが取ってきた魔獣木です。マザーの言う姿とはだいぶ違いますが・・・。」
(わたしの知る魔獣木ではないな。魔獣が生まれるという話も聞いたことはない。)
マザーも知らないのか・・・。
魔獣木を仕舞おうとした瞬間、水晶が一つ落ちて転がる。
それはみるみるうちに大きく膨らみ、中から鬼蜘蛛が生まれ出る。
その鬼蜘蛛は一直線にマザーの元へと走り出す。
すると、マザーの前足が素早く動き、鬼蜘蛛の腹を貫く。
俺とロゼはその光景を見ていることしかできなかった。
(その木を早く仕舞ってくれ。)
マザーに言われた通り、アイテムボックスに戻す。
(魔獣木から生まれる魔獣は、空気中の魔素を吸収して大きくなるようだ。)
遺跡でウルフが誕生するまでは、結構な時間がかかっていた。
さっきは本当にあっという間だった。
ウルフと鬼蜘蛛の大きさの違いはあるが、鬼蜘蛛の森は魔素が濃いということだろう。
「でも、なんで遺跡ではウルフが生まれて、ここでは鬼蜘蛛なんでしょう。」
(ここが私の縄張りだからだろう。縄張りの中はわたしの魔素で満たされている。)
魔獣木を植える場所によって、生まれてくる姿が違うということだろうか。
「なんだか、ルバークさんの好きそうな話だね。」
ロゼは大人しく話を聞いていたが、ポツリとつぶやいた。
「そうだね。少しタイミングが悪かったね。こんな時にいないなんて・・・。」
(ルバークを迎えにいくのか?)
「明日と明後日まで、ウルフたちの動きを見てから行く予定です。原因の一つは取り除いたと思うので、襲撃が無ければ橋を直せるか見に行ってきますね!」
(そうか。お前たちの思うままに行動するがいい。)
「はい、今日はこれで失礼しますね!」
「バイバイ、マザー!」
約束を果たすべく、リンデンの待つ家へと帰る。
評価とブックマーク、ありがとうございます!
まだの方は是非、お願いします!
モチベーションになります!