第47話 邂逅
ルバークの元に空間魔法で戻ることはできなかった。
しかし、焦ることはなく、頭は冷静だった。
まずは、ここから出なくてはならない。
アイテムボックスから短剣を取り出し、手に握る。
耳を澄ましても、人や魔獣の気配はない。
全くの無音の空間だ。
音を立てないように、一歩ずつ慎重に螺旋階段を登っていく。
ひとつ上の階は武器庫になっていた。
壁一面に豪華な装飾の施された剣や盾が飾られている。
その下には上蓋のない樽が雑然と置かれていて、さまざまな武器が無造作に突き刺さっていた。
興味はあるが、今はそれどころではない。
見るだけにして、階段をゆっくりと登っていく。
武器庫の上の階は、蓋をされるように扉で閉ざれていた。
力を込めて持ち上げようとするが、なかなかに重たい。
階段を一段上がり、立ち上がるように力んで扉を押し上げる。
不快な音を立ててゆっくりと持ち上がり、隙間から光が差し込んでくる。
完全に扉を開ききると、そこには見慣れた光景が広がっていた。
見慣れた・・・というには少し語弊があるな。
この高さから見るのは初めてだった。
森がかなりの高さから一望でき、向こうの方には大きな湖が見える。
あそこにルバークの・・・俺たちの家があるんだろう。
鬼蜘蛛の森の中にいるのは、間違いない。
そして、ここは・・・
後ろを振り返ると、大きな鬼蜘蛛が鎮座していた。
間違いなくマザーだろう。
今まで見てきた鬼蜘蛛たちよりも、群を抜いて大きい。
まるで目の前に、大型トラックでもいるかのような存在感がある。
体の至る所が苔生していて、神秘的にすら感じる。
驚きの余り、声が出なかった。
まじまじとマザーを見つめていると、頭の中に声が響く。
(混乱していることだろうが、わたしの話を聞きなさい。)
ルバークから聞いてはいたが、不思議な感じがする。
マザーの言葉に、頷き返す。
(空間魔法の使用を禁止する。それは世界のバランスを壊す。)
世界のバランス?
何のことを言っているんだろうか。
「あー、あっ、すいません。初めまして、ダイクです。世界のバランスって何ですか?」
(今は言えない。ただ、空間魔法の使用は禁止する。)
教えてもらえないのか。
「あなたが・・・マザーが干渉して、魔法を止めてくれたんですよね?ここの下にあった空間は何ですか?」
(わたしの主の遺品が保存されている。主はダイクと同じだった。)
ダイクと同じ・・・転生者のことだろう。
「今度、見に来てもいいですか?シラクモもロゼも連れて。あと、ルバークさんも。」
(約束するならいい。今後、空間魔法は使わないと。)
「わかりました。世界のバランスが何かは分かりませんが、知らなかったとはいえ、壊す気もありません。なので、今後は使いません。約束します。」
(わかった。ルバークが心配している。早く帰りなさい。)
頭の中に響く声が、プツンと切れた感じがした。
マザーは微動だにせず、そこに佇んでいる。
出てきた扉を閉めて、マザーに一礼してからルバークの元へと帰ることにする。
「教えてくれてありがとうございました!」
そう言って、帰ろうとするが、ここは木の上だ。
幹の隙間から下を覗くが、この木は他の木よりひと際高く、落ちれば命はないだろう。
どうしようかと悩んでいると、背中に何かを感じる。
「シラクモ!来てくれたのか?」
背中から、俺の手の上に移って前足を高くあげている。
「お前のお母さんと話をしてたんだ。ロゼもルバークさんも心配してるかな?」
シラクモは頭を傾けて両足を上げた。
「そうか、分からないか。そうだよな。」
恐らく何かの異変を感じて、すぐに駆けつけてくれたんだろう。
「ありがとう、シラクモ。ここから下りたいんだけど、何かいい手はある?」
それを聞くと、シラクモは俺に糸を巻き付けてくる。
もしかして・・・と思うと、シラクモは幹の先へと跳び移る。
もちろん、俺も引っ張られるが俺の先には踏みしめる場所が何もない。
シラクモに支えられる形で、幹から宙ぶらりんになった。
あまりの高さと恐怖に、顔が強張っているのが自分で分かった。
糸が伸びているのか、ゆったりとした速度で下降している。
地面に足がつくと、体に巻き付いていた糸は解けて風に乗って飛んでいく。
頭上を見上げると、シラクモが降ってくる。
シラクモは俺の頭の上に、見事な着地を決めた。
「ありがとう。帰るぞ、シラクモ!」
シラクモを頭にのせたまま、森の中を走った。
湖まで走り抜けると、家の前でルバークとロゼが待っていた。
「お帰りなさい。マザーから連絡があって、心配したわ。シラクモ君もすごい勢いで走って行っちゃうし・・・。」
「ダイク兄、だいじょうぶだったの?」
それぞれに心配の声を聞かせてくれる。
「ご心配をおかけしました。無事に戻りました!」
心配をかき消すように、明るい声で帰宅を告げる。
「それならよかったわ。お茶でも飲みながら聞きましょうか。」
ルバークはそう言い残し、家の中へと入っていく。
ロゼは俺の手を握って、抱き着いてくる。
「心配かけたな。もう大丈夫だから。」
ロゼを抱きしめ返す。
家の中に入ると、お茶の準備はできていた。
「早く座ってちょうだい。温かいうちにいただきましょう。」
俺たちはいつもの席に腰を下ろし、お茶を一口啜る。
お茶請けに最後のクッキーをアイテムボックスからテーブルにのせる。
「これで作ってたクッキーはもう無いよ。また作らなきゃね。」
ロゼに向けて言うと、「ボクがつくるよ!」と乗り気だ。
「で、なんでこんなことになったのかしら?」
ルバークがクッキーをつまみながら聞いてくる。
「ヴィドさんの村に行こうとしたら、空間魔法自体は発動したんですけど、マザーに阻まれまして・・・。」
説明をしていると、ルバークが口を挟む。
「ちょっと待って!あの魔法は空間魔法と言うの?」
そう言えば、言ってなかったんだっけ?
「あの魔法の名前じゃなく、魔法の系統の名前だと思います。」
ルバークはまた、研究モードになりかけている。
「ルバークさん、続けますよ。いいですか?」
「あぁ、ごめんなさい。どうぞ。」
ルバークは椅子に座り直し、背筋を伸ばす。
「マザーと話をして、空間魔法は禁止になりました。世界のバランスを壊すって言われて。世界のバランスって何ですか?」
ルバークは考え込んで、「わたしにも分からないわ。」と絞り出した。
「そうですか。でも、その代わりにマザーの足元にある扉に出入りする許可をもらいました。ロゼとルバークさんも同行の許可をもらったので、近いうちに行きましょう!」
「ボクもマザーにあえるの?」
ロゼは扉の中よりマザーに興味があるらしい。
「会えると思うよ。ロゼも行くだろ?」
「うん!」と元気な返事があった。
「わたしも行くわ。マザーに聞きたいこともあるしね。で、その扉には何があるの?わたしの記憶では扉なんてなかったわ。まぁ、わたしも一回しか行ってないから見落としもあるんでしょうけど。」
「行ってみての楽しみに取っておいてください。」
「えぇ~、ダイク兄、おしえてよ~!」
ロゼの頭を撫でながら、笑うだけで何も返さなかった。
安全な場所だと分かれば、地下の本を読んでみたくなってくる。
世界のバランスについても、書いてあるかもしれない。
マザーには悪いが、明日にでも再び訪ねて見せてもらおうと思っている。
ルバークとロゼももちろん賛成してくれるだろう。
シラクモにもマザーと過ごす時間があってもいいだろう。
そんなことを一人で考えていると、明日が楽しみで仕方がなかった。
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