第31話 実地訓練
二人の話を聞いたところによると、村に名前はまだないらしい。
ここ数年で、住人が集まってできた村みたいだ。
家も十軒ほどしかなく、人は三十人もいないとのことだった。
人と獣人が仲よく暮らして、農業をメインにしているらしい。
「農作物は何を作っているんですか?」
知っている野菜を作っているなら欲しい。
「今は農地を拡大しているところだから、芋くらいしか作れてないんだ。」
アルが軽快に答えてくれる。
「村に行ったら見せてほしいです!お二人は狩人って訳ではないんですか?」
「狩りは趣味だな、今のところは。おいらたちの村が安定するまでは農地を広げなきゃな。なぁ、ヴィド。」
アルはヴィドを突いているが、無視されている。
「ボクもウルフをたおしたことあるよ!」
ロゼが剣の柄を見せながら言う。
ヴィドは「ほぅ。」と鋭い眼光をロゼに向けている。
一瞬ドキッとした。
その目を見せないように、腕で隠しながらロゼの頭を撫でた。
「そういえば、オークってどんなまじゅうなの?」
ロゼはそんなことお構いなしにヴィドの方を向いて聞く。
ヴィドは聞こえているだろうが、目と口を閉じた。
「そろそろ縄張りの外に出るわ。話はそこまでにして、周囲を警戒してちょうだい。」
ルバークがそう言うと、ヴィドとアルは荷車の側面を警戒するように見ている。
「二人は後方を見ててくれるかい。」
アルから頼まれた方角をロゼと見ている。
後方を警戒していると、体中に魔力の膜のようなものを通った感覚があった。
マザーの縄張りを抜けたのかもしれない。
先日は感じとれなかったが、少しは成長したのだろうか。
上空を仰ぎ見ると、様々な大きさの鬼蜘蛛がいた。
縄張りの警備をしているのかもなと思った。
蜘蛛たちに手を振ると、ロゼも気がつき、手を振っている。
縄張りを抜けると、道がさらに悪くなった。
ロデオはゆっくり走ってくれているが、荷車内はガタガタと揺れている。
必死でロゼを抱えながら、荷車にしがみ付いた。
マザーの縄張りを抜けてしばらく経つと、ロデオの嘶きが聞こえて、スピードが上がる。
「まずいな。今の声で寄ってくるぞ。」とヴィドがそう言った。
この悪路ではなかなか攻撃も当たらないだろう。
「ヴィド、両側面を見てくれ。」
アルがそう言うと、俺のそばに来て、弓を構えるように指示を出す。
「いいかい、当てなくてもいいんだ。牽制して、近づかせないように一歩手前を狙うんだよ。ほら、来たぞ。」
俺の背後から、アルは手で方向を差し示す。
後ろから伸びる手の方向にウルフが見え、当たるか当たらないかの距離に射った。
揺れが激しく、矢の飛距離が思った以上に短いが、ウルフは避けようと後ろに距離を取った。
「うまいぞ、ダイク。ロゼは俺が抱えているから安心しろ。次はあっちだ。」
アルの指示する方向に何本か矢を放っていると、森を抜けた。
ウルフたちが続々と、森から追って出てくる。
「このまま追ってくるようなら迎撃するわよ!」
森を抜けてしばらく走っても、ウルフたちは追ってくる。
馬車がゆっくりになると、ヴィドが飛び下りた。
それを見たロゼも、続いて飛び下りた。
「あっ、おい、ロゼッ!!」
持っていた弓と矢をアルに預けて、俺も飛び下りた。
牽制に風の刃を放って、ウルフたちの足止めをする。
風魔法は緊急事態だし、仕方がないと納得することにした。
「ヴィドさん、これを使ってください。」
鞄に手を突っ込み、短剣を二本ヴィドの方に投げる。
ヴィドは空中で短剣をつかんで、逆手に持ち換えてウルフに突っ込んでいく。
後方からは矢が飛んできて、ウルフに刺さっていく。
俺も負けじと精一杯に魔法を飛ばした。
シラクモもフードから飛び出し、俺に近づいてくるウルフを一撃で葬り去っている。
何匹倒しただろうか。
途中から数えるのは止めた。
切りがないと思われた戦闘は、ルバークが竜巻を発生させると終わった。
竜巻がウルフと屍を巻き込みながら、縦横無尽に暴れていた。
俺たちも巻き込まれまいと、全力でその場を離れた。
空からはウルフが降ってきている。
ロデオの元に戻ると、足元にはウルフの死体が数体転がっている。
ロデオも頑張ってくれていたみたいだ。
全員の無事を確認すると、少し気が抜けた。
ロゼが飛び出していったことを怒ろうかとも思ったが、やめた。
結果的にだが、ヴィドと背中合わせになり、次々とウルフを倒してくれた。
ロゼを強く抱きしめて、「頑張ったな」と頭を撫でてやった。
シラクモも俺とロゼの間に無理やり入り込んで、嬉しそうだ。
「疲れたわね、少し休憩にしましょう。」
マジックバックから作業台を取り出し、お茶を淹れだした。
「いくらかウルフを持って帰りたいんだけど・・・いいかい?」
アルがそう言うと、ヴィドも頷いている。
「いいわよ、わたしのマジックバックに入れていきましょう。まとめるのはお願いしてもいいかしら?」
その言葉でアルとヴィドがウルフの元へと走っていった。
広範囲に散らばっているウルフを集めに。
「あなたたちは、座ってお茶にしましょう。」
ルバークの入れてくれたお茶で、のどが潤っていく。
「ルバークさん、魔法を使ってしまいました。すいません。」
頭を下げて、謝罪する。
「緊急事態だったし、あのくらいなら大丈夫よ。二人ともよく頑張ったわね。」
俺とロゼの頭を優しく撫でてくれる。
ゆっくりとお茶を飲み、獣人たちの元へとルバークは向かった。
俺たちは、ロデオの世話を言い渡された。
向こうの方で、ルバークたちが何か話をしながらウルフを回収しているのが見える。
「ロゼ、疲れてない?荷車の上で待っててもいいよ。」
顔をブンブンと左右に振っている。
「だいじょうぶだよ!ロデオのやさいはある?」
アイテムボックスから取り出して、渡すとロデオの口元に持っていった。
ロデオも疲れたのか、素直にロゼの手から野菜を食べている。
水の玉もロデオの近くに浮かべると、美味しそうに飲んでくれた。
ウルフの回収が終わったのか、ルバークたちが戻ってくる。
「さぁ、乗って。行くわよ!」
ヴィドとアルが軽く飛ぶように荷車に乗り、俺たちを引き上げてくれる。
ルバークは全員が乗ったのを確認して、ロデオを走らせる。
ロデオが走る先には草原が広がっており、揺れがだいぶ少なくなった。
しばらく進むと、街道に出た。
ルバークは迷うことなく、進んでいく。
場所を知っているのだろうか。
ウルフの撃退後の荷車内は、みんな静かだった。
ロゼは俺の上でうつらうつらしている。
朝が早かったから仕方がない。
俺もだんだんと瞼が重たくなってきた。
「寝てていいぞ」
ヴィドのそんな声が聞こえてきて、ロゼを抱えて眠りについた。
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