閑話 少女の目覚め
「もぉ~!この子はいつになったら起きるのよ~!!」
冬の始まりに少女を保護し、トレントのお陰で空き家のベッドの上でひたすらに眠り続けている。
卵のような形をした結界に包まれたまま、寝返りを打つこともなく、ただひたすらに。
ダイクと同じ気配を纏う少女を、初めのうちは楽しく観察をしていた。
しかし、何日経っても殻に閉じこもったまま目覚める気配はない。
五日ほどで飽きて、十日も経てば置物の一つのように扱われた。
少女を観察しているうちに雪は深まり、家から出ることが出来なくなった。
暇を持て余した妖精は、小さな家の中でトレントを通じてダイクたちの観察をして過ごした。
ノームが少女を発見してから、すでに季節が一つ過ぎようとしていた。
雪が融け始め、家の中に木窓の隙間から僅かながら光が差し込み始めている。
もう少しすれば雪に覆われてしまった扉も開くことだろう。
拾ったものの、ノームの悩みは少女をどうしようかということだった。
もともと、妖精の森を抜けだしたらダイクたちの元へと駆け付ける予定だった。
かなりの距離があるが、一直線に飛んでいけば十日もあれば行けるだろうとノームは考えていた。
殻に閉じこもった少女を連れて行くとすれば、トレントに運んでもらう必要がある。
トレントの移動速度はかなりの鈍足だ。
しかし、拾ってしまったからにはこの家に置いていくわけにもいかない。
ダイクたちの楽しそうな姿を見ながら、どうしようかと悩んで冬を過ごした。
雪が完全に融けて、空き家の扉がついに開くようになった。
扉を開け放って久しぶりの外の空気を満喫していると、空き家の中からパリンとガラスの割れるような音が響いた。
もしかして・・・、ノームは急いで家の中へと戻る。
少女は長い間眠っていたとは思えないほどに元気で、ベッドの上で起き上がって自身の体と周りの景色を交互に確認していた。
「ようやくお目覚めね!それにしても、よく眠っていたわね!人間なのに、ご飯も食べずに平気な訳?」
ノームの声に気がつくと、少女は短く悲鳴のような声を上げた。
「あ、あなたは何なんですか?・・・しゃべる虫?」
ダイクと同じ気配がするので、すっかり見えるんだと思っていた。
少女は妖精の気配や声は感じるものの、ぼんやりと光る何かがいることしか分からなかった。
「これで見えるようになった?それに虫って、失礼な子!」
ノームが指をパチンと弾くと、少女にその姿がはっきりと見えるようになる。
「えっ・・・妖精、さん?・・・あ、あの・・・おやすみなさい。」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!なんで、また眠るのよ!」
少女がベッドに潜って目を閉じだすので、声を荒げて止める。
「そんなに大きな声を出さないでください。こんなの夢に決まってます。妖精さん、会えて嬉しかったです。失礼なこと言っちゃって、ごめんなさい。」
耳を押さえながら起き上がり、そう言って再びベッドに潜ってしまった。
「え~、なんなの、この子!?夢と現実が分からないのかしら?もしかして・・・かわいそうな子なのかしら?」
少女はベッドに籠っているため、独り言のようになった。
しばらくベッドを睨んでいると、寝息が聞こえてくる。
あんなに殻の中で眠っていたのに、まだ寝足りないのかとノームは少し呆れる。
少女を家の中に残して、村の周りを飛んでみる。
もしかしたら、雪も融けたし村人が帰ってくるかもしれない。
十棟もない小さな村はあっという間に見終わって、近くまで来ている人の気配もない。
不可解に思いながらも家へと戻り、再び少女が目覚めるのを待った。
日が沈んでも少女は目を覚まさない。
召喚したトレントと遊んで待っていたが、ついに待ちきれなくなる。
「そろそろ起きなさいよ~!」
掛け布団を剥がす様に捲って、眠っている少女を起こす。
「寒いー。あと五分。五分でいいから寝かせておいて!」
むくりと起き上がったと思えば、掛け布団をかけて再び横になってしまう。
「あんた、何言ってるのよ!一体いくら寝れば気が済むのよ!さっさと起きなさい!」
掛け布団を剥がそうとするが、少女の手がそれを遮る。
トレントに合図を送ると、ベッドの側までゆったりと動いて掛け布団を枝で器用につかむ。
「いいわ!一気にやっちゃって!」
ノームの指示を聞くと、トレントは勢いよく掛け布団を持ち上げる。
あまりの勢いに少女はベッドから転げ落ちる。
「いたたた・・・。ちょっと、何するん・・・。なんで妖精さんがまだいるんですか!?」
「何でって言われても、これが現実だからでしょ!トレントちゃん、ありがとう!布団はベッドに戻しておいてね!」
指示通りにトレントがベッドの上に布団を戻すと悲鳴が小さな家の中に響く。
「な、なん・・・。ぎゃ~!」
掛け布団で隠れていたトレントを見て、少女は叫んでいるようだった。
「うるさいわね~!この子はわたしの仲間だから大丈夫よ!トレントちゃん、一旦戻ってくれる?ゴメンね!」
トレントは床に溶けるように消えていく。
その様子を見て、再度少女は叫んだ。
「も~、本当にうるさいってば!落ち着きのない子ね!あなた、名前はなんて言うの?」
トレントが完全にいなくなると、少女は少し落ち着きを取り戻し、妖精の質問に答える。
「・・・ま、真莉愛です。」
「マリアね!いい名前じゃない!それで、マリアはなんでこんな村にいたわけ?」
「私は・・・。なんでこんなところにいるんでしょう?」
「わたしに聞かれても分からないわよ!じゃあ、何でもいいから思い出せることはある?街で暮らしてたとか、親や兄弟のこととか!」
そう聞くと、マリアは頭を抱えて何かを思い出そうとする。
「・・・あれ!?何も思い出せない。私は真莉愛。それは間違いない。でも、他のことは・・・何も思い出せない。」
マリアの顔色が青ざめて、不安そうな表情を浮かべる。
「思い出せない!?ん~、困ったわねぇ!・・・あっ、そうだ!ダイクってマリアの知り合いだったりしない?」
「大工さん?えっと、私に大工さんの知り合いは・・・、いないと思います。たぶん、ですけど。」
「え~、そうなの!?何かしらの繋がりがあると思ったんだけど・・・。」
ノームも一瞬うな垂れて見せるが、すぐさま背を伸ばして頭を切り替える。
「じゃあ、とりあえず、わたしに着いてきなさいよ!これからダイクのところに行くつもりなの。もしかしたら、ダイクのことを見て何か思い出すかもしれないしね!」
「はい・・・。よろしくお願いします。」
ここまでして、ノームにはマリアを見捨ててダイクに会いに行くことはできなかった。
まぁ、ほとんど何もしていないに等しいが。
「トレントちゃんを呼ぶわよ!今度は叫ばないでちょうだいね!」
マリアがコクリと頷いたのを確認すると、指を弾いてトレントを呼び出す。
床からニョキニョキと枝が伸び始めてトレントを形作っていく。
「何度もゴメンね!魔力をあげるから、食べられる実をお願いね!」
羽ばたいてトレントの枝にとまり、両手から魔力をトレントに流していく。
すると、枝先に花が咲き、枯れ、小さな果実が木の全体にできていく。
「ふ~、ありがとう!トレントちゃん!さぁ、マリア!お腹が空いているでしょう?自分で摘んで食べてちょうだい!わたしはちょっと、休ませてもらうわ!」
フラフラと飛んで、ベッドに落ちる。
マリアは目を丸くして驚いていた表情をしていたが、お腹が空いていたのかすぐに立ち上がって果実に手を伸ばしていた。
魔力を使い過ぎたことによる疲労困憊で、どんどんと瞼が重くなっていく。
マリアの手前、気丈に振舞ったが、限界を超えてトレントに魔力を分け与えた。
時期にまだ早い果実を実らせたのだから、しょうがない。
マリアが美味しそうに果実を口にしたところを薄目で確認すると、ノームの意識は飛んでいった。
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