閑話 ルバークと親方
「さぁ、着いたよ。ここが親方の働いている魔道具工房だ。」
魔道具工房を前に、ルバークの心臓ははち切れんばかりに脈を打った。
ここに親方が・・・。
会うとは言ったものの、いざ工房を前にすると足が竦んで一歩が踏み出せない。
「私たちはこっちからだよ。」
マティがルバークの手を取って、引っ張るように工房の脇にある細い道に入っていく。
「ちょっと待ってください。」と言葉を出そうとするが、口が渇いて声にならない。
足も引っ張られて何とか動いているが、自分の物とは思えないほどに重たい。
「ルバーク、大丈夫かい?少し顔色が悪いよ。」
引っ張られていた手が離れ、目の前には扉がある。
ここを開ければ親方が・・・。
マティの言葉も聞こえないほどに、緊張で体が硬くなる。
「一旦、深呼吸をするんだ。そんなに心配することは無いよ。扉を開けてもいいかい?」
「きゃっ、・・・ちょ、ちょっと、何するんですか?」
マティはいつの間にか背後に立っていて、ルバークの背中を指先でなぞっていた。
ぞくぞくとする感覚に、体の硬直が無くなって声も普通に出るようになった。
「私の話を聞かない罰だよ。そんなに緊張していても仕方ないだろう?ほら、深呼吸をして。扉を開けるよ。」
指示に従って深呼吸で一息ついて、コクリと頷いて返す。
扉の先には小さな部屋があって、質素な一人掛けのソファが四脚がローテーブルを囲う様に並んでいる。
「ここは商談に使う部屋だよ。私たちが来たことを知らせてくるから、ここで座って待っててくれ。」
マティに背中を押されて、ソファに座らせられる。
「あっ、そうだ。すっかり忘れていたよ。明日はダイクとロゼ、ガンドの三人はギルドに来るように伝えてもらえるかな?お願いしたいことがあったんだ。」
工房へと続く扉に手を掛けながら、マティは言う。
「は、・・・はい。わたしはいいんですか?」
心臓の音は今もうるさいが、声は問題なく出せるようになっていた。
「ルバークは・・・、来れたらおいで。無理するを必要は無いよ。」
そう言い残して、マティは扉の奥に消えていった。
喉の渇きを潤すためにお茶でも淹れようかと思ったが、指先が震えてマジックバックをうまく開くことができない。
震える手を膝の上で重ねて、下を向いて待つしかなかった。
二十年近く会えていなかった親方との再会。
どんな顔で、まずはどんな言葉を掛ければいいのか。
昨夜もいろいろと考えてはいたものの、部屋に入るなり頭の中は真っ白になっていた。
頭の中で思考を巡らせていると、マティの出て行った扉がノックされた。
「どうぞ。」
その三文字が声にならない。
体もさらに硬直して動くことすらままならない。
扉の向こうの人は、痺れを切らしたのかドアノブに手を掛けた音が聞こえてくる。
心の準備が整わないままに扉が開けられてしまい、ルバークは目をきつく瞑った。
部屋に入ってきた人物は、何も言わずにお茶をテーブルの上に二つ並べた。
親方じゃない。
親方はお茶配りをするような人ではなかった。
少しの安心感から目元の閉じが甘くなり、薄っすらと視界が開けていく。
「久しぶりだな。・・・ルバーク。俺のこと・・・覚えているか?」
お茶を配っていた人物は、ルバークのすぐ脇で跪いてそう言った。
「えっと、誰だったかしら?」
問いかけに答えようとするが、声が掠れてしまう。
目の前に出されたお茶を一口啜り、喉を十分に潤す。
「ごめんなさい。えーっと、どなたかしら?・・・・・・えっ、もしかして・・・ペーターさん?」
初めは誰か分からなかったが、じっと見ていると昔の面影が残っている気がする。
一つ年上の兄弟子で、ルバークの記憶にある顔はまだ幼く、髭も生えていなかった。
すっかりと大人の姿に変貌したペーターに、驚くと同時に体の緊張が解れていく。
「すまなかった。あの時・・・、妹弟子になんて声を掛ければいいか分からなかったんだ。酷いことをしたと思っている。本当にすまなかった。」
膝をついたまま、ペーターは頭を深く下げる。
「ペーターさん、もう昔のことですよ。頭をあげてください。恨んでなんか・・・ありませんから。それにしても、すっかり大人になりましたね。昔はわたしと同じくらいの背丈しかなかったのに。」
ペーターを立たせると、ルバークの背丈の二倍ほどの身長があった。
昔はルバークと変わらないほどに小さかったのに。
「ルバークが居なくなったころから、急激に背が伸び始めたんだ。・・・ルバークは変わらないな。昔のままだ。」
ペーターがそう言うと、再び扉が開いた。
「お、親方・・・。お久しぶりです。ルバークです。」
ペーターのお陰で体の緊張は無くなっており、普通に挨拶をすることができた。
頭や髭が真っ白になっているが、それ以外はどこも昔と変わらない親方の姿だった。
「元気にしてたか?ルバーク。お前はちっとも変わらないな。魔道具の研究は続けているのか?」
親方はルバークの向かいの席にドカッと座り、お茶を一気に呷った。
「フフフ、元気にしてましたよ。音沙汰無くて、すいませんでした。親方にいただいた、このマジックバックもとても役に立ってくれてます。あの時は、本当にありがとうございました。」
親方に向けて、座ったまま深く頭を下げる。
「いいんだ。あの時、俺にはどうしてやることも出来なかった。ルバークが居なくなってから、一、二年はお前の作った魔道具が流通していたから、無事なんだと思ってたんだ。だが、それっきりお前の作る魔道具を見つけることが出来なかった。他国にでも行ったかと思ってたぜ。」
マジックバックからティーセットを取り出して、空になった親方の分を淹れてペーターの分も新たに用意する。
「ペーターさんも座ってください。初めのうちはいろんな街や村に寄っていたんです。でも、どこもわたしの噂が広がってまして・・・。」
苦笑いを浮かべて、なるべく暗くならないように配慮する。
「お前のことだからくたばったりはしないと思っていたが、冒険者ギルドのグランドマスターからお前の話を聞いて驚いたぜ。・・・どうやって、これまで生きてきたんだ?今は幸せにしているのか?」
どこから話したらいいのか。
ルバークには話したいことが沢山あって整理していると、親方がペーターに告げる。
「今日の急ぎの仕事はもう無かったよな?店は若い奴らに任せて、飲みにでも行くか!ルバーク、お前、そんななりだがもう飲めるんだよな?酒が入ったほうが口も良く動くだろ?ペーター、お前も来い!」
「はい!親方。俺、伝えてきますね!」
勢いよく立ち上がり、淹れたばかりの熱いお茶を一気に飲み干してペーターは扉を出て行った。
「あの・・・いいんですか、親方?まだ、昼前ですよ。」
「当たり前だ。有望な弟子が久しぶりに顔を見せに来たんだ!お前のこれまでの話をしっかりと聞かせてもらうからな。魔道具の研究の成果も見せてもらわなきゃなんねぇ!・・・それに、ナザレの最期も聞いてもらわなきゃなんねぇしな。」
魔獣木による魔獣の増加で放棄された村、ナザレ。
ルバークの故郷でもあるナザレの話をした親方に少し暗い影が落ちる。
「親方!お待たせしました。向こうは任せてきました!」
ペーターが重い空気を払う様に、勢いよく部屋に戻ってきた。
「よしっ、行くぞ!ついて来い!」
親方は意気揚々と商談部屋の入り口から出て行った。
年を感じさせない軽やかさに、ペーターと目が合って少し笑った。
工房近くの酒場に連れられて、ルバークの長い夜が始まる。
会わなかった時間を埋めるように、各々の話をする。
これまでにどう生きてきたのか。
今がどれ程、幸せに暮らしているのか。
家族にも似た二人の存在も。
その後は、魔道具について話した。
いくら話をしても尽きることの無い話題であった。
気がつけば、酒場に朝日が差し込んでおり、テーブルの上には空いた酒瓶でいっぱいになっていた。
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