第119話 白磁の宿
「ここは・・・、なんですか!?・・・宿に案内してくれるんじゃなかったんですか?」
目の前には、どこかの貴族でも住んでいそうな白磁の豪邸が建っている。
「皆さんが王都にいる間、使っていただく宿はこちらになります。馬車は裏口に廻しますので、皆さんは正門からお入りください。正門と裏門には常時、兵士が立ちますので安心してお休みください。」
ロデオを牽いた兵士は、正門にいる兵士に一言二言告げる。
俺たちに敬礼のようなものをした後、馬車を伴って豪邸の塀の脇にある小道に入っていった。
呆気に取られていると、正面の門が兵士の手によって開かれていく。
「お待ちしておりました。皆様、どうぞ中にお入りください。」
正門の兵士も右手を後ろに回して、左手を腹の辺りで握りこぶしを作った。
この世界の・・・はたまた王都の敬礼なのか分からないが、他の街で兵士が敬礼するところを見かけたことは無い。
「ダイク兄~!早くおいでよ~!凄いよ~!」
門の前で考え込んでいると、三人はすでに門を通り過ぎていた。
追いかけるように門を潜ると、丁寧に手入れされたバスケットボールコートほどの広さの庭が目に飛び込んでくる。
門から豪邸へと続く石畳の道の途中には噴水があり、周りには幾何学模様に花壇が配置されていた。
大通りの街灯の明りが庭まで入り、水しぶきがキラキラと煌めいて幻想的な光景だった。
屋敷の前まで来ると大きな扉が勝手に開いて、執事の様な出で立ちの初老の男性が迎えてくれる。
「皆さま、お待ちしておりました。どうぞ、お入りください。お食事の用意もできております。」
門番と同じようなことを言い、扉の中へとエスコートしてくれる。
「わぁ、中も凄いんだねぇ~!」
一階はホールになっていて、左右の壁には四つの扉がついている。
正面には重厚な石造りの階段が構えている。
「皆さまにお休みいただくお部屋は、上の階にご用意してございます。下の階には食堂、使用人の部屋・・・。」
執事は一通りの屋敷の説明を済ませると、一歩引き下がって俺たちの後ろに控えた。
「部屋は沢山あるみたいだし、王都では一人部屋を使わせてもらうわね。親方のことも考えないといけないしね。一旦部屋を決めたら、用意してもらってるみたいだし食事にしましょうか。」
ルバークが階段を上りだすので、俺たちもつられるようについて行く。
「あ~、お腹すいたね!ダイク兄、ボクたちは一緒の部屋でいいよね?ガンドさんはどうする?」
「わしも一人で部屋を使わせてもらうかのう。こんなに部屋があるしのう。」
階段を上ると左右に道が分かれて、左右の壁には扉が四つずつ見えた。
「わたしはここの部屋にするわ。じゃ、食堂でね!」
少し元気が戻ったルバークは部屋の中へと消える。
「じゃあ、わしは二つ先の部屋とするぞい。二人はわしとルバークの間の部屋を使うとええじゃろう。」
ガンドもそう言い残して、階段から三つ目の扉に消えた。
「ほら、ダイク兄!開けるよ!」
ロゼが手招きをするので、急いで部屋の前まで行って扉を開けてくれるのを待つ。
中はベッドが二つとソファ、ローテーブルと至ってシンプルなものしかなかった。
ベッドに天蓋でもついているかと思ったがそんなことは無く、過ごしやすそうな部屋だ。
外観は豪華な屋敷なのに、中は過度な装飾品のない・・・というか物が少ない宿だった。
窓から出ればテラスがあるが、今は食堂に向かうことにする。
「ロゼ、食堂に行こうか。お腹空いてるんだろ?」
ベッドの柔らかさを確認しているロゼに声を掛ける。
「うん!お腹がペコペコだよ!早く行こう!」
ロゼと並んで部屋を出て、一階の食堂へと向かう。
食堂にはすでに食事の用意が整っており、テーブルの上には様々な料理が並んでいる。
「遅かったのう。ほれ、早う座るとええぞい。」
ガンドとルバークはすでに食卓に座って待っていた。
「すいません、お待たせしました。ロゼ、おいで。」
二人の向かいの席に座ると、料理人が奥の部屋から熱々のスープを運んできた。
「わぁ~、美味しそう!いただきま~す!」
俺たち四人では食べきれないほどの食事が並んでいる。
一つ一つに手の込んだ深い味わいがあり、お腹が苦しくなるまで食べてしまった。
「あの~、聞いてもいいですか?」
扉の前に控えている執事に声を掛ける。
「はい、何でございましょうか。」
執事は素早い動きで俺の側に来て、腰をかがめて顔を俺の側まで近づける。
「この料理なんですけれど、沢山作ってもらうことはできますか?かかる費用はこちらで持ちますので、お願いします!」
ローストポークがあまりにも美味しかったので、アイテムボックスに入れておきたい。
フォークを入れるだけで繊維がホロホロと解けて、パンとの相性もいい。
「畏まりました。ご用意させていただきます。」
執事はそう言うと、料理人のいる部屋へと入っていった。
「その料理、美味しかったものね。わたしもお願いしようと思ってたの。唐揚げみたいにパンに挟んでも美味しそうよね!」
どうやらルバークも同じことを思っていたみたいだ。
表情はすっかりと明るくなっており、お茶を美味しそうに飲んでいる。
「あのね・・・。わたし、親方と会ってみるわ。返せるものは金貨くらいしかないけれど、元気にしているところを見せてくるわ。」
「ルバークさんが決めたなら、それでいいと思います。」
「ボクもいいと思うよ!親方はきっと、ルバークさんのことを心配してると思うしね!」
「ありがとう、二人とも。ガンド君、わたしが話し合いに参加できないときは、二人のことをお願いね。」
「あぁ、任せておけ!わしがしっかりと二人のことを見ておるぞい!」
ルバークの決意を聞いて、この日は解散となって部屋へと戻ることとなった。
部屋で休んでいると、執事が訪ねてきて料理人に確認を取ってくれて、料理を用意してくれることとなった。
料理人も一緒について来ていたので、作ってもらう量の相談もした。
お金はいらないと言われるが、宿の付随する業務からは外れているので、しっかりと請求してもらうこととなった。
料理の入れ物も無いので、鍋を新調して入れてもらうこととなった。
もちろん鍋にかかる料金も請求に入れてもらう。
簡単な打ち合わせが終わると、ベッドに倒れるように寝転んだ。
「今日もいろんなことがあったな・・・。」
ぼそりと独り言のようにつぶやく。
「そうだね!でも、ボクは面白かったよ!」
すでにベッドで寝ていると思ったロゼからの返事に驚いてしまう。
「ごめん、話し声がうるさかった?」
「ううん、そんなことないよ!明日から何をしようか、考えてたんだ!」
ロゼは胸の辺りにクガネをのせて、撫でながら言った。
俺も真似をするように、シラクモを胸の辺りにのせて撫でる。
「何かしたいことでもあるのか?」
「うん!冒険者の依頼も受けたいし、市場にも行きたいね!あとは、王都を探検もしたいなぁ!」
「そうだな。何日いることになるのか、まだ分からないけど、ロゼのやりたいことはたぶんできるよ。明日、冒険者ギルドに話をしに行ったら、まずはガンドさんを連れて市場に行こうか。」
「え~、いいの!?楽しみだなぁ~!」
ロゼはそう言うと、だんだんと大人しくなり、寝息が聞こえてくる。
毛布を肩までかけ直して、俺も寝る準備に入る。
察したシラクモとクガネは、枕元まで移動して足を折りたたんで体を小さくした。
「おやすみ、シラクモ。クガネ。」
二匹を軽く撫でて、目を瞑る。
疲れが出たのか、意識はあっという間に無くなった。
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