第115話 フィリムと峠道
ガンドの部屋をノックするが、応答がない。
扉に耳を当てて中の様子を伺うが、人のいる気配はなかった。
「なんだ、ガンドさん出掛けてるじゃん!」
「そうみたいだな。ルバークさんが気がつかなかっただけみたいだな。」
一安心すると、どっと疲れが押し寄せてきた。
ロゼを連れて部屋に戻り、夕食までベッドの上に寝転がり過ごした。
夕食の時間になって、階段を下りるとガンドが席にすでに座っていた。
「ガンドさん、どこに行ってたの?」
ロゼが白々しく尋ねるが、ガンドは清々しい表情を浮かべて特に何も話さない。
「まぁ、いいわよね。どこに行ってたって。さぁ、いただきましょうか。」
ルバークの一声で食事は始まるが、ガンドの食べる量が明らかに少なかった。
いつもは何度もお代わりをするのに、この日は出された食事を平らげると部屋へと戻っていってしまった。
「何かあったんですかね?大丈夫でしょうか、ガンドさん。」
「そうねぇ。・・・でも、表情はすっきりとしているし、あまり触れない方がいいのかもしれないわ。ロゼ君、いいわね?」
「え~、気になるんだけどなぁ。・・・わかったよ!」
ガンドが話す気になるまで、この手の話題は避けることとなった。
部屋に戻り、翌日の移動に備えて早めに就寝した。
明日はフィリムに向かって移動をする。
時間に余裕があれば、王都へと通じる峠の休憩所まで行く予定だ。
俺はフィリムで買いたいものがあった。
それは、そば粉だ。
フィリムではガレットの様なクレープ生地が名物だった記憶がある。
前回はバタバタしてそば粉を買い損ねたが、今回はしっかりと買っておきたい。
予定の整理とそば粉を買う予定を立てているうちに、いつの間にか寝てしまった。
翌日、おばさんに別れを告げ、馬車はサンテネラを出て街道を進んでいた。
「思ったよりも料理を作ってくれたんですね。ルバークさんも手伝ったんですか?」
この日の御者台にはロゼが座っていた。
隣に座るルバークに、話しかける。
「全部、おばちゃんが作ったのよ。本当に手際がいいの。しかも、美味しい。おばちゃんには感謝しかないわね。」
馬車内で会話をするが、ガンドは窓の外を眺めたまま、会話に入ってこない。
なるべく普段と変わらないように、俺とルバークは話すがどうしても気になってしまう。
「ガンドさん、・・・体調でも悪いんですか?」
「いや、普段と変わらんぞ。」
当たり障りのない会話は普通に成立していた。
「ルバークさん。俺、フィリムの市場に寄りたいんです。少しの時間だけ街に留まれませんかね?」
以前、ルバークはフィリムで知り合いに会ったような話をしていた。
あの街ではフードを深く被り、誰とも顔を合わせないようにしていたのを覚えている。
「目当ての物を買ったらすぐに戻ってくるので、ルバークさんたちは馬車で待っててもらえますか?」
「ええ、いいわよ。今日はもう少し進む予定だから、なるべく早く戻ってきてね。」
普段と変わらない様子だが、やはり一緒に下りるとは言わなかった。
「ロゼ、そういうことだから、よろしくね。」
御者台の窓からロゼに声を掛けると、「わかった!」と返事が戻ってきた。
早朝にサンテネラを出発して、昼過ぎにはフィリムに到着した。
道中の街道に馬車も少なく、ロデオは軽快な足取りで俺たちを連れてきてくれた。
フィリムの奥には山々が連なって、王都へと続く峠道が覗いている。
冒険者のタグを門番に見せて街へと入ると、俺はすぐに馬車を下りて一人で市場へと向かった。
市場はサンテネラほどでは無いが、なかなかに賑わっている。
お目当てのそば粉はすぐに見つかり、買い付けることができた。
小麦粉に比べれば割高だが、大袋三つ、約三十キロほどを手に入れた。
そば粉で作られたクレープも買って、ルバークたちの待つ馬車へと戻った。
馬車は入ってきた門の側に停められており、御者台にはロゼの姿が無かった。
「戻りました。」
馬車の扉を開けると、中で三人がお茶を飲んでいた。
「お帰りなさい、ダイク君。ちょうどいい時間だからお昼休憩してたわ。ダイク君も扉を閉めて、座ってね。」
言われた通り座ると、ロゼには俺が何を買ってきたのかが分かるようで、ずっとこっちを見ている。
今にも涎が垂れそうな顔で見てくるので、テーブルにお茶しか無いのを確認して切り出す。
「まだ食べてないんですよね?それなら、ラップサンドを作りますね。」
アイテムボックスから買ったばかりのクレープとマヨネーズ、野菜と唐揚げを取り出して適当に盛り付けて巻いていく。
「ん~、フィリムといったらこれよね!パンとはまた違って美味しいわ!ね、ガンド君。」
「あぁ、そうじゃのう。これもまた、絶品じゃ!ムグッ、お替わり!」
いつもの食欲が戻ってきたのか、ガンドは何度も何度もお替わりをして食事を楽しんだ。
「そろそろ行こっか!ダイク兄、いいよね?」
食後のお茶を一杯飲むと、ロゼが立ち上がる。
「いいけど、代わらなくて大丈夫か?疲れてるならいつでも代わるからね。」
言っても聞かないことは分かっているが、一応ロゼに声を掛ける。
「も~、まだまだ余裕だよ!ダイク兄たちはゆっくり座ってて!」
扉を開けて、御者台に素早く戻ると、ロデオに手綱で合図を送って走り出した。
フィリムの街を縦断するように抜けて、馬車は山へと向かって進む。
冒険者がチラホラと道を歩いているが、すれ違うような馬車は無かった。
そのお陰で狭い峠道を悠々と、安全に進めることができた。
ガンドの首飾りの効果か、冬眠でもしているのか、魔獣たちは姿を見せずに戦う手間も省けている。
「そろそろ着くかしらね。サンテネラで一日ゆっくりしたからか、体が楽だわ。ダイク君とガンド君は大丈夫?」
馬車の中で体を伸ばしながら、ルバークが聞く。
「俺は特に体が辛いってことは無いですね。フィリムで降りたのが良かったのかもしれませんね。」
「わしもこのくらいの距離なら問題なしじゃ。」
荷車の時には痛かったお尻も、馬車に生まれ変わってからは感じない。
サスペンションが効いているのか、乗り心地は抜群にいい。
「みんな、着いたよ~!」
ロゼがそう言うと、御者台側の窓から休憩所が見えてきた。
ロデオを馬小屋に預けて、休憩所の中に入る。
中は誰もおらず、勝手に寝泊りに使える場所として整備されていた。
個室がある訳でもなく、建物自体が一部屋になっている。
「わぁ~、中ってこんな風になってたんだ!結構広いね、ダイク兄!」
「そうだな、ロゼ。でも、結構ボロボロになってるね。あそこなんか雨漏りしてるよ。」
雨も降っていないのに、天井の一部からポタポタと水滴が落ちてきていた。
「あまり整備の手が入っておらんようじゃな。馬小屋の方には人がおったのにのう。」
ガンドの言う通り、馬小屋には馬を世話する係の人がいる。
「まぁ、雨風が防げるだけありがたいと思うことにしましょうね。奥の方は雨漏りも無さそうだし、今日はあそこの一角をお借りしましょうか。」
魔法で一帯を綺麗にして、休めるように準備していく。
アイテムボックスから寝具を取り出すと、それぞれが寝る場所を確保した。
調理場がある訳では無いので、夕食は唐揚げパンを頬張った。
おばさんの作りたてのスープも飲んだが、隙間風の吹く休憩所では余計に美味しく感じた。
特にやることがある訳でもないので、早めに就寝する。
峠道が混みあうと面倒なので、明日は日の出と共に出発となった。
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