第110話 冬の始まり
「二人とも、ルバークちゃんによろしくね!ちゃんと温かくして過ごすんだよ!ガンドもまたおいでよ!」
翌朝、朝食を摂り、清算を済ませて料理を受け取るとおばさんが名残惜しそうに言った。
「おばさん、今度はちゃんとルバークさんを連れてきますね!」
「そうだよ!研究ばっかりじゃダメだって言ってやんなよ!」
「アハハ、ちゃんと言っておくよ!おばさん、ありがとね!また来るよ!」
ガンドも頭を下げると、ロゼがロデオを走らせる。
「また来るんだよー!」
珍しく、おばさんは宿の外まで見送ってくれていた。
ロデオは宿の人が、宿の前ですぐに乗れるように準備してくれていた。
「ありがとうございましたー!」
俺たちが乗り込むとすぐにロデオは走り出す。
荷車の後ろから手を振って、おばさんに別れを告げる。
冬籠り前の買い物客が多いのか、門から続く街道は馬車や大きな背負子を担いだ人でいっぱいだ。
「みんなそれぞれの家に帰るんじゃのう。」
ガンドがポツリと呟いた。
「ガンドさんも早く家に帰りたいですよね・・・。」
ガンドにも伴侶はまだいないが、家族がいる。
突然の失踪で心配していることだろう。
「ふーむ、実はそうでもないんじゃ。もちろん家族には会いたいが、今はダイクが書いてくれた設計図を基に、早く木を刻みたい一心じゃな。」
「そうですか。じゃあ、早く森に帰らないといけませんね!」
自分で聞いておいて何だが、墓穴を掘るところだった。
ガンドにホームシックにでもなられたら、面倒になるところだった。
帰りの道中は、冬の間に作りたい物の話をしながら荷車に揺られる。
荷車を改造したからか、ロデオの頑張りもあって、休憩を挟んでも夕方までに鬼蜘蛛の森へと帰ってくることができた。
「もう少しだよ!ロデオ、頑張ってね!」
ルバークの待つ家へと続く道に入ると、ロゼがロデオに声を掛けた。
ロゼは御者台に座って、手綱を持ちながらロデオを励ましている。
「ロゼも疲れてないか?いつでも代わるからね。」
背後から声を掛けるが、ロゼは動く気配を見せない。
「ここまで来たんじゃ。最後までお願いすればいいんじゃ。わしらは大人しく座っておればええ。」
退魔の首飾りの効果なのか、魔獣が全然襲ってこなかった。
ルバークに見せて、しっかりと研究してもらう必要があるな。
「ただいま~!ルバークさん、帰ってきたよ~!」
家に帰り着くと、御者を頑張ってくれたロゼは先に中に戻ってもらった。
「ほれ、外れたぞ!ダイクはロデオを厩舎に入れてくれ。わしは荷車を片付けてくるぞ!」
荷車を牽いて、ガンドは厩舎の陰に消える。
「ロデオ、お疲れ様。今回もありがとうな。」
水と餌を入れ直して、丁寧にブラシ掛けをしてやる。
表情には出さないが、ロデオは気持ちよさそうに足踏みをした。
「シラクモもお疲れ様。体は鈍ってないか?」
あまり活躍の機会がなかったシラクモを労うと、前足をあげて応えてくれる。
「こっちは終わったぞ!まだ手伝うことはあるかのう?」
ガンドが戻ってきたところで、ブラシ掛けもちょうど終わった。
「もう終わりましたよ。家に入りましょう。」
扉を開けて、ガンドを先に家へと案内する。
「お帰りなさい。ダイク君、ガンド君。お茶、淹れたてよ。」
ルバークがコップをそれぞれに差し出す。
ロゼはすでに座って、お茶を飲んでいた。
「ありがとうございます。ちょうど、飲みたかったんです。ルバークさん、ちゃんと食事は摂ってましたか?宿屋のおばさんも心配してましたよ。」
体調は良さそうだが、目の下に隈ができている。
あまり眠ることなく魔道具の研究をしていたんだろう。
「大丈夫よ。心配されるような年でもないのよ、ダイク君。おばちゃんは元気にしてた?」
「元気だったよ!食べ物もたくさん作ってくれたよ!あとね・・・。」
ロゼがアルの村でのことをルバークに伝えてくれる。
「そうなのね。冬の間も滝まで行けるように屋根を作ったのね。なんだか、よく分からないけど、また頑張ってきたのね。」
「今度行ったときに見ればわかりますよ。あと、ルーナさんから干物をお土産でもらってきました。俺は味見させてもらったんですが、ロゼとガンドさんもまだ食べてないんです。夕食で焼いてもいいですか?」
「あら、いいわね。アル君たちも干物作り、上手くいってるみたいね。わかったわ。楽しみにしてるわ。」
許可が出たところで、夕飯の準備のために立ち上がる。
「ダイク兄、ボクも手伝うよ!なんだかお腹すいてきちゃった!」
ロゼの手伝いもあり、テーブルには一夜干しの干物とパン、スープと煮物が並んだ。
「ん~、いい匂いじゃのう。」
「ダイク君が作ってたものとは、また違う感じね。美味しそうじゃない!」
部屋の中には干物の匂いが充満して、ロゼのお腹の音が聞こえてくる。
いただきますの号令と共に食事が始まり、あっという間に食べ終わった。
「干物、美味しかったわね!売りに出るようになったら、買い込まないといけないわね。」
ルバークの言葉に、ガンドもうんうんと頷いている。
「アルさんたちの村総出で干物作りを頑張ってくれたみたいなんです。あとは、日持ちの確認だけなので、雪解けの頃には売りに出るかもしれませんね。」
食事が終わっても、干物の話は終わらなかった。
「あ、雪だよ!見てよ、ダイク兄!」
ロゼが椅子から下りて、走って窓へと向かう。
俺たちもロゼに続くように窓際へと向かい、外を見ると雪が降り始めていた。
「本当に降ってるわね。積もる感じでは無さそうだけど、もうそんな時期なのね・・・。」
バタバタしているうちに一年があっという間に過ぎていく。
雪が融ければロゼも七歳になる。
日本でいえば、小学生になる年だ。
「ルバークさん。そういえば、学校を見かけたことがありませんけど、もしかして無いんですか?」
ロゼも行けるなら、同年代の子たちと学ばせてあげたかった。
「学校・・・、一応あるわよ。でも、お金持ちの子どもか貴族の子しか通わないわね。それがどうしたの?もしかして、通いたくなったのかしら?」
「ち、違いますよ!ロゼに同年代の友達でもいたらいいなぁと思っただけです。」
「え~!?ボクにはダイク兄もルバークさんもいるから、別に友達はいらないよ!あっ、ガンドさんもいるしね!」
嬉しいことを言ってくれるが、俺たちには同年代の知り合いすらいない。
会う人みんな良くしてくれるが、圧倒的に年上ばかりだ。
「フフフ、可愛いこと言うわね!ダイク君の言いたいことも分かるけど、それは雪が融けた後に考えましょうか。雪が降り出す前に、一度魔獣木も取りに行った方がいいと思うの。クイーンが何だか怖いことを言ってたんでしょ?」
俺たちの世界にとって大事な仕事・・・そう言っていた。
「そうですね・・・。正直、面倒ですけど行くしかありませんね。」
「大丈夫だよ、ダイク兄!ボクがあっという間に魔獣木を壊すからね!」
「そうじゃのう。ロゼなら簡単にできそうじゃな。世話になるからには、わしも協力するぞい!」
この後、一度魔獣木を回収しに行くと、本格的に雪が降り始めた。
雪がしんしんと降り積もり、表の扉は開かなくなる。
冬の間、ほとんどの時間をガンドに木工を教わることになる。
ロゼも弟子かと思うほどに、真面目にガンドの言うことを聞いて木を刻んでいた。
ルバークはガンドの首飾りを魔道具で再現できないかと研究に励んだ。
この冬はそれぞれにやりたいこと、やるべきことがあって充実した日々を送ることができた。
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