第102話 これから
空が夕日に染められ始めた頃、俺たちはトレントの口から吐き出された。
「いやー、楽しかったのう!それにしても、こんな移動方法があったのか!世界は広いわい!」
ガンドが興奮冷めやらぬ感じで、鬼蜘蛛の森を見渡している。
穴に落ちた当初は悲鳴をあげていたが、次第にスライダーを楽しんでいた。
「フフフ、よかったわね。ダイク君、わたしはマザーに報告に行ってくるわ!ガンドさんのこと、お願いね!」
ルバークはそう言って、戻ってくるなりマザーの元へと向かった。
「わかりました。そろそろ暗くなるので、気を付けてくださいね!」
「いってらっしゃーい!」
姿が見えなくなると、アイテムボックスを漁る。
「ロゼ、魔獣木を砕いてくれるか?」
疲れているだろうが、これだけはやっておかなければならない。
また、味覚や感情を失うのは御免だ。
「うん、いいよ!早くしないと、ダイク兄が困っちゃうもんね!」
アイテムボックスから魔獣木を取り出して、あとはロゼに任せる。
「こいつは魔獣木だったのか!?わしの知ってる魔獣木とはえらい違うが・・・。」
ガンドは魔獣木にどんどんと近づいていく。
「ガンドさん、危ないので離れてください!これも魔獣木なんです。俺たちにもどうしてこんな姿をしているのかはわかりませんが、悪い影響があるので回収して周っているんです。」
ロゼが魔獣木を砕き始めると、ガンドの目はまん丸に見開かれた。
「わしも本気で砕こうとしておったのじゃが・・・、こんなに簡単に砕くのか・・・。ロゼ、おぬしは何者じゃ!?」
「ボクはボクだよ!ダイク兄がくれたこの剣がすごいんだよ!」
はじまりの剣をガンドの目の前に持っていき、自慢するように見せる。
「わしも振ってみてよいか?とても剣だけとは思えんが・・・。」
ロゼからはじまりの剣を受け取ると、ガンドは剣を高く掲げ、鋭く振り落とすが魔獣木に弾かれてしまう。
「が、ガンドさん、ロゼは剣の才能が・・・。」
慰めようとすると、ガンドが手をあげて言葉を止める。
「いいんじゃ。わしは戦闘職でも無いしのう。ロゼ、邪魔して悪かったのう。」
はじまりの剣をロゼに戻し、魔獣木が砕ける様を観察していた。
「ふぅ~。終わったよ、ダイク兄!」
額に浮かぶ汗を拭いながら、ロゼが言う。
「ありがとう、ロゼ。俺はこれを回収し終わったら家に戻るから、先にガンドさんを部屋に案内してあげてくれるか?」
そう言うと、ロゼは頷いてガンドを連れて家に入っていった。
魔獣木の塵一つ残さないように回収すると、腕に巻き付いていたトレントが動き出した。
「ここが俺たちの家だよ。トレントはどこに居たいんだ?前と同じように、植木鉢にするか?」
トレントが元々は植えられていた植木鉢を出すと、器用に鉢に登って体をくねらせながら根を土に埋めている。
「トレントもお疲れ様。まだ体が小さいし、家の中でいいか?」
トレントが体を前に倒したような気がした。
「そうか。窓際に置いてやるからな。」
植木鉢を抱えて、家の中に入る。
「ただいま。シラクモも出ておいで。」
フードに隠れていたシラクモが勢いよく跳び出し、窓際へと移動した。
「分かってるよ。」
植木鉢を窓際に置くと、シラクモは前足をあげた。
「トレントはそこにいてもらうことにしたの?毎日、お水をあげないとね!」
階段をバタバタと下りてきて、ロゼが言う。
トレントを軽く撫でると、トレントの顔がにっこりと笑った。
「ダイク兄、見て!トレントが笑ったよ!」
小さいトレントは普通の木に戻ることは無く、鉢に戻っても顔を維持している。
「本当だな。ロゼはトレントに水をあげてくれるか?俺は夕飯の用意をするよ。」
「うん、わかった!ボクに任せといて!」
魔法で水をあげてもよかったが、ロゼに任せることにする。
「いい匂いじゃのう。まともな料理は久しぶりじゃ!」
いつの間にかガンドが後ろに立っていた。
「もう少しで用意できます。ルバークさんを待ってから食事にしましょう。ガンドさんは座って待っててください。」
「ガンドさんはこの椅子に座ってね!」
ロゼが空席に案内しながら、食事の用意を手伝ってくれる。
「ありがとう、ロゼ。もうやることも無いし、座って待ってようか。」
ガンドの席はルバークの隣だ。
向かいに俺とロゼがいつも座る席がある。
「おぬしらは三人で生活しておるのか?親はどうしたんじゃ?」
ガンドが問うと、扉が開いてルバークが帰ってきた。
「ルバークさん、お帰りなさい。ガンドさん、まずは食事にしましょう。」
立ち上がって調理場へ行き、スープを温め直す。
「ただいま~。今日も大変だったわね~。食事の用意をしていてくれたのね!ありがとう。」
ローブを脱いで、魔法で体をきれいにするとルバークは椅子に座った。
頭のヘアバンドは着けたままだ。
「どこに行っておったんじゃ?」
ルバークは何をどこまで話したらいいのかと逡巡していた。
「まずは食事にしましょう。ガンドさんもお腹がすきましたよね?」
食卓にはパンとスープ、唐揚げにトマト煮込みがずらりと並ぶ。
さっきからガンドの腹の虫が鳴り続けているのを、俺とロゼは聞いていた。
食事が始まると、ガンドは余程お腹が空いていたのか、勢いよく食いついていた。
さっきまでの話のことなど頭に浮かばないほどに、美味しそうに食べてくれている。
食卓に並んだものを食べ尽くすと、部屋へと戻ってしまった。
「ダイク君、ロゼ君、わたしたちはお風呂に入りましょうか。」
テーブルの上を片付け終わると、ルバークがそう言った。
まだ早い気もしたが、体が疲れていたので了承して裏庭へと向かう。
ロゼとルバークはロデオの世話を。
俺は露天風呂のお湯を準備する。
ロデオの世話が終わる頃に、少し熱めの湯を張り終えた。
服を脱いで、ロゼに魔法を掛けてもらい湯に浸かる。
「はぁ~、気持ちいいわねぇ~。今日も一日、疲れたわねぇ~。」
湯に溶けながら、ルバークが言う。
「本当に、毎日退屈しませんね。ルバークさん、ガンドさんのことなんですけど、どこまで俺たちのことを話していいんでしょうか。」
ロゼを抱えて湯に肩までつかりながら問いかける。
「そうねぇ~、いいんじゃないのかしら。全部伝えちゃっても。これから一緒に冬を越すことになったんだし、変に隠し事をしていてもどこかで綻んじゃうと思うのよねぇ~。」
「そうだよね~。隠し事は無しだよ、ダイク兄!」
「わかりました。明日にでもガンドさんに話してみようと思います。」
当面、魔獣木を回収に行く予定はない。
いくらでも時間はあるし、ガンドの地図を写させてもらわなければならない。
それに、ガンド自身の話も聞いてみたかった。
「近いうちに、サンテネラまで行きましょうか。ガンドさんを連れてね。アル君たちの街にも顔を出しておきたいでしょ?」
「はい、干物の件がどうなったのかも気になってました。」
「ボクもお買い物がしたいな~!」
冬を前にして、最後の訪問になるだろう。
ガンドがここに住むのなら、それなりに食料も買わないといけないだろう。
毎食あんなに食べられてしまうと、今ある食料では全然足りないと思われる。
アイテムボックスに入っているガンドの物も、売る気があるのならばギルドで売るチャンスだろう。
いろいろと考えているうちに、長湯になってしまった。
ロゼもすっかり俺の上で寝そうになっていた。
「フフフ、そろそろ上がりましょうか。早く着替えて、体が温かいうちに寝ましょう。」
ルバークは先に上がり、体を拭き始める。
「ロゼ、起きろー!寝るのはベッドに戻ってからだよ。」
眠たそうなロゼの体を起こして、体を拭いて服を着せる。
俺自身も急いで服を着て、ロゼをベッドまで連れていく。
「おやすみなさい、ルバークさん。」
「おやすみ、二人とも。」
部屋の前でルバークと別れて、ロゼをベッドに放り込む。
風邪を引かないように布団をかけて、俺もベッドに潜り込む。
シラクモを撫でているうちに、あっという間に眠る。
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