第96話 懸念と滑り台
「ダイク兄、大変だっ!早く起きて!」
体を揺すられ目を覚ますと、ロゼが慌てた様子でいた。
「おはよう、ロゼ。どうしたの、そんなに慌てて?」
「ボクたちあのまま寝ちゃったんだよ!窓の外を見てみて!もう朝だよ!夕飯を食べ忘れちゃった!」
ベッドから起き上がり、窓を覗くと朝日が昇り始めているのが見えた。
「そうみたいだね。昼寝の習慣が無いから、少し寝るってことができなかったんだろうね。」
ロゼのお腹からは盛大に音が鳴っている。
「お腹もすいたし、下りて何か作ろうか。ロゼは何が食べたい?」
「ん~、そうだなぁ・・・、リンデンスペシャルかな。お腹空いてるから、三枚重ねで!」
朝から元気なロゼを連れて階段を下りる。
パンケーキを焼いていると、臭いにつられたのかルバークも下りてきた。
「いい匂いがしてるわね。おはよう、二人とも。」
席に着くなりお茶の準備を始める。
「おはようございます、ルバークさん。」
「おはよう!今日の朝食はリンデンスペシャルだよ!ルバークさんは何枚食べる?ボクは三枚お願いしたんだよ!」
ロゼのお腹の音が離れていても聞こえてきた。
「フフフ、昨日は二人とも夕飯を食べ損ねちゃったものね。わたしは一枚で十分よ。ダイク君、何か手伝うことはある?」
「焼くだけなので、俺だけで大丈夫です。ほら、ロゼの分が焼きあがったぞ。温かいうちに食べちゃいな。」
三枚重ねにしたパンケーキをロゼの前に配膳する。
ジャムをアイテムボックスから取り出して、テーブルの中央に置いた。
「美味しそう!いただきまーす!!」
ロゼは余程お腹が空いていたのか、口いっぱいにパンケーキを詰め込んだ。
「ルバークさんの分もすぐに焼けるので、もう少し待ってくださいね。」
「ありがとう、ダイク君。」
ルバークの分、シラクモとクガネの分、最後に自分の分を焼くと、作った生地はきれいに無くなった。
「ふ~、美味しかった~!ジャムは何にでも合うね!」
ロゼは満足そうに腹を擦っている。
「本当に美味しかったわね。」
少し手間だが、こんなに喜んでもらえるなら作ってよかった。
ルバークの淹れたお茶を啜って、食休みをとる。
「ダイク君、今日その腕輪、使ってみるんでしょ?やっぱり、わたしもついて行くわ。行った先にどんな魔物がいるのか分からないから、心配なのよね。」
「ルバークさんは家で待っていてもらえると助かるんですけど・・・。」
「ヴィド君たちが来るかもしれないって気持ちもわかるのよ。でもね、少しでも戦力はあったほうがいいでしょ?」
「そうなんですけど・・・。」
ルバークの帯同を渋っていると、ルバークは首を傾げた。
「なにか別の心配事でもあるの?それとも、わたしは邪魔かしら・・・。」
あからさまに悲しそうな顔を浮かべて、ルバークはこっちを見ている。
「全然、邪魔じゃないよ!ダイク兄はなにが嫌なの?」
ロゼまで不満げな表情で俺を見てくる。
「ルバークさんが、じゃないんです。クイーンのことが信用できていないんです。」
「あら、そうなの?どんなところが?」
「なんて言うか・・・、常識的なノームとでも言いましょうか。言っていることはもっともなんです。でも、やっぱり説明が足りないと思うんです。すいません、うまいこと言葉にできなくて・・・。」
ルバークはお茶をくいっと飲み干した。
「つまり、その腕輪が信用ならないってことかしら?」
「まぁ、そうです。本当に使えるのかもわかりません。使えたとしても、ルバークさんが無事でいられる保証も無いんです。」
「え~、そうなの?それなら、ルバークさんはお留守番だね!」
ロゼにも伝わったのか、同意してくれる。
「そう・・・、言いたいことは分かったわ。でもね、それならダイク君たちだって無事でいられるか分からないわよね?」
「まぁ・・・、そうですね。」
「でしょ?悩んでいても始まらないわ!クイーンのことを信じてみましょう。もし、わたしに何かあったら、クイーンのことを好きにしてくれていいわ。」
ルバークの意思は固かった。
これ以上、何を言っても無駄だと分かってしまった。
「・・・わかりました。信じてみましょう。」
お茶を飲み干すと、出掛ける準備がバタバタと始まった。
「ルバークさーん!用意できたー?」
準備の整ったロゼは、部屋に戻ったルバークを急かす。
「ごめんなさい、用意できたわ。行きましょうか!」
ヘアバンドとフードを深く被ったルバークが階段を下りてくる。
「はい。とりあえず、トレントの側で腕輪を使ってみましょうか。」
ドアを開けて、家を出る。
トレントは家の前を陣取り、ただの邪魔な木となっている。
「この木って、トレントなのよね?普通の木と変わりない様に見えるんだけど・・・。」
ルバークも初めてこの姿を見たのか、感想を漏らした。
「俺たちが帰ってきてから、この姿になりました。鑑定してみても、トレントなんですが、見分けは付かないですよね。」
「そうね。もしかしたら、今までも気がつかなかっただけで、沢山のトレントを見てきたのかもしれないわね。この森には、この子だけでしょうけれど。」
ルバークはそう言って、俺とロゼの手を繋ぐ。
「ダイク君とロゼ君も手を繋いでね。」
ロゼが開いている方の手で、俺の手をギュッと握る。
「準備できたよ、ダイク兄!」
頷いて、ロゼとルバークの顔を確認する。
「いいですね。向こうに着くまで、手は離さないでください。」
二人はコクリと頷いた。
「シラクモとクガネもフードから出ちゃダメだよ。」
それぞれの頭の上にいた二匹は、前足をあげてフードに潜った。
「じゃあ、始めます。」
目を瞑ってイメージを浮かべていく。
魔力を腕輪に流れて、溜まっていくイメージを。
厳密にいえば、魔力を感じたことは無いので、今まで想像力のみで魔法を使ってきた。
魔力が流れているのかはわからないが、頭の中で想像してみるしかない。
魔力を腕輪に流れて、溜まっていくイメージを。
ボトリと何かが落ちた音が聞こえてきた。
「ダイク兄、魔石が落ちちゃったよ!」
目を開けると、腕輪に付いていた石が地面に落ちていた。
「本当だ。クイーンに騙されましたかね?」
そう言うと、石がカタカタと動き出した。
「何かしらね。」
ルバークが魔石のようなものを覗き込むために、繋いでいた手が緩む。
「ルバークさん、ダメです。」
ギュッと握り直すと、石が足元に薄く広がった。
三人を覆うほどに広がると、パリンッと音を立てて割れると、俺たちは穴に落ちていた。
「何なの、これー!!」
ルバークの叫ぶ声が近くで聞こえるが、この感覚には覚えがあった。
「ルバークさん、大丈夫だよ!落ち着いて!」
クイーンのいた世界から追い出された方法に似ていた。
手を繋いだまま、揉みくちゃになりながら長い滑り台を下る。
「あそこが出口みたいです!手は離さないでくださいね。」
滑り台の先にある光がだんだんと近づいてくる。
「ほんとだ!ルバークさん、もう少しの我慢だよ!」
ロゼがルバークに声をかけるが、返事は無かった。
光を潜り抜けると、勢い余ってごろごろと転がり、手が離れてしまった。
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