第94話 妖精の森
「ま、まずいわ!早くここから出なきゃ!」
右往左往しながら、ノームは慌てている。
「ノーム、落ち着けって。ここはどこなんだ?」
泥だらけの体を魔法できれいにしながら、ノームに問いかけるが返事は無い。
「ありがとう、ダイク兄!それにしても大きな木だね!マザーの住む木より大きいかもね!」
俺たちの前には大木が聳え立っていた。
春にでもなったかと思うほど温かな気候で、大木の周りには様々な草花が咲き誇っている。
「あぁ、もうダメだわ・・・。おしまいよ。」
ノームの勢いがなくなり、飛ぶことすら止めて俺の手のひらにふわりと落ちてきた。
「ノーム、しっかりしてくれ。何が起こってるんだ?」
いくらノームに話しかけても、答えは返ってこない。
「どうしちゃったの、ノーム。」
ロゼが心配そうに、俺の手のひらを覗き込む。
「困ったな。とりあえず、ここを出ようか。シラクモ、ここがどこかわかるか?」
シラクモは体を横に激しく振った。
「そうだよな・・・。」
さっきまでいた魔獣木のあった森ですら、どこにある森なのかを俺たちは知らなかった。
あの森から移動して別の森に来たことは間違いないだろう。
適当に歩いてみるしかないんだろうか・・・。
腕を組んで、思考を巡らせた。
「ダイク兄・・・、見て!ルバークさんだ!」
ロゼが大木を指差して言った。
大木から枝が無数に生え、絡まり合い人のような形を作り出した。
言われてみれば、どことなくルバークに似ている気がする。
上半身のみが形成され、船首像のようにこちらに迫り出している。
ノームはそれをちらりと見ると、慌てて俺の背後に飛んで回り隠れてしまった。
「わぁ~、すごいねぇ!」
ロゼは興奮気味に像を見て、近づこうとする。
「ロゼ、何があるか分からないんだ。近づいちゃダメだよ。」
手を繋いでこれ以上、大木に近づくのを阻止する。
「ノーム、一体何が起こってるんだ?しっかり説明してくれ。この像は何なんだ?」
頭の上のシラクモに動きは無いので、危険は無いのかもしれない。
だが、状況をうまく飲み込むことができなかった。
妖精はどこか怯えているようにも見える。
大木を鑑定してみるが、文字化けを起こして読み解けない。
「ノームちゃん、わたし、ダメだって言ったわよね?」
大木に生えた女性の像が話し出した。
声や話し方までルバークに似ているように思える。
「なんでルバークさんはそんなところにいるの?」
ロゼは物怖じせずに像に話しかける。
「初めまして。わたしは森の妖精たちを統括しているクイーンよ。この姿と声はあなたたちのイメージから拝借させてもらったわ。突然、ここにつれてきちゃって、ごめんなさいね。」
「へぇ~、そうなんだ!ボクはロゼ、こっちはダイク兄だよ!」
ロゼは呑気に自己紹介をした。
「丁寧にありがとう。でも、森を通して知っているわ。ノームちゃん、こっちにいらっしゃい。」
クイーンが淡く光ると、ノームが結界のようなものに包まれてフワフワと移動を始めた。
「ダイク、助けなさいよ!いやー、止めてちょうだい!」
結界の中でノームは暴れながら喚いていた。
助けようと手を伸ばすと、シラクモが伸ばした手に跳び移り、指に噛みついた。
「痛っ。」
痛みで伸ばした手は結界を掴み損ねて空を切った。
「賢いわね。シラクモ君に感謝するのね、ダイク君。それに触れたら怪我どころでは済まなかったわよ。」
ルバークのような顔と声で怖いことを言う。
それを聞いて、俺とロゼに緊張感が走った。
ロゼははじまりの剣の柄を握り、俺はすぐに攻撃できるように魔法の準備をする。
「ちょっと、別に争うつもりはないの。ノームちゃんは約束を破ったから、返してもらうわ。」
「いやーーーー!」
ノームは叫びながら、クイーンの腹の辺りに吸収されてしまった。
何が起こっているのか、見ていたが全然理解できない。
ルバークの姿を模したクイーンは動き出し、大木から抜け出ようとしていた。
「言ったでしょ。わたしは争うつもりはないのよ。物騒なものは片付けて、座ってお茶にしましょう。」
俺とロゼの間に木が生え始め、テーブルと椅子、茶器に姿を変えた。
「ほら、座って。」
大木から抜け出たクイーンは俺たちに構わず、席に着く。
ロゼが困った顔をしながら、こちらを向いている。
「・・・ロゼ、座って話を聞こう。」
警戒を緩めることなく席に着き、お茶を淹れているクイーンに問いかける。
「ノームに何をしたんですか?ここはどこなんですか?」
ロゼも警戒しながら席に着くと、お茶がそれぞれに配られる。
「ダイク君、ジャムはある?美味しそうだったから、入れて飲んでみたかったの。」
アイテムボックスからジャムを取り出して、クイーンに差し出す。
「質問に答えてください。」
睨みつけると、クイーンが口を開いた。
「ここは言わば、わたしたちの縄張りよ。二人の住む世界とは隔絶されたところにあるの。ノームちゃんは二人の住む世界の方が好きみたいでね。この森を勝手に抜け出して、そちらの世界に住み着いていたの。あなたたちが通ったトレントの道は人間達から見れば禁忌なの。元々、妖精のために作られた道だからね。」
クイーンは淡々と話しを続ける。
「あなたたちは特別な存在だから良かったけれど、この姿の人間がトレントの道を通っていたら、下手したら死んでたかもしれないわ。トレントの道は妖精しか通っちゃいけない。それがわたしたちの約束事。それを破ったから、道に入ったところを捕まえさせてもらったわ。用事は済んだ後だったし、許してちょうだい。」
話を聞いていて、背筋に汗を流れるのを感じる。
ルバークに留守番をお願いしたことは英断だった。
ノームはそんなこと、一切教えてくれなかった。
「・・・ノームはどうなっちゃうの?」
「もう一度、ここでしっかりと学んでもらいます。約束についても。あなたたち人間についてもね。年長の妖精のところに送っただけだから、安心なさい。」
クイーンはジャム入りのお茶を美味しそうに啜った。
「・・・妖精の世界のことに口出しはしません。でも、ノームは俺たちの世界に生えている魔獣木をどうにかしようと頑張ってました。森の妖精として、俺たちの世界の森を救うために。」
擁護するつもりは無いが、ノームはノームなりに頑張っていたはずだ。
「大丈夫です。わたしも森を通して見ていましたから。」
クイーンはお茶を飲み干すと、コップを変形させて腕輪を作った。
「魔獣木の回収は森にとって、あなたたちの世界にとって大事な仕事です。ノームちゃんをついて行かせることはできませんが、引き続きあなたたちにお願いします。」
口調が代わり、まじめな表情で俺たちを見ている。
「ノームが、なぜトレントの道を使ったかはご存じだと思いますが・・・。」
俺の我儘でもあったのだ。
俺が行くのを渋ったから、ノームはトレントの道を用意した。
「そこで、この腕輪が役に立つのです。トレントの道と同様に、魔獣木の近くまで運んでくれます。ダイクの魔力量なら問題なく使えることでしょう。これを使えば、安全に人間を運ぶことができます。帯同する者の手を繋いで魔力を込めれば、魔獣木の近くに配置したトレントのそばへと運んでくれます。あとはトレントの案内で魔獣木を目指してください。」
クイーンは立ち上がり、俺の手を取って腕輪を嵌める。
腕輪は勝手に縮んで、手首にぴったりと納まった。
「あなたたちのペースで構いませんが、あまり遅いと手遅れになるやもしれません。頼みましたよ。」
クイーンがそう言うと、座っていた椅子が突然消えて、落ちた。
落ちたというよりは、滑り台を滑っている感覚だが、妖精たちの森から半ば強制的に、一方的に投げ出された。
辺りは真っ暗で、光の玉を浮かべようにも魔法が発動しない。
隣からはロゼの楽しそうな声が聞こえている。
頭の上にはシラクモが乗っている感覚もある。
「ロゼ、大丈夫か?」
「ダイク兄、これ、楽しいね!」
ロゼはすっかりとノームのことを忘れて、暗闇を楽しんでいた。
しばらく滑っていると、先に光が見えてくる。
光をくぐると、トレントから鬼蜘蛛の森に吐き出された。
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