元婚約者の国が属国になったそうです
朝パチリと目が覚めたアルモニカはいつものように侍女を呼び準備をして少し読書をした後、散歩をしてそれから消化に良い朝食を食べました。
仕事をして休息か仮眠をとり、そして仕事をして空腹になったら軽食を食べました。
夕食を食べたらゆっくり湯船に浸かり、読書をして時間になったら眠る。眠れない時は温かいミルクを飲む。
エクティドに戻ってからもオパルールで覚えた生活を続けていました。
ヴァンが淹れてくれたお茶以外は。
「もう数ヵ月か……」
オパルールの王子ディルクに署名させたアルモニカは魔法で火を消すとその足でエクティドに帰りました。
馬車換算すると早くて二ヶ月かかる道のりですが後宮事件でルダンブル王国からエクティドに連絡が入り父が激怒。
オパルール王国の偵察と同時に近くまでミクロフォーヌ家が迎えに来てくれました。
そのため早くに合流できことなきを得たのですが、丞相の指示で騎士達がアルモニカを追跡捕縛しようとしたのです。
それをヴァンからの要請(勿論アルモニカが書いた手紙)でスネイル団が動き、サーチ・ベフェルデリング様が騎士達を追い返してくれました。
そんな流れで母国エクティドに戻って来たのですが荷解きが終わった頃、ヴァンが出て行くことを知りました。
元々五星院老会からの指示でミクロフォーヌ家に潜入したのだそうです。紹介状は本物でしたが密偵と知ったのはわたくしがオパルールに渡った後でした。
そのわたくしが婚約を解消し帰国することとなり、無事に帰りついたことでヴァンの任務も完了しました。ヴァンもまた祖国に帰ることになったのです。
「それでも、あんなあっさりと帰らなくてもいいじゃない」
もう少し名残惜しんだりとか、寂しいとか、そんな風に感じなかったのかしら。
思い出すのは『お元気で』と何でもないいつもの笑みを浮かべて去っていくヴァンの姿。
あまりにもあっさりしていてわたくしは呆気に取られたまま見送ってしまった。
泣いて縋って引き留めたい訳ではなかったけどあまりにもあっさりだったので引き留めるタイミングが掴めませんでした。
だけどこう、惜しむ言葉とか次いつ会える?また会いましょうとか、他に言葉があったじゃない!
「……行かないで、って言ったら留まってくれたかしら」
後から後から後悔して何でもっとちゃんと出来なかったのかわたくしは自分を責めました。
だって本当は、ヴァンに出ていってほしくなかったのに。
結果出て行くとしても気持ちを伝えることはできたのに。
ありがとうってもっと伝えたかったのに。
「呪文はちゃんと唱えられるのに、肝心な言葉が出ないなんて情けないわ」
はぁ、と禁止されたはずの溜め息を吐き出したのでした。
◇◇◇
エクティドに帰国して最初のパーティーに誘われたわたくしは気乗りしませんでしたが参加することにしました。
オパルール王国のことで疲れただろうからしばらく休息を取りなさいとお父様から、ゆっくり休みなさいとお母様から言われてぼんやり過ごしていましたが、その姿が塞ぎ込んでるように見えたらしくお兄様に『外の空気を吸いに行くぞ!』と連れ出されました。
「そういえば今日のドレスはいつもと違うな。あっちで作ったドレスか?」
「ええ。今日の気分はこれだと思ったの」
会場に行く道すがら取り留めない話をしていたらそんな質問が飛んできました。ドレスに疎い兄でしたが変わり種なドレスに気づいてくれたようです。
オパルールはエクティドの流行より二十年ほどずれていたのですが、王妃様との約束を破ると決めた時オパルールの流行に乗るのもやめようと思ったのです。
なので形はエクティドに寄せながらデザインや装飾をオパルールにしたことで一風変わったドレスに仕上がりました。
わたくしにとってそこまでではありませんでしたが、家族はなるべくオパルール王国の話題をしないよう気遣ってくれました。
話すと嫌な記憶を思い出させてしまうと思ったのでしょう。それ自体はとても有り難かったのですが苦い記憶と共にヴァンとの思い出もあったので少し複雑でした。
今日のドレスも卒業パーティーで着たドレスです。
あの時のことを思い出すと複雑でしたがヴァンからの贈り物と思うと仕舞っておくのは勿体ないと思って袖を通してしまいました。
パーティーが始まると友人達やお世話になった方々と話す機会がありとても楽しい時間でした。やはり此方がわたくしがいるべき世界なのだとしみじみ思いました。
冷たい目線や嘲笑する声を思い出す度に体の芯が冷え顔が引き吊りそうになりますが、オパルールのことは過去のこととして忘れるべきなのでしょう。
「アルモニカ・ミクロフォーヌ様にお客様がいらっしゃっています」
そう邸の従者に声をかけられましたがその従者も困っているようでした。
「客ならここに通せばいいだろ?」
不思議に思った兄の言葉にそれもそうだわ、と思っているとそのお客様は招待状がないのだそうです。
招待状もなく、先触れもなく会いに来るのは貴族としてマナー違反。恐らく招かざる者でしょう。
追い返すか捕らえて反省するまで牢に閉じ込めるよう兄が指示し従者は慌てて出ていきました。
「そういえばその後のあっちの話聞いたか?」
落ち着いたところで兄がその後のオパルール王国の話を教えてくれました。父には内緒だぞと言われたのでちょっと笑ってしまいました。
アルモニカが出て行った後、オパルール王国はそれなりに荒れたそうです。
首を取りに来たナタシオン侯爵はアルモニカを国外に逃がすために護衛として一旦下がり、国王達には猶予が与えられました。
そこで対策なり亡命なりできれば良かったのでしょうがタッチの差でデヴァイス帝国が辺境伯領から更に侵攻した報告が入り大騒ぎになりました。
ですが戦える実力があったのはルシェルシュ伯爵が率いる騎士団のみ。
魔術師団はクエッセル元侯爵や権力のある中枢派以外はほとんどが遺跡調査に回され、クエッセル元侯爵の後釜も不在という有り様でまともに戦える者がいませんでした。
そしてその頼みの騎士団もあっさり帝国に撃破され投降を余儀なくされました。
本来の戦術なら次の隊を送り戦況を変える手立てを練らなくてはならないのですがルシェルシュ伯爵以上に戦える者はなく、軍を率いることができるカリスマがある者もいませんでした。
近くにデヴァイス帝国が目を光らせているにも関わらず彼らは出入りできるまともな道は辺境伯領しかないと、そこを塞げばオパルール王国の安寧は守られると固く信じ研鑽を怠ってきたのです。
そんな驕りが招いた結果でした。
そして王都ではデヴァイス帝国への対策ではなく『なぜアルモニカを冷遇したのだ』という今更な糾弾で盛り上がり、他の話などまったくしなかったそうです。
ちゃんと引き留めなかった王子や国王への責任追及で毎日が消化され、議会は荒れに荒れて王子らは日に日に憔悴していったそうです。
中には首を差し出してアルモニカに戻ってきてもらい帝国に許しを乞うべきでは?という意見も出てきて王子を震え上がらせたようですが、そんなことをされても迷惑なので寄越さないでほしいと思いました。
相変わらず男爵令嬢だけは呑気に結婚式の話を騒いでは周りに煙たがられていたそうですが、中枢がこれだけ崩壊している影響で忠誠が低い貴族達も我先にと亡命を始めました。
そして派閥も王家・国王派が急激に衰退していき、評議の結果ショモナイナー公爵に政権を取って代わられたそうです。
その後は侵攻してきたデヴァイス帝国にショモナイナー公爵はあっさり政権を譲渡しオパルール王国は崩壊、再び属国になりました。
ですがその前にズーラ帝国とルダンブル王国が待ったをかけたそうです。
話し合いで分割される予定でしたがオパルールの王家が五星院老会を失望させたと聞くと二国はサッと手を引いたのだとか。
エクティド王国の国王陛下もにっこり笑顔のままえげつない慰謝料を提示して一歩も引かなかったと言いますからデヴァイス帝国は元オパルール王家の人達を馬車馬の如く働かせることでしょう。
属国になったことで王家は解体になりハーレム計画もなくなりました。
ショモナイナー公爵令嬢以外の方々はズーラ帝国やルダンブル王国の高位貴族へと嫁いで行かれたそうです。
逆に元婚約者だった側近達は予定通り廃嫡、貴族籍の抹消に。
唯一別行動になったルシェルシュ元令息は平民として苦労しながらも騎士として頑張っているそうです。基礎を叩き込まれた後すぐ辺境に送られるようですが。
親達も爵位を下げられたり慰謝料で領地などの財産を手放すことになり一気に衰退していきました。
ルシェルシュ伯爵は帝国に撃破された後も捕虜として残り、解放された後も爵位の変動や責任追及はなかったそうです。
ですがご本人はそれを良しとせず自ら団長の任を降り一兵卒として国境前線の任に志願したそうです。
本当はデヴァイス帝国から引き抜きの話を貰っていたそうですが未熟な自分が役に立つとは思えないと辞退されたそうです。
丞相は責任を取って更迭。勝手にアルモニカを追走捕縛しようとした罪で連座で処刑が決定しました。
重い決定になったのは彼はアルモニカを貶め、自分の縁戚から王妃を出そうとしたことや子の取り替えに暗躍したことが罪深いとされたからです。
ディルクの母親が王妃のポストに収まらなければ元丞相の縁者が正妃に差し出されるはずだったと先代のフィクスバール侯爵の言質も取れたのもありナタシオン侯爵令嬢毒殺の共同謀議も追加されそれが決め手となりました。
生かしておいても自己中心的な考えで同じ過ちを繰り返すだろうとデヴァイス帝国に見限られたそうです。
身柄はデヴァイス帝国に預けられましたが刑の執行はナタシオン侯爵の家筋の者が行いました。
すべてを見ていたセボンヤード公爵は義息子と縁を切り、娘が国外へ嫁ぐと親戚筋に家督を譲って自分は領地の奥へと隠居され、日をあまり置かずに夫婦揃って毒を煽り儚くなられました。
また直接ではなくてもアルモニカに被害をもたらした学生達の家には財産の半分の返上、二十年の奉仕が義務付けられたそうです。
すでに牢に入れられていたクエッセル元侯爵は予定通りズーラ帝国に移送されたとのこと。ズーラ帝国では一方的な裁判で有罪になり奴隷落ちになったそうです。
クエッセル侯爵のご子息はエクティドに留学していたのですがことの顛末を聞いて慌てて帰国し侯爵を見送った後自害しようとしたとのこと。
それは未遂に終わったのですが引き留めたのはショモナイナー公爵令嬢だったそうです。
実は子息が留学するまではお二人は婚約関係だったそうで、侯爵がわたくしを貶めるためにショモナイナー公爵令嬢に嘘の婚約解消を言い渡し、傷心した彼女を王妃様が慰めハーレムメンバーとして焚き付けたとのことでした。
わたくしには理解不能ですが、彼も権力を持ち続けるために飛躍しそうな息子を打ちのめして自分を優位に立たせたかったのだそうです。
卒業パーティーを欠席した王妃様はオパルール国民ではないわたくしが気に食わないというだけで四年に渡りあらゆる嫌がらせを続けていたことが露見し、また冤罪と知りながら義姉を犯人だと偽装しナタシオン侯爵令嬢を毒殺した真犯人として投獄。
最初幽閉されるはずでしたがそんな予算はないと帝国に断られナタシオン侯爵が管轄する一般牢獄に収監されたそうです。
いつの間にかデヴァイス帝国の皇后様からいただいた扇子も王妃が奪ったことになっていて、母から譲っていただいたわたくしのドレスを切り刻んだ罪と一緒に罰せられました。
投獄された後はそこで糸紡ぎなどの仕事をしながら慰謝料を少しずつ支払うことになるそうですが、満額納金する前に関係者に暗殺されるだろうとのことでした。
丞相同様、此の世に生きていてほしくないと願う方がいるのでしょう。
そんな王家中枢の代わりに名を上げたのはショモナイナー公爵とナタシオン侯爵でした。
前者はオパルール王国の貴族を率い属国として公国の王となりました。後者は遺跡を含んだ王国の半分を与えられ名前はデヴァイス帝国ですが元オパルール王国の一部を管理することになったそうです。
遺跡については慰謝料代わりにわたくしにくださるという話があったそうですが遠いですし管理も費用も大変なので国王陛下を通じてお断りしました。
もっと相応しい方に発掘してもらうべきでしょう。
「あと元国王は人体実験室行きになった。未だに遺物が外せないんだと。確か衝撃に弱いって言っていたよな?」
「ええ。少しならヴァンも壊せましたし、わたくしもヒビを入れることができましたから。……まさか再利用しようと?」
「それもあるがどうやら学習能力と修復機能があったらしい。蜘蛛系はモンスターも柔軟で狡猾なのが多いからそういうのが混じってるのかもな。
お陰で研究者からは滅多に見られない逸品だと嬉しい悲鳴なんだそうだ」
研究する側からすればそうでしょうけど国王からすれば恐ろしい話でしょうね。
蜘蛛の性質なのだとしたら対象者が死ぬまで、もしくは朽ち果てて掴むことができなくなるまで自動的に外れることがない可能性があるのだけど……まあ、早めに鍵が見つかることを祈りましょう。
「それから一番聞きたくないだろうが話しておく。元王子だが元辺境伯の領地を貰って強制労働をすることになったそうだ。元側近の一人も一緒だったか?
一応辺境伯の爵位はあるが名前だけだ。扱いは兵の下っ端と同じらしい」
王子と聞いて少し肩が強張りましたが気にはなっていたのでそのまま耳を傾けました。
元王子のディルクはアルモニカに慰謝料を支払い終わるまでの期間、限定的に爵位が与えられることになりました。
平民では一生かかっても返せないだろう、という救済処置なのだそうです。
ですがだからといって貴族として扱われることはなく、給料のほとんどが慰謝料として自動的に支払われることになっているとか。
「監視役は皇后様のご親戚で大のエクティド王国、いやアルモニカのファンだそうだぞ。
死ぬより苦しい罰を与え続けるって意気込んでたぜ。処刑するよりもあいつらには罰になるだろうって。
それにお前だけじゃなく元王子は他の令嬢にも手を出してたんだろ?それもあって徹底的に鍛え直せるところに落とされたんだそうだ」
鍛え直せる??辺境伯領はモンスターが多くて種類も豊富ですがあそこを守っていた家があったはず。彼らは?え?奴隷落ちして別の鉱山にいる?
どうやら元王妃のとばっちりを受けて家族全員がナタシオン侯爵領にある鉱山で働かされているようです。
「でもモンスター退治なんて王都育ちには無理なんじゃないの?」
見ていた限りディルクがやっていたのは剣を振り回す練習くらいです。実績など元ルシュルシェ伯爵令息よりもない。
魔法だってDクラスのモンスターが出てきても一人で倒せるかどうか。………うん、無理ね。
セボンヤード元公爵令息はもう少し魔法が使えたはずだけどお坊っちゃん気質だからモンスターなんかと遭遇したら卒倒するんじゃないかしら。
「モンスター退治というよりは魔物をおびき寄せる囮役らしいぜ」
「囮?!」
そっちの方が難易度高いじゃない!
「その辺の塩梅はあっちもわかってると思うぞ。全資産手放してもまだアルモニカの慰謝料には届かないんだ。生かさず殺さずってところで働かせていくだろうぜ」
「そ、そう……」
色々大変そうね、と眉を寄せましたが兄はさも当然のように気軽に流しました。
「貢献すればもう少しマシな扱いになるだろうしモンスター退治でもすれば評価もあがるだろうよ」
本人の頑張り次第だろうが、と言いますが、評価が上がってもそれは嬉しくないのでは……と反応に困りました。
平和できらびやかな王都で優雅に過ごす未来しか見てなかったディルクが泥にまみれながら命掛けでモンスターと戦うなんて悪夢にしか思えないでしょう。
きっと彼のことだからこれは夢だと嘆きながら寝るのでしょうね。それでも覚めない夢に彼はどう思うかしら。
彼がまともに成長する姿は想像できないけれど程よく頑張って生きてくれればいいわ、と持ち上げたグラスの液体を憂鬱そうに揺らしました。
読んでいただきありがとうございます。
次で最終回です。




