卒業パーティーでの断罪 その12
困惑しながらも男爵令嬢のお花畑劇場はまだ続きました。
「はぁ、なんでそんな酷いこと言えちゃうのかな?…うーんとね、アニーさんにでも分かりやすくいうというとアタシとダーリンが結婚したらアニーさんの邸に住むことになるでしょう?
そしたら夫婦用に邸の中でも一番大きな部屋をアタシ達が使うことになるの。だって結ばれたアタシ達が別々の部屋だったり小さな部屋だなんておかしいでしょう?
赤ちゃんができたらアニーさんも協力しなきゃいけないんだから、そしたら親友のアタシが一番いい部屋に住むのは当たり前じゃない。
変な部屋に住んでたら赤ちゃんがちゃんと育たないしダーリンもきっと怒るわ。そんなの嫌でしょう?アタシだって悲しいわ」
「だから住み処も生活費も与えろと、そういうの?」
「だってアニーさん独りぼっちでしょ?あなたって誰とも仲良くできない下手くそさんじゃない。
だから親友のアタシが間に立って仲良くなり方を教えてあげるの!
アニーさんはいつも失敗するけど、アタシはいつもアニーさんが話しかけられるようにディルクやみんなを連れてきて切っ掛けをあげていたんだよ?」
気づいてた?と聞かれ驚愕しました。
ドン引きどころか恐怖でした。何を言ってるのこの人。
「アタシがいればなんにもできないアニーさんもきっと友達ができるし、もしかしたら結婚もできるかもでしょ?だから一緒に住んであげるんだよ?
親友なんだしそれくらい当然でしょ?アタシが助けてあげてるんだからアニーさんもアタシのことを助けなきゃおかしいわ!」
「………」
「一緒に住んだら、アニーさんもダーリンのお茶を飲ませてあげるわ。三人で楽しくお茶会しましょうね!
そうだわ。ダーリン、お揃いのドレスを作っていろんなパーティーに出ましょうね!買い物も、デートだってたくさんしたいわ!
アニーさん荷物持ちくらいできるわよね?そしたら買い物には一緒に連れてってあげるね!
あ、でもぉ、アタシと並んだらアニーさん可哀想になっちゃうか~。アニーさんそういう地味なドレスしかないもんね。使用人と間違われたりして!プププ!
アタシはなにを着ても似合っちゃうし、な~んにもしなくても注目の的になっちゃうからなぁ。アニーさんが使用人に見えてもしょうがないわよね!!」
わたくしに寄生して人のお金で贅沢の限りをつくすつもりなのだと公言する男爵令嬢に嫌悪で吐きそうでした。
我が侯爵家を簒奪すると言っているようなものじゃない。なんて恐ろしいことを平気な顔で言うのかしら。
それに何も知らないとはいえ貶すなんて許せないわ。このドレスはヴァンと選んだものなのに。自分はセンスがあると思っているのも腹が立つわ。
「あ!そうだわ!!アニーさんってばパーティーでもいつも独りぼっちでパートナーがいなかったよね?
見かけると一人で入場してディルクと一回だけ踊ってその後はずっと壁の花?になってたよね?可哀想。
アタシのエスコートは自分が自分がって毎回みんなが争って立候補してくれたし、ダンスだってディルクやランドル達と何回も踊ってたのに。
アタシあの時ディルクに言ったんだよ?『アニーさんが一人で立ってて幽霊みたいで怖い』って。
みんな笑ってくれたけどそれだけで地味でダサい格好のアニーさんと踊りたくなかったみたいなんだよね~。悪口までは言ってたけど。
でもアニーさんはそういう地味でダサいドレスが好きなんだよね?
うーん。誰かなってくれる人いたかなぁ?うーん、うーん。
じゃあアタシからディルクに頼んであげるね!エスコートだけならきっとしてくれるよ!その後アタシと踊ろうって言えば引き受けてくれると思うわ!嫌々かもだけど!
これでアニーさんもパーティーに参加できるわね!ほら、アタシがいればこんなに毎日が楽しく過ごせるでしょう?!
アニーさん全然友達いないからこんな簡単なこともできないんだよ?わかった?アニーさんにはアタシがいなくちゃダメなの!
ま、アタシはダーリンがいてくれればいいけどぉ~!ウフフっウフフ!」
本当吐きそう。何それ。
『親友』をなんだと思っているの??
これじゃ体のいい奴隷じゃない。
何が家族よりも大切、よ。いい加減にしてほしいわ。
男爵令嬢は上下関係も爵位も歯牙にかけず天真爛漫に過ごして、いつの間にかミクロフォーヌ侯爵家を乗っ取るつもりなのでしょう。
気づいたらわたくしを姉妹とか家族と周りに広めていそうだわ。
ゾッとすることを楽しげに話す男爵令嬢にアルモニカは後ずさりました。
「あなた、気持ち悪いわ」
困惑した気持ちを言葉にすれば男爵令嬢はヴァンの炎に追いかけ回されキャーキャー騒いでいた。
ヴァンの後ろに隠れたくても結界を張られていて近づくことすらできず、男爵令嬢は結界を叩いては弾かれ飛ばされてました。
「ちょっとアニーさん!アタシもこの中に入れてよ!!ダーリンを独り占めしてアタシに見せつけるなんて酷いわ!横暴よ!!ダーリンはアタシのことが好きなのに!
今すぐ離れないとディルクに言って本当に処刑してもらうんだから!」
そう叫びながら炎に追われて白粉が汗で溶け落ち酷い有り様の顔がお目見えしていました。髪の毛もちょっと焦げてるんじゃないかしら。
「確かにわたくしはこの国の貴族と誰一人友人になれなかったわ。誰一人ね。
ですのでなんの権限もなく人を簡単に処刑するなんて言うあなたと親友になった記憶もないの。友達だの親友だの嘘を並べられると迷惑だからやめてくださる?」
「っ!!酷いわ!アタシに慰謝料を払わなきゃいけないのを見逃してあげようと思ってたのに!その扇子だって返してくれれば許してあげようって思ってたのに!!
ダーリン!!アニーさんはこんな酷いことを言う人なの!親友を苛めたのよ!?そんな酷い人に仕える必要なんてないわ!目を覚まして!!アタシの下に帰ってきて!!!」
ナタシオン侯爵が兵士に目線で指示を始めましたね。
この男爵令嬢がおかしいのだと思っていたのがわたくしだけじゃないとわかっただけでも僥倖ですわ。
ほんの少し前までわかってくれるのは家の者達だけでしたもの。
「きゃあ!やだ、熱い!もう、熱いんだから消えなさいよ!さっきくらなんなのこの火は!肌が焼けちゃうじゃない!」
熱いから消えなさいって初めて聞いたわ。頭にきてるのでしょうけど魔法で消すでもなく、恐れるどころか言葉で食って掛かるなんて。
焼ける前にあなたの恐ろしい痕が丸見えですのに。側近の婚約者だった方々も容赦ないですわね。
しかし男爵令嬢とこれ以上話をしても埒が明かないでしょう。というか会話を成立させようと思ったことが無意味だったのだわ。こっちが疲れてしまうもの。
ヴァンを守るためにも目の前の問題を終わらせなくては、とわたくしは再び王子と向かい合いました。
「……アルモニカ、やはり僕のことを愛しているんだね。僕もだよ、僕達は結ばれる運めぃ」
「殿下。世迷言はいいのでこれにサインしてください」
さっきまでショックを受けて呆然としてたじゃない。都合良すぎだわ。ずいっと婚約解消の紙を差し出しました。
「い、嫌だ!アルモニカは僕が婚約を破棄しようとしたからそれを真似して嫌がらせしているんだろう?!
そんなことをしなくても僕はお前を愛している!なあ、わかるだろ?」
わかりたくもないわよ!男爵令嬢と一緒に散々嫌がらせをしてきたじゃない!!
「そうだ息子よ!書いてはならぬ!それにサインしたら最後!この国は終わりだっ」
煩いわね、と国王を睨み付けると彼は悲鳴を上げながら首を引っ込めました。
「サインを書けば晴れてそこの男爵令嬢と結婚できるのですよ?」
小首を傾げるヴァンは楽しげでした。男爵令嬢よりも可愛げがあるわ。
「…え、いや…パルティーはその、僕のこといらないって言ったし、そもそも、浮気女が王妃になれるわけなかったんだよ」
遠回しにご自分の母親も責めてますがまあ聞かなかったことにしましょう。
「それよりも僕は気づいたんだ。本当の愛に」
あらやだ。ヴァンったら鬱陶しい男爵令嬢達の周りに炎で取り囲んでいるわ。
邪魔しないようにでしょうけど炎を操っているヴァンに助けを求めてる男爵令嬢がちょっと滑稽ね。あの方肝が据わっているのかしら。単なる無知なのかしら。
他の方々はこんな膨大で繊細に扱える魔法使いなんていないから此の世の終わりのような顔になっているのに。やはり後者かしら。
「アルモニカには僕しかいないとわかっていたから王妃として相応しくなれるか試していたんだ。
その、ちょっとやり過ぎてしまったかもしれないが……、でもそれは僕達にとって必要なプロセスだった!アルモニカも僕の愛にやっと気づいてくれただろう?」
恐れ、震える者がいても誰も助けてほしいとは叫びませんでした。
国王以外誰もがサインすれば火は消えるとわかっているのです。わたくしもそのつもりで考えていましたが、王子も引くに引けない顔でわたくしを見上げました。
ごちゃごちゃとなにやら話していましたがヴァンが声を遠くさせる魔法でもかけたのか断片的にしか聞こえません。聞きたいとも思わないのでどうでも良いですが。
「……だがなんで、五星院老会?なんてそんな大事なことを僕に教えてくれなかったんだ。僕達は婚約者だろう?言ってくれればアルモニカを大切にしたのに……」
裏を返せばそれがなければ大切にしないということじゃない。白々しい。
「あなた様の言う大切ってわからないわ。四年もあったのにわたくし達はそんな他愛のない会話も、お互いの好みも知らないのです。
それに五星院老会のことを言ったところであなた様が態度を改めたり考えを変えたりすることはないと確信しています。
初めて謁見の間でお会いした時、政略で結ばれた婚約者のわたくしを『ブス』と罵った時からすべてわかっていました。……殿下、時間は戻らないのですよ」
まだ現実を理解していないので丁寧に言ってあげたらなぜかショックを受けた顔をしました。そんなこと言ってないとでも言うのかしら。
「だ、だって、僕のこと好きだから、愛してるから四年も耐えてきたんだろう?今回のことだってアルモニカならできるはずだ!
これに耐えたら僕の妻になれるんだぞ!嬉しいだろう?念願の王妃だ!!なれなくていいのか?」
「念願なんていつ、どこで、誰が言いましたか?少なくともわたくしではありませんわね。そんなものに興味ありませんもの。
王妃になりたいと言ったのはそこのふわふわ髪のあなた様と不貞の愛で結ばれた方では?」
「いや、そ、そんなはずは……」
「四年間耐えてきたのは手首につけさせられた遺物のせいですわ。あなたの暴挙や不貞を見逃し許すための時間ではありませんの。
ものによっては爆発するものもある危険な遺物を安全に取り外すためにずっと研究していましたのよ。
あなた方は確証のない遺物を、下手をしたら小さな衝撃で自爆してしまう恐れがあるものを四年間もわたくしにつけさせていたのですよ」
実際は爆発性はなく周りに被害が出る作用はありませんでしたが、そういう危険性があるということを認識せず、何も教えずに勝手にわたくしにつけさせたのだから愛情なんて生まれるはずないのです。
それなのに初めて知ったような顔をする王子に怒りが湧いて引っ叩きたくなりました。
「あなたへの気持ちは誕生日パーティーを開いてくださると言って忘れた時を皮切りにどんどん下がって魔法学校を後宮にされた時に愛想が尽きましたわ」
念願の王妃と言いながらそのあなたが延々と『王子妃にさせない』と言っていたじゃない。
「それはすべてクエッセル侯爵のせいだ!僕のせいじゃない!誕生日だってお前が開いてほしいと言ってくれれば!なんでそんな性格が悪いことを言うんだ!」
「そうやってご自分の非を認めず一言も謝ってもくださらないのね」
やはり王子はわたくしよりも男爵令嬢の方が大切なのでしょう。なんとなく腹が立つのは嫉妬ではないけれど矜持が傷つけられた気がしてザワザワします。
息を深く吸い込んだアルモニカは全部仕舞いこんでにっこり微笑みました。
「わたくしね、この四年間で死んでも、生まれ変わったとしても、絶対に結婚したくないほどあなたのことが大嫌いになりましたの。
生理的に無理ってことです。だから婚約破棄でもなんでも喜んでサインしますわ。あなたに未練なんてありませんから」
違う、それは愛情表現の裏返しだと喚く国王に溜め息をつきたくなりましたがそれを呑み込み彼にペンを持たせました。勿論落とせないように魔法薬でくっつけて。
「だから、さっさと、『書きなさい』」
結局わたくしのことなんてなにひとつ興味がないのだから最後くらいとことん傷つけてあげますわ。
怒りを魔力に乗せて圧迫すれば王子は息が詰まったかのように青白くなり、死の恐怖を味わいながら涙と鼻水を流し震えるようにサインを書いたのでした。
読んでいただきありがとうございます。




