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誕生日デート(後)

 


 手に持てる分だけ少し買い、店を出る際店長らしき人に見送られながら再び手を繋いで歩いているとおばさんに話しかけられた。


「モテモテな彼女がいると気が気でないねぇ」

「え、いえ、これは」


 アルモニカと手に持っているパーヴィを見て話しかけてきたのだと思い慌てて否定しようとしたが、ヴァンはわたくしの手にある一本を抜き取ると自分の胸ポケットに入れて愛想よく微笑んだ。


「問題ないよ。こういうことだから」

「あらまあ!勘違いしちまってすまないねぇ」


 これはお詫びだよ!と割った果実を渡してくれた。二人で分けて食べなさい、ということだろう。


「どこか座れる場所で食べましょうか」


 と手を取るヴァンに頷いたけどそこでひとつ気がついてしまった。お揃いの花だなんて、まるでカップルみたいじゃない?

 遅れて気づいて動揺していると「申し訳ありません」とヴァンが花を戻してきた。


「い、いいの!ヴァンが持っていて!そうすれば変な人にも声をかけられないでしょうし」


 先程の青年もわたくしが手ぶらだったから気を遣ってくれたのかもしれない。

 お揃いならおいそれと話しかけてこないでしょうと言うとヴァンは目を丸くして、それから照れ臭そうに顔を背けた。


「お嬢様がよろしいのでしたら」


「ええ。じゃ、じゃあ行きましょうか」


 少し無理強いしてしまったかしら、と不安に思ったけど繋いでいる手は解かれることなくわたくしの手を包んでくれた。



 木陰を見つけ、並んで同じものを食べていると行き交う人達から「お幸せに!」や「好い人に出逢えて良かったわね!」など祝福の言葉をいただいてしまい居たたまれなくなってしまった。


 生暖かい目線と祝福の言葉に耐えられなくなってヴァンに助けを求めたら「垂れてますよ」、とわたくしが持っている果実の心配をしてくる。


 もう、そっちじゃなくてこの状況をどうにかしてほしいのに!


「もう食べれませんか?」

「ええ。美味しいけど多いみたい……ってそういうことではなくて!…あ!」


 食べれる状況じゃないでしょ?!と言いたかったのにヴァンは果実を受け取るとペロリと残りの部分を食べてしまった。


 え、嘘。わたくしの食べかけを……?



「お嬢様。手が汚れてしまってるのでこのハンカチをお使いください。お嬢様?」


 ハンカチを出しアルモニカに差し出したが動かない主人に顔を上げると、見たこともないくらい顔を真っ赤にしたアルモニカを見てヴァンは目を見開いた。


 そこで自分がしたことを思い出し、バツが悪そうに頭を下げた。


「申し訳ありません」


「………」


「育ちが悪いところを見せてしまいましたね」



 お詫びします。ともう一度謝罪して差し出したハンカチでアルモニカの白い手を丁寧に優しく拭った。

 肌を傷つけないようにゆっくり丹念に拭いてくれるヴァンの手を見つめていると少しずつ落ち着いてきました。


 自分が食べていた食べかけを人に食べさせたことも食べられたこともなかったので驚いてしまいましたが叱るのも少し違う気がして、拭ってくれる手が優しすぎてむず痒かった。

 沈黙にも耐えられず、とにかく何か話さなくてはと口を開いた。


「魔法を使えばすぐなのに、」


「お嬢様は今は使えませんし、私も使えないことになっています。すぐ終わりますのでご辛抱ください」


 拭いてくれるのは有り難いことですが恥ずかしさが勝って居心地がよくありません。


 ヴァンはなぜあんなことをしたのかしら。返答によってはマナー教育をし直さなくてはなりません。

 緊張しながらもなぜ人のものまで食べてしまったのかと問えば彼は居たたまれなさそうに目を伏せた。



「喉が乾いていた、というのが一番ですが」

「?あなたの分では足りなかったと?」


 それでも食べかけを口にするのは親しい仲でも一部の方しかしないと思いますが。


「…実は、花を贈りあったカップルが同じものを分けあい食べることで末長く共に過ごすという意味になる、ということを思い出しまして」


 何の気なしにヴァンもおばさんから受け取ったが、行き交う人達に声をかけられるうちに気づいたのだそうだ。


 とても言い難そうに視線を下げて喋るヴァンは申し訳なさそうな、照れ臭そうな顔でとても可愛らしい。……じゃなくて!


 待って。それって結婚式の誓いの言葉じゃない?!



「オパルールの民も通常は教会で結婚式を行っていますが、花の祭りではそういう結ばれ方もあるのを失念していました……」


「そ、そうだったの……」


 それは、確かに喉が乾くかもしれないわね。わたくしも熱くて喉が乾いてきた気がするわ。


 褐色の肌だから赤くなってもわかりにくいけど潤んだ瞳に相当参っているのでは?と思った。

 というか、わたくしも顔が熱い。折角整えてもらったお化粧が落ちているかも。


 でもそれ以上にヴァンを見ていたらなんだか可笑しくなってしまってフフッと吹き出してしまった。



「お嬢様?」

「ごめんなさい。あなたでも動揺することがあるのね」


 婚約者にとことん裏切られ、オパルール王国にも裏切られ途方に暮れていたわたくしに手を差しのべたヴァンは心強いヒーローみたいに見えていた。

 でもこんな年相応の顔もするのね、と思ったら彼も人の子なのだなと親近感が湧いたのだ。


「誰にでもミスはあるわ。それに今日は花の女神様を祭るもので『誓い』はオマケのようなもの。制約も強制力もないから気にしなくていいわよ」


 名ばかりでも婚約者がいる主人と誓ったのだから、それはもう心臓に悪いことだろう。彼は仕事としてわたくしに尽くしてくれているのに。


 そう考えると少し胸の辺りがシクシクするけど、からかうのも忍びなくてなるべく平静を装い気軽に返した。


「はい。かしこまりました」


 そう言ったヴァンの顔が少し落ち込んでるのも今まで完璧にこなしていた彼の仕事が躓いたせいかなと思った。




 それから二人は無言で待たせている馬車まで戻ると、その近くで何やら騒がしい声が聞こえてきた。


 人集りで馬車が埋もれていたので仕方なくヴァンが近くの人に声をかけてみると一人の女性を二人の男性で取り合っているらしい。

 何もこんなところでやらなくても、と遠巻きに歩いていると野次馬の人達の会話が聞こえてきた。


「お揃いの花をつけてるのが本命同士だろう?広場で役者張りに告白劇してたの見てたから覚えてるぜ」


「だが追いかけてきた男は女の婚約者だって言ってるぞ?間男は告白男じゃねーか?」


 どうやら人集りの向こうは修羅場になっているらしい。


「せめて場所を選んでくれないかしら」

「まったくですね」


 華やかなお祝いの席でケンカをしなくてもいいのに。人混みを避けながら待たせていた馬車辿り着くと御者も人集りを眺めていた。

 視線の先は修羅場の三人に向けられており少し気になって聞いてみた。


「かれこれ十分以上言い合ってますね。どうやら婚約者である自分と祭りに行く予定だったのをすっぽかして他の男とお揃いの花をつけてデートしてたようですよ。

 それ以前に婚約者がいるのに花飾りをつけるのは一応ルール違反だというのに……浮気相手とのデートが嬉しくて忘れちまったんですかね」


「え、そうなの?」


 なんとなく、ギクリとした。


「頭の花飾りは『恋人募集』の印なんで。嫌がる男がいるんですよ」


 真剣に探している人がいたらそれは怒るでしょうね。しかも婚約者がいる身で堂々とつけてたら相手は面白くないはず。

 自分はつけてなくて良かった、と胸を撫で下ろした。


「しかも女性は花束を持ってるもんだから余計に怒っちまって。親に直接聞きただすみたいなことを言って連れていこうとしてます」


「相手の男の方はどうですか?」


「相手の男は間男なのに堂々としたもんで、泣き出した女性の肩を抱いて〝こいつは僕の唯一だ!〟とかなんとか」


「……状況をわかっているのか?」


 どう考えても浮気相手の男の方が不利だと思うのに自信満々な言葉に振り返るヴァンと一緒に首を傾げた。


 しかし他人の修羅場を眺めていてもしょうがないので人が空き次第出てもらえるように馬車へと乗り込んだ。そのついでに窓の外を見ると車体分視界が広がった。


 少し離れた場所にぽっかり空けられた空間に三人の男女が立っているが片側の二組はとても見覚えがあり思わず隠れてしまった。


 嘘でしょ?何で?護衛は?


「どうやらお相手にも婚約者が居たようですね」

「……そうみたいね」


 窓の外を見たヴァンも同じ意見なのか軽蔑した目で彼らを見ていました。


 調べさせた時は居なかったから最近結ばれた婚約でしょう。例の婚約破棄事件で彼女の親である男爵の耳に入ったのかもしれません。


 わたくしに対して当たりが強い貴族は多いですがそれでも王子の婚約者にケンカを売るほど狂ってもいなかったのでしょう。

 娘だけどうしてああなったのかしら、と残念な気持ちで王子の後ろで泣いたフリをしているツインテールを眺めていました。


 やだわ。あのワンピースって王家がよく利用している仕立て屋のものじゃない。

 中古でも人気が高いモデルの服を着せてこんな目につく場所を歩かせるなんて危機感が無さすぎるわ。



「こちらが知らないと思って恥知らずなものですね」


 それとは別にわたくしに使わず予算を浮気相手(男爵令嬢)に割いている王子に気づいたヴァンは「不快なものなど見る必要はありません。さっさと帰りましょう」と御者に声をかけた。



 御者は最後まで見届けたかったようだけど付き合うのもバカバカしいとアルモニカも思っていたので、道の真ん中でケンカをしている三人の間をわざわざ通ってから帰路に着いたのだった。







読んでいただきありがとうございます。

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