卒業パーティーでの断罪 その10
「申し、訳なかった……国王の儂が発言を撤回するなどあってはならなかった。サインを書く。だから命までは取らないでくれ」
「約束をちゃんと守ってくださるのならわたくしから命に関わることはしないと約束しますわ」
ナタシオン侯爵は知りませんが。
それを暗に含めてヴァンを見ました。
彼は手早く国王に回復薬をかけて傷を治すとサッと必要な書面を差し出しそのままの格好でサインを書かせました。
手元に返ってきた書類には望んでいたサインが書かれていてホッと息を吐き出しました。
慰謝料の件は後程エクティド王国と話し合いで細かく決めてもらう予定ですが、不正に使われたお金をきっちり返してもらわなくてはならないと気負っていたのでサインをもらえて安堵しました。
「ディルク殿下」
未だにぼうっとしている王子にどうしたものかと考えていると、ヴァンがいきなりやって来て思いきり頬をぶって行きました。
力業過ぎますがやっと目の焦点が合い此方を見て瞬きを何度もしていました。驚いてるような、初めて見た親鳥を見るような顔にゾワリと寒気がしました。
「アルモニカ……」
うう、名前を呼ばないでほしいわ。
気持ち悪い、と思いながらも彼に与えていた負荷を取り除きました。
「殿下。ここにサインをお書きください」
差し出した書類は先程国王にサインをさせた婚約に関するものです。わたくしのサインはすでに書いてありますので王子を書けば婚約は解消します。
証人のサインの後にサインさせるのは多少順番があべこべですが、この国の方々は順番を守っていたらのらりくらりかわされそうなので臨機応変に行こうとヴァンと話していました。
ちなみにちゃんと読めば、わたくしとの婚約解消と共に男爵令嬢との婚約、結婚を許可する旨が書かれていることがわかります。
国王は気づかなかった、もしくはどうでもよくてスルーしたようですが。
本来、他人の結婚に口を挟むべきではありませんし立場もありませんが、手っ取り早く縁を切るにはこれしかないと思い家格が合うように調整し男爵令嬢に引き取ってもらうことにしました。
おまけとして男爵令嬢は程よい爵位の家に養女として入れるよう手続きもしてあります。
養女先の家はヴァンが見つけてきてくれたのですが、ミクロフォーヌ家の名前を出しても煙たがらず快く引き受けてくれた素敵な家柄だそうです。
王家と連なれるのでそこが良かったのでしょうか。寛容な方で良かったですわ。
一番の問題は現在おざなりな教養ですが、それはディルクがなんとかするでしょう。真実の愛で結ばれているのですから。
ヴァンに勧められて書面には『真実の愛を貫き生涯一人だけを愛し、離縁はできない』という約束もつけてあります。
もし破った場合は男爵令嬢しか見えない呪いが発動するんだそうです。彼の目から男爵令嬢以外の女性が見えなくなるのだとか。
それって呪いというよりご褒美だと思うのだけど。
餞別としてはかなりの厚遇だと思うのだけれど、それだけ王子と縁を切りたいのだということがちゃんと伝わるかしら?
書面を読んでいるような王子の素振りに安堵してペンを差し出すと、彼はアルモニカの手をじっと見てそれけらその手を両手で握ってきてぶわりと鳥肌が立ちました。ぎょえええっ
「悪かったアルモニカ。結婚しよう」
「……寝言は寝てから言ってください!」
何言ってるのこの唐変木。
引いても放してくれない王子に嫌悪を浮かべて吐き捨てましたが、王子はうっとりした顔でわたくしの手に頬擦りをしました。うげぇ!鳥肌が首にまで来たわ!
「やっと気づいたんだ。僕にはアルモニカしかいない。こんなにも美しく変わるなんて知らなかったんだ。
今のお前なら僕に相応しい。胸も十分ある。恐らく尻も触り心地がぶへっ」
「我が主人に許可もなく手に触るな想像もするな屑が」
気持ち悪さに固まっていればヴァンが殴って引き離してくれました。
本来なら不敬罪で捕まりますが、嫌悪と顔色の悪いわたくしを見て誰も何も言いませんでした。
ヴァンは吐きそうになっているわたくしの手を丹念に優しく汚れを拭き取ると少し乱れた髪を指で軽く整え、落ち着く匂いを焚き染めたハンカチを渡してくれました。
「何をする!僕はオパルールの王子だぞ!!」
「黙れ。元属国風情が喚くな」
起き上がった王子は果敢にも食ってかかりましたが、ヴァンの低い声と鋭い睨みにあっさり引き下がり震えました。わたくしも初めて見る不機嫌な姿と言葉遣いに驚き固まりました。
「……貴様達は本当にアルモニカ様の価値を知らぬまま冒涜していたのだな」
吐き捨てるかのような言葉にヴァンを見遣ると、彼は自分とわたくしに結界を施し魔法で炎を出し、頭上に展開しました。
その炎は雲のように流れ、渦を巻き、けれども消えることがないまま熱くて眩しい炎に広間にいた者達は逃げるように顔を背けました。
口を開くだけで熱気を吸い込み中まで焼けてしまいそうな空気と肌を焼き白粉を溶かす熱さに皆途方に暮れ、喘ぎました。
「エクティド王国の国王陛下からわざわざアルモニカ様には功績があると告知があり、ご本人も魔法学校建設に意欲を示されていた。その意味がわかるか?
アルモニカ様は大切なご令嬢でありエクティド王国にとってもオパルール王国にとっても貴重な人材だから丁重に扱うようにという意味だ。
そんな簡単な言葉の裏を読めず、調べれば魔法成績が特に素晴らしく諸外国にも知れている名だということも、他国の重鎮と親交があり懇意にされているということも貴様達は知ろうとしなかった。
アルモニカ様はオパルール王国の救世主だったというのにな。
オパルール王国のみ、高位貴族の魔力量が世代を追うごと下がり、そこの王子の子が魔力無しになることを恐れた先王がわざわざ遺書で忠告したにも関わらず、むしろ魔法が使えない方が貴族らしいなどと嘯く阿呆をなぜ正さなかった。
アルモニカ様は四年も貴様らの愚かしい茶番に付き合わされたのだぞ。そして王子自らその縁を壊した。
それを今更取り戻そうとしたところで元に戻ることなどない。破棄を願ったのは貴様だ。貴様の役割はそこの紙にサインをして終わりなのだ。ディルク王子」
「……な、にを、使用人の、分際で…」
そんなのやってみなくちゃわからないじゃないか、みたいな顔で見上げる王子にヴァンが呆れた顔で目を細めました。
「ならばこの頭上にある炎を掻き消してみよ。国王になれる者はこの程度の炎なら簡単に消せるはずだ」
「……ち、父上、」
熱さで汗を流す王子は憎々しくヴァンを睨みましたが疲弊しきっていて国王をすぐ見遣り助けを求めました。しかし国王には無理だと断られ王子は舌打ちをしました。
それ以前に試さず父親に助けを求める性根の方が信じられませんでしたが。
仕方なく自分が魔法を放ちましたがショボすぎて炎の渦に当たる前に蒸発するように消えました。水魔法かしら。
「呆れたものだな。貴様の成績はAプラスだったはず。随分教師に盛られていたようだな。実技はDマイナスだ」
「これ、は、体調が万全じゃないだけだ……!万全なら、いや、得意属性じゃないから、だから」
「万全でも貴様はC程度だ。この国では属性判断で魔法を学ぶのだったな。その魔法も自然魔法の四つしかない。
ちゃんと学べば属性でなくとも先程の三倍以上の威力は出せただろう。
国外ではもうひとつ自然魔法が加わり、属性は自然だけではなく幅広く存在していることを知っているか?
どの属性も弱く無能と蔑まれた上位貴族もこの中にいるだろう。アルモニカ様から学べばそんな悲しみも憂いもなくなっていたのにな。
そして今よりももっと魔法が扱いやすく威力も幅も広がっていた。その知識と才能を持っていたのがアルモニカ様だったのだ」
今更ですが言葉にされて胸が少し痛くなりました。そして他の方々も後悔を浮かべ俯きました。
「そ、そんなの僕とアルモニカが結婚すれば全部解決」
「その問答はもういい。未だに私が何者かも、試練を与えてる側の人間とも見抜けない者に付き合ってやる義務はない」
不穏な言葉に思わず眉をひそめました。
「ただの執事がこんな横柄な態度を取るわけないだろう?周りの不遜な態度に慣れきった貴様にはわからぬだろうがな。
その気づかなかった愚かな貴様達にひとつ話をしてやる。
アルモニカ様は魔術研究において卓越した才能があった。そしてオパルール王国の国土にはまだ手付かずの魔素溜まりや遺物が眠る自然要塞の遺跡がある。
間者の報告ではオパルール王国はその遺跡を知識なく開拓し事故で死者を多く出しているとも、掘り起こした遺物の価値も使い方もわからないまま使用しそちらでも事故が頻発していると聞いていた。
普通、遺物は扱いが難しい故に滅多に表側に出ることはない。
だが貴様らは闇オークションを使って遺物を売り払い金にしていたな?そして政敵であるデヴァイス帝国を落とす武器を探していただろう?
貴様ら貴族が事故で死ぬ分には構わないが現場で働いている何も知らぬ無辜の民が不要に命を落とすのは看過できない。
また使い方もわからんものを外に出し無関係な者達に多大な被害を出す可能性があるものを流通させるなどあってはならない。
よってアルモニカ様の才能を認め、協力し、安全に発掘作業を進め、遺物を正しく扱い、歴史資料として保存できるか『五星院老会』は貴様達オパルール王国を試していたのだ」
「大国、強豪国で構成されたトップ集団が我が国を?」
新興国オパルールがそんな名だたる彼らに認められたとなれば国を挙げて祝祭するほどの一大事だ。国王は一瞬期待し口角を上げたがヴァンは冷たく睨み付けた。
「エクティド王国が条件にしていた魔法学校も遺跡を使えば簡単に条件を満たせたし、費用も恐らく半分で済むはずだった。
アルモニカ様ならこの国の誰よりも遺跡を安全に発掘する手段と伝手を持っていたし、遺物の正しい使用方法も見つけられた。不要な死亡事故を減らせたのだ。
だが貴様達ときたら目の前の欲に溺れ、エクティド王国の援助金や魔法学校建設用の予算を湯水のごとく使い捨てた。
王妃だけではなく丞相共重鎮やディルク王子、国王貴様も自分のために使い込んでいたのは調べでわかっている。
そしていずれ王族になるはずだったアルモニカ様を重用するどころか長年に渡りその能力を封印させ、無能扱いをし貶めた。
貴様達が求めた条件以上の方が来たにも関わらずだ!」
「あ、いやそれは……!こ、これからは大丈夫だ!これからは」
「これから、だと?そんなものはない。
貴様のような愚物でも王子は王子だ。その責任ある立場の貴様が衆人環視の中騒ぎ立てた婚約破棄も一度ならず二度三度と起こしている。
それらを王家主導で隠蔽し、王子を改心させず、アルモニカ様だけに我慢を強要した。
何度も過ちを起こしたということはいくらここで言葉で誓っても、信用に値しないと私は考えている。この国の国王も王子も女にだらしがないようだからな」
国王は痛いところを突かれたかのように顔をしかめました。
「ち、ちが!僕は婚約破棄をしたんじゃなくてアルモニカの愛を確かめたくて……なあ!アルモニカならわかってくれるだろ?」
いきなり口を挟んできたと思ったら気持ち悪いことを言ってこっちに縋って来たので魔法で動けなくさせました。
吐きそうになり口を押さえればヴァンが視界を遮ってくれました。
「これらすべてを五星院老会に伝えた。勿論貴様らオパルール王国は『落第』だ。
魔法学校の件もだがこの四年間アルモニカ様に遺跡の『い』の字も教えず赤字だけ嵩んでいたからな。
方々はとても落胆していたぞ。そこまで愚かならば国である必要はない。国王も要らぬと仰せだ。
王位を返上し大人しくナタシオン侯爵に討たれるがいい」
「な、なんだと?!侯爵がなんでそんなことを?!」
「煩い!黙らんかこのバカ息子が!!」
ああ、気絶してほとんど聞いてなかったのね。ナタシオン侯爵を見ると知っていましたか?と驚いた顔で聞かれたが知らなかったと目で返した。
読んでいただきありがとうございます。




