卒業パーティーでの断罪 その9
本日は2話更新です(2/2)
「陛下はお忘れかもしれませんが王妃教育でオパルール王国に登録されている国内の発音、マイナーでローカルな言語すべてを覚えるよう王妃様から厳命されておりましたの。
お陰様で男爵領の村の名前や辺境伯領のスラングまで話せるようになりましたわ。ナタシオン侯爵領では〝Si〟の発音をする時息を抜くようにするのですよね。
わたくしうまくできていたかしら?」
王妃でも公用語と懇意にしている貴族の領地くらいしか知らないのだ。スラングなどむしろ貴族令嬢が知るべき言語ではない。
まったく王妃は余計でいらないことをさせるわよね、とお互い違った意味でアルモニカと国王が同じことを思った。
「ええ。完璧でした。我が領地出身と仰っても信じてしまうほどでしたよ」
「まぁ、嬉しい」
和やかに会話をしていると我に返った丞相が叫びました。顔色が悪いけれどよくそんな元気がありますわね。
「ナタシオン侯爵!貴様、ここに何をしに来たのだ!まさか本当にミクロフォーヌ嬢と結託して陛下を亡き者にしようと来たのではあるまいな?!」
「……はぁ。世迷い言を……フィクスバール卿。私は地震が起こったようだから陛下の無事を確かめに来たのだ」
「だ、だったら早くそこのミクロフォーヌ嬢を捕縛し我々を助けないか!地震の原因はその令嬢だ!」
「それはおかしいな。ミクロフォーヌ様は自然魔法はすべて扱うことができ、その威力は絶大だとデヴァイス帝国の方々も称賛するほどと聞いていたが?
そんな方が地震を起こしたくらいで何を驚く?むしろ卿らが不興を買ったのではないか?」
ナタシオン侯爵が手を上げると一緒に入ってきた兵士達が一斉に戦意が残っている者達に剣を向けました。
「ナタシオン侯爵!これは一体どういうことだ?!」
「どういう?ああ、先程卿に言ったことは戯言です。申し訳ない。
ここに来たのはたまたまですよ。今日この日をたまたま選んだのです。
たまたまレシフォーヌ・クロリーク辺境伯令嬢が断罪された卒業パーティーの日に、たまたま娘が毒殺された王宮に乗り込み、たまたまどちらにも関わるあなたの首を獲りに来た反乱軍なのです」
「な、なにぃ?!」
あら、丞相は少し察した顔をしてるわね。それなのに侵攻を許すなんて杜撰じゃないかしら。
ああでもデヴァイス帝国の件があるから外にしか目を向けてなかったのかしらね?もしくは丞相が他の貴族に裏切られたかしら。まあ仕方ないわね。
「ミクロフォーヌ様のお陰で楽にここを制圧できそうです。ありがとうございます」
「わたくしを利用するなんて嫌なお人ですわね。まあ、王家の方々がどうなろうと国に帰るわたくしには関係ありませんが」
ショモナイナー公爵令嬢らを見て無力な方々や無抵抗な方は傷つけませんわよね?と確認するとナタシオン侯爵はにっこり微笑み返しました。誰かと繋ぎができているようです。
ここで暴れられて血でも流れれば後味が悪いですしわたくしも気分が悪いのでここまでの詳細を聞くと、賄賂ですんなり平和的に入れたとのことでした。
少し安心しましたが国としては終わっていますね。
「……なぜ、なぜだナタシオン侯爵。なぜ儂を裏切るような真似を……?」
「どちらが先かといえばあなたの方が先では?
私は今もあなたの婚約者だった私の娘を一度たりとも忘れたことはなかった。あなたも娘のために治世を約束してくれた」
「そ、そうだとも。だから反乱など止めて儂を助け再び忠誠を」
「だが毒婦の情夫に問い質せば学生時分から純潔を散らし淫らに男とまぐわり誰の子かもわからぬ子を孕んだと言うではないか。
しかも王妃の座が欲しかったから我が娘を毒殺し、情夫を使って義姉を犯人に仕立てただと?
………陛下よ。あなたは私に言ったよな?王妃は無罪だと。純粋無垢で尊い王家の血を引いた赤子を宿せる者が手を汚すことなどないと」
「そ、それは!儂も知らなかったのだ!王妃がまさかそんなバカなことをするなど……儂を愛するが故にラスピーヌに毒を盛るなど」
「自分を愛しているなら他人を蹴落とし命を奪っても許されるというのですか?なかったことにすると?我が娘が死んだのは仕方のない当然の結果だと?そう仰るのか?!」
ナタシオン侯爵の血走った目と怒号の叫びに国王はぶるぶると首を振りました。
「ヒィ!!ち、違うぞ!王妃は罪深いことをしたが儂は何も知らなかったのだ!
知ったのもごく最近だったし、ディルクもほら!若かりし頃の儂そっくりだ!だから疑うことなど何もなかったのだ!
……それに、それにだ。ラスピーヌと結婚しても子ができたかどうか。王家の妃は健康で元気な子を産める母体が必要だ。それはナタシオン侯爵も重々承知していただろう?
ナタシオン侯爵夫人は流産しやすい体質だと王妃達が言っておったし、現にラスピーヌを生んだ後流産して子ができなくなった。
恐らくラスピーヌと結婚しても世継ぎは望めなか」
子供は望めなかったんじゃないか?だから王妃と結婚した自分の選択は間違っていない。
と言い訳しようとしてナタシオン侯爵に思いきり殴られた。加減しなすぎですわ。歯が数本も抜けて血を吐いてるじゃない。
「はき違えるな。我が妻をそんな体質だと勝手にばら撒いたのは娘を殺した真犯人である毒婦であろうが。
自分が一人しか産めぬ役立たずということを隠すために我が妻を罵り、死者である娘をも冒涜し続けたのだ。
それを戒めずあたかも真実だのと嘯くなど言語道断!恥を知れ!!」
「ひゃ、ひゃい……」
周りの悲鳴に溜め息を吐いたアルモニカはヴァンに指示をして手持ちの回復薬をかけさせた。期待をこめた目で見ないでほしいわ。気色悪い。
「お手数をおかけします」
「お察しいたしますわ。我が身かわいさとはいえ王妃様がしたことは同性としてわたくしも不快に思いますし、臣下を守るべき王妃の所業とは思えない蛮行だと思います。
ナタシオン侯爵やご夫人もさぞお辛かったでしょう。お悔やみ申し上げますわ」
「ありがとうございます。ミクロフォーヌ様のお言葉で娘も妻も慰められたことでしょう」
ナタシオン侯爵と示し合わせたわけではないけれど、調べた限り過去の断罪は杜撰で酷いものでした。
よくもまあ現国王が廃嫡されず、王妃が捕まらなかったものだと不思議でならないくらいです。だからこの国はここまで落ちぶれナタシオン侯爵のような反乱軍が生まれてしまったのでしょう。
一人息子しかいなかったとはいえ、さすがに目に余る行為でした。
娘を失ったナタシオン侯爵は十八年かけて息のかかった兵士を王都に潜伏させ、王宮にも密かに繋がりを残し息をひそめ、討ち取る機会を待っていたのです。
そして今日、ナタシオン侯爵はアルモニカを見るに見かねて、もしくは娘のような被害者になればエクティドと事を構えることを危惧して再び王都に足を踏み入れたのでしょう。
「ミクロフォーヌ様が先に話していたのに先走ってしまい申し訳ありませんでした。深くお詫び申し上げます」
「謝罪は受けとりますがそう悔やまないでください。あなた様のオパルール王国への忠誠心はよくわかっております。よく耐えましたね」
何もなければ侯爵は領地に篭ったままオパルール王国に残り尽くしてくれていたものを。苦く笑う彼に目を伏せて返しました。
「ど、どういうことだ?」
「私はラスピーヌの葬儀の日に先王から『息子が再び間違いを犯したら正してほしい』と言葉と手紙を賜っていたのですよ。
本当なら準備を整えたらすぐにでもあなたの首を取るか独立を考えていましたから。先王の言葉のお陰であなたは生き永らえることができたのです」
「…そんな、バカな…」
「国を揺るがす毒婦の散財と貴族らの横領、遺跡発掘に割いている莫大な予算、そして魔法学校建築の不正、ミクロフォーヌ侯爵令嬢に対する不当な扱い……治世を約束しながらよくもまあ好き勝手にしてくれたものだ」
「だ、だったらまた儂の下で働くが良いではないか!そうすればオパルールはもっと繁栄する!その方がラスピーヌも喜ぶはずヒィ!」
「貴様はもう私の娘の名を呼ぶな。不快極まりない」
貴様のせいで娘が穢れるわ。と殺気立ったナタシオン侯爵に剣を向けられ国王は涙目になりました。
正義の鉄槌を下しに来た方に自分の配下になって火の車に一緒に乗りましょうとか、一緒に不正をしましょうとかと侮辱以外の何者でもないって気づいていないのかしら。
もう婚約者ではない、故人の貴族令嬢の親に対しても軽率で思いやりがまったくないわ。
目許を赤くさせ怒りに震えるナタシオン侯爵はぐっと堪え、わたくしの後ろへと一旦下がりました。
「では陛下。婚約破棄を承認するサインと、ミクロフォーヌ家やエクティド王国から融資され、援助されたすべてのものの返済を承諾するサインをお願いいたします」
ヴァンが遺物の一部を力業で壊し国王の利き手を自由にさせるとペンを持たせた。あらやだ、ヴァンったら絶対離さないように手とペンを魔法薬でくっつけてしまったわ。
速乾性があり粘着力もかなり強くて、剥がそうとしたら手の皮ごと持っていかれる薬だが、持続力は一週間しかないのでまあいいか、と見逃した。
「な、なあアルモニカ嬢、本当にいいのか?考え直さぬか?お主を虐げていた王妃はもうおらぬし、ハーレムも作らせぬ。
ディルクと結婚すればきっとアルモニカ嬢は世界一幸せな王妃になれるだろう!!
なにせディルクは儂にそっくりなイケメンだからな!儂も若い頃はいろんな令嬢にモテモテでな。
ヤキモチを焼かれて大変だっ………すまん!わかった!ナタシオン侯爵!儂が悪かった!!」
うげぇ。この期に及んで何を言ってるのこのおじさん。鳥肌が立ったわ。気持ち悪い!本っ当気持ち悪い!!
「な?勿体ないだろう?だからこんな無意味なことは止めようではないか。
本当はアルモニカ嬢もディルクを好いているのだろう?お前達は似た者同士だからな。
それで反発し合うのだ。今こそ手を取り合い協力しあい共に国を繁栄させていこうではないか!!」
「い、今からでも遅くない。少しは素直になったらどうだ?短慮な考えで今ここで儂がサインをしたらアルモニカ嬢は絶対に後悔するぞ。絶対だ。間違いない。
人生の先輩である儂が言うのだからな!また同じ目に遭った時お主は『あの時ディルクと結婚しておけばこんな辛い思いをしなかったのに』と後悔するはずだ!」
「だからな、アルモニカ嬢よ。ここはひとつお互い大人になろうではないか。この程度のことはこれからの人生でこいくらでもあるのだぞ。
試練と思って受け止め飲み込むのが王妃になる者としての責務ではないか?王妃教育も無償ではないのだぞ。お主のためにどれだけ金を使ったと思っている。
不満があってもそれをぐっと堪え、我慢し、苦労を見せずに微笑むのが王子妃というものだ。そう教わっただろう?
その教育を無駄にせず喜んでディルクと結婚し、儂の言う通りに国に尽くしていればいいっ」
儂の言うとおりにしろ、と最後は本性を現して従えと威圧してきたが力の差は歴然で国王は思いきり顔を床に打ち付けた。
そしてそのまま纏っている遺物がメキメキと不穏な音を鳴らし、床もひび割れながらどんどん沈んでいく。
国王は頭が潰れると叫んでいたが聞こえない顔で国王を見えない圧力で潰していった。
「や、やめ、て、くださ……」
鼻や口から血が零れ落ちるのをじっと眺めていると突然シャンデリアをつり上げていたロープが切れ落ちてきて悲鳴が上がりました。
恐怖で誰も動けず、目を瞑るしかなかったがそれらすべてをアルモニカが粉砕した。
「言いたいことはもう終わったかしら」
粉雪のようなガラスの雨が降り注ぐ中、冷めた顔で見下ろすアルモニカに国王は青白い顔で悪魔だと思ったが、それと同時に粉雪のように降り注ぐガラスがアルモニカを一層輝かせとても美しく、眩しく見えた。
ああ、これはもう無理だ。
ディルクが恐れていたのはこれなのだ。儂が甘かった。子供だからと心を折れば従順な僕になるのだと傲った。
いくら言葉を並べても通じないのだ。自分はやり過ぎてしまった。いや国の貴族すべてがアルモニカを敵に回してしまったのだ。
遺物があればデヴァイス帝国とも諸外国とも渡り合えると、アルモニカを御せると勘違いした。
魔法もろくに使えない自分達に勝てる方法などないのだ。
圧倒的な力に国王はそう悟り抜けた顔で顔を伏せた。
読んでいただきありがとうございます。




