卒業パーティーでの断罪 その4
男爵令嬢の突飛で自分勝手な行動は本当に目に余りましたが、これらがすべて許されてきたというのですからゾッとします。
そしてもし、ここでも男爵令嬢を選びショモナイナー公爵令嬢を蔑めば、近いうちにわたくしと同じ立場になっていたでしょう。
最初は疑問に思っても上が貶めれば何も考えない他は自然と追随していきます。そしていつの間にか悪いとも思わなくなるのです。
自国の令嬢で公爵家の方ですからまったく同じことになることはないでしょうが、察した方々がどんどん顔色を悪くさせ中には座り込む方も出てきました。
侯爵家は公爵家の次に権力があり、王子の婚約者になれる他国の令嬢がどれほどの者か、皆さん忘れてしまわれたのでしょう。
それもこれもトップが愚かだから下も愚かになっていったのでしょうね。
「す、すまないミルキーヌ嬢。パルティーは怪我をしたせいで少し気が立っているんだ。許してほしい」
嫌だわ。あの男爵令嬢のことは謝れるのね、あの王子。
不憫そうに見てくるショモナイナー公爵令嬢に目を伏せて返せば、うなじの産毛が逆立つくらいピリピリした空気を感じた。ヴァンかしら。
暴れないように、と肩越しから視線を送るとアルモニカにしか見えない死角の壁際に控えている彼を見つけ、ヴァンは恭しく礼をした。
「ディルク殿下。あなた様が謝ってしまえばわたくしは許すしかありません。ですがコラール男爵には後程抗議いたしますわ」
「え、いやだが…」
「学園に通うためには家庭教師の評価が『A』以上なければなりません。理由は高位貴族との接点があるためです。
もし無礼を働けばその者の家が処罰されるという事態を招く可能性があるからです。
特にこの数年はディルク殿下が通われるため、評価を厳しく設定されておりましたわ。
見る限りこの令嬢はマナーも教養も『C』程度。本来なら学園に通うことはできません。恐らくコラール男爵が不正に娘を入学させたのでしょう」
本来なら男爵令嬢のような不敬を働く輩は入学すら叶わなかったのだと知り、今更の話ね、と肩を竦めました。
ですが不正入学と言われてしまった男爵令嬢はお冠で、側近達の手を剥がしながら叫ぼうとしましたがなんとか食い止めていました。
「ち、もが、ちがっ……!!」
「だ、だが……!パルティーは今傷ついていて」
「だからなんなのですか?その方がしていることは殴った方からの謝罪ではなくミクロフォーヌ様に対しての侮辱、そして公爵の娘であるわたくしへの侮辱を叫んでいるだけですわ。それが傷ついた方の行動なのですか?」
「ショモナイナー嬢!パルティーに対して無礼だぞ!」
「フィクスバール様。それを言うならあなたもですわ。あなたとは同じ公爵位ですがわたくしとは『血の濃さ』が違います。無礼なのはあなたよ!恥を知りなさい!!」
「うぐ…、」
叫ぶショモナイナー公爵令嬢に宰相の息子が黙り込んだ。
自分達以外皆下だと見下していましたけど一応上下関係はわかっているのね。なんでも噛みつく狂犬だと思っていましたわ。
「ブルコック陛下。コラール男爵家についてはショモナイナー公爵家が預かってよろしいでしょうか?
不正入学に関しても加担した者が一人や二人ではすまないかもしれません。徹底的に調べますのでその許可をいただけますか?」
ショモナイナー公爵家主導で不正や隠蔽に加担した者達が人知れず崩れ落ちていましたが本当の意図を理解しているのかしら、と国王を見遣りました。
嫌だわ。余裕の威厳をかまされているのだけど。ご自分の息子の成績がなかなかに目もあてられない程度だということを知らないのかしら。
「よかろう。それでお主の気が済むのなら好きにしなさい。だがコラール男爵令嬢の嫁ぎ先は変わらぬ。
前回はそこの者を修道院に入れようとしたらあちらから断られてしまったからな。今度は絶対に邪魔をさせぬつもりだ」
ジロリと睨まれた王子は悲鳴を上げて飛び上がりました。
「それはそうでしょう。修道院もある一定の教養がないと入れない厳粛なところですわ。塵箱ではないのですからお戯れはお控えくださいませ」
「その通りだな。後で詫びを送っておこう」
ようは男爵令嬢はゴミ程度なのだから修道院も迷惑でしょう。という話でショモナイナー公爵令嬢と国王が笑い合い、王子達は青い顔で呆然と眺めていました。
趣味嗜好はあれですが、ショモナイナー公爵令嬢はその地位に相応しい教養と美貌も持っていました。
王家の血筋も入っていますし成り上がりの歴史が浅い男爵令嬢ごときに『ブス』と蔑まれる謂れは何一つありません。
間違いなくショモナイナー公爵令嬢の逆鱗に触れたでしょう。
恐らく見た目なら十人中十人がショモナイナー公爵令嬢を美しいと答えるはずです。
男爵令嬢も見た目は秀でていますが若さ故の可愛さで、その良さを言動で帳消しにしていくタイプに見えます。
あの方『喋らなければ可愛いままなのに』と言われたことがあるんじゃないかしら。
そんな彼女をずっと守ってきた王子の包容力?には感心しますがまったくもって羨ましくありませんでした。
というか王子に綺麗だと思われてもちっとも嬉しくありませんし。正直男爵令嬢と同じカテゴリーに入るのか……と絶望したくなります。
それくらいアルモニカにとって王子は拒絶反応が出る相手になってしまっていました。
我慢しないと決めてからどんどんディルク王子という人物が嫌いになっていて、百点満点中、四十あった点数が今ではゼロ未満のマイナスを更新していました。
女性は相手の点数をどんどん引いていき、男性はどんどん足していく……と聞きますが、王子の場合は足せるものが無さすぎるように思いました。
そんな王子が愛する男爵令嬢は顔を真っ赤にして鼻息荒くショモナイナー公爵令嬢を睨み付けていました。
その顔を王子達はちゃんと見ればよろしいのにね。
「ちなみにですが、ミクロフォーヌ様は何ヵ国語を話せますの?」
国王との約束を取り付けたショモナイナー公爵令嬢はおもむろに声をかけてきたのでわたくしは扇子を開いたまま彼女を見遣りました。
内心裏があるかしらと勘繰りましたが、まあ答えたところで問題も脅威もないだろうと切り替えました。
「そうですわね。国で言えば四ヶ国、言語だけなら八か九でしょうか」
「……凄いですわね。王妃教育は外来語は最低二ヶ国。わたくしも学業と合わせて覚えられたのは二ヶ国、どちらも公用語止まりですわ。
もしかして国々のマナーも知ってらっしゃるの?」
「簡単なものくらいでしたら」
「…………わたくし達は重大な勘違いをしていたのですね」
互いに目を見て話すと先にショモナイナー公爵令嬢が視線を落とした。
「ショモナイナー様?」
「あなた様と初めて挨拶した時からマナーも発音もすべてが完璧だったことを思い出しましたわ」
ショモナイナー公爵令嬢他卒業生達が一斉にアルモニカに向かって頭を下げた。男女問わず壇上にいる王子達以外全員だ。
「この四年間、勘違いや思い込みでミクロフォーヌ様に対し数々の無礼な行いをいたしました。
決して許されることではありませんが代表してわたくしミルキーヌ・ショモナイナーがお詫び申し上げます。今まで申し訳ありませんでした」
「ショモナイナー様……」
「若輩故にミクロフォーヌ様が王太子妃、王妃に相応しい器の持ち主だと気づけず傲慢にもその座を奪おうとしました。公爵令嬢として恥ずかしい限りです」
ほぼ全員、中には従者も頭を下げていて圧巻ではあるが正直戸惑った。これはもう許すしかないじゃない。
いやでも今更王太子妃の座を空けられてもいらないけど。
反省してるならまあいいかと顔を上げさせるとそのタイミングで水を差された。
「プハッちょっと!謝るならアタシに謝りなさいよ!アニーさんなんてディルクに婚約破棄されて捨てられた不細工じゃない!!
アタシはディルクと真実の愛で結ばれた正真正銘の恋人よ!だから王太子妃になるのはアタシよ!
それなのにこんな顔にされたわ!!そこにいるブス達に!慰謝料払ってよ!!」
わたくしを混ぜるように指をささないでほしいわ。
それにさっきからブス、ブスってショモナイナー公爵令嬢も周りの令嬢達も皆さん自分の素材をよく理解していて美しく着飾っていますが。
わたくしだって使用人達総出で身形を整えてもらったわ。あの方には一体何が見えているのかしら?少なくとも男爵令嬢より皆さんの方が美しいと思いますけど。
「それなら問題ないわよ。慰謝料はともかくあなたのことはそこにいる元側近の方々の誰かが面倒をみてくれるわ」
「え?」
ショモナイナー様の言葉に男爵令嬢は期待を浮かべた顔をしましたが、側近達はそれよりも『元』と付けられたことに驚きご自分の家族に目を向けました。
いつの間にか彼らの保護者も入場していたようです。
「ま、待て。儂はこやつの嫁ぎ先は変わらぬと言ったのだぞ?」
「はい。父からコラール男爵令嬢の修道院行きは国王陛下の決定だとお聞きいたしました。
そしてその命令に逆らったのはディルク殿下、フィクスバール様、セボンヤード様、ルシェルシュ様だと聞いております。
陛下は子爵程度の後添えとしてこのコラール男爵令嬢を嫁がせるおつもりだったのでしょうが、これを見るにまた同じことの繰り返しになるのではと愚考します。
であれば、いっそのことその三人の誰かと結婚なされば殿下達も諦めがつくのでは?と思いましたの。
皆さん命を張ってコラール男爵令嬢を守られていたことですし、同志の誰かと結ばれれば自分のことのように喜ばれるのではないかしら?」
ねえ?と視線を送られた王子達はゾッとした顔で固まりました。
ショモナイナー公爵令嬢の友人達よりも男爵令嬢を優先し愚かにも国王に逆らった王子達に怒りを感じているのでしょう。
婚約者の方々も睨んでいればその間を遮るように宰相が割って入りました。
「まずは改めて婚約を結んでいたご令嬢達にお詫びしよう。我が息子達が不貞を働き、こんな場所で訴えるほど追い詰めてしまった」
代表して宰相が側近達の婚約者達に謝りました。
「父上!その件は先日私が彼女にボコボコにされた時に解決したではありませんか!」
ボコボコにされたんですね。
「それでお前はなんと言った?『心を入れ換えて婚約者に誠心誠意尽くす』と約束したのではなかったのか?
それなのになぜお前は殿下の後ろに立っている!パートナーなら勿論エスコートしたんだろうな?!」
「うっそれは、その」
しなかったんですね、皆さん。わたくしと同じですか。
「お、俺はその時に解消しました!だから文句など言われる筋合いが」
「貴様は誑かされた上に殿下の思い人に邪恋を抱くと言うのか?!」
体躯は大きいですが彼よりも大きなルシェルシュ騎士団団長に凄まれ、特に酷い怪我を負っている令息は縮み上がりました。まるでトラウマでもあるかのよう。
そもそも男爵令嬢が高位貴族に懸想して、あまつさえ王子妃の席を狙い他の令息達とも懇ろになろうというのがおかしな話なのです。
『相手が望んでくれたから』だけではすまないほど男爵令嬢は強欲でしたたかな女でした。
読んでいただきありがとうございます。




