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誕生日デート(前)

 


 今日は天気もいいですし、寝覚めもよかった。癖毛もすぐに纏まったし今日は良い日になりそう。

 下に降りると使用人達が全員集まりわたくしが来たと同時に頭を下げました。


「アルモニカ様。お誕生日おめでとうございます」

「ありがとう」


 にこりと素の表情で微笑めば使用人達も嬉しそうに微笑み返してくれた。



「旦那様方からプレゼントが届いております」


「まあ、今年は何かしら?開けるのが楽しみだわ」


「本日の夕食はコックが腕によりをかけて豪華にしますので楽しみにしていてください」


「ええ。今年も期待しているわね」


 ウキウキと話しかけてくる使用人達にわたくしも嬉しげに返しました。


 此方から送る手紙は検閲され内容を制限されていますが、エクティドから贈られてくるプレゼントが荒らされずに届くのは有り難いことでした。



 オパルールに来てからは毎年邸の者達と家族やエクティドにいる友人達から届いたプレゼントを開けながら身内だけのパーティーをしていました。


 最初の年こそ王子が『パーティーを開いてやる』と言ったのでそれを信じて待っていたのですが、あっさりと忘れ去られ誰にも祝ってもらえずその日が終わりました。


 寝る間際になって不憫に思った使用人達が祝ってくれたのでそれ以降は内々で楽しむことにしたのです。


 ちなみに王子からはその件について謝罪もなければ祝いの言葉も未だにありません。婚約者の誕生日など興味ないのでしょう。


 こんなことを逐一覚えているわたくしは少々ねちっこい性格なのだと最近気づきました。



 残念な記憶はさておき、バースデーパーティーの準備を待っている間暇をもて余したわたくしは思いつきで外に出たいと言ってみました。

 散歩の延長で市井を歩きたいと思ったのですがダメでしょうか?


「元気になられたと言っても最低値より少しお元気になられただけで、あまり長い時間出歩きますとまた寝込んでしまいますよ?」


「なら少しだけでいいわ。邸にいるとソワソワして落ち着かないの」


 お願い、とヴァンに上目遣いで―――身長差の関係で仕方ない形ですが―――見上げると、彼は目を丸くした後困ったように咳払いをして「仕方ないですね」と許可をしてくれました。


 その際、ヴァンの耳が赤く染まっていたのですがわたくしは気づけず、侍女達がヴァンの方を見てクスクス笑う中何の服を着ていこうかと相談するために背を向けてしまいました。




 相談した結果、淡い色のワンピースを着ることにしました。オパルールと季節に合う色合いでしたが淡くても明るい色を着るのは久しぶりで不釣り合いじゃないかとても不安でした。


「この季節に咲くサチュラの花のように可憐で美しい。とてもお似合いですよ」


 こんな格好をしていいのかしら?と半ば洗脳されていたアルモニカは鏡を見てもどこか不安で自信がありませんでした。

 侍女達に元気付けられてなんとか階段を降りるとすでにヴァンが待っていて彼も執事のお仕着せではなくラフな格好をしていました。


 アルモニカの手を取ったヴァンは早速褒めてくれたけど愛想笑いしか返せませんでした。

 自分で決めたのにこんな色を着て本当に良かったのかな?と確認したくて仕方がなかったのです。



 侍女達に選ぶのを手伝ってもらったし、整えてもらったし、完璧です!とも言われたわ。

 ヴァンにだって似合ってるって言ってもらえたのだもの。信じていいのよ。うん。



「ヴァンのオフの格好初めて見たわ。執事の格好もいいけど今日の格好は休日って感じがしてとてもいいわ……あっでも、わたくしと一緒だと仕事になっちゃうわね」


 切り替えてヴァンの服装を褒めると少し照れ臭そうに目を伏せ、


「仕事でも休日でもアルモニカ様と共にいれることが私の幸せですから」


 なんて言うからこっちの頬が熱くなってしまった。



「アルモニカ様はやはり明るい色の方がお似合いですね」

「やっぱりそう思う?」


 あの格好じゃ侍女長よね、と苦笑すれば指定されたのだから仕方ないですよ、と慰められた。


「むしろアルモニカ様に似合う色もわからない色盲とセンスのなさをあちらが披露しているだけのこと」


「お願いだから他では言わないでよ」



 家紋のない馬車に乗り市井に向かっていればヴァンが危険なことを言うので気が気ではありませんでした。わたくしや家の者の指導が間違っていたのかしら?


 でもヴァンはわたくしを心配してくれ言ってくれただけのこと。

 わたくしが心のどこかで思っていることをヴァンが代弁しているのだとしたら、気を付けるべきは自分なのかもしれません。


 物事を上手くやっていくって難しいわね、と溜め息を吐いた。



 目的地に到着すると、通行の邪魔にならない場所に馬車を止めました。馬車の中でも聞こえましたが外に出ると広場の一角で楽団が演奏していました。


「賑わっているわね」


 上を見上げれば連続三角旗がカラフルに彩り通りの家々の窓際には今の季節の花が飾られていて何かのお祭りなのかと思った。


「花の女神を祝うお祭りですね。豊穣の女神と同一視されているので豊作を祈るものでしょう」


「花の女神は乙女の姿、豊穣の女神は淑女姿で描かれているけど姉妹というわけではないのね」


「オパルールでは春に産まれ秋に成人になり冬に永久(とこしえ)に眠るそうですよ」


「だから同一視されているのね」



 祭事も収穫の流れも勉強していたけどそういう文化的なお祭りの話はあっさり流してしまっていたわ。

 そんなことも調べているなんて偉いわね、と感心すればヴァンは「お役に立てたなら良かったです」と嬉しそうに微笑んだ。


 人の流れに身を任せヴァンについていくと進むにつれ人も増え華やかになっていく。若い娘達が頭に花飾りをつけ、若い男達も胸に花をつけているのがわかった。


 聞けば結婚相手を探していたり結婚の約束をしている者達が花を身につけているのだという。


「花束を持っている女性はそれだけ男性から求婚されているということらしいです」


「まあ!」


 ブーケにしている女性がいたので気になっていたけど、男性は自分が持っている花を好いている女性に贈るのだそうです。

 少し気が多くて軽薄な方は花を身に付けつついろんな女性に花を贈るそうで、花屋は大層儲かるのだとか。


 勿論女性にも選ぶ権利があるので突き返されて男性が花束を持っていることもしばしばあるのだそうです。


「花の飾りがダメってそういうことだったのね」


 生花ではなかったのですが花をモチーフにした飾りをつけていたらヴァンが侍女に話して違うものに付け替えられました。その時は飾りが壊れそうだったからと説明されましたがこの光景を見て納得しました。



「そこまで心配しなくてもこれだけ可愛らしいお嬢さんがいるのだもの、わたくしなんかに声をかける方なんていないわ」


 キラキラと眩しいくらい輝いている乙女達を見て、モチーフで主張したところで霞んでしまうだろう。過保護ね、と苦笑すればヴァンは真面目な顔で否と答えました。


「花を身に付けていなくても、花を贈る名目で近づいてきたりナンパをする輩もいます。そういう男は下心がありお嬢様に危害を加えるかもしれませんので極力近づきませんように」


「もう、過保護ね」


 折角のお祭りなのだからそれくらい許してあげればいいのに。


 自分は仮にも婚約者がいるし声をかけてくる方がいても本命ではないでしょう。

 むしろお祭りの熱に充てられた若者が配る花を貰うくらいで、と思っていたら近づいてきた青年がにっこり微笑みとうぞと花を渡して来ました。


 たくさん花を抱えている青年に『ほらやっぱり』と笑みを浮かべながら受け取ろうとすると、横から手を伸ばしてきたヴァンが花をもぎ取り青年の顔に叩きつけていました。


「えええっ?!ヴァン?………あの、ごめんなさいね!」


 そのままわたくしの手を掴んだヴァンがずんずんと進んでいくので、驚きながらも呆然と立ち尽くしている青年に謝ることしかできなかった。



「たくさんある中のひとつを渡してきただけなのにそんなピリピリしなくてもいいじゃない」


「貴族のお嬢様が気軽に見知らぬ人間からものを受け取ったり謝ったりしてはいけません」


 ただの好意なのだからそんなツンケンしなくてもいいのにヴァンはムスッとした顔で忠告してきました。

 言いたいことはわかるけど、折角のお祭りに水を差された気がしてムッとしてしまった。


 危ないというならもう帰るわ、とヴァンに背を向け来た道を戻ろうとしたら数歩も歩かないうちに足が止まった。



「お嬢様?」


 今日はお忍びなので極力名前を呼ばないようにしているヴァンに声をかけられたけど返事ができませんでした。


 それを不審に思ったのか何かに気づいたのか、ヴァンはすぐにアルモニカの肩を抱き隠れるように隅に寄った。


 影に隠れながら通りを伺うと、そこにはラフな格好をしていても貴族だとバレバレな存在感がある王子と花飾りを頭につけた男爵令嬢が一緒に歩いていました。


 後ろには王子の護衛がいましたが顔を知らなければ騎士とはわからない格好をしていました。どうやら王子達もお忍びで遊びに来ているようです。



 楽しかった気持ちが一気に萎んで帰るしかないわね、とヴァンに目を向けると彼の横顔がすぐ近くにありました。

 彼は王子達が何処かに行くのを見届けてるのかちっとも此方を見ません。


 そのせいでヴァンの顎から首、喉仏のラインや首筋、鎖骨にあるホクロがよく見えるほど密着していることに気がつき、火がついたように顔が熱くなった。


 どさくさに紛れて彼の胸に手をついていたことにも気付き慌てて手を離しました。生地が薄いのかヴァンの体温が手に伝わり温かいと思ってしまったのが妙に恥ずかしい。


 こうやって異性に肩を抱かれ腕の中で守られるのはヴァンが初めてで、ヴァンとはそういう触れ合いが増えていることに遅れて気付き恥ずかしくて俯きました。



 主従関係だと自覚しているつもりですが、ヴァンの言葉に深く傷つけられた部分が労り癒されるのです。

 他の使用人達の言葉や労る気持ちもわたくしを癒してくれましたが年が近いせいかヴァンは少し特別なのかもしれません。


 そう考えるとさっきはわたくしを守るためにあの青年から離してくれたのに、勝手に不機嫌になっていたように感じます。

 何もないとしてもわたくしは侯爵令嬢で護衛はヴァン一人。過敏になっても仕方ないのに自分の我が儘で彼を遠ざけようとしたんだわ。


 わたくし一人では出掛けることもできないし自分の身を自分で守れないほど無力なのに。


 反省だわ、としょんぼりしていると小さな女の子がやって来てじっとアルモニカを見つめた。


「ど、どうしたの?」

「どうぞ」


 差し出されたのはこの季節に咲くパーヴィだったが、他の人達が着飾っている華やかな色合いではなく真っ白なパーヴィだった。


「受け取るのでしたらお金を」

「え、あ!そうね!」


 さっきの今で躊躇していると、そっとヴァンから声がかかり金額を手の平に指で書かれた。

 くすぐったいやら気恥ずかしいやらで動揺したけれどチップということで多めに渡して上げれば女の子はパーヴィを二本渡して人混みに紛れていった。



「どうしましょう。女の子から花をいただいてしまったわ」


 嬉しいけれどどうしよう、とヴァンを伺うと彼は微笑ましそうに笑って「戻るのでしたら別の道に行きましょう」と建物を挟んだ向こう側を指し示しアルモニカの手を握って歩きだした。



「ヴァン。あそこは雑貨屋かしら」


 ポカポカした顔と手を収まっている真っ白なパーヴィを見つめながら歩いていましたがふと視界に入った建物が気になり握られた手を引っ張り聞いてみた。


 店の作りに興味を惹かれアルモニカは入ってみたいと彼にお願いしてみた。


 店先に並べてあるものを眺めてから中に入ると可愛らしいものがたくさん並べてあって心が踊った。

 小物も可愛いけれど色とりどりのリボンも素敵だわ。どれもこれも気になるけどヴァンを荷物持ちにすると護衛ができなくなるわよね。


「ここの雑貨が気に入ったから一度家に来てもらいたいのだけど、言っても大丈夫かしら?」


 どうせなら使用人達にも贈りたいと思い聞いてみると、ヴァンは店員に話しかけさくっと訪問日を決めて戻ってきた。








読んでいただきありがとうございます。

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