卒業パーティーでの断罪 その1
卒業式当日。無事テストも合格点に達し卒業できることになったアルモニカは式を出た後ドレスに着替えパーティー会場へと向かいました。
パーティーは大抵ペアで入場するものなので一人で入るのはとても勇気が要ります。
「アルモニカ様。いつになくお美しいです」
頭から爪先まで侍女達に綺麗に整えてもらったアルモニカは、会場出入り口までヴァンに付き添ってもらうことになりました。
彼はいつもわたくしを褒めてくれますが今日は一段と言葉に熱がこもっているように聞こえ、頬が熱くなりました。そういえばヴァンにドレス選びを手伝ってもらったのを思い出しました。
「あなたのセンスが良かったのよ。選んだことのない色と形だから緊張したけどあなたにそう言ってもらえて良かったわ」
「ベフェルデリング様が贈られたドレスの足下にも及びませんがアルモニカ様の晴れ舞台に花を添えられるようにご用意させていただきました」
妙な言い回しにまさかドレスの費用を出したの?と驚けば、卒業祝いにどうしても支払いたいとヴァンが強く申し出たようです。他にも小物や靴を使用人達が用意したと言うのですから驚いて、そして涙が溢れました。
「あなた達のお陰でわたくしは頑張れました。ありがとうヴァン」
「いえ、私共が勝手にしたことですのでお気になさらないでください。ですが無理をしたことで喜んでいただけたなら本望です」
「もしかしてお給金をすべて使い果たしたの?」
「家令のジョルジュ様に少々お借りしました」
耳打ちするヴァンの声の近さにドキリとしましたが内容が内容だったので扇子の下で苦笑しました。
借金をしてまでわたくしのドレスを用意するなんて。嬉しいやら申し訳ないやら。
「ではこれからもわたくしの下で働きなさい。それから、もう借りてはダメよ」
「仰せのままに」
家令と共同出資にしなかったのはヴァン個人がわたくしにドレスを贈りたかった、ということかしら。
それはもしかして、という気持ちも湧きましたが彼の場合は主人を思ってのことかもしれません。
緩む口許を扇子で隠しながらあやしまれないように言葉を紡ぐと、ヴァンは殊更に蕩けそうな甘い声と嬉しそうな表情で恭しく一礼しました。
◇◇◇
「あら、ミクロフォーヌ様。またお一人なの?最後までお可哀想な方ね」
一人で入場したわたくしを見て、先に入場していた方々が驚いた顔をしましたが、近づいてきた方を確認し安堵したように嘲笑していました。
皆さんわたくしがアルモニカだと自信が持てなかったようです。
そこまで激変したとは思いませんでしたがやはりドレスの威力は凄いのでしょうか。今日は他の方々と並んでも気後れすることはなさそうです。
「ごきげんよう。ショモナイナー様。本日のお召し物もよくお似合いですわ」
「?!あ、当たり前ですわ!………あ、あなたもいつものよりは似合っているんじゃなくて?」
「ありがとうございます」
「……本当にあなた変わったわね」
褒められると思ってなかったようでショモナイナー様は驚いていましたがわたくしの姿を見て更に驚かれたようです。
今までは王妃様の言い付け通りに髪をひっつめ地味なドレスで学園や公式の場に出ていましたから今のわたくしは意外なのでしょう。
それらをすべてやめてわたくしらしい格好で出席することにしたことで皆さんを驚かせているようです。
とはいえショモナイナー様は王宮で違うわたくしを見せていたはずなのですが。ドレスの存在感が凄すぎて記憶に残っていないのかしら。まあ、いいですけど。
今日は妙に令息の視線を感じるなぁ、と考えながら背筋をピンと伸ばし前を向くと、合図と共に王子が男爵令嬢を連れて入ってきました。
わたくしと王子が婚約関係であることは周知されていましたし、王子が男爵令嬢と不貞を働いていることも有名でしたから此方を見てクスクス笑う声が聞こえました。
しかし今日に限っては王子達に不信な目を向ける方が多いように見受けられました。
それもそのはずで、二人は白を基調としたお揃いの生地でお揃いの仕立てを纏っていたのです。
卒業パーティーなので指定の色はありませんが、お揃いのものを身に付けることは婚約してる者同士しか許されておりません。
美しい刺繍は男爵家では絶対賄えないもの。そして男爵令嬢の胸元には王妃様がショモナイナー様達に与えたブローチよりも豪華な台座と大きな宝石が輝いていました。
まるで結婚式のような派手な二人に皆さんの視線が集まりました。しかしそれ以上に男爵令嬢を見て驚きました。
なぜか彼女は厚手のベールを被っているのです。前が見えないのか王子にぴったりくっついていて覚束ない足取りでした。
そんな彼女に釘付けになっていると王子はまっすぐ壇上に上がり、隣には男爵令嬢、後ろには側近達を並べました。
しかしそこでまた驚きました。側近達の顔が腫れ上がっていたのです。皆さん顔の作りが良く男爵令嬢に熱をあげるまではチヤホヤされるくらい人気でした。
それが誰が見ても顔を背けるほどの不細工ぶりに思わずショモナイナー様達を見ました。彼女の後ろには彼らの婚約者達が居て皆さん怒りの形相で壇上を睨んでいました。
その視線に側近達の顔色がどんどん悪くなっているのがわかってしまい、あの後の惨状が目に浮かぶようでした。
「パーティーを始める前にこの場で正したいことがある!!先日、僕が休学している間に事件が起こった!
僕が大切にしている友人パルティー・コラール男爵令嬢が一方的に傷つけられたことだ!」
後ろの側近達の心情など気にすることなく王子は男爵令嬢の厚手のベール掴むと一気に捲りました。その顔を見た令嬢達は悲鳴を上げ、令息達もどよめきました。
「パルティーは暴力を振るわれこんな無惨な顔にされてしまった。笑顔が可愛く愛らしいパルティーをこんな姿にした者を僕は断じて許さない!!」
元々顔もスタイルも普通より秀でていて、愛らしい表情で同年代の令息を片っ端から虜にしてきた男爵令嬢でしたが、壇上にいる彼女は男爵令嬢であって男爵令嬢ではありませんでした。
よく見ると化粧で薄くなっているものの、目の回りが青く唇も傷を隠すように赤々しく頬も少し腫れているように見えました。
そして愛嬌が売りだった彼女は怯えるように王子にしがみつき、クマがうっすら見える目をキョロキョロと動かし挙動不審に震えていました。
「今日は長年迷惑を被ってきた者との婚約を破棄し、このパルティーと新たに婚約を結ぶつもりだったが怯え震える彼女の憂いを払拭しなければ前に進めないだろう!!
祝いのパーティーを邪魔することになるが国の未来に関わることだ!臣下としてこの顛末を最後まで見届けてほしい!」
どうやら王子は犯人をこの場で断罪するつもりのようです。側近達はそれでいいのでしょうか。
愚かな余興だわ、と嘆息を吐けば「アルモニカ・ミクロフォーヌ!前へ出ろ!」と指名され眉をひそめながらも進み出ました。
「アルモニカ!貴様は王家との制約を破り無許可で魔法を使ったな?!その魔法でパルティーをこんな姿になるまで殴り、助けに入った僕の側近達をも殴り付けた!!
パルティーはいずれ僕の妻、王妃になる存在だ!そんな尊い者を傷つけるなど言語道断!!これは重罪である!!
よってアルモニカ・ミクロフォーヌ!貴様有責の婚約破棄は勿論のこと貴族籍を剥奪!半年間地下牢に入れ余罪を確定後公開処刑とする!!」
堂々と冤罪を宣う王子に呆れた顔で見上げていれば、やっとこっちを向いた彼が驚いたように目を見開いた。
「……は?誰だあなたは。関係ない者は下がっていてくれ」
「?わたくしがアルモニカ・ミクロフォーヌですが」
「……?…………え?」
まさか地味な格好=アルモニカとでも思っていたのでしょうか。心底驚いている王子と側近達に呆れました。
節穴だとは思ってましたが何度も別人じゃないのか?と聞いてくる王子にこの四年間は何だったのかしら、と途方に暮れた気分になりました。
「あなたがアルモニカというなら信じよう。アルモニカ・ミクロフォーヌ!!あなたをパルティーの命を脅かした罪で処刑……いや追放する!!」
「ディルク?!なんで追放なの?!」
今度は男爵令嬢が驚き王子に詰め寄りましたが段取りくらいちゃんとしてくれないかしら、と長い溜め息を零しました。
じろりと側近達を見ましたが彼らは肩を揺らしたものの情けなくも顔を背け逃げたつもりのようでした。また埋まりたいのかしら。
王子は王子でわたくしの籍を剥奪するだの国外追放だの、男爵令嬢に言われて強制労働だのとコロコロ変えてきて情けないこの上ない醜態でした。
音が鳴り左手首を見れば腕輪の傷がもっと深く入りそろそろ崩れ落ちそうです。王子達を一掃するのは簡単ですがその前にサインを書いてもらわなくては。
「恐れながら申し上げます」
パチン、扇子を閉じたところでショモナイナー様が進み出て発言の許可を求め承諾されました。
「そこの男爵令嬢をそんな姿にしたのはミクロフォーヌ様ではありませんわ」
「は?なんだと?!……いや、そんなはずはない。被害者であるパルティーがアルモニカに殴られたと証言した」
「確かにミクロフォーヌ様は魔法を使いそこの男爵令嬢の動きを封じましたがそれは仕方のないこと。先に冤罪をかけ上位貴族に無礼を働いたのはコラール男爵令嬢ですわ」
「そ、そんなはずはない!パルティーは清廉潔白で優しい令嬢だ!アルモニカのような地味で役立たずな女ではない!……いや、今日のアルモニカは、その、美、地味ではないが」
「ディルク?!目を覚ましてよ!アタシのほうが何倍も可愛いって言ってくれたじゃない!!」
モゴモゴと喋る王子の声は聞こえませんでしたがどうやら男爵令嬢を怒らせるような内容だったようです。意外と元気じゃないあの方。
「コラール男爵令嬢の嘘などどうでもよいではありませんか。そんなことよりもわたくしの大切な友人達が殿下の後ろにいる不埒者達にお伝えしたいことがございます」
『そんなこと』と強調しましたわね。
「ディルク殿下、ミルキーヌ様、発言の許可をくださりありがとうございます。わたくし達は今日この場をもってそこの者達全員との婚約を破棄したく存じます」
「理由は長年婚約してきたわたくし達を無下に扱い、そこの笑うだけしか能がない男爵令嬢と不貞な関係を結んだからです」
「婚約者としての役目を放棄し、わたくし達の言葉を真摯に受け止めず、わたくし達を軽視し続けた。わたくし達は我慢の限界だったのです」
「殿下の隣で如何にも庇護対象として弱そうにしているしたたかな女を虐げたのはわたくし達です。ミクロフォーヌ様ではありません」
「罰するのでしたらわたくし達を罰してください。そこの嘘つき女の言葉を信じないでください」
「ミクロフォーヌ様は、逃げてばかりで一切取り合ってくれなかったそこの婚約者との〝話し合い〟の場を設けてくださった恩人なのです」
進み出た令嬢達は毅然とした態度ではっきり言葉にしました。これは側近達への制裁ですが同時に令嬢達への罰にもなります。
次の婚約も結婚もなくなってもおかしくない瑕疵をこんな大勢の前で公言したのです。
聞いていた他の令嬢達から同情の声やすすり泣く声が聞こえました。それほど婚約者に不貞を働かれ、訴えることは女性にとって勇気が要ることなのです。
「ディルク殿下。わたくしの友人達は真実を述べていますわ。殿下が守ろうとしている者はミクロフォーヌ様を嘘の罪で貶めようとしている不埒者なのです。
そればかりか殿下にすり寄りながら殿下を支えるべき側近の方々をも食い物にした罪深い女なのですよ」
「そ、そんなはずは……」
もう一歩踏み出したショモナイナー様はいつものような嘲り敵意剥き出しの顔を仕舞い真摯な態度で王子に訴えていました。
その姿は公爵令嬢としてあるべきもので王子をとても心配していることも伺えました。
そんな態度に揺らいだ王子は狼狽え、視線を彷徨わせました。誰かに助けを乞いたかったのでしょうが側近達も男爵令嬢も頼りになりません。
味方をしてくれる者も現れず諦めかけた時、国王の入場の合図が響き渡りました。
「これはどういうことだ?説明せよ、ディルク」
読んでいただきありがとうございます。




