決意表明
本日は二話更新です(2/2)
「アルモニカ様。どうかしましたか?顔色が優れませんが」
「ああ、ヴァン。丁度良かったわ」
はあ、嘆息を吐き出すとノックと共に執事のお仕着せを纏ったヴァンが入ってきたので慌てて口を隠しました。
溜め息は禁止なので。取り繕うついでにお茶をお願いしました。
侍女達もできますがヴァンが淹れてくれたお茶はどこか違うのよね。
一番弱っていた時に飲んだせいか思い入れも強いみたいで『ヴァンが淹れてくれた紅茶はわたくしを楽にしてくれる』と刷り込まれていました。
「まさかあちらから接触してくるとは思わなかったわね。今更ではあるけど………ヴァン、あなた何かした?」
「いいえ、私からは何も。ですがアルモニカ様がスネイル団やデヴァイス帝国の皇后様と繋がってると知ってやっと現実が見えたのではないでしょうか」
「そうね。ルシュルシェ伯爵なんかわたくしの顔を見た途端土下座でしたし、セボンヤード公爵は親族の命乞いでしたし。わたくしは凶皇でもなんでもないのに」
「むしろエクティド王国をろくに調べず、自国以外の者を安易に蔑み、王子の婚約者を下に見ても笑っていられるこれまでの現状ががおかしかったと思いますよ。
アルモニカ様の功績は調べれはすぐにわかりますし、帝国に限らずいくつかの国と交流があり、魔法使いとしても諸外国の認知度も高い。
それは貴賓を招いたパーティーで見てるはずなのですが……」
「都合のいいところしか覚えていないのかしらね?」
よくわからないわ。
「それで、あの二家をどうなさるおつもりですか?」
「どうするも何も本人ではないから言葉だけ受け取って引き取ってもらったわ。
親を許したところで本人達はどうせ同じ過ちを繰り返すでしょうし、一度許したからその次も許せとか言われたらたまったものでもないしね」
「それが良いでしょう。むしろ今まで放置されていたことが異常なのです。
これを機会に親子の縁を切られたり社交界で赤っ恥をかいて家名を汚すなりして身をもって己の愚かさを知ればいいのです」
やっぱり何かしてるじゃない。
今までならルシェルシュ伯爵令息が手を出してきてもダメ公爵の息子達が罵倒してきてもなかったことにしてきたのに。今更だわ。
「?何か?」
「いいえ。なんでもないわ」
それにしても、いつ見ても執事っぽくないのよね。この執事。
顔の作りが良すぎるせいかしら、と今日も同じことを思ったけれど口にせず彼が紅茶を淹れてくれるまでぼんやり眺めながら待ちました。
そんな視線を受けてヴァンの頬がほんのり赤くなっているのをわたくしは気づかずテーブルに置かれた音で視線を彼から外しました。
香る紅茶と綺麗な琥珀色に凝り固まった体も疲れも解れていくようでした。
「ありがとう、ヴァン」
「アルモニカ様の心が少しでも安らぐようにいつもとは違う茶葉を使用しております。毒味しますので少しお待ちください」
そう言って同じティーポットから注がれた紅茶を飲み安全だとアピールすると再度「あなた様のためにご用意しました」とにこやかにカップを差し出されました。
「嬉しいけれどわたくしが知る執事と少し違うわね。そんなことをしなくてもちゃんと仕事をしてくれれば評価するわよ」
「いえ、私はアルモニカ様の役にたちたいのです。お気に召さないようでしたら止めますが……」
媚びなくても評価してるのに、と思いましたが彼からするともっと頑張らなくてはわたくしを守れないと思っているみたい。
しゅん、と残念そうに頭を垂れる姿は妙に可愛らしくて心が掻き乱される。見た目が整っているからギャップを感じるのかもしれません。
獣人族なら耳と尻尾がペタンとなっているだろう、という想像をしてしまいアルモニカは慌てて頭を振った。
悪気はないだろうけどこの男のペースにハマるわけにはいかないわね、と紅茶を飲みました。
飲んだ途端ふわ、と体が温まりゆるくなるのを感じて「ほう」と息を吐いた。美味しいし、確かに気が休まる成分が入っているようだ。
「エクティドで魔術を学んだの?」
「魔術というか、親がお茶好きでいろんなものを飲んでいたんです。組み合わせによっては薬にもなるので病になった時は煎じたお茶を飲まされました」
「凄いわね。わたくしはいつも好みの味かどうかでしか選んでなかったわ。薬湯は大体不味いからなるべく飲まないようにしてたくらいだし」
紅茶のように好みの味にできるなら薬も悪くないかも、と思っていたら「とてつもなく不味いです」とヴァンがしかめ面で言うので笑ってしまいました。
「残念ね。美味しければ次に病になったら頼ろうと思ったのに……?どうかした?」
「……いえ、その、アルモニカ様が声に出して笑ったお顔を直に見たので」
あらわたくし笑った?あ、そうね。笑ったわ。だってヴァンが本気で嫌そうな顔をするのだもの。面白くないわけないじゃない。
「でもそうね。こっちに来てこんな風に笑ったのは初めてかもしれないわ」
令嬢としての笑顔は出来ても心の底から笑ったことは一度もありませんでした。ガッカリしたことの方が多いくらい。
紅茶の色を眺めながらふと思い出したことを口にしました。
「この国に来た最初ね。わたくしはてっきり王宮住まいになると思っていたの。
だって約束された未来だもの。王妃教育に集中できるし、近ければディルク殿下と気軽に会えるじゃない?そうやって仲を深めていくのだと信じて疑わなかったわ」
最初はわたくしだってまあまあ期待していたわ。政略だけどちゃんとやっていけるって。ディルクとも仲良くやっていこうって。
「でも初めて顔を会わせた時にこう言われたの。『女として何の魅力も感じない。不合格な女を王宮には住まわせない』ってね」
「……は?」
「あの方には理想の女性像があったらしくてね。欠片もかすっていないからオパルールから出ていけって叫んだの。笑えるでしょう?」
「……控えめに言って屑ですね」
なにも先日の婚約破棄が初めてではなかったのだ。あれはあれで酷い以外なにものでもないけど、初対面でのあの台詞はアルモニカの心を深く傷つけた。
『なぜこんな侯爵程度のブスと結婚しなくてはいけないのですか?』
『女の涙は美しい者が流すから価値があるんだ。ブスが泣いたところで迷惑だ。貴族なのだから悲しくても笑え。そんなこともできないようなら僕の妻に相応しくない』
『うわ!笑ってもブスだなお前!』
無表情だが怒りを含んだ声色に肩を竦めたアルモニカはまた一口紅茶を飲みました。
「お互い十四歳で子供だったけど、ディルク殿下はもっと子供だったわ。
あの後大人達に言い含められて近くのこの邸に住むことを許されたけど、その時も
『僕の理想の女になれるよう日々励めよ。もし僕が認める女になれた暁には迎えに来てやってもいい』
なんて言うの。危うく平手打ちするところだったわ」
「お気持ち、お察しいたします」
「陛下や他の貴族達には〝あれは王子の照れ隠しで本当はとても気に入っている〟とかなんとか言いくるめられてその言葉を信用するしかなかったけれど……今となってはあそこで帰国するべきだったと後悔しているわ」
大人の味方がいないことがこんなにも苦労するなんて思わなかった。
それに求められたから来たのにこの扱いだもの。
それを見抜けなかったのは此方の落ち度だけどわたくし一人ではどうしようもできないことだけはよくわかった。
「残り数日ですね」
「そうね。片付けはどう?」
「問題ありません。アルモニカ様が卒業パーティーからお帰りになったその足で出ていけるように準備しております」
手元には婚約解消の書類があり、アルモニカの名前は既に書いてあります。これを王子が記名すれば提出するまでもなく効果が発揮されるのです。
王子のことだ。喜んで書くだろう。そう考えていました。
◇◇◇
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