ハリボテを剥がすヴァン (前)
ハリボテの王子様の続きです。
時間軸はアルモニカ休学中です。
ほぼヴァン視点になります。
「先王も大概だったがオパルール王国は随分と格が下がったな。これでは命を張って独立をした先代達も浮かばれんだろうて」
そうぼやいたのは今回ジルドレド伯爵を連れてきて話し合いに応じた帝国側の一人だ。
彼も独立は歴史書でしか知らないが属国から国を独立させた先代に対して敬意を持っていた。
彼の言葉に他の者達も疲れた素振りを見せながら同意した。
現在は会合も終わりこの部屋にはデヴァイス帝国の者達しかいない。
頑丈な男達が疲れを見せているのはオパルール王国との話し合いのことだ。
属国にしていた側と属国だった側の会合は何もなくてもそれなりの緊迫感があるというのにオパルール王国は初手からやらかしをしてきたのだ。
どの国もとても大事にしているであろう国境を敵国に占領され怒り狂い強気で来るか、資産を投げ売ってでも買い戻すか緊張感のある話し合いの場にオパルール王国側は意図を汲めない無知な子供を参加させてきた。
それだけでも顰蹙を買っていたというのにその子供はあろうことか帝国側の一人に色目を使い、話し合いの場を自分有利に進めようと画策してきた。
しかもその子供は何を考えてるのかまったくわからないにこやかな笑顔で帝国の足並みを崩そうとして来る。
意図はわからないが帝国側は困惑し、そして警戒したのはいうまでもない。
もしや子供を使って帝国側を嵌めようとしているのか?と緊張感が増したところでヴァンが休憩を提案した。
オパルール王国に戦争をする予算がないのはわかっていたが何も知らなそうにしている男爵令嬢を使って帝国側を撹乱されるつもりかもしれないと誰も考えたのだ。
自分がオパルールの重役ならたまったものではないと男爵令嬢を下げるだろう。
休憩を取って正しい情報をヴァンから与えられた後は帝国側も落ち着いたが、オパルール王国側も危ういと踏んだらしく無礼な男爵令嬢を同席させなかった。
ヴァンからすればあの王子も話し合いに相応しくない人物だったが彼のお陰でオパルールは自滅したのでまあいいかと思った。
王子を追い出した後は王妃への追及だった。
オパルール側の予定は丞相が話し合いの舵を取りたかったのだろうが、王妃と王子が暴走したためグダグダになっていた。
その隙を見逃さず辺境伯領に続きアルモニカが譲り受けたドレスを自分のものだと言い張ったことを追及した。
王妃は自分が買い付けたとシラを切っていたがドレスがどういった経緯で作られ、どのような材料、携わった職人、製作された時期と期間……どれだけの価値があり、切り刻まれたことでかけられていた貴重な付与魔法が消えてしまったこと。繋ぎ直しても二度と付与魔法は戻らないこと。
その付与魔法が現在も高値でやり取りされている魔法使いの作品で、コレクターにも注目されている幻のドレスとして有名だったこと。
手直ししたアルモニカのドレスでも辺境伯領が買える程度の価値があったのだが、お目当ての刺繍以外好き勝手に切り刻んだ王妃のドレスには十分の一以下の価値しかなくなっていたことを伝えると、やっと理解した顔で蒼白になっていた。
国王も呆然とした顔で王妃のドレスを凝視していたが、元の持ち主がアルモニカだと知ると真っ青になり、帝国の前で王妃を叱りつけた。
先程までの流れでアルモニカを大事にしていないと露見していたが国王は少しでも体裁を整えるために王妃を見せしめにしようとしたのだろう。無駄な足掻きだが。
だがドレスはドレス。切り刻んでしまったのだからどうしようもない。
元に戻らないというならそんなドレスは存在しなかったのだと王妃は悪びれもせず『わたくしには付与魔法など不要ですから』とアルモニカから奪ったドレスとは別物だと主張しだした。
とんでもない化物クラスのドレスを奪ったと認めてしまえば更に負債額が嵩むと思ってさすがに認められないのだろう。
だがそれだけ王妃はアルモニカのドレスを欲しがっていたという証拠だ。
それだけのために王妃は国王の許可なく勝手に王命を発した。軽率にも程があるその行動と報告にオパルール側ですら呆れ返った。
ショモナイナー公爵令嬢のお願いも単なる切っ掛けにしか過ぎず彼女の願いを叶えるつもりもなかったのだろう。
なぜなら書状には〝従者を差し出さなければそれ相応のものを差し出せ〟と書いてあったのだ。
従者の代わりとして王妃が望むものと考えたら大抵の者がそのドレスのことだと察して差し出すだろう。それを見越した上で圧力をかけてきたのだ。
『貴国の王妃にとってはたかがドレスだがミクロフォーヌ侯爵令嬢にとっては祖国にいる母から譲り受けたドレスだ。
ご令嬢はデビュタントで披露するつもりだったそうだぞ。
それを義母になりうる王妃が我が物にするべく切り刻んだとあれば周りから、特にエクティド王国にどう思われるだろうな?』
それを告げれば国王は顔を真っ赤にして王妃を詰った。杜撰だが国王はエクティド王国の援助を切られたくないのだろう。
王妃を守らなくてはならない立場だがエクティド王国の名前を出したお陰で過敏に反応してきた。
なぜ誰も止めなかったのだ!と国王は叫んでいたが、王なのだからお前が把握して止めろよと帝国側が思ったのはいうまでもない。
早い段階で父親のショモナイナー公爵からは処罰覚悟で王命の撤回とお詫び金が王妃宛に届けられている。
公爵から引き留められたのにそれを自分へのお詫びとして着服し、素知らぬ顔でドレスを自分の物にしたのだ。
テーブルに王妃に送ったショモナイナー公爵のサインとアルモニカに対して謝罪が記された手紙を差し出すと帝国側は王妃を眺めながらどう責任をとるつもりだ?と国王を睨み、国王は大量の汗を滴しながら王妃を睨み付けた。
ショモナイナー公爵家は先王の妹君が降嫁された家柄だ。元辺境伯令嬢の王妃が一個人の気持ちだけで粗雑に扱っていい相手ではない。
国王は顔を真っ赤にし震える拳を握りしめながら王妃を詰った。内心これはもう謝るしかない、さっさと謝れと目で合図を送ったが王妃は目を背けた。
まさかそんなものを提出されると思っていなかった王妃は顔に出して動揺していたが『だからなんだというのですか?』とキレ気味に開き直るしかできなかった。
『でしたらそのドレスを手に入れた経緯を話していただこう。此方にはミクロフォーヌ侯爵令嬢のドレスに鋏を入れたという針子を知っている。
彼女もおかしいと思い王妃の情夫……いや従者だっかな?其奴に進言していることもわかっているぞ』
刺繍のことしか答えられず、他の生地やレースの製作時期と差異がある理由も答えられなかった。
そしてオパルール王国の社交界は毎年新しいドレスを新調するのが当たり前で、王妃が率先して斯くあるべしとリードしてきた。
そんな王妃がなぜ今古いドレスを着回すのか、そのドレスの入手先をきつく追及してもぼんやりした答えしか返さない。
尋問に近い態度にオパルール王国側の丞相が訝る態度を見せてきたが、ヴァンは王妃を突き落とすために遅れて帝国側の席に着いた男に目配せをし次の一手を指した。
彼はオパルール王国も大変お世話になっているスネイル団の一人ベフェルデリングだった。しかも彼がドレスの送り主だと知ってさすがの王妃も白い顔で悲鳴をあげた。
王妃の中では元のドレスを知る者などいないのだから―――アルモニカの言葉など王妃の力でねじ伏せられるから問題ないという傲慢な考えがあった―――最初から付与魔法などなかったのたと吹聴するつもりで構えていた。
しかし贈った張本人が出てきたとあればどれだけ他人のドレスを切り刻み自分用にカスタマイズしたのかバレてしまう。
そのため発狂したフリをして逃げようとしたが取り押さえられ、ベフェルデリングにじっくり見つめられた王妃はあまりの恐ろしさに悲鳴を上げて気絶した。
しかしそれくらいで逃してもらえるはずもなく気付け薬を嗅がされ無理矢理正気に戻された王妃は再び椅子に座らせられた。
勿論その後ろには逃げないように両側に騎士が張り付いた。
なぜ王妃がここまで狼狽したのかといえば、スネイル団に特に世話になっていたのがクロリーク辺境伯……王妃の実家だったからに過ぎない。
表立っては野蛮な冒険者と揶揄していたがその実力は王妃も知っていたし、住んでいた頃に義兄や自分も助けられたこともあった。
冒険者やスネイル団に頼らなければクロリーク辺境伯領はやっていけないほど荒れていたのもある。王妃にとってスネイル団は一生頭が上がらない相手だった。
そんな命の恩人であるベフェルデリングが全身全霊をかけて作った贈り物を切り刻んだと理解した王妃は『そんなつもりはなかった』、『アルモニカさんが従者ではなくドレスを寄越したのが悪い』、『欲しがっていたことを知っていて寄越したのだからわたくしは悪くない』と叫んだ。
王妃として貴族としてもとても見苦しい姿だった。それはベフェルデリングも同じで、
『ものはいつか壊れるから仕方ないにしても俺の気持ちや受け取ってくれたミクロフォーヌ侯爵令嬢の気持ちを踏みにじった。俺はあんたを一生許さないだろう』
そう言ったスネイル団は今後一切オパルール王国でのミッション依頼は受け付けないと宣言して部屋を出て行った。
それを聞いた国王や丞相は慌てて引き留めようとしたがベフェルデリングは一切取り合わなかった。
王妃はただ自分は悪くないと泣き叫ぶだけで話にもならない。
こういう時こそ泣き落としするべきだろうとオパルール王国側は思ったが、王妃にはベフェルデリングに何を言い繕っても無駄なのだとわかってしまい何もできず泣き崩れた。
恐らく辺境伯領は半年もせずにモンスターが跋扈する危険区域に指定されるだろう。あそこは元々モンスターが好む区域なのだ。
それをオパルール王国が国境に相応しいと開拓しモンスターらを追い出したことで人が住める場所となった。
スネイル団に特に世話になるようになったのはここ十八年以内のことだ。それ以前は元クロリーク辺境伯の長女が結界魔法に似た力で国境を守っていた。
恐らく彼女がクロリーク辺境伯家の正当な後継者だったのだろう。
それを冤罪で罰した後は残った者達でなんとか凌いでいたのだろうがその者達もいなくなり、スネイル団も来なくなるとなれば戦えない領民は故郷を捨てざる得ないだろう。
皮肉にも王妃が助けようとしたクロリーク辺境伯領は王妃の手によって終わりを迎えることになる。
切り刻まれたドレスの返却はアルモニカが望まぬ限り必要ないとされたが、ドレスを二度と着ることは許されず、けれども弁償はするようにと、証人となった帝国側から強く申し渡された。
勿論アルモニカへの謝罪は必須であり、ドレスの勝手な売買も許されず、ドレスの代金は王妃の個人資産で全額ミクロフォーヌ家へ支払う流れとなった。
目録を見る限り王妃はジルドレド伯爵の商会から買い付けた大量の偽物を隠れ蓑に自分の個人資産を出さずに隠していた。
王妃が出したという他の慰謝料なども懇ろになっている会計士に頼み込んで金額を誤魔化している可能性が高い。そのことも報告してやれば丞相が真っ青になっていた。
国庫と王妃の資産をすべて確認後に辺境伯領を買い戻すか否か再度連絡してくれと締め、話し合いの場はお開きとなった。
辺境伯領を取り戻せなくて国王は苦々しく思っただろうが、王妃の隠し財産がかなりあるのでは?とわかったようで少し余裕ができていた。
なのでクロリーク家はどうする?と聞くと帝国で好きに処罰してくれて構わないと返された。
どうやら十八年前の王妃の不貞やらやらかしにやっと気付き腹を立てていて、身柄がオパルール王国内にいることを忘れているらしい。
それを聞いた王妃は悲鳴をあげ『せめてお義兄様だけでも』と国王に助命を訴えたが、国王は冷めた目で王妃を見ただけだった。
『儂を裏切り続け、助けたかったのもクロリーク辺境伯領ではなく辺境伯だけだったのだろう?いやもう〝元〟か?血も繋がらぬ義兄だけを助けたいなどと随分と兄想いな義妹だな。
そうなるとレシフォーヌ・クロリーク辺境伯令嬢の罪とやらも見直さなくてはならぬようだ』
『そんな!お義姉様は本当にラスピーヌさんを毒殺し』
『貴様が〝ラスピーヌさん〟などと軽々しく口にするな!相手はクロリーク辺境伯家よりも長く忠誠を誓い続けているナタシオン侯爵家だぞ!!』
『ヒィっ!』
『それとは別に貴様は父上の遺言で決められたアルモニカ嬢との婚約もずっと異議と不満を漏らしていたな?
ディルクがあんな風にアルモニカ嬢に冷たく接するようになったのは母である貴様の責任だ。
デヴァイス帝国の皇后様から下賜されたという扇子を盗むよう指示したのも貴様だろう?いい機会だ。すべての責任を王妃、貴様が取るのだ』
『そんな!違います!!扇子はわたくしではありません!!』
どう考えても裏切りに怒っているのが九割の雑ななすり付けだったが、扇子の件は王子が犯人だと割れているが、誰かが責任をとらなくてはならないので国王は王妃に何もかも押し付けるつもりなのだろう。
その王妃も躍起になって、
『自分だってアルモニカさんを無碍に扱っていたではないですか!』
『不貞というなら自分だってラスピーヌさんを放って婚約者がいたわたくしの純潔を散らし孕ませたではありませんか!』
と訴え泥沼になった。
最後は見かねた丞相が王妃に猿轡をして部屋から追い出したが、まだ丞相らとも関係が残ってるようなことを王妃が喚いたせいでオパルール側に嫌なしこりが残った。
国王は王妃宮にあるものすべてを売り払って負債の差額に充てると宣言した。
だがクロリーク家に課せられた慰謝料だけはそのまま王妃の代わりに労働で返すこととし、王家は一切関与しないとした。
残額で再び辺境伯領を買い戻す算段を取るらしいが取り戻しても戻さなくてもオパルール王国は今後更に暗雲がたち込めるだろう。
帝国に弱みという弱みを見せつけ、間者がどれ程いるのかもわからないまま、帝国主導で話し合いが終わってしまったのだ。臣下からすれば不安しかない。
その上身内のゴタゴタで王妃を捕らえ、幽閉するとまで帝国の前で宣言してしまったのだ。
元々下がっていた権威が更に下がるのは明白だろう。
そして王妃も今後どこまで無事でいられるかは定かではない。
元々罪人の義姉がいても王妃が結婚できたのはクロリーク辺境伯家という国境を守護する実績がある家の令嬢だったからだ。
そして後継者である義兄や義父との関係も良好以上でそれが王国維持に欠かせなかった。
だが辺境伯領を奪われ、クロリーク辺境伯家が男爵や奴隷落ちし、国王の寵愛もなくなってナタシオン侯爵令嬢の毒殺が見直しとなれば追随した王妃周りもただでは済まないだろう。
丞相はそのことに気づいていたがナタシオン侯爵が不穏な動きを見せていたことに気を取られていてそれどころではなかった。
毒殺の件はヴァンもアルモニカも関わっていないので余談になるが、ナタシオン侯爵家は国王が王太子時代に筆頭貴族の座を丞相であるフィクスバール公爵家と争ったことがある。
現在は中央から退き領地に籠っているが今でもナタシオン侯爵を推す貴族は多い。
そこが敵に回れば元高級娼婦でしかない平民の母親を持つ連れ子に勝ち目などないだろう。
だからこそ王妃は身を守るためにいろんな男と関係を持ったのだが国王に見捨てられた今その地位は風前の灯火だった。
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