後宮じゃなくて迷宮でした (2)
本日は2話更新です(2/2)
誤字連絡ありがとうございます。
「そして実は我が国の騎士団長もかなり有名でして、あのスネイル団が恐れ認めた実力があるのですよ」
「まあ、お名前はなんて仰るの?」
「バチスト・ルシェルシュという者です。陛下に腕を買われ伯爵位を賜った恐ろしく腕がたつ者なのです!」
「へ、へぇ。そうなんですの……」
世界規模で有名なスネイル団はメンバーの名前もある程度は知られていますが『バチスト・ルシェルシュ』という名前にご令嬢達はピンと来なかったようで愛想笑いで流しました。
それはそうでしょう。ルシェルシュ様はあくまで弟子でスネイル団のメンバーとしては活躍されていません。ご本人もスネイル団以上の活躍はなかったはずです。
調べればすぐわかることを誇張しなくてもルシェルシュ様はお強いというのにいらぬ恥をかかせていることを殿方は気づかないのでしょうか。
「それに引き換え、ミクロフォーヌ侯爵令嬢ときたらありもしないものをあたかもあるかのように嘯き周りに何度迷惑をかけたことか。
侯爵家ということで少しばかり羽振りが良かったようですがここでは何も出来ない愚物そのもの。
なんの功績もなく無名な令嬢が我々の上に立ち命令するなどあってはならない話です」
「侯爵達はよくやってくれた。こやつは口だけは達者だからな。己で出来もしないことを平気でやれと言ってくる。リスクなどこれっぽっちも考えない愚か者だ」
瘴気を吸い込んで負の感情が肥大したのか二人は饒舌に語りアルモニカを責めた。まるでお酒に酔った酔っぱらいのよう。
それとは別に嫌な音が聞こえ辺りを見回しました。建物が軋む音にも聞こえましたがそれだけではなく寒気を感じ侍女も身構えました。
ご令嬢達は不思議そうに此方を見てきましたが目の前に浮遊虫が横切り悲鳴を上げました。
「い、いいい今恐ろしい虫が!」
「はははっ虫ごときでそんな悲鳴をあげるとは可愛らしい方々だ。では僕の近くにいるといい。未来の妻は僕が守ってあげよう」
「ただの虫ではありません!今飛んでいたのは浮遊虫で」
「まさか!私が結界を施したのですからそんなモンスターが出るはずがない!きっと見間違いでしょう!」
そう言って侯爵は一蹴しましたがメリッサ様は頷いたものの、自分の従者達に目配せしていました。
ズーラ帝国のマルティーナ様は恐ろしいのか王子にしがみついていました。
瘴気は人の目ではなかなか見えず無味無臭なので気づいた時にはもう手遅れ、ということがよくあります。
王都のど真ん中にモンスターが現れるはずがない、という思い込みで余計に見え難くしているのでしょう。
浮遊虫は瘴気完成の第一段階。それ自体は害はなくただ瘴気の中を飛ぶだけだけど、二段階に入ると浮遊虫を食らうモンスターがやってきます。
中途半端な結界作用のせいで瘴気溜まりができているのでしょう。
他にも窓の大きさ、装飾の配置模様、色合いも変えられているので弾く対象物を逆に呼び寄せるような作用を起こしていました。
長居すればするほど危険だと判断したわたくしはすぐにでも後宮を出た方がいいと進言しました。
「瘴気が?バカなことを!そうやって僕の気を引こうとしても無駄だ!!
後宮はクエッセル侯爵が設計し、僕の妻達が幸せに過ごせるように見合った空間にしたのだ!!この完璧な我が城の何処に欠点があるというのだ!」
「やっかみも大概にしていただきたいものですな!!折角あなたも入れるかもしれない後宮を案内してやっているというのに感謝どころか粗探しとは!だから無能だと言われるのだぞ!」
しかし案の定王子と侯爵は溜め息混じりにわたくしを詰り、
「殿下、これはもう諦めた方がよろしいでしょう。私もずっと庇ってきましたがこれ以上は看過できませぬ」
「クエッセル侯爵の温情もわからない愚か者め!貴様は後宮に入る資格を失った!!即刻この場から去るがいい!!」
ニヤついた顔で出口方面を指差した。帰るのは構わないのですが現状をわかっているのかしら、と王子が指した方を見れば誰かが此方に走って来ました。
現れたのはオパルールの騎士で後宮『内』にモンスターが出現した、とのことでした。それと同時に軋む建物にご令嬢達はまた悲鳴をあげました。
今度は勘違いではなく浮遊虫も見えたようで王子が情けない悲鳴を上げて侯爵にしがみつきました。
「侯爵!これはどういうことだ?!結界を施したのになぜモンスターが現れる?!しかもここは王都のど真ん中だぞ?!なぜいきなり現れた?!」
「わ、私にもさっぱり……!そうか!ミクロフォーヌ侯爵令嬢!貴様だな!!貴様がモンスターを呼んだんだな?!」
「何を仰いますやら。わたくしの手首にはこの通り魔法制御装置がつけられていますのよ?どうやって呼び寄せると言うのです?
それにここに来たのは工事に着工した頃だけでその以外はここに来ていません。魔方陣を書くにしても遅刻をしたのでそんな時間はありませんでしたわ」
「ぐぬぅ…」
「侯爵!そんなことよりも僕を守れ!この気持ち悪いモンスターをどうにかしろ!!」
気づくとすぐ近くに浮遊虫がフワフワ飛んでいるので気が気でないのでしょう。
害のないものに対してそこまで怯えるとは思わずいつもの横柄な態度は何処に行ったのかしらと溜め息をつきました。
本来指示を出すべき王子が狼狽して動かずまごまごしているうちに、あっという間に低級モンスターに囲まれてしまいました。
浮遊虫と違って害があるモンスターです。単体はとても弱いですが数が多く、囲まれると苦戦します。
魔法が使えれば楽なので侯爵や魔法ができる部下達が応戦しましたが、助けろと言った王子が「火はやめろ!!僕の後宮を燃やす気か!!」と文句を言ったため苦戦を強いられました。
「何をしているんだ!お前は魔術師団長だろう?!なぜモンスターを撃破できない?!」
魔法を使うなと言ったのはご自分なのに王子はクエッセル侯爵を責めました。
彼の顔は真っ赤になっていましたが相手が相手なので黙って聞いていました。
「おい!剣を大きく振るうな!!壁が傷ついたらどうするんだ?!そこの絵画は五千ピエスもしたんだぞ!!」
「ええっ?!ですが剣を振るわなければ我々は何を、うわぁ!」
「小さく!小さく振るうんだ!!お前達ならそれくらいでも十分戦えるだろう?!クエッセル!何をしている?!早くモンスター共を追い払え!!」
いくら簡単に蹴散らせる低級モンスターでも床や壁を傷つけずに小柄で大量の敵を捌くのは容易ではありません。
マルティーナ様はモンスターを呼び寄せるかの如くキャーキャーと金切り声を上げてますし、王子は王子でろくでもない指示をするだけでメリッサ様の後ろに隠れてしまっています。
そのメリッサ様も悲鳴を上げず立っているのが精一杯で逃げることはおろか動くことも出来なそうでした。
それを察して護衛達は壁になり戦っていますが数が多すぎて捌くのに精一杯と言った感じでしょうか。
王都に住む者達は騎士までろくにモンスターを見たことがなく対処に手をこまねいているようでした。
「へっぽこ過ぎますね」
「仕方ないわよ。屋内実戦で狭い廊下なんて誰も想定してないわ」
「屋内に入るのに大剣ですし、何で短剣を持ち歩かないのでしょうか……かっこつけたがりなんですか?」
「せめて魔法が使えればすぐにかたがつくのに」
「ですよねぇ。お嬢様が魔法を使えたらモンスターなど一網打尽でしょうに」
わたくしは侍女と彼らの死角でヒソヒソ話していました。
なぜこうも不格好な防戦を強いられているのかと言えば王子の発言もそうなのですが、侯爵の結界にも原因がありました。
彼はドーム状の防御結界が出来なかったのです。
通常は盾くらいの大きさで十分ですが彼は魔術師団長。前も後ろも守れて当然。
全員を脱出させるためにはドーム状の結界を張り逃げる指示をすればいいのに自分と王子を守るだけで精一杯のようでした。
魔術師になったというからには物理攻撃が苦手な方も多くいます。怪我をしても治せる方はいないのです。怖じけずくのは当然でしょう。
「嫌よ!こんなところで死にたくないわ!!早くやっつけなさいよ!!」
「そうだぞ!!こんなモンスターすぐ倒せるはずだろうが!!何を手こずっている!!」
「でしたら魔法を!魔法を使わせてください!!火の魔法なら一瞬にして一掃しましょう!!」
「ダメに決まってるだろうが!僕の城を傷つけたら承知しないぞ!」
「今はそんなことを言ってる場合ではないでしょう?!クエッセルとやら!早く魔法でモンスターを蹴散らしなさい!!」
「おい!!勝手に指示するな!ここで一番偉いのはこの僕だぞ!!」
「その間にみんなが死んでしまったら意味ないじゃない!!時と場所を考えなさいよこのバカ!!」
「なんだと?!」
マルティーナ様の叫びにメリッサ様が指示を出すと王子は慌てて止めましたが侯爵は火の魔法を放ち低級モンスターが灰になりました。
「うわああ!!五千ピエスで描かせたお気に入りの絵がああ!!」
侯爵なりに気を遣ったのでしょう。壁への損傷は少なく済みましたが絵画は焼け溶けて何の絵だかわからなくなりました。
そういえば絵に描かれていた男性の横顔は王子に似ていて、女性はツインテールだっような……いえ、忘れましょう。
読んでいただきありがとうございます。
五千ピエス=500万とかそんな金額です。




