ディルクとかいう王子様 (後)
閑話の続きです。
お花畑と茶番続いてます。
そうなったら益々地味なアルモニカなんて無用じゃないか?何であんなのと婚約していなくてはならないんだろうか。
「父上。やはりアルモニカとの婚約は破棄させて」
「でしたら、今建設しているあそこはどうですか?」
「あそこ?」
お払い箱は排除すべきだと言おうとしたらまたしても遮られた。イライラとクエッセル侯爵を睨み付ければ彼は地図を取り出した。この王都の地図だ。
「実はアルモニカ嬢が娯楽施設を建てたいと言うので私が指揮しているのですが、王宮に程近いですしここが最適かと存じます」
「そうだな。ここなら行き来も簡単だし広さも十分だろう簡単だろう。よくこの土地を開発しようと思いましたな。ここは砂地で倒壊しやすい場所柄でしたのに」
「それがアルモニカ嬢が土壌を強くする魔道具を……いえ、私が開発した地盤を固める魔術を使いましたところ、アルモニカ嬢がズカズカやって来て居丈高にここを開発するからよきに計らえと命令されました」
「ということは元々クエッセル侯爵が目を付けていた土地だったのですか?」
「ええ、ええ。私が魔術実験で土地をならしていたところで、アルモニカ嬢が突然やって来たんです。
ですが指示をするだけしてそれ以降まったく来ていないのでもう忘れているでしょう」
なので後宮に変わっても何も問題がありませんよ、と微笑むクエッセル侯爵に僕は憤った。
魔術師団長はこの国では貴重な火の魔術師でとても強い御仁なのにそれを奴隷のように扱うとはなんて女だ!
しかも他国の令嬢ごときがクエッセル侯爵に命令するなど言語道断!僕も後宮作りを支持した。
女の趣味など刺繍や読書など邸の中で事足りるものだ。それにアルモニカが住んでいる邸は侯爵令嬢には過ぎた敷地と邸の大きさを誇る。呪われている幽霊屋敷だが。
それでもあの邸の他に邸を増やすなど傲慢にも程がある。誰もがそう考えたようでアルモニカの娯楽施設とやらはあっさり消えた。
ディルクは忘れてしまっていたが以前アルモニカから魔法学校の話を聞いていた。
顔を見て上の空で返事をしていなければどれだけ真剣に取り組んでいるか伝わったはずだが、ディルクはそれよりもダサいドレスを着ているアルモニカの横に立ちたくなかった。
こんなみすぼらしい女と楽しげに話してるなんて恥ずかしくて早く話が終わらないかとそればかり気にして話を聞かなかった。
そして国王達は全員そこに魔法学校が立つ予定だと知っていた。しかし途中で貴族と平民を同じ空間で勉強させると知り手の平を返した。
貴族の大半は平民と机など並べたくないし、貴族の自分よりも平民の方が能力があるなどあってはならないと考えている。
その反感を招かないために計画を潰そうと思ったのと口には出していないが国王達も下手な知恵を付けて自分達に逆らう平民を増やしたくないと考えていた。
「魔術師団長のクエッセル侯爵がそう言うのだからきっととんでもない強固な後宮が出来上がるのだろうな!」
「勿論ですとも!はははっ」
こうしてアルモニカの許可も得ずに後宮作りが始まった。
途中までは出来ていたのでそこからオパルールの後宮に相応しい姿に変えさせた。
時代遅れの感覚しかないアルモニカは薄気味悪い設計をしていてあまりの素人さにクエッセル侯爵も溜め息を零していたらしい。
命令だから仕方なく仕事をしていたクエッセル侯爵の訴えを僕はさくっと通し彼が考えた対魔法防御が備えられた頑丈な建築と豪奢で素晴らしい後宮を設計し直した。
費用はアルモニカの資産から出させているらしい。後宮作りを伏せているかららしいがクエッセル侯爵がこっそり教えてくれたのだ。
『娯楽施設というのは殿下との愛の巣を兼ねてのものだったようですよ。王族は誰かしらの目があるから隠れ家でも作りたかったのでしょう。
後宮も似たようなものですしきっとアルモニカ嬢も許してくれますよ』
そう言って金をふんだんに使った像や壁細工を内装に備え僕好みの素晴らしい後宮になっていった。
みすぼらしいアルモニカとの愛の巣はごめんだが、まあパルティーと誰かの後くらいならアルモニカに僕の子供を産む権利を与えてやってもいいかなと思った。
女は子供がいないと自暴自棄になると言うしな。故郷で石女と罵られないための防衛策だ。僕は優しいから一人くらいは産ませてなろう。
後宮作りも軌道に乗ったので学園に向かうとパルティーが目を真っ赤にして僕に泣きついてきた。
どうやらパルティーは今学園でイジメに遭っているらしい。道理で見かけなかったはずだ。
いや、忘れていた訳じゃないぞ。僕も色々と忙しかったんだ。
それに加え補習で会える時間が減っていたのだが、それが災いしたらしい。
よくぶつかられて転ばされたり、階段から突き落とされたこともあったそうだ。幸い捻挫だけですんだらしいがエドガードがいなければもっと酷い怪我をしたかもしれないと聞き僕はパルティーを目一杯抱き締めた。
「守れずにすまない。怖かっただろう?もう大丈夫だ。これからは僕が守る」
「うん。頼れる人はディルクしかいないのぉ~ふえぇん!」
「泣くな僕のパルティー。僕がいる。僕のために笑顔を見せてくれないか?」
顔を上げたパルティーは涙しながら微笑み僕はとてもキスしたい衝動に駆られた。いけない。今キスをしたらきっと押し倒してしまう。
僕は自分を叱咤して側近達と緊急会議を開いた。
「パルティー。辛いかもしれないが何があったのかすべて教えてほしい。場合によっては犯人をすぐにでも捕まえて牢屋にぶちこむこともできる」
「えっと、えっとね……ふえぇん」
「あーよしよし。怖かったんだな」
泣き出すパルティーに僕達は殺気立った。恋敵とはいえ守りたい人は同じ。僕達は共通の敵を叩くべく協力し合うことにした。
「まずは情報だな。パルティーは僕達とクラスが違うからよく知らないんだけどイジメの相手は同じクラスの令嬢達かい?」
「わからないわ……でも違うと思う。だってクラスの人達に嫌われることなんてしてないもの」
「そうだよな。パルティーは人に好かれやすい善人だから嫌われるはずがない」
「そうすると嫉妬かな。パルティーは僕達高位貴族と仲良くしてるから。自分よりも低い男爵令嬢が僕達と仲良くしてるのを見て嫉妬したのかもしれない」
「…リュシエル、お前天才だな!さすがはセボンヤード公爵家の跡取りだけはある!」
「待ってくれ。天才は私の専売特許だ。そう易々とは譲れないな」
「天才はランドル先輩だと思ってますよ。僕は努力して得られる秀才の称号を貰います」
「言ったな後輩!」
「フフフッ二人共成績上位だものね!凄いわ!!」
パルティーに褒められた二人は頬を染めると得意気に胸を張っていた。くそっ僕は中の上の成績だからな。自慢してもエドガードにくらいしか勝てない。
「話を戻すぞ。嫉妬と言うならお前達の取り巻き令嬢じゃないか?随分モテているそうじゃないか」
「そ、それを言うならディルク殿下だってモテるじゃないですか!後宮を作るってことはそういうことでしょう?」
あー待て待て!それはパルティーにはまだ内緒なんだから!トップシークレットだ!
こそこそ話しているとランドルに何人呼び込むつもりだと聞かれたので隠してもしょうがないかと思い正直に答えた。
「何?!五十人だと?!」
「え?何が五十人なの?」
「「やーなんでもない。なんでもない」」
これはまだパルティーに聞かれるわけにはいかないんだ!せめて婚約してからじゃないと。
「五十人なんて体持つんですか?!」
「さすがにいっぺんには入れないだろう?」
「ああ。まずは諸外国の令嬢を入れてから国内の令嬢を選別してから増やしていく予定だ。だが第一夫人にして国母はパルティーと決まってるからな!!」
手を出したらどうなるかわかってるだろうな?!と脅すとランドルとリュシエルはものわかりのいい笑顔で頷いていた。
どちらもハーレムとかふざけんな。絶対奪う、と決意してることなどディルクは知らなかった。
「そういえば他にもパルティーの教科書筆記類を隠されたり捨てられたり、お茶会に呼んだのに席をわざと用意しなかったりされたと言ってなかったか?」
「歩いていたら泥水をかけられそうになったとか、パーティーでもドレスに難癖つけられたり、着替えさせるために濃い色の飲み物をかけようとしたりもしたんだよね?」
何でそんな情報を持っているんだと驚けば、二人は得意気な顔をするのでイラついた。しかも思ったよりも被害が酷いじゃないか。
パーティーのドレスは僕が贈ったものがほとんどだからそれを故意に汚すということは不敬罪にあたる。絶対に犯人を見つけ出して制裁を与えなくてはならないな!
「う、うん。でも、アタシはディルクの婚約者じゃないから悪口言われてもしょうがないわ。ランドル達共仲良くしてるのは本当だし」
しゅん、と下を向くパルティーに僕達は胸を締め付けられた。ああ、そんな悲しい顔を見せないでくれ。僕はパルティーの笑顔が好きなんだ。
「パルティー…」
「でもね!だからってディルク達から距離を置くのは違うと思うの!だってアタシ、ディルク達が大好きだもん!」
「「パルティー!!」」
僕らもだ!!とみんなで抱き締めるとパルティーが頬を染めた可愛らしい顔で「えへへ。アタシ幸せ者だね!」と笑った。そうだ。その顔が見たかったんだ。
僕達は心をひとつにしてパルティーを苛めた犯人探しを始めた。だが思ったよりも難航した。
恐らく令嬢同士で庇いあっているんだろう。僕達が動いているとわかって恐れをなしたのかもしれない。
それならそれでパルティーに被害がなくなればよし、と思っていた。
「何?!パルティーがまた怪我をしただと?!」
復学してから一向に終わらない補習期間に教師も一緒になってパルティーに嫌がらせをしているんじゃないかと思った矢先だった。
いつまで経っても待ち合わせ場所に来ないパルティーをエドガードが迎えに行ったら補習教室でパルティーが気絶していたのだ。
誰かに襲われ気絶させられたと聞いて僕の心臓が止まりそうになった。
慌てて医務室に行くと目が覚めたパルティーがポロポロと涙を零し僕に泣きついた。
「えっとね、多分だけどアニーさんが関わってると思うの。だってアタシが行くところ行くところでこんなことになってるんだもん。
アタシのことをわかってるのは親友のアニーさんだけだもん」
「愛情が憎しみに変わったのか……なんて奴だ!」
パルティーの優しさがわからない愚か者め!僕が好きだからって僕の愛している人を傷つけるとは何事だ!絶対許さないぞ!!
とアルモニカを呼び出したがいくら待ってもやってこない。別の日にも呼び出しても来ない。
試しにクラスの者に聞いたが『来ていない』としか答えない。あの女、クラスを買収したのか?!汚い奴め!!
怒った僕は直接学園長に直談判しに行った。これ以上アルモニカを野放しにはできない。早く退学させ牢屋にぶちこまなくては!
「は?休学???」
しかし学園長から返ってきた言葉は耳を疑う言葉だった。ここ二ヶ月……主にパルティーがイジメ被害を受けるようになる前からアルモニカは休学していた。
停学になるような犯罪を犯したのかと期待したが違うらしい。心的負担で倒れたのでその療養のため休んでいるという。
そんなに休学していたら留年、もしくは自主退学になるんじゃないかと思ったがほとんどの教科は最終試験をパスしていて残りもテストを受けるだけで他の提出物はすべてオールAを取っているらしい。そんなバカな。
婚約者なのに何も知らないのか?お見舞いにも行っていないのか??と訝る学園長の視線にディルクは気づかない。
「それよりも……殿下にお話していいのかわかりませんがコラール令嬢は日頃から提出物の期限を守らず、またその内容も稚拙で出席日数も足りないとなると卒業どころか留年するかもしれません」
「な、なに?!」
パルティーが?!そんなバカな!
「パルティーはあれだ。提出物は誰かに盗まれたり捨てられたりしたから間に合わなかっただけで……」
「私もそう聞いて再提出の期間を提示しましたがそれにも間に合いませんでした」
「そ、それはまた盗まれたんじゃ」
「二回も、ですか?長めに期間を設けても提出しなかったのですよ?一度書いたものなら二度目は勝手がわかる分早く書き上がるはず」
「パルティーはきっとメモを作らないんだ」
「担当教師が気になって問いただしたところ殿下に会う時間がなくなるからやりたくないそうです」
「なっ?!」
「言い訳にしても稚拙なので再度提出するように言いましたが言うことを聞かなかったので補習で補うことにしました」
まさか、まさかそんな。
「ディルク殿下。恐らく近いうちにコラール令嬢は補習が嫌になってあなたのもとに逃げてくるでしょう。
しかし彼女のことを思うならたとえ『誰かのせいにして気絶したフリをしても』決して信じませんように。これはコラール令嬢のためでもあるのです」
このままでは留年、男爵令嬢だから学費が払えず最悪自主退学になるかもしれませんよ。と学園長に脅され退出した。
嘘だ。パルティーがそんなギリギリの成績だったなんて。あの可愛くて知性があって愛嬌があってとても柔らかく甘い匂いのするパルティーが卒業できないかもしれないなんて!
学園卒業できないとなるとオパルールの社交界では確実に笑い者にされ羞恥で打ちのめされること間違いなしだろう。
それを未来の王妃の予定のパルティーがそうなるかもしれない?アルモニカじゃなくて?アルモニカじゃないのか?何で?何でパルティーが??そればかりが頭の中を回った。
だって今の今まで疑ったことなどなかったのだ。あんな完璧なパルティーが成績不順だなんてありえない!
何かの間違いだと思いたいのに学園長の言葉を覆すだけの言葉が出てこない。
しかもてっきり嫉妬したアルモニカがしでかしたんだと思っていたパルティーのイジメも別人かもしれないと知って混乱した。
これを言ったらパルティーもショックを受けるだろう。男女区別なく愛し愛されてるパルティーだ。それでも許すと思うが傷つくだろう。
ああ!パルティーを傷つけずに伝えるにはどうしたらいいんだ!ディルクは人生最大の難問を抱えたような悲劇のヒーロー気取りで頭を抱えた。
読んでいただきありがとうございます。お疲れ様でした。