ディルクとかいう王子様 (前)
閑話です。
胸焼けするくらいムカつくと思うので飛ばしてもいいです。
僕が成人して正式な王太子になるその準備のためだが両親から回されてきた政務に頭が沸騰しそうなくらい根を詰めてもなかなか終わらなかった。
傍らにパルティーがいれば、
『ディルク凄い!こんな難しいお仕事してるんだ!未来の王様はさすが違うわね!疲れてるみたいだからアタシがぎゅってして癒してあげるね!』
と甘い匂いのする胸の中に閉じ込めてくれるだろうが、生憎パルティーは王宮に出入りできない。
婚約者でもなく、役職のある貴族でもないから入れられないのだそうだ。パルティーは未来の王子妃だというのに。
それを訴えると父上は決まってこう仰る。
『アルモニカ嬢との結婚はオパルールとエクティドの国による政略だ。それをお前が違えてはならない』
そうは言ってもその婚約は先代である祖父様が勝手に取り付けたもので僕には関係ない。
遺言は『丈夫で魔力が強い者をオパルールに迎えよ』。それがアルモニカだった。
そのアルモニカも故郷ではそれなりに有名だったようだが、僕はアルモニカが魔法を使うところを見たことがなかった。
実はたいしたことないんじゃないかと疑って何度か魔法を披露しろと頼んだり命令したりしたが一度もやって見せなかった。益々怪しい。
わざと怒らせても魔法を使わないのだから本当にたいしたことがないのだろう。エクティドでは大きな態度でいられたが所詮井の中の蛙。
オパルールの高度な魔法技術と僕よりも低い魔力に恥ずかしくなって隠しているんだ。
あいつは僕を好きで好きで王子妃になりたい女だからな。嘘をついてでも僕と結婚したいのだろう。浅はかな女だ。
祖父様の遺言だから叶えてやってもいいとは思っているが、せめてあの地味でみすぼらしい格好をどうにかしてほしい。あれでは並んだ時に使用人と間違われる。
それに魔力のないアルモニカは学力もコミュニケーション能力も低く僕の妻にするには力不足だ。
一応王妃教育もしているようだがそれだっていつ終わるかわからない。エクティドはとんでもない無能をオパルールの王子である僕に押し付けたのだ。
正直よく戦争にならなかったなと思う。父上はお優しいから外交が不得意なのだろう。僕が継いだ後は外交も強気で進めなくてはな、と誓った。
僕の妻に相応しいのは美貌と知性、淑女としての気高さ、子を産める丈夫さを兼ね備えたパルティーだけだ。魔力だって平均以上ある。
パルティーが王妃になればオパルールはもっと繁栄するだろう。彼女は魅力的だからな。子沢山な家族になるはずだ。
だが魅力的過ぎて有象無象がパルティーに常に取り憑いてる。王妃の資質故かパルティーの愛くるしく可愛らしい笑顔を見ると老若男女すべてがパルティーの虜になってしまう。
あの傲慢なアルモニカのことだってパルティーは愛称呼びをしてしまう程の慈悲深い女性だ。
しかしそのせいで僕の側近達がパルティーに恋慕を抱いてしまっていた。
牽制で『パルティーは僕の妻になるのだから不貞を犯すなよ』とは言ってあるが奴らは色々頭が回るから気を付けないといけない。
特にランドルは隠れてパルティーを何度もデートに誘ってるようだ。リュシエルも姉をダシにしてよく話をしているから油断がならない。
エドガードは……こいつは頭が悪いので問題ないだろうが一番感情的になりやすい。護衛と言って陰に連れ込んでいきなりパルティーを襲いそうなのがこいつだ。
どれもこれも疑わしくてイライラする。いっそみんな殺してしまった方が楽じゃないか?僕を支えず僕の妻に手を出す不埒な者等側近失格だろう。
だがまあ、決定的なことがなければ処刑はできない。当分は執行猶予として監視しなくてはな、と意気込んだ。
手伝いの政務に頭をフル回転させながら、アルモニカと正式に婚約破棄するにはどうしたらいいか、パルティーに過剰な想いを抱く側近共を遠ざけるなり暗殺するにはどうしたらいいかと悩ませていた頃、父上に呼ばれ執務室へと向かった。
そこには父上と母上、丞相、そして魔術師団長のクエッセル侯爵がソファに座っていた。
珍しい組み合わせだな。と思いつつ席に着くと父上がいつもの下らない問答をしてきた。僕はこれが一番面倒で嫌いだ。建設的じゃない。
「最近アルモニカ嬢とはどうなっている?」
「どうもこうも相変わらずですよ。僕が愛情を示してもいつも反抗的であんな使用人みたいな姿で学園を闊歩しています。僕が贈ってやったドレスもどこにやったのか」
「ドレスを贈られたのですか?」
「ああ。ワインレッドの透けたデザインのドレスだ。市井ではスリットが入っているのが流行と聞いてあれを着ればアルモニカにも洒落っ気が出るかと思い贈ってやったんですよ」
「スリット……ですか。いつものフリルがたっぷりついた金糸とパステルカラーの華やかなものではなくて?」
「そ、それは、パルテ……いや、ゴホン!それも贈ったかな?うん。きっと贈ったが全然着ていないな!」
丞相につっこまれ危うくパルティーの名前を出しそうになった。
定期的にアルモニカと婚約破棄をしてパルティーと婚約したいと訴えてるのだが、国同士の政略結婚になかなか両親が首を縦に振らないのだ。
それにパルティーが男爵令嬢と聞いて母上が金切り声を上げて怒ったのでアルモニカと婚約破棄するまではパルティーの名前をなるべく出さないようにしている。
しかしそんな息子を見透かすのが母親だ。そうでなくともバレバレだったが、王妃は目を吊り上げて息子ディルクを睨んだ。
「ドレス?あの品のない肌が丸見えのものですか?ネグリジェではなくて?」
「え、なぜ母上が知っているのですか?」
口を挟んできた母上に驚くと、母上は溜め息を吐き首を横に振った。
ディルクは知らないが婚約者に使う経費の動きは王妃が管理しているのだ。
そのため王家が懇意にしているいつもの仕立て屋ではなく、廃れた仕立て屋に娼婦が着そうな既存のドレスを注文して届けようとしたので王妃の手の者が密かに回収していた。
「あれは貴族のご令嬢が外に着ていくものではありませんよ。彼女はオパルールよりももっと前の流行しか知らないのですから、あんな斬新なドレスを贈ったら卒倒してしまいます」
中を確認すればサイズの合っていないド派手なドレスが入っていて、体のラインがわかるほど薄生地だった。
その上至るところに穴が空いていてまるで引き裂かれたドレスにしか見えない。普通の感覚なら男爵家の令嬢だって着ないような特殊なドレスだ。
こんなものを着てパーティーに出た日には痴女だと奇異の目で見られ、王家もアルモニカも恥をかくのは目に見えている。
さすがの王妃も王家の名誉のために内々に処分したのだ。
王子ならそれくらいわかりそうなものなのに、それほどまでにあのアルモニカが嫌いなのね、と嘆息を吐いた。
「だからと言ってあんな地味で貴族に見えない格好をする女を王子妃に迎えろと言うのですか?!あんな女、僕に相応しくありません!」
ここに本人がいないとはいえ、婚約者に対してとんでもない無礼な発言だったが、この場に居る者はそれぞれ思惑があり同意も叱責もしなかった。
国王はエクティドからの援助を受け続けるため、
王妃は縁戚の貴族を王子妃に迎え実家の権力を強めたいため、
丞相は操れない他国の令嬢よりも幅がきかせられる自国の令嬢を優先したいため、
魔術師団長の侯爵はアルモニカを無能にし自分の名声を守るため。
己の利益のためにアルモニカを顧みる者がいなかった。
ディルクはディルクで破廉恥なドレスを贈ってアルモニカの反応を見て笑ってやろうとか、もしかしたら好意を寄せてると勘違いして愚かにも僕のベッドに潜り込んでくるかもとか、アルモニカは体つきはいいから抱けば少しは愛情に目覚めるかもしれなかったのになど自分勝手な妄想を抱いていた。
「ディルク。それは何度も言っただろう?アルモニカ嬢との婚約は国と国とが結んだものだ。それに先代の王が望んだものでもある」
「だからアルモニカは魔力などない能無しだと言ってるではありませんか!お祖父様の『丈夫で魔力の強い者を他国から迎え入れよ』という遺言に反します!」
だから婚約破棄をさせてください!と訴えたがなぜか誰も同意してくれない。何でだ?!
「お言葉を返すようですがアルモニカ嬢は魔力を持っていますよ。なので婚約破棄は諦めてください」
「だったらなぜ僕のために魔法を披露しない?!魔力がないからできないのだろう?!」
「それは……」
「そんなことはどうでもいいわ。それよりも話すことがあるでしょう?」
何か言おうとした丞相を母上が無理矢理割って入り言葉を被せた。
まるで僕に話してはいけないような素振りにムッとしたが父上が難しい顔で話し出したので追及できなかった。
「最近、デヴァイス帝国の動きが怪しい。我が国での偵察の数が増えているようだ」
「そうなのですか?!」
父上の言葉に目を瞪った。デヴァイス帝国と言えば残虐非道の限りを尽くし、このオパルールにも侵攻しようとしていた蛮族だ。
以前侵攻された際は強靭なオパルールの精鋭達が武力で叩きのめしたらしいが懲りずにオパルールを狙っているのだという。
くそ!蛮族め!とソファを殴れば父上が更に続けた。
「うむ。帝国の者達を追い払うのは簡単だが少なくても被害は免れない。オパルールは先進的な国だからな。話し合いで済むなら武器を振りかざす必要はないと考えている」
「ですが相手は蛮族ですよ?」
「蛮族とはいえ種族は人だ。魔族や更に野蛮な獣人よりは会話が可能だろう」
「人族以外は言語系統が違うので意志疎通が難しいと聞いております」
「帝国も一筋縄ではいかないがワシに策があるのだ。ディルクよ。アルモニカ嬢との結婚が嫌と言うなら他に妻を五十人娶らないか?」
「五十人?!僕の妻が?!」
マジでか!と興奮のあまり声を荒げると父上が是と頷いた。
デヴァイス帝国を牽制するために僕の妻……もとい人質を娶るのが父上の秘策だそうだ。
「さすがにすぐは揃えられないが最終的に五十人選ぶ予定だ」
「帝国の出方次第ですがとりあえず五十人もいれば安心でしょう」
「で、でしたら、その中にパルティーを、パルティー・コラールを迎えてもよろしいですか?!」
僕はすかさずパルティーの名を挙げた。
「ああ、お前が囲っている件の令嬢か。……王妃よ。そう目を吊り上げるな。若気の至りだ。それに国母に相応しい者は他に用意しようではないか」
「陛下が言うのでしたら。言っておきますがその男爵令嬢は愛妾としてですよ。正式には認めません」
「…はい、わかりました」
認められなくてもパルティーと対面すれば母上もきっと愛娘のように可愛がってくださるだろう。
そうでなくても僕が愛するのはパルティーだけで国母にするのもパルティーが最初だと決めている。
ここはひとまず母上のいう通りにしておこう、と頷いた。
「丞相。くれぐれも内密にことを進めるのだぞ」
「勿論です。帝国にもアルモニカ嬢やエクティド王国にもバレないように進めます。それともうひとつお伺いしたいことが。後宮はどこに作りましょうか」
真剣な表情で頷き合う父上と丞相にとても真面目な話だとわかっていたがいきなり舞い込んできたハーレム話に僕は浮き足だった。
勿論一番はこれで堂々とパルティーを迎えることができることだが、僕好みの女性が何人も妻になると思ったら胸が踊った。
本命はパルティーだが僕だって健康な男児だ。一夜くらいならいろんな女性と寝てみたい。公的に許されるとあって僕の頬がだらしなく緩み慌てて手で隠した。
読んでいただきありがとうございます。