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学ぶものがない国

 


 ヴァン特製スケジュールで過ごすようになると徐々に薬の量が減ってきました。それだけ薬に頼った生活をしていたのです。


 朝早くに起きて勉強を少しして朝日を浴びながら綺麗に整えられた庭を散歩し、流動食を増やして以前より食べるようにしました。

 休憩を頻繁に入れ、眠くなったら昼寝をするようにしたことで邸の何処にでもクッションが置かれるようになりました。

 休憩と寝る前には必ずヴァンが用意したお茶を飲み、匂いと味を満喫してから休む。そうすることで短時間でもすっきりするのです。


 そして夜は勉強のことをすべて忘れて寝ること。仕事は寝る二時間前まで。

 寝てもいいから湯船に浸かること。寝れない時は薬ではなく温かい飲み物を飲むこと。


 そうやって生活を改善していき、大分体が楽になってきました。



「そろそろ学園に復帰しようと考えているのだけど」

「まだお待ちください。あそこはアルモニカ様にとってストレスの権化。準備なくして送り出せません」


 特に会いたい友人もいないけれど残り少ない学園生活をしておきたいとヴァンに言ってみたのですが却下されました。


 確かにストレスしかない場所ですが勉強はそれなりに大事ですしテスト準備もしたいんです。

 卒業パーティー用のドレスは注文しましたけど倒れてから一切外に出ていないので少しだけ気持ちを持て余していました。


「むしろ卒業式まで学園に出なくてもいいくらいです」

「ええぇ~でも、」


「失礼ながらアルモニカ様の成績を確認いたしましたがいくつかエクティド王国で修了している科目がありますね?」


「え、ええ、そうね」

「それにエクティドに戻れば必要のない科目も受けていますね?」

「ええ。オパルールの歴史に関するものだから一応。でもそれはエクティドに戻っても邪魔にはならない知識だし」


「それでしたらもっとわかりやすく、要点を踏まえている本が出ていますのでそちらをお読みください。

『自分は生き字引』だと謳いながら授業の半分以上を関係のない話をする老害……いえ、老人講師の話にアルモニカ様の貴重な時間を割く必要はありません」


「……よく知ってるわね」


「それがひとつだけならまだしもふたつもあるのです。どちらも不要でしょう。

 生き証人の昔話が聞きたいのでしたらサロンなどでお聞きした方がアルモニカ様の実になる掘り出し物があるかもしれませんよ」


 言われてみればそれもそうね、と頷いた。授業だと不特定多数がいるからある程度話す内容や言葉を選ぶもの。

 関係ない話をする講師の場合サロンに呼んで話が深まるかはわからないけどヴァンが言いたいことは理解した。



「精査した結果、アルモニカ様に必要な授業は二科目のみです。しかしそのどちらも学ぶに相応しい本が出ています。

 なので受けるべき授業は実質『ない』ということになります」


「……どうやっても学園へは行かせないつもりなの?」


「アルモニカ様の体調次第ではクソみたいな……失礼、失言でした。あの地獄の園へ送り出す予定はあります。

 ですが家庭教師を雇えばいいだけですし、そもそもアルモニカ様はエクティドで必修とされた科目をすべて習得されております。

 無理をしてまでオパルール(出ていく国)のことを学ばなくてもよろしいかと」


「あなたもめっきりオパルール嫌いになってしまったわね」

「アルモニカ様同様、王家、貴族限定です」


 しれっと毒を吐けば後ろで控えていた侍女達に叱られていました。確かにわたくしもいい思い出がないから否定しないけど。


「外では気をつけなさい。下手をすれば首がとぶわ」

「御意」



 そうしてわたくしの学園欠席日数が増えていきました。

 ヴァンに言われて家庭教師を雇い遅れた分を取り戻しつつ、体力作りに時間を費やし、他の科目は邸でできるテストのみ受けて修了課程を取り、残りは学園で受けることになりました。


 公式に通達はまだありませんが、魔法教育に関する会議や申請書、建築の経過報告が一切届かなくなりました。


 これは王宮で確認を行っていたのもあったので仕方ないといえばそうなのですが、これだけ邸を出ずに休んでいるにもかかわらず連絡がひとつも来ないのもおかしな話でした。


 その裏では魔法学校は後宮として生まれ変わり工事も完了間近だそうです。

 魔法学校建設スピードよりかなり早い工程なので魔防壁や耐熱、耐震性が疎かになっているかもしれません。


 エクティドが出資した金額もすべてこの後宮作りなどに吸収されたとの報告でした。


 第二の母国として、未来の王妃として時には徹夜で悩み苦しみ、何度も考え直したりして苦労に苦労を重ねて着工した魔法教育でしたがこんな形で裏切られるとは考えもしませんでした。



 また王妃教育もずっと休んでいるのですがこちらは王子から婚約破棄をいわれる前くらいから内容が薄く伸ばされ進まなくなっていたのでそこまで問題はありませんでした。


 それにここから先は王家の最重要内容も含まれているはず。下手に学んで逃げられなくなるよりはよかったのかもしれません。


 そんな矢先、王妃様の封蝋付きの手紙が届きました。内容はお茶会への招待でした。

 それを見て一気に気分が悪くなり欠席したくなりましたが断ることはできず、仕方なく支度しました。




 ◇◇◇




「ねぇヴァン。わたくし行きたくないわ」

「素直な気持ちを吐き出すことはとても良いことですよ、アルモニカ様」


 馬車に揺られながらムスッとした顔でぼやけばヴァンはとても良い顔でもっと言いなさい、と促してきた。

 彼曰く、わたくしはこういう弱音やぼやきを我慢してしまう傾向にあったらしいのです。


『アルモニカ様は私共の主人として毅然とした態度を示してこられました。

 そしてミクロフォーヌ侯爵家、エクティド王国の代表としても重圧と戦いながらずっと頑張られてきました。弱音は弱味になり、オパルールの貴族につけ入られ足下を崩される危険もあったことでしょう。

 そうならないよう、強くなくてはと奮闘されていたことを私や使用人一同、よく理解しております。

 その上でアルモニカ様には我々の前だけでもお気持ちを吐露していただきたいのです』


 正直、我が儘を言う幼子のようで気恥ずかしいと感じていたのですが、一度口にして気が楽になることを知ってしまってからは我慢する方が難しくなってしまいました。



「王妃様から婚約白紙のお話がないかしら」

「それはどうでしょうね。こちらから振ってみることはできませんか?」

「〝彼の方が男爵令嬢に現を抜かしているので解消してください〟って?……お互い瑕疵がつかないように解消するって難しいわね」


「他国同士で王命の政略結婚ですからね。普通の婚約よりもややこしいと思いますよ」

「もう!あなたが聞いてみては?って言ったんでしょう?!」

「はい。その通りです」


 真面目に考えたのに!と怒ればヴァンはニコニコとしていて不機嫌な気分が吹っ飛んでいました。


 淑女らしからぬはしたない行動なのにヴァンは嬉しそうにするから一人で怒っているのがバカバカしくなってしまうのです。


 けれど、こちらから婚約解消なんて夢のまた夢よね。

 はぁ、と溜め息をつくとヴァンが咳払いをして口を手で隠した。


「外では、」

「溜め息禁止だったわね」


 あまりにも溜め息が癖になっていたので直しなさい、とヴァンに怒られたのだ。まるで乳母や母のよう。

 それを言ったら侍女達は笑ってヴァンはムスッとした顔でヘソを曲げられてしまいました。


 でも嫌になって辞めたり暴言を吐いたりしてこないのでうちの使用人達は器が大きい素晴らしい者達だな、と誇らしくなりました。


 こういうのを心強いと言うのかしらね。

 そう思ったら急に可笑しくなってフフッと漏らせば彼が目を丸くして此方を見たので何でもないと窓の外を見た。

 やっと仲間らしい仲間ができたって感じがするわ。



「それはそうと、今日のお召し物もよくお似合いですよ」


 馬車を降り王宮内を歩いていると斜め後ろからボソリと聞こえ危うく吹き出しそうになった。

 今は王妃様がいる場所へ案内されている途中なのです。『まるで花壇の花が綺麗ですね』みたいな雑談のように持ちかけられるとは思わずジト目で振り返りました。


 何で馬車の中か乗る前に言わなかったの?ちょっと顔が熱いじゃない。化粧が落ちたら困るのに。


「無言で歩いているのも味気ないと思いまして」


 緊張しているでしょうし、と言われて肩を竦めた。図星です。



「…お母様が昔着ていたものを直したものなの。古いものだけどこの生地凄いのよ。

 防火性があって伸縮性もあるの。モンスターの糸で織ったものだと聞いた時は驚いたけど」


「ああ、コブウェブ(女王蜘蛛)の糸ですね。かなり重宝されている糸ですがコブウェブが強くてあまり出回らないとか」


「昔、スネイル団のお一人がお母様に一目惚れをしたらしくて、これもプレゼントされた物のひとつらしいの。

 刺繍が素晴らしいからお母様も喜んだんですけどコブウェブと聞いて卒倒しちゃったんですって」


「……普通は、まあ、そうなりますよね」


 わたくしはコブウェブという魔物がどれだけ恐ろしいものか本物を見たことがないのでお母様ほど拒否反応はありませんでした。

 むしろ生地の美しさや刺繍の素晴らしさに一目惚れしてお母様におねだりしたくらいです。


「それからはこのドレスはずっとクローゼットの中に仕舞ってあったの。着たのは一度か二度くらいかしら?クローゼットから出した時はほとんど新品のように見えたわ」


「ほう、そうなのですか。だからでしょうか。私には何処を直したのかわかりません」


「針子達が頑張ってくれたお陰よ。直したのは首回りと袖ね。そこは時代が出やすいから。

 使っていたものがとても素晴らしいから手直しするのも色や材質を合わせるのに苦労したらしいわ」


「遠目から見ても高級な生地なのは一目瞭然ですからね。

 わからずともコブウェブの糸がどれだけ貴重で、織られた生地が恐ろしく高価なのかは精通している者なら周知している話……おや、どうかしましたか?」


 前を見ればチラチラと騎士が何か聞きたそうに振り返っていて、気づいていたのにヴァンが素知らぬ顔で聞きました。


「いえ、その、今スネイル団、と」

「ああ、スネイル団は今や有名な冒険者ですからね。お嬢様はお会いしたことは?」

「ないわ。お母様もお若い頃だったからまだ駆け出しの頃じゃないかしら」


「それでこのドレスを用意するなんて太っ腹ですね。いえそれだけお慕いしていたのでしょう」

「お父様の前でそんなことを言ったら決闘を申し込まれるわよ。お母様のことを拐いに来るんじゃないかと未だにピリピリしてるんだから」

「それはそれは……」


「あ、あの、その方のお名前はなんと仰るのでしょうか……?」


 半ば遮るように口を挟んできた騎士を咎めるでもなくアルモニカはヴァンを見てから口を開いた。


「サーチ・ベフェルデリング様よ」

「世界最強と謳われたサーチ・ベフェルデリング様ですか?!」


「ええそうよ。数年前ですがSクラスになられたでしょう?お母様がお手紙を出すとお父様がいじけるからお母様の代わりにわたくしがお祝いを贈らせていただいたの。

 そしたら邸の部屋に入りきらないほどの返礼品が届いてしまって、お父様が怒って全部領民に配ってしまったのよ」


「どちらも豪快ですね。……そういえばオパルールにもスネイル団のお弟子さんがいらっしゃいましたよね?」


「えっ!は、はい!騎士団長をしているルシェルシュ伯爵です」


「まあ、そうなんですの?でしたらオパルールも安心ですわね。ベフェルデリング様のお弟子さんですもの。とてもお強いんでしょうね」


「は、はい!とても強く、私共の憧れであります!」


 ハキハキと答える騎士の方は本当に騎士団長に憧れているのでしょう。好印象なのがこちらにも伝わってきました。


 騎士の方はベフェルデリング様のことも崇拝していて、部屋につくまで何処が素晴らしく、今何処に拠点を置いているかも教えてくれました。



「……思っていたよりも近いですね。スネイル団」

「そうね。お父様には接触は絶対に避けるようにと言われているけど」

「有事の際は、」


 連絡を取ってみるのもいいかもしれません。オパルールの近隣に拠点を置いていると聞き、ヴァンと目配せをして頷きました。








読んでいただきありがとうございます。

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