青空お茶会へようこそ(後)
今日は3話更新予定です(3/3)
「さて、と。トラッド様、準備はよろしくて?」
隣にやってきたトラッド様は緊張していましたが目はギラギラと怒りに燃えていました。
目の前には隙を見て逃げようとしていた男爵令嬢。わたくしの従者に捕まえられ暴れていましたがトラッド様を見ると涙を溜めて訴えました。
「丁度良かった!トラッド、助けて!コイツアタシのこと襲おうとしてるの!犯されるわ!キャー!!」
「煩いから黙ってくれないか」
甲高い悲鳴に驚き耳を塞ぎましたが、トラッド様は淡々と冷たい目で男爵令嬢を見つめました。
ついさっきまで知りながら隅に追いやっていたくせに都合のいい頭をしているわねこの男爵令嬢。
「な、何よ!平民の商会のくせに!アタシの美貌に一目惚れしたんだからちゃんとアタシを守りなさいよ!婚約者でしょう?!」
「コラール嬢との婚約を破棄するよ。父にも許してもらえたしそちらの許可はジルドレド伯爵から後程もらうから安心していいよ」
「は?何を言ってるの?アタシが婚約者じゃなくてもいいわけ?こんな可愛い奥さんいらないっていうの?」
「婚約者と言いながら不貞を働いたのはあなたじゃないか。そんな人が私の奥さんになると思ってないしむしろ願い下げだ」
「~~~っ!!あっそ!いいわよ!不細工で全然モテないだろうから仕方なく婚約してあげたのに!そんなこというならこっちからも破棄してあげるわよ!!」
不貞を働いたのは男爵令嬢だから破棄してあげられないのですけどね。誰も教えていないんでしょうね。
残念な目で見ていればトラッド様も嘆息を吐き軽蔑に似た目で男爵令嬢を見つめました。
「確かにあなたは見た目は美しいがそれだけの人だ。本当に美しい方を見たから…私にはわかる」
ん?今わたくしの方を見ましたか?
「それにひとつ勘違いしてるよ。僕は平民だけどソリッド商会はとても大きな商会だ。
爵位を買おうと思えば簡単に買えるくらいと言えばわかるかい?子爵くらいなら簡単に手に入るんだよ」
「え……」
「コラール男爵も数代前に爵位を買い上げた商人だろう?あなたと僕に大きな違いなんてあるのかな?」
たいして変わらないと思わないかい?と言われ男爵令嬢は顔を真っ赤にして「バカみたい!」と叫んだ。
「あなた絶対後悔するわよ!アタシは王子妃になるんだから!平民のあんたなんかディルクがぺしゃんこに潰してやるんだから!」
「そしたらこの国を出て行くよ。ソリッド商会は伝手が多いからどこでもやっていける」
そんなこと言わないで、私を捨てないで!と縋って来るものだと考えあてが外れた男爵令嬢は悔し紛れに叫んで、アルモニカを涙目で睨み付けた。
「アニーさんっアタシにこんな酷いことをしていいと思ってるの?!ディルクに言ったら今度こそ本当に捨てられちゃうんだから!
そしたらアニーさんは国にも帰れなくなってオパルールで独りぼっちでの垂れ死ぬんだわ!」
「コラール嬢!不敬だぞ!!自分の立場を弁えろ!」
「……いい加減にしなさいよ、小娘」
あ。侍女がキレたわ。
「あーミミ。マリー。落ち着いて」
「いえ、言わせてください。名を呼ぶことも喋ることも許されてない男爵令嬢風情が侯爵令嬢であらせられるアルモニカ様を愚弄するなんて…!」
「ええ。しかもこともあろうか横恋慕した上に婚約者でもない自分が王子妃になると嘯くとは。この国の貴族は随分と腐敗していますのね」
嘆かわしい。と溜め息を吐く姿は貴族令嬢そのもの。どちらも伯爵、子爵令嬢なので間違いありませんし、わたくしと一緒にマナー講義を受けていましたから下手なご令嬢よりは様になっているでしょうね。
魔力もあるのか男爵令嬢は二人に魔力の圧力をかけられると顔を青くして悲鳴を上げた。
「ず、ズルいわよ!……あ、いえ、狡いですわよ…っそっちばかり仲間呼ぶなんて!よってたかってアタシを苛めるなんて酷いですわ!」
つい先程まで徒党を組んで横柄な態度でいたのは誰かしら。
「あなたこそさっきまで公爵令息達を侍らせてお嬢様に無礼な妄言を散々吐いていたではありませんか」
「さっきまでの勢いと調子のいい舌はどうしましたの?そこに愛しい下僕の方々がいますが助けを呼ばないのですか?」
振り返れば市民にもみくちゃにされながら青白い顔で「トイレに行かせろ!」と叫んでいるけどさっきまで無視されていた市民が大人しく話を聞くわけがない。セボンヤード公爵令息の方は無言のまま半泣き状態だ。
そんな彼らに助けてと呼んだところで来れるはずがないと理解したらしい男爵令嬢は涙を目一杯浮かべながら唇を噛んだ。
そういえばもじもじと腰から下が揺れている。掴まれていない方の手はスカートをきつく掴んだりお腹辺りを擦ったりしているのを見るとそろそろ限界なのでしょう。
「では最後にひとつ約束をしてくださればあなたを解放しましょう」
「本当…で、ですか?!……で、でもディルクとは別れないからね!あ、ですからね!アタシ達は運命の相手なんですから!」
またろくでもないことを、と侍女達は殺気だち男爵令嬢は従者に縋りつきましたが構わず続けました。
「それは勝手にどうぞ。人の心を変えさせるのはわたくしには無理なことですから」
にんまり勝ち誇った顔を平手打ちしたくなりましたが扇子を握りしめることで耐えました。
「先程、トラッド様との婚約が破棄と相成りました。これはトラッド様があなたと彼の方の会瀬を目撃し不貞と断定したからです。
その事実を認めたため、あなたには慰謝料を払う義務が課せられます。
二人の発言はトラッド様の父君であるゼブラ様とジルドレド伯爵、そしてわたくしが証人となりますのでお忘れなきように」
「小難しく言ってるけど、ようはディルクとの愛と地位に勝てないから言い訳つけて別れたいってことでしょ?いいですよーだ!平民なんてこっちからお断りだしぃ!」
強がりなのか無知なのか―――後者な気がしますが―――男爵令嬢は舌を出すと従者の手を振り払い一目散に逃げ出した。真っ直ぐ走れないところを見ると我慢も限界のようね。
その予想は当たっていて、男爵令嬢は周りに当たり散らしながら人をかき分け進んだけどあるはずの馬車がそこになく、トイレは満員。
路地裏で粗相をしていたところを憲兵に見つかりこっぴどく叱られた。
オパルールでは衛生と景観のために厳しい法律が作られていたので粗相はかなりお高い罰金が課せられる。
帰れない男爵令嬢を迎えに来たコラール男爵は淑女に育ったはずの娘がそんなはしたないことをしでかし引くほど高い罰金を取られこれでもかと自分の娘を叱りつけたと言う。
「あの、ミクロフォーヌ様。ありがとうございました」
男爵令嬢から視線を戻せばトラッド様が赤い顔でもじもじと指を弄りながらお礼を述べていました。
「あら、最初からわたくしを利用するつもりだったのではなくて?」
「いえいえそんな!」
発案はゼブラ様でしょうが浮気相手がこの国の王子かもしれないと思えば告げ口するとしたらわたくしくらいしかいないでしょう。
当のわたくしはあちらの事情はどうでもよくなってしまったのであまり面白い出し物にはなれなかったようですが。
「今日のことで市民はミクロフォーヌ様の味方につく者が増えるでしょう。勿論私共親子とソリッド商会もミクロフォーヌ様についていきます。このご恩は一生忘れません」
どこの国でも貴族と平民の諍いがありますがオパルールでも仲が悪い者はいるようです。
場合によってはクーデターを起こされ国が滅ぶ歴史もあると言うのに。まあ、今後の話なのでわたくしには関係ありませんが。
帝国の皇妃様に相応しい贈り物を見繕い邸に持参するというゼブラ様の言葉をいただいたわたくしは広場を後にすることにしました。
ここは元々市民のための広場。着飾った貴族が来る場所ではありません。そうとわかっていて招待したのですからゼブラ様はとんだタヌキでしょう。
「それにしてもタイミング良くキャジューリ様からプレゼントをいただけていて良かったですわ」
一部を除きいつもの人通りと商売をしているソリッド商会を横目で見ながら馬車に向かっているとそうですねとヴァンの同意があった。
「今年に限ってこんな素敵なものを贈ってくださるなんて…先見の明でもおありなのかしら」
今までは小物やリボンなど可愛らしいものばかりでしたのに。
「それはアルモニカ様が今年成人なさるからではないでしょうか」
「成人のお祝い……そうね。確かにお母様にもお婆様からいただいた指輪を継承してくださったわ」
「ミクロフォーヌ家ではないエンブレムの指輪ですね」
「ええ。お婆様様が昔とある方から渡された物だそうよ。いつかご本人に……いえ、この場合は家かしら。その方にお返しするようにと言われたわ」
「……そうですか」
大人の仲間入りという意味で考えると少し扇子が重く感じますが期待も込められているならそれ相応の姿を見せなくては、と気合いをいれました。
読んでいただきありがとうございます。