プロローグ
よろしくお願いいたします。
足を踏み入れた広間はただただ眩しかった。輿入れのためにやって来たオパルール王国の貴族達はとても華やかで大きくて圧倒された。
そのせいで最初言われた言葉をちゃんと理解できませんでした。
「こんなみすぼらしい女と結婚など、冗談じゃない」
すべてが金で作られたような完璧な造形美だと思った少年から出た言葉はアルモニカを奈落の底に突き落とすものでした。
彼はオパルール王国の王子でした。その王子は見た目は素敵でしたが、口から出た言葉は辛辣でアルモニカを見て嫌悪も隠さず悪口を述べたのです。
「父上。普通は国の王女が嫁いでくるものではないのですか?なぜこんな侯爵程度のブスと結婚しなくてはいけないのですか?」
なんということでしょう。この結婚は国同士の政略です。互いに利益があったからこそ結ばれたもの。
それなのに彼は好き勝手にアルモニカを見ては姿を貶し、アルモニカの母国を貶し、よく知りもしないアルモニカの性格も嘲笑しました。
エクティドの使節団がいる間は彼も黙っていましたが無遠慮にジロジロと見られとても居心地が悪かったのです。
話せば少しは解消するかと思いきや出てきた言葉は心ない言葉でアルモニカは酷く心を傷つけられ目に涙を浮かべました。
「女の涙は美しい者が流すから価値があるんだ。ブスが泣いたところで迷惑だ。貴族なのだから悲しくても笑え。そんなこともできないようなら僕の妻に相応しくない」
と無理難題を指図しアルモニカは悲しみと怒りに震え、そして微笑みました。それすら彼は心底気持ち悪そうに「うわ!笑ってもブスだなお前!」と嘲笑いました。
せめて国王達が叱ってくださればこの悲しみもいくらかは収まったでしょうに誰も彼もが『早速仲が良くなった』と笑っていてまた傷つきました。
彼らはわたくしがオパルールの言葉をマスターしてるとは知らなかったのです。
ですから王子の言葉が照れ隠しでも言葉の綾でもなく本気で言っているのだとわたくしにはわかっていました。
あまりにも酷い仕打ちに魔法を暴走しかけたわたくしは王子に尻餅をつかせてしまいました。魔力で振り払っただけです。
ですが彼はそれだけで号泣し、『結婚なんかしてやるものか!こんな奴の顔など二度と見たくない!!』と喚き散らしました。わたくしは途方に暮れました。
真っ当に教育されていれば幼子でもそうそうやらない癇癪に、この婚約はなかったことにした方がいいのではないかと子供ながらに考えてしまいました。
けれどこれは王命。すぐ逃げ帰ってしまっては母国エクティドやお父様達にも迷惑がかかってしまう。
せめて半年……いや一年は耐えなければ。もしかしたら彼のいいところが見つかるかもしれないし。
一緒に過ごしてみないとわからないこともあるだろう。そう自分に言い聞かせました。
一年の婚約期間を経て結婚するはずが王子が学園を卒業するまで婚約期間の延長に変わり、住まいも気兼ねしないように……でも本当は厄介払いの意味も込めて別宅を充てがわられたことで、子供のわたくしにもこれは異様な状況なのだと察しました。
もしかしたらこの婚約はそのうち破綻するのではないか、と。
更には。
「わたくしにプレゼント、ですか?」
国王陛下から直接贈り物があると言われ、恐れ多いと同時に心が踊りました。
友好の証だと言われ寄越されたのは贅沢すぎる腕輪でした。
幅の広い歪な腕輪には乱雑にいろんな宝石が大きさも形もバラバラで埋め込まれており、その隙間を幾何学模様が彫られています。
正直に言えば好みではないしお世辞にもセンスがいいとは言えないものでした。
むしろ何かの魔道具に見え訝しげに国王を見上げればにこやかに是非『今』つけてほしいと乞われ迷ってしまいました。
できればつけたくない。それが本音でした。
この腕輪からはいい感じが一切しないのです。けれど国王の頼みを断る術を子供のアルモニカは持っていませんでした。
仕方なく無駄に派手なゴテゴテとした腕輪を両手首につけるとガクン、と手が落ちました。腕輪が重かっただけではない、体の中から魔力が感じれなくなったような感覚がしました。
これはなんなのですか?と緊迫した顔で国王を見れば彼は穏やかに微笑みました。
「息子がな、お主のそのおぞましい魔力を怖がるのだ。このままでは婚約が白紙になってしまう。だから我が国に伝わる制御装置をつけてもらった。何、別に命を取ったりはせぬ。ただ魔法が〝使えなくなる程度〟だ。
しかしエクティドの国王も困ったものだな。こんな子供に制御装置もつけず国外に出すなど。暴発して我が国の者達が怪我をしたらどうしてくれる。
アルモニカよ。くれぐれもその腕輪を外さぬようにな。無理に外そうとすれば魔力を司る場所が傷つきお主は魔法が使えなくなるからな。
ああ、結婚の際には外してやろう。その頃には魔法もまともに使えるようになっている頃だろうしな。
解除の鍵は儂にしか知らぬ。だからくれぐれも儂に逆らわぬようにな。わかったな?それが婚約を続ける制約と心得よ」
これで息子の機嫌が直ればいいがな、と貴族達と笑い合う国王らにアルモニカは絶望しました。
アルモニカは膨大な魔力を見込まれてこの国に打診されたのです。魔法の扱いは得意中の得意でした。
あの暴発も本来なら王子を亡き者にすらしてしまうほどの実力を持っていたのに転ばせるだけに済んだのです。それなのに国王は魔法が使えるアルモニカを要らぬと言いました。なのに婚約は続行??理解できませんでした。
この輿入れはエクティドの魔法知識をオパルールに伝え多くの魔法をこの国に広めるためのものでした。それなのに魔法を使えなくさせるとはどういうことでしょう。
アルモニカは困惑しました。それもアルモニカを嫌う王子の我が儘のために禁止したのです。
普通は王子を宥めるものじゃないの?なんでわたくしが我慢するの?
魔法のために呼ばれたのに魔法が使えないわたくしはどうしたらいいの?
訳がわかりませんでした。
読んでいただきありがとうございます。