06:最期の話
笑い合い、少しだけ気を抜いたその瞬間だった。
「オロロロロロロロロロロロロ」
突如、佐藤の口から黄色いものが大量に溢れ出したのだ。
「オロロロロ、オロロロロ」
何かを喋ろうとしたのだろうか。俺はあまりのことに何もできなかった。
飲んだもの、食べたものが全て吐き出される。それから佐藤の呼吸が過度に速くなり、痙攣を起こした。
痙攣はすぐに止まったものの、とても見逃せる事態ではなかった。
「大丈夫か!?」
「う……大丈夫じゃ、ないか、も。これは……、きっと熱中症だ」
彼の言葉を聞いて、俺は背筋がぞわりとなった。
「熱中症!? 大丈夫、だよな? 涼しいところで休んだらなんとかなるよな? なぁ?」
「軽度なら、ね」
彼の口ぶりではまるで――。
「重度なのかよ?」
「痙攣、嘔吐。体もすごく熱いんだ。手足が痺れている。これは恐らく、軽度ではない」
佐藤は苦しげに呼吸しながら、弱々しく言った。
なんとかならないのか。俺は焦燥感に駆られるが、どうしていいのだろうかわからない。
「どうすればっ、どうすればいいんだよ」
そんな俺へと、彼はにこりと笑い、こんなことを言い出した。
「……ねえ鈴木くん。話を、しよう?」
「――?」
何を言っているんだろう、こいつは。
「そんなことより今はお前の体だよ! 治さねえと」
「話してると、楽になるんだよ」
「そうか」
少しでも気分が良くなるのであれば、付き合ってやろう。気休めかも知れないが。
俺は佐藤の背中をさすりながら、こくりと頷いた。
「僕が、君に話しかけた時のこと、覚えてるかい?」
「ああ」
「僕はまあまあ成績が良かった。だから女の子たちにも人気があった。だけど僕には、友達がいなかったんだ。……今思えば、デブのくせに格好つけていた僕が嫌だったんだろうねえ」
俺は返事をしない。
息も絶え絶えの佐藤。彼はそれでも話を続ける。
「僕はね、友達がほしかったんだよ。なんで君を選んだのかはわからない。でもきっと、君が僕とまるで違ったからなんだろうね」
「……うん」
「君は最初は少し嫌がっていたけれど、なんだかんだで僕に付き合ってくれて……、嬉しかったよ」
俺は目をぱちくりさせた。
頭が良くて、何も悩み事なんてないかと思っていた佐藤も、彼なりの思いを抱えていたのか。
そして、
「俺を選んでくれてありがとよ。俺も最初はお前のこと嫌いだったし、今も鼻につく奴だとは思ってるけど、良かったと思ってる」
「そうかい……」佐藤は心から安心したように息を吐いた。
「僕はね、大学になっても君を忘れたことはなかったよ。他の友達もいたけど、君のことが一番好きだったからさ。だから、忙しさが引いてから電話をしたんだ。また会いたいと思って、ね。……結局、こんなことになったことは申し訳なく思ってる。でも君と二人きりでいて、幸いだったのかも知れないね。他の人となら僕はもう、気が狂っていた」
俺の目から、涙がポロポロ流れ出す。
自分で何故泣いているかわからないままに。
いや、知っていたのだろう。ただ認めたくなかっただけで。
「ありがとう。君といられて、本当に――」
佐藤はゆっくりと俺の手を握りしめる。柔らかく、優しくこちらに笑いかけた。
俺も笑う。頬に伝う心の汗を無視して、必死に笑みを作った。
その瞬間、ふっと力が抜け――佐藤の腕が落ちる。
俺は理解した。理解したから、理解したからこそ。
俺は佐藤の亡骸の横、いつまでもいつまでも、彼が冷たくなるまでその頭を撫で続けていた。