サムワンサム
someone
誰か。
あるいは大事な人。
皆がサムをおてんばと呼ぶ。トムボーイとサムを掛けた語呂合わせの愛称だ。
落ち着きがないと父は嘆き、困ったものねと母は苦笑する。
仕方ない、じっとしてるのは苦手だ。
探検がサムの生き甲斐なのだ。
今日も今日とて朝飯前の腹ごなしにだだっ広いトウモロコシ畑を走っていたら、目印の案山子男の所にきた。サムとおそろいの麻袋を被ってる。
「おはよ、ジョニー」
麻袋で覆面をした案山子に元気よく挨拶し、背後に回り込んで地面を掘り返す。ここに宝物を埋めてあるのだ。
土の中から出てきたクッキー缶には妖精のポストカードやスリングショットをはじめとするがらくたの数々が詰められている。カラフルなビー玉に銀玉、カートゥーンの指人形……一個一個取り出して並べていく。
一番底に畳まれた布はサムが赤ん坊の時に使っていた涎かけだ。
サム本人は覚えてないが、母曰く大のお気に入りだったとの事で宝物リストの末尾に加えることにした。端っこにはデイジーの刺繍があしらわれている。
無意識に郷愁を感じてデイジーの刺繍をなでる。裁縫下手な母が施したにしては出来がいい。
死角でガサリと音が立った。
「あぁ……うー」
畑の反対側から出てきたのは愚鈍そうな大男。
逆光になった目がぎょろりと動き、驚愕に固まるサムを見下ろす。
「あなたは誰?」
「うー」
「収穫の手伝いにきてくれたの?仕事の時間にはまだ早いけど、下見してたら迷子になっちゃったとか」
「あー」
この人、口がきけないんだ。
もどかしそうに呻く男に同情が湧き上がり、子供特有の衒いない好奇心で話しかける。
「僕はサム、このトウモロコシ畑は父さんのものなんだ。あの家に住んでるんの、見える?」
精一杯爪先立って指させば、男がのろくさく振り向いて目を眇める。
トウモロコシ畑の遥か彼方、木製の白い白い家。庭の木には父が作ったブランコがある。
「父さんは写真を撮るのが好きなんだ。この前ブランコで撮ってもらった」
「ごはんよーサム―」
伸び上がって振り仰ぐ。遠く離れたバルコニーに母が立っていた。
「母さんが呼んでる、行かなきゃ。じゃあね」
宝物を埋め直し、去りかけたサムを引き止める。なんだろうと向き直れば男が棒でスペルを綴っていた。
「ジョニーっていうの?」
「あー」
男が頷く。はにかむような笑顔にサムまで嬉しくなって、オーバーオールに擦り付けた片手を突き出す。
「よろしくジョニー。またね」
男もサムをまね、オーバーオールで拭いた手で握手を交わす。
「まだなのサム、パンケーキ冷めちゃうわよ」
「うるさいなあ、今行くってば」
家に帰ると朝食が始まっていた。
父は指定席で新聞を広げている。
「おはようサム、まだそれ被ってるのか」
「おはよう父さん」
「あなたからも言ってやって、この子絶対とらないのよ。臭くて汚い麻袋のどこがそんなにいいの、理解に苦しむわね」
「まあまあ、俺たちだって子供の頃は妙なものが好きだったじゃないか。トンボや蝶の翅、昆虫の脚をコレクションしてただろ?」
「ご飯時にやめてよ、食欲失せるでしょ」
椅子によじのぼったサムは、パンケーキに直接フォークを刺して口に運ぶ。お行儀が悪いと母が顔をしかめる。
続いてスクランブルエッグをかきまぜながら、さっき畑で会った男の話をする。
「案山子のジョニーとおんなじ名前なんだ、すっごい大きいんだよ。トウモロコシよりでっかい」
「出稼ぎの人ね」
「親切にしてやるんだぞ」
「うん、僕たち友達になったんだ」
ジョニーの口が不自由だと知ると両親は同情した。父と母はいい人たちだ。父は新聞を畳んで遠い目をする。
「子供の頃にできた友達は一生ものだからな。大切にしろ」
「友達っていうには離れすぎてないかしら」
「友情に年の差は関係ない、大人と子供でも親友になれるさ。だろ?」
父が悪戯っぽく目を回してほくそえむ。サムはにっこり笑った。
家が孤立してるせいかサムを学校に通わせてもらってない。一人っ子に友達ができるのは願ってもないはずだ。
ごちそうさまを言った後、たいらげたお皿をシンクに浸ける。
その後は母にお願いされ、レモネードを入れたピッチャーを畑に持っていく。
「麻袋は脱ぎなさいよ!」
「わかったよ!」
父が営む農園はとても広い。収穫期ともなれば州の内外から大勢の労働者がやってくる。
「レモネードいりませんか」
「おお、天の恵みだ!有難くいただくよ」
「ありがとな坊主」
トウモロコシを刈り入れて休憩中の労働者は、ピッチャーを持って回るサムを日に焼けて歓迎する。母の特製レモネードは乾いた体に染み渡る。
木陰でだべる労働者たちは皆気さくにサムに話しかけてくる。うちの手伝いをして偉いなと褒めてくれ、自分にもサム位の子供がいるのだと写真を見せてくれる。サムはこの人たちが大好きだった。
「頑張ってるなおてんばサム」
「こんにちはロビン爺、レモネード一杯いかが?」
「すまないね」
よぼよぼの老人にレモネードを注いで渡す。
ロビン爺さんは労働者たちの中でも古株で、毎夏収穫期には必ず訪れて何か月か働いていく。優しくて物知りで話も面白いから、サムはよく懐いていた。
「そういやサムや、新入りと仲良くなったみたいだね」
「新入り?」
「だんまりジョニーだよ」
皺ばんだ手が指す方を見れば、ジョニーが木の枝で地面を突付いていた。
「朝に話しとったろ」
「見てたんだ。僕たち友達になったんだよ」
「なるほど……ジョニーは優しい男だよ。過去に不幸があってからすっかり人が変わってしまったが、仲良くしてやってくれ」
「不幸って?」
サムはきょとんとする。ロビン爺は気まずげに目を伏せた。
「すまん、忘れてくれ。ワシの口からはおぞましくてとても言えんよ」
次にサムはジョニーのもとへ行く。
「どうぞ、喉からからでしょ」
レモネードを注いだコップをさしだすと、ジョニーは目を見張った。
「忘れちゃった?僕だよ、サムだよ」
サムの素顔が意外だったのか、ジョニーは暫く口を開けていた。
サイレンスな友人の心中を汲み、傍らにしゃがんで言い訳がましく付け足す。
「アレ被ってると落ち着くんだ、なんでかわかんないけど。おかしいよね、暗くて臭くて汚いのに。母さんは嫌がってる、こーんな顔して」
母のものまねをして鼻面に皺を寄せると、ジョニーの表情が和む。
「なに描いてるの?」
ひょいと手元を覗き込む。
ジョニーが描いていたのは仲良し三人家族の絵。棒人間が丘の上の家に住んでいる。
「これだあれ?」
サムが疑問を呈すと目を翳らせ、地面に「My family」と書く。どうやらジョニーの家族らしい。
「子供がいるんだ。こっちが奥さんで真ん中が息子……ううん、娘さんかな」
小枝の先端で真ん中の棒人間の頭上に「My daughter」と書く。左端が「My wife」、消去法で右端がジョニー自身か。
「奥さんたちも一緒に来たの?近くに住んでる?」
興奮に声が弾む。サムには同年代の友達がいない、近くに子供が住んでいない為だ。ジョニーに娘がいるなら仲良くなれるかもと期待したのだが、彼は力なく首を振る。
新しく付け足された言葉は「Be far away」……遠くにいる。
「そっか……寂しいね」
出稼ぎ労働者は様々な事情を抱えている。前科者や不法入国者も多い。
ジョニーにも妻子と離れ離れで働かなければならない事情があるのだろうと納得し、肩をなでてやる。
ジョニーから小枝を借り、地面にたどたどしく絵を描き付ける。自分とジョニーに見立てた大小の棒人間が遊ぶ図を描くと、ジョニーはしっとり目を濡らす。
「あのねジョニー、僕もひとりぽっちなんだ」
小枝を掴んだまま呟けば、サムの鳶色の瞳が疑問を湛える。
「このへん子供がいないし、トウモロコシ畑を走り回るしかすることないの。だからジョニーが遊んでくれたら嬉しいな、父さんも言ってたよ、友達に年の差は関係ない、子供の頃の友達は永遠だって」
ジョニーの娘の代わりにはなれずとも、友達にならなれる。
「案山子のジョニーとは遊べないけど、君とならかくれんぼやおいかけっこできるよね?」
前のめりに訴えかけるサムを深い瞳で見据え、厚い手で赤毛をかきまぜ、サムは頷いた。
夕食の時、サムはロビン爺とジョニーの話をした。
父と母はジョニーの境遇に心を痛め、「早く会えるといいわね」「そうだな」と頷き合った。同じ気持ちのサムは神妙に頷く。
その後は両親のお手伝いをし、明日はジョニーと何して遊ぼうかな、と考えながらベッドにもぐった。
サムとジョニーは友達になった。
収穫が一段落した休憩時間、あるいは仕事終わりの夕方、ジョニーはサムに付き合ってトウモロコシ畑を駆け回る。時にはサムを隊長に立て探検し、時にはトンボに催眠をかけ捕まえる。孤独なサムはジョニーに心を許し、孤独なジョニーはサムを可愛がる。
一緒に過ごしてわかったのは、ジョニーが見た目を裏切るシャイな男だということ。
トウモロコシ畑の中にホースを引っ張り込んで水浴びした時、サムはびしょぬれになった服を脱ぎ、トウモロコシの葉っぱにひっかけて干した。
「ジョニーも脱げば?風邪ひいちゃうよ」
丸裸になったサムに対し、ジョニーはしどろもどろ顔を赤らめた。
大人の男の人でも照れるんだな、とおかしくなったのを覚えてる。父さんは全然照れないから新鮮だった。
すっかりジョニーと仲良くなったサムは、特別に宝物を見せてあげることにした。
「おいでジョニー、秘密をわけっこだよ」
案山子のジョニーの後ろ、地面を掻く。浅く埋めたブリキ缶の表面が露出し、箱の中のがらくたが日の目を見る。妖精のポストカードにスリングショット、ビー玉に銀玉に指人形……最後に取り出されたボロボロの涎かけを見て、ジョニーの顔色が豹変する。
「僕が赤ちゃんの頃に使ってたんだ。デイジーは母さんが縫ってくれたの」
「あ~あ゛っ」
ジョニーが頑是ない幼子のようにかぶりを振り、濁った声を出す。
「いたっ!」
突然サムに体当たりし涎かけをひったくったかと思いきや、犬のように顔を埋めて匂いを嗅ぎだす。
「ど、どうしたのさ……やだ、返してよ」
うろたえきった声で懇願すれど返してくれない。サムの手を振りほどき、涎かけをひしと抱き締めて離さない。
「あー、ああ゛っ」
よれるほど布地を揉みしだき、繰り返し匂いを吸い込むジョニーの異常さに鳥肌が広がっていく。ジョニーは泣いていた。滂沱の涙を流している。
「ひっ……」
ジョニーの変貌にサムは動転し、その場を逃げ出す。
畑を飛び出して丘に登れば、ロビン爺が刈り入れをサボって煙草を吹かしていた。
「どうしたおてんばサム、ブギーマンでも見たような顔して」
「ロビン爺、ジョニーが変なんだ!僕の涎かけを見せたら急に泣き出して……」
手振り身振りを交えて必死に説明したところ、ロビン爺が沈痛な面差しになる。サムは一歩前に踏み出す。
「なにか知ってるなら教えてよ。僕、何かいけないことしちゃったのかな」
「実はなサム……ジョニーの娘はまだ小さい頃に誘拐されたんだ」
「えっ?」
「ワシも詳しくは知らん、ジョニーが持ってた古い新聞記事を見せてもらっただけで。もう何年も前の事件さ、ジョニーたちが寝ている間に二人組の強盗が押し入って奥さんを惨殺した。抵抗したジョニーは大怪我を負い、強盗たちは赤ん坊を袋に詰めてさらっていった」
「な、なんで赤ちゃんを」
「どこぞに売り払おうとでもしたのか。子供は金になるからの」
「そんな……」
衝撃の過去を知って絶句するサムを無表情に一瞥、煙草を揉み消す。
「口を利けなくなったのも事件のショックが原因らしい。娘の名前はデイジーだったか……生きていればサム坊と同じ位か」
ジョニーは可哀想な人だった。涎かけを見て泣き出したのは娘を思い出したから。
友達を襲った悲劇を蒸し返し、罪悪感に苛まれたサムは、帰途を辿る足取り重く家を目指す。片手には麻袋をぶらさげていた。ふと寄り道していこうと思い立ち、家から少し離れた納屋を覗く。
薄暗い納屋には干し藁が詰まれ、壊れた手押し車が押し込められていた。
「ここで袋を見付けたんだよな」
納屋の奥の道具箱。最初から穴が開いていた、虫食いだと気にも留めずにいた。被ってみると実にフィットして、母の胎内に帰ったような安心感を得られた。
「あれ……」
納屋の奥から掠れた息遣いがする。誰かがいる。一体誰が……ジョニー?
ジョニーが手に掴んだ物を見て息を呑む。斧だ。
反射的に手押し車の後ろに隠れたサム、両手で口を塞いだ耳に破砕音が届く。ジョニーがいた。人間ではない、案山子の方のジョニー。トウモロコシ畑に立っていたはずの案山子が納屋に移され、人間のジョニーに切り刻まれている。
「お゛ォおおおォッ、ぁあああああ゛ッ」
けだものじみた咆哮を上げ腕を振り抜く。厚い刃が案山子の胴や肩にめりこんでずたずたにする。
何をしてるんだ、なんて間抜けな質問はできない。
真っ赤な憤怒の形相で、あらん限り目をひん剥いて、唾をまきちらして斧をふるい案山子を切り刻んでいくジョニーはもはやサムの友達などではない。
震える足腰を叱咤し、早鐘を鳴らす鼓動をひた隠し家へ逃げ帰る。
ジョニーは怪物だ。
ブギーマンだ。
事件のショックでおかしくなってしまった。
凶悪で残忍な強盗に妻と娘を奪われ、家族を亡くした哀しみが男を変えてしまった。
日が暮れて夜になる。
サムは今日もいい子でお手伝いをしてベッドにもぐる。何度寝返りを打っても睡魔が訪れないのは、昼間目撃した衝撃的な光景のせいだ。
ジョニーの正体は狂人、サムだけがそれを知っている。案山子のジョニーを斧でずたずたにして……その後はどうする?
ベッドでまどろんでいるとドアが開き、床が軋む音がした。誰かが入ってきた。家の中を徘徊している。サムは毛布を剥ぎ、ベッドの下に突っ込んだ麻袋を被る。二点の穴が一対の目となり、子供部屋の闇をかすかに透かす。
麻袋を被ってると心が落ち着く。ブギーマンが廊下を徘徊してる。手前の部屋のドアが開き物凄い音がした、父と母が何かを叫んでいる。咄嗟に飛び出しかけ、ノブを握って凍り付く。
「誰だお前はっ」
「私たちをどうする気!?」
「あーっぁっ、あ゛ー」
ジョニーだ。続く破砕音と壮絶な悲鳴、斧が壁にめりこんで床を抉りベッドを叩き切る音。壁一枚隔てた向こうで木材がへし折れて両親が苦痛に喘ぐ。
「ご、強盗か?金目の物は金庫の中だ、もってけ!命だけは助けてくれ!」
「カメラが欲しいの、それとも写真?だったらあげる、好きなだけ持ってきゃいいでしょ変態!」
父が泣きながら命乞いをし母が怒り狂って罵り倒す。
暗闇の中、ブギーマンが絶叫した。一打、二打、三打、四打、五打……斧が振り下ろされて両親が挽き肉になりはてる。実際見てなくても音でわかる、肌に殺気を感じる。
「父さん、母さん!」
限界だった。
ノブを捻って飛び出し、両親が使ってる隣の寝室に駆け込もうとして腰が抜けた。
サムの眼前に広がったのは血の海。カメラは壊れ、大量の写真がばらまかれた床の上で両親が事切れている。ブギーマンは片手に写真を握り潰し、泣きながら震えている。何故か粗末な麻袋を被っている。
案山子から奪ったものだ。
「あ……」
父さん。母さん。殺される。逃げなきゃ。
ブギーマンがぎくしゃくと振り向く。視線がかち合った。芯から震えが走り、パジャマの股間にシミが広がっていく。湿った麻袋の中で呼吸を荒げ、ゆっくりとあとじさる。
「あーっぁっ」
顔を歪めて喚くブギーマンから身を翻し、キッチンの裏口から転げだす。擦り剥いた膝の痛みをこらえて起き上がり、広大な迷路と化したトウモロコシ畑に突っ込む。
なんでこんな事に、ジョニーに優しくしたのが間違いだったの?泣きながら自問するサム、脳裏には優しい両親の面影が駆け巡る。写真を撮るのが大好きだった父さん、パンケーキが絶品だった母さん、ふたりとも殺されてしまった……。
ジョニーは過去、自分の妻の身に起きた惨劇を再現している。
今度は犯人の立場で。
「はあっ、はあっ」
見渡す限り一面密なトウモロコシ畑。実りを結ぶ房から垂れた髭が揺れ、土壌の肥えた暗闇にさざなみが広がりゆく。
オバケの手に似た葉っぱがさざめく畑を泥にまみれて突っ切るサムを足音が追い立てる。
鋭く尖った葉っぱをかき分け、裸足で土を蹴り、あちこちひっかき傷を作りながら走り続ける。
麻袋の中は蒸して熱い、ささくれがチクチクする。でも大丈夫、空気穴が開いてるから。揺りかごだから。
「えい、じー」
ブギーマンが呼ぶ。
昔、誰かにそう呼ばれていた記憶が甦る。
なんで麻袋の中は安心なの、守られてる感じがするの?
わからない、昔ここにいた気がする。
「っ!」
盛り土に躓いて派手に転ぶ、気付けば宝箱を埋めた地点にまで来ていた。全身両親の返り血に塗れ、麻袋を被り、斧をひっさげたブギーマンが接近してくる。
もうだめだ。がちがちと歯の根が鳴る。震える手で土をどけ、ブリキのふたを外してスリングショットを掴む。
「来るなバケモノ!!」
石ころを繰り返し番えて放ち、それでも歩みは止まらない。
狭まる視界と恐怖でわななく手では狙いが定まらず、顔や肩を掠めて背後の闇に逸れていく。
「えいじぃ」
突然、心が澄む。
スリングショットを構え、至近距離から正確に狙い定め、麻袋の眉間にビー玉を叩き込む。
「ぐゥうっ」
麻袋の額がかち割れてよろめくのを見計らい、その手から落ちた斧を奪って振り上げる。
「よくも父さんと母さんを」
友達だと思ってたのに。永遠だって約束したのに。
事切れた両親の姿が網膜にぶり返し、強く強く柄を握りこみ、風切る唸りを上げて斧を振り抜いた瞬間―……
強烈なライトがサムの目を射抜いた。
「ジョニー・マッケンジー発見、デイジー・マッケンジーを保護しました!」
「家では男女両名の死亡確認、至急応援を要請。なお死んでいるのは七年前の強盗事件の容疑者の模様、至急応援を寄こされたし」
トランシーバーを持った警官たちがトウモロコシ畑から湧き出し、苦しみ悶えるジョニーと放心状態のサムを包囲する。
それからはめまぐるしく事態が進んだ。殺気立った警官が行き交い、物々しい雰囲気が立ち込める。
「もう大丈夫だよ、よく頑張ったね、怖かったろ」
「父さんと母さんは……死んだの?」
「アレは君の両親じゃない。あんな事をする連中が親であってたまるか」
トウモロコシ畑の脇に停められたパトカーの中、サムを毛布でくるんだ警官が嫌悪を滾らせ吐き捨てる。
「君の名前は?」
「……サム」
「本名かい?」
「ううん、ホントはサマンサ。でもみんなサムって呼ぶ」
「男の子になりすましてたのか」
「髪を短くしてるのはお客さんが喜ぶから……男の子の方が好きな人もいるって、父さん言ってた」
サムは両親の仕事を手伝ういい子だ。父さんはサムの裸を撮った。いいお金になるらしい。
手錠をかけられたブギーマン……ジョニーは、警官に抱きかかえられるようにして別のパトカーに押し込められる。
警察が来たのはロビン爺が通報したから、ジョニーの態度がおかしいのに勘付いたらしい。
鳴り響くサイレンと周囲を染め抜く赤いランプの中、サムが虚ろに呟く。
「僕、どうしたらいい?」
「本当のお父さんが迎えに来てくれるよ」
七年ぶりに保護された少女の対応に回る警官をよそに、車外に立った仲間が声を低めて囁き交わす。
「滅多斬りとはむごい……いや、当然の報いか」
「なんで麻袋を被ってたんだ」
「わかる気がするよ、殺人鬼に成り下がった親父の顔なんて見せたくないものな」
深くうなだれたジョニーのポケットから、デイジーの刺繍を施した涎かけがはみ出していた。