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馬鹿正直な浦島太郎

 昔々、江の島のあたりに浦島太郎という名前の童貞がいました。

 浦島太郎はとても優しかったので、クソガキにいじめられているアカミミガメを助けました。

 するとカメが言いました。


「アザーッス! お礼に竜宮城に招待させてくださいッス!」


「えっ……でもお金とかないですけど……」


「もちろんお金は頂きません!」


「でも……僕初めては好きな人とが……」


「竜宮城は別にエッチなお店じゃないッス」


「あ、そうなんですか……」


「でもほんといい所ッスよ! お礼させてくださいッス!」


 浦島太郎は、カメがしつこいので竜宮城に行く事にしました。

 真っ暗な排水溝の中を懐中電灯片手に進んでいくと、馬鹿広いギリシャ神殿みたいな地下貯水槽へと辿り着きました。知らん人はごめんけど、フェイトゼロでキャスターがいた感じのところです。


「すみませんね、ちょっと臭くて」


「はぁ……」


 浦島太郎はこんな糞みたいな所に連れて来たカメに内心イライラしていましたが、優しかったので我慢しました。

 太郎が必死に鼻をつまんでいると、


「チョリーーーーッス!」


 絶滅危惧種と思われていたコギャルのこげ茶色の顔が、薄明かりを受けてぼんやりと浮かび上がりました。


「あなたがカメ助けてくれた系男子? マジ? 結構イケメンじゃん!」


「はぁ……どうも……」


 乙姫のおべっかを、浦島太郎は本気にしてしまいました。

 乙姫は素材の時点であまり可愛くはありませんでしたし、結構年も行っていました。

 しかし浦島太郎は童貞な上に惚れっぽい性格なのでした。


「早速だけど、お礼にパラパラ踊っちゃうから、バッチシ見ててねー!」


 ラジカセから流れる軽快なポップスと共に、無表情で盆踊りみたいな踊りを踊る乙姫の姿に、太郎は完全に惚れこんでしまいました。

 でも、自分なんかに好きになられたら乙姫に迷惑ではないかとか、さっきの脈ありそうな感じもただの社交辞令的な奴で、本気で言い寄ったら引かれるのではないかとか色々考えて、やっぱり乙姫を好きにならない方がいいという気もしてきました。


 太郎は複雑な想いを抱えながら、目線がエッチな感じにならないように、なるべく無難な箇所を眺めるよう努力しながら乙姫の大してキレの無い踊りを束の間楽しみました。


「はい、終わり! じゃーもう帰っていいから」


「……はい」


 どうもこの流れだと連絡先の交換とかは無いみたいなので、やっぱり脈無しなのかと憂鬱になる太郎でした。

 一瞬自分からライン交換を持ちかけようかと迷ったりもしましたが、もし断られたら、また一か月くらい辛い思いを引きずる事になって、そのせいで仕事もミスしがちになって、上司に怒られて余計に絶望が深まるという最悪の悪循環に陥ってしまう可能性が高いので止めておくことにしました。


「あっ、そうだ! 帰る前にお土産あるから!」


 乙姫が差し出したのは、大きく膨らんだエコバッグと、あまり膨らんでいないエコバッグの二つでした。


「どっちか好きな方持って行っていいよ!」


「いらないです……」


「いや、いらないとかは無いから。どっちか選べっつってんの」


「じゃあ……これをください」


 太郎には最早何もかもがどうでもよくなっていたので、あまり膨らんでいないエコバッグを指さしました。

 しかし、そんな欲のない感じの太郎の選択に、乙姫はあからさまに舌打ちしました。


「チッ……偽善者が……空気読めよ……」


 乙姫の声は、今後とも一生童貞であり続けるという確かな予感に絶望する太郎には届きませんでしたが、こっそり太郎の姿を撮影しているカメは慌てて囁きました。


「……乙姫さん! あんま声でかいとバレますって! ただえさえ炎上ギリギリなんすよ?! プランBで行きましょう!」


「……わかった」


 実は乙姫とカメは実は突撃系youtuberで『ライブ配信! 欲深い偽善者に報いを受けさせます!』といった感じのライブ配信をやって、スパチャで荒稼ぎしようと目論んでいるのでした。

 そうとも知らない太郎は、今までの人生を走馬灯のように思い出して絶望を深めながら、死んだ冷凍マグロのような目で俯いています。

 乙姫はそんな太郎の様子を知る由もなく、地下神殿にかわい子ぶった声を反響させます。


「太郎さん、今から一つ約束をして欲しいんだけど!」


「はい」


 なんか詩的な感じの告白をされるのかと太郎は一瞬思ってしまいましたが、


「絶対にそのエコバッグの中身、覗いたらダメだからね!」


「……はい」


 期待と裏腹に、別に告白の類では無かったので、太郎は絶望を一段と深めてしまいました。

 深淵の奥底の静寂へと。


「ねぇ、ちょっと聞いてる?」


「……はい」


「いや、だからさ、絶対にそのエコバッグの中身覗くなって言ってるんだけど」


「……はい。絶対に覗きません」


「いや、そうじゃなくてさ……」


「僕には約束を守る事しか取り柄が無いので」


「いや、約束を守るのはいいんだけどさ……お約束はちゃんと守ってくれないと……」


「お約束?」


「分かるでしょ? 私が言いたい事」


「えっと……要するに乙姫さんは、本当は僕にエコバッグの中身を覗いて欲しいという事でしょうか?」


「……あのさあ浦島君、空気読めないとモテないよ?」


「……はい……ごめんなさい……」


 太郎の絶望への加速度係数は、巨大数ばりに増大していき、無限へと近似していきました。

 一方で、カメはコメント確認用のスマホに目を落とすと、


「ヤバいッス乙姫さん! 視聴者がキレてます! 早く偽善者に報いを受けさせろって!」


「クソ……!」


「……あの、もう帰ってもいいですか?」


「ああもう! 帰れ! チクショー! 使えねえ無能が! もういいよお前は! とっとと帰れ!」


「……はい」


 絶望のまま帰宅した浦島太郎は、洗面所の鏡を眺めました。

 彼は虚ろな表情に刻まれた小じわとシミの点在にそっと触れ、自分も大分年を取ったなあと思いました。

 そして、絶望の終焉へと向かう鼓動が今も脈打っている事を思い出し、小さな自嘲をその口元に貼りつけました。



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