【三話】扉を開き、世界を知り、謎を抱える
一連の出来事から数日が経過した。
体内から感じる熱も大分治まりを見せ、普通の生活が出来るようになってきた。
「よう、元気そうだな」
あれからレアヌスは毎日のように自分の元を訪れてくれている。
「はい、おかげさまでもうすっかり元気になりましたよ」
「そりゃあよかった。ところでお前さん、今日暇か?」
「えぇ、暇ですけど」
レアヌスの質問に豹は即答する。
事実元気になってから暇を持て余していたし、かといって下手に動き回るのは怖かった。
「そりゃあよかった。ちょっとついてこい」
そう言ってついていった先は自分が寝ていた部屋から出て階段を下りた先にある、大部屋だった。
そこでは飲み物片手に談笑する人や張り出されている紙をじっと見つめる人、カウンターで女の人とお金のやり取りをする人など、多くの人で賑わっていた。
「ここは各地方で展開されているギルドの一つだ。」
「ギルドでは手配書や討伐依頼書の掲示、素材の換金、ギルドへの加入申請を受けたりしてるな」
「ああ、あとそこらの連中のように飲んだくれたり、情報の交換の場として使われたりもするな」
説明しながら群衆の中をどんどん進んでいくレアヌス。
豹は今までの経験にないその異質な空間に気圧されつつ、後を追う。
レアヌスは部屋の奥のカウンターまで進み、目の前の女性に声をかける。
「よう、メリア。ちょっといいか?」
「はい、どうしましたか?レアヌスさん?」
「こいつのことでちょっと相談なんだが」
「ああ、森で保護された方ですね。こちらで調べたところ、この付近での行方不明者リストには類似する人物はおりませんでした」
「そうか。手間かけたな。ありがとさん」
「いえ、これが私たちの仕事ですから」
「んで今日話をしに来た理由はもう一個あってな。こいつにいろいろと教えてやってくれねぇか?」
「と、言いますと?」
カウンターの向かいにいる女の人、メリアと呼ばれていた人物がこちらを不思議そうに見つめてくる。
「こいつ、どうやら記憶をなくしちまったみてぇでな。何にも覚えてねぇのよ」
「そうなんですか…。分かりました!そこのあなた、お名前は?」
メリアは優しい顔で話しかけてくる。
「豹です」
妙に緊張しながら自分の名前を述べる。
「アラレさんですね。あなたのことはこの街「アルファン」のギルドが責任をもって支援します。困ったことがあればいつでも相談してください」
その言葉とメリアの微笑みに豹の心はまた一つ温かみを増すのであった。
「ええと、何から説明しましょうか・・・」
「まずは街とその周辺から説明したらどうだ?」
「そうですね。ちょっと待っててください」
そう言ってメリアはカウンターの更に奥の部屋へと消えていった。
と思いきやすぐさま奥の部屋から戻ってきたメリアの手には何度も畳まれた大きな紙が握られていた。
「その紙は?」
「これは、この世界の大まかな地図です」
メリアはその地図をカウンターに広げる。
もしかすると見慣れた日本やヨーロッパの形をした大陸があるかもしれないという期待を持ちつつ、豹は地図を確認する。
だが、期待と裏腹にこれまでの人生で得た知識に当てはまる形の大陸は一つもなかった。
それに、明らかに大陸の占める割合が高すぎる。
自分の暮らしていた太陽系の惑星、地球は大陸と海の割合は3:7だ。
だがこの地図では大陸と海の割合が半々くらいで書かれているし、大陸間の距離も短い。
まじまじと地図を見つめている中、メリアが指をさしながら話し始める。
「いま私たちがいるのはこの地図の右上の辺りに位置する大陸で、通称「人界」といいます」
「人界にも大小いくつもの国や街が存在し、ここは人間界でも更に右上に位置する「アルファン」という街になります」
「また、人族以外の種族も他の大陸でそれぞれ独自の文化を形成しています」
「ここまでで何か質問はありますか?」
メリアは地図からこちらの方へ眼を動かす。
「人族以外の種族とは?」
「人族より魔法の制御に長けているエルフ、武器や防具の生産が得意なドワーフ、高い身体能力を誇る獣人など世界には数多くの種族が見られます」
「他に質問はありますか?」
現実離れした種族の存在に少々頭が痛くなりつつも首を横に振る。
するとメリアは相槌を打って再び地図へと視線を移した。
「そしてここ数日前にこのアルファン周辺で、今まで確認されたことのない強力な魔物が出現しました」
「それって…」
あの時の恐怖と熱が記憶の中で猛威を振るう。
「そう、あなたが遭遇した「サラマンドル・フィマーナ」のことです」
「この魔物は本来、龍界の険しい山々で生息する非常に珍しいモンスターで、人界で確認されたという報告は一度もされていませんでした」
「今ギルドの方で調査を進めていますが、今回のサラマンドル・フィマーナの出現はかなりの異例事態ですので、今後どのような問題が起きるか予測がつきません」
「ですので、事態が落ち着くまではあまり街の外に出ないようにしてくださいね」
「わかりました…」
またあんな化物に襲われたくないという一心で了解の旨を伝える。
「街についてはこんくらいでいいんじゃねぇか?」
今まで静かに佇んでいたレアヌスが口を開く。
「そうですね。また何か聞きたいことがあれば気軽におっしゃってくださいね、アラレさん」
そういってメリアは地図を畳んで後ろに立てかけると、咳ばらいを一つ挟んで再び話し始めた。
「次に魔法についてお教えしたいと思います」
「魔法とは私たちの体内にある「マナ」と呼ばれる物質を使用して、術式を介して行われる儀式のことです」
「魔法は生活する中で用いられるものもあれば、戦闘時に使用されるものもあります」
「また、魔法は魔法を使う人のマナとの相性が悪ければは発動しません。逆に相性が良ければ効率よく魔法を使えたり、効果が高い魔法を使うことが出来ます」
「ちなみに、俺のマナは雷と相性がいいらしい。ま、俺は魔法はからっきしだから使ったことはないがな」
大きな笑い声を飛ばすレアヌスの横で、メリアがカウンターの下から石でできた台のようなオブジェを取り出していた。
「ここに手をかざしてもらうと、この装置がその人の魔力を吸い上げ、魔法がに適性があるのか、どの系統の魔法が得意なのかを出てくる球体が色と大きさで示してくれます」
「ちなみに普段私たちはこの魔法検査結果と身体能力検査を参照して、ギルドを訪れた人たちに職業や依頼を斡旋することを主な仕事としているんですよ」
「そ、そうですか」
複雑な内容に頭をフル回転させながらなんとか話についていく。
「では、手をかざしてみてください」
豹は言われたように卓上の装置に手をかざす。
すると、手のひらに向かって全身から何かが流れていくような感覚を覚える。
だが、そんな感覚も十数秒で消えた。
だが、今度は全身から集められた何かが一気に放出されていく感覚が襲った。
一気に訪れる倦怠感。
急な違和感に足元がおぼつかなくなるが、なんとか気合で踏ん張る。
その様子を見たマリアは装置を手元に戻し、何やら操作を行っている。
何が起こっているのかを豹が理解する間もなく、装置から球体が出現した。
「うわっ!」
「これが、アラレさんの魔力です」
「これが、魔力…?」
目の前には人の顔ほどの白い球体が装置の上で浮かんでいる。
こんなものが自分の体内に存在していたことに純粋に驚く。
「魔力量はかなり多い方ですね。ですが、この色は…?」
「どうした?珍しいのかこれ?」
当惑するメリアにレアヌスが物珍しそうに球体を眺めながら話しかける。
「ええ。氷属性の色でもなさそうですし、どの属性なんでしょう…?」
「あの、属性って?」
ふとメリアが口に出した「属性」という単語が気になり、メリアに訊ねる。
「あ、すみません。まだ説明の途中でしたね」
「マナは主に火、水、風、土、雷、氷の6つの属性のどれかを帯びています」
「また、光と闇の属性もあるんですが珍しい属性なので説明は省きます」
「問題はアラレさんの属性が何なのかということなのですが、正直に申し上げますと私にはわかりません」
「氷属性や雷属性には白みがかったマナはありますが、ここまで真っ白なマナは見たことがありません」
「さっき言っていた光属性ではないんですか?」
「光属性の場合、マナが光を放つんですよ」
「じゃあ違いますか」
「なら一体これは何の属性なんですか…」
あれやこれやと考えているうちにより一層倦怠感が増し、豹は思わずカウンターに両手をつく。
「あ、すみません!すぐに戻しますね!」
マリアは慌てて魔力装置を操作し、白い球体は跡形もなく消えた。
と同時に、身体の中に一気に何かが戻ってきたような気がした。
「これで大丈夫です。楽にしてもらって大丈夫ですよ」
そういわれると、先ほどまであっただるけや目まいが後を引くことなく無くなった。
「先ほどアラレさんが感じていた症状はマナの不足によるものです」
「マナが不足すると体がマナを求めて魔力機関を酷使してしまい、結果として先ほどの症状につながるのです」
「今後魔法を使うことがあれば、ぜひ注意しておいてください!万が一のことがありますので」
強く念を押すメリアに豹は咄嗟に首を何度も振る。
「一応言っておきますが、絶対に魔法は使用しないでくださいね!」
「え、は、はい」
メリアの様子に違和感を覚える。
よく見ると、メリアの表情からは先ほどまでの笑顔は完全に消えていた。
「魔法を知識も持たず安易に使用すると何が起きるか分かりません!ですので、絶対にしないでください!」
先ほどまでの柔らかく優しい様子から一変した口調で、苦しそうに警告するメリアに豹は震駭した。
そんな豹の様子を見てメリアは我を取り戻したのか、小さくせき込んだ。
「すみませんでした…。急に大声を出してしまって…」
先ほどと明らかに違う様子に動揺を隠せない豹。
何か声をかけるべきか考えていると、大きな手が豹の顔を鷲掴んだ。
「よし、じゃあ俺は今からこいつを連れてちょっくら出かけてくるわ。何か分かったらまた教えてくれ」
レアヌスはメリアに微笑み、豹を連れてギルドを後にした。
メリアの表情は二人が出て行った後も晴れることはなかった。
今回は新たに「メリア」という女性が登場しました。
補足するとメリアは高身長で明るい感じの女性をイメージしてます。
そんな彼女が終盤に見せたあの様子は何だったのか…。
そして主人公のマナはなぜ「白」色なのか…。
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