6.襲撃
軽く自己紹介を終えた俺たちは、次に行く場所を相談しあった。
アルメイア王国に戻ることは、最初から選択肢に入っていなかった。
まだフィレーネを襲った人攫いが彷徨いている可能性が高いし、あそこはまだ勇者降臨祭の真っ最中だ。俺もそうだが、フィレーネは特に勇者と会いたくないだろう。
「一先ずは東に向かおうと思う。いくつかの村や街を転々としながら、アルバート王国を目指したい」
「そこは、レイジさんが拠点にしていた国ですか?」
「ああ、そうだ。勇者パーティを追放されたからな。あの聖女の手ですでに通達は行っていると思うが、正式にパーティから除外されるためには直接国王と話す必要がある」
ついでに依頼報酬も受け取らないとな。
依頼は完遂することが出来なかったが、国を出る前に払われた前金を国王に預けたままだったんだ。今後、二人で旅を続けていくには必要な費用なので、なるべく寄っておきたい。
「すまん。俺の都合で付き合わせてしまって」
「い、いえっ……! グレンさんについていくと言ったのは私ですから、あの……気にしないで、ください」
「……そう言ってもらえると助かる。だが、行きたい場所があったり、逆に行きたくない場所があったりしたら、遠慮せずに言ってくれよ? これは俺『達』の旅なんだから」
遠慮せずに意見を言い合える。
それが『仲間』ってものだ。
「……はい。やっぱり……レイジさんは優しい、ですね……」
「ん? 何か言ったか?」
フィレーネはまだ緊張しているのか、距離は遠い。
そのうえ下を向いてボソボソと喋るものだから、俺の名前を呼んだところしか聞き取れなかった。
気になって聞き返すと、「なんでもありませんっ!」と叫ばれた。初めて聞いた彼女の大声に驚いたが、そんなに顔を真っ赤にしてどうしたんだ?
「ま、まぁ……そろそろ移動しよう。こんな薄暗い森よりも街の方が安全だからな。……もう動けそうか?」
「問題ありません。昨晩は、レイジさんのおかげでゆっくり休めましたから」
昨日は熟睡だったからな。フィレーネの疲れが癒えたのであれば、こっちも夜通し見守った甲斐があるってものだ。
それを指摘すると、フィレーネは恥ずかしそうに顔を俯かせて、今にも消えそうな弱々しい声で謝罪の言葉を口にした。
「後で必ず、お礼をします……」
「気にしなくていいぞ。火の番には慣れているからな」
「そういう問題では……! っ!」
途端に立ち上がり、とある一点を凝視するフィレーネ。
俺の背後に何かあるのかと聞こうとしたところで、俺も彼女が察した違和感の正体に気づく。
『……グルルル』
地を這うような唸り声。しかも複数の声だ。
やがて茂みの中から怪しく光る無数の目が現れ、そいつらはゆっくりと近づいてきた。
群れで行動しているのか、すでに囲まれている。
「……俺の近くに」
フィレーネを守るように近くへ寄り添い、剣の切っ先を向けて牽制する。
だが、おかしいな。
魔物ならまだしも、こいつらは普通の獣だ。
獣除けのための焚き火をものともしないなんて、今までなかった。そのせいで獣の接近に気付くのが遅れてしまった。いつもは何者だろうと即座に気配を捉えられたのに……気が抜けていた証拠だ。
…………いや、今はフィレーネを守ることが先だな。
「絶対に俺の側から離れるなよ」
「……は、ぃ」
観察している間に、獣の数が判明した。
計10匹。かなりの大所帯だが、対処出来ない数ではない。
「……、チィッ!」
考え事をしている隙を狙って、獣が襲いかかってきた。
俺は咄嗟に剣を逆手に持ち変え、牙をいなしながら脇腹を切りつける。これで敵わない相手だと悟って逃げてくれれば嬉しいが、そのような淡い期待は見事に裏切られた。
「【炎熱よ、薙ぎ払え】」
手のひらから飛び出した炎が地面を焼く。
獣はそれに怯えた様子もなく、勢いを殺さぬまま炎を飛び越えた。周囲の木々に燃え移らないようにと威力は控えめにしたが、火を怖がる獣が一切臆することなく突っ込んでくるなんてあり得るのか?
「…………この子達、怖がってる」
「なんだと?」
やるしかないと覚悟を決めた時、フィレーネはゆっくりと獣達へと歩み寄った。
「フィレーネ! 危険だ!」
「大丈夫です。この子達は、悪い子ではありません。……私に、任せてください」
威嚇する獣に臆することなく、フィレーネは奴らの目の前に到達する。
「…………グルル……」
「大丈夫。私はあなた達の味方だから」
俺は、気が気ではなかった。いつ襲われてもおかしくない距離にフィレーネは居る。
いつでも助けに入れるよう、魔法の詠唱を済ませておく。
彼女の言葉を信じていないわけではないが、それが絶対に大丈夫だという確証があるわけではない。万が一という場合もあるから、最悪の事態に備えることは大切だ。。
「何があったのか教えて?」
「グゥゥゥ……」
そして、信じられないことが起こった。
それまで気性の荒かった獣達が、フィレーネに平伏しておとなしくなったのだ。
何かの魔法かと疑ったが、彼女が魔力を使ったようには見えなかった。何か不思議な力があるのか、もしくは……。
「テイマー、か……」
冒険者には珍しい職業を名乗っている者がいる。
その中の一つが『テイマー』だ。動物と魔法契約を交わして使い魔にすることで、その力を使役する。
例えば鳥と契約して上空へと飛ばし、視覚を共有することで広範囲の索敵が可能だったり、力のある動物を使役して荷物を運ばせたり。動物によっては戦闘の助けにもなる。そのような便利性に長けたのがテイマーという職業だ。
だが、フィレーネのそれとは違うような気がする。
先程も言った通り、テイマーは魔法契約を使うことで動物を使役する。
しかし、彼女は一切魔法を使っていなかった。ただの言葉のみで動物を使役するなんて、可能なのか?
「レイジさん。この子達が怯えている理由が分かりました」
「っ、本当か!?」
テイマーと使い魔は、魔法の糸で心を繋げることが出来る。
獣達の異常行動の理由が分かったということは、彼女は獣と心を通わしたのだろう。魔法を使っていない理由は不明だが、やはりテイマーで間違いないようだ。
「この子達は元々居た住処を凶暴な魔物に奪われ、逃げてきたようです」
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