4.二人で食べる朝食
「おはよう、ございます……」
朝日が昇って辺りが明るくなり始めた頃、少女はテントから出てきた。かなりぐっすり眠れたらしい。その顔はまだ夢うつつで、動きもふわふわしていて危なっかしい。
だが、残念なことに警戒態勢は未だ継続中らしい。
しっかりと目元深くまでフードを被っているし、俺の視線に気付くたびに体をビクつかせている。一日程度で信頼を得られるとは思っていなかったが、ここまであからさまだと少し悲しいな。
「おはよう。まずは顔を洗って目を覚ましたほうがいいな。水を用意してやるから少し待ってくれ」
「…………はぃ。ありがとうございま、ふ……ぁぁぁ」
朝が弱いのか、大きな欠伸を一回。
俺はそんな彼女に苦笑を返し、冷水を入れた桶を渡す。
「っ、冷たい」
「目が覚めただろう?」
「………………」
ちょっとムッとした顔にも愛玩動物のような可愛さがあって、見ていて癒されるな。
「目が覚めたらまずは飯だ。体が冷えているだろうから、温かいシチューを作っておいた」
少女は器に入ったシチューを凝視している。
「毒は入っていないから安心してくれ。……あ、苦手なものがあれば無理して食べなくてもいいぞ」
「…………いただきます」
恐る恐るといった様子で、少女はシチューを掬って口に運ぶ。
そして、衝撃が走ったように目が『カッ!』見開かれる。何かあったのかと心配になったが、どうやらそれは杞憂だったらしい。少女は夢中で腕を動かし、掻き込むようにシチューを食べ始めた。
「美味しい、です……!」
「それは良かった。だが、あまり慌てて食べ過ぎると喉を詰まらせ──」
「っ〜〜〜〜!?」
「ああ、ほら、言わんこっちゃない」
動作がいちいち可愛くて面白いな、この子。
「落ち着いて食べろ。シチューはいくらでもあるから」
「…………(こくこくっ)」
その後少女は二回ほどおかわりを願い、三杯目にしてようやく器を置いた。
鍋の中身はほとんど残っていない。どうせだから昼の分も……と念のために多く作っておいて正解だったな。
「ごちそうさまでした。……あの、食べすぎてしまって……ごめんなさい」
「それだけ腹が減っていたんだろう? あれほど夢中に食べてもらえると、作った甲斐があるってもんだ。だから気にするな」
パーティにいた頃は俺が料理を担当していたが、これまで一度も「美味しい」の言葉をもらうことはなかった。……美味しそうに食べてもらえるって、こんなに嬉しいものなんだな。
世の中の料理人の気持ちが少し分かったような気がする。
「使い終わった食器を渡してくれ。片付ける」
「あ、私も、手伝います……」
「助かる。それじゃあ、食器の水分を拭き取ってくれるか?」
「はいっ!」
…………良い子だな。
まだ警戒心は消えていないが、受けた恩は返そうと自ら手伝いを申し出てくれる。
こうやって誰かと肩を並べて作業するのは、何時ぶりだろう。
少女の手伝いのおかげで片付けはすぐに終わった。
食後のお茶を楽しみつつ、そろそろ良い頃合いかと思った俺は「さて」と話を切り出した。
「今更だが、自己紹介がまだだったな。俺はレイジ。君は?」
「フィレーネ、です。……あの、レイジ、さん……昨日は助けてくれて、ありがとうございました」
「どういたしまして。あの悪漢から助けるためとはいえ、急に王都を飛び出して悪かったな」
「い、いえっ……! 最初は驚きましたが、おかげで助かりましたから……」
「そう言ってもらえて良かった。ああいう輩は執着すると面倒だからな。強引に引き剥がす必要があったんだ」
どこかの建物に逃げても、中々諦めないのが悪漢の面倒なところだ。
なら、そいつらが追って来られない場所まで逃げてしまうのが一番得策だった。
「フィレーネ。昨日は何があったか、教えてくれるか?」
「っ、……」
途端に少女は表情を曇らせた。
「悪い。言いたくないなら、別に」
「…………いえ。言います。レイジさんなら大丈夫だって、みんなが教えてくれたので」
みんな? それは誰のことだ?
と、そう聞くより先に、フィレーネはフードへと手を伸ばし……ついに彼女の顔が見えるように。
「……!」
息を飲む。
彼女の顔自体はフードからチラリと見え隠れするところがあったので、大体は分かっていた。とても美しい顔だ。見た目は16歳くらいか? まだ若干の幼さは残っているものの、俺が今まで出会った女性の中で一番と言っても間違いない魅力に、俺は一瞬、見惚れてしまった。
その美しい尊顔もそうだが、最も目を引く彼女の特徴は、鋭く尖った耳だろう。
…………そうか。そうだったのか。
「フィレーネ。君は──エルフ、なんだな」
次回の更新は明日の10時です。
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