3.野営
森の中を走り続け、開けた場所に出たところで少女を降ろす。
「ここならもう大丈夫だ。準備をするから適当な場所に座っていてくれ。……ああ、あまり離れすぎるなよ。いざという時に助けられないから」
少女が小さく頷いたのを確認してから、俺は野営の準備に入った。
まずは簡単な焚き火からだ。
枝は周囲の木々から頂戴すればいい。火を付ける程度なら簡単な魔法で十分だろう。
焚き火で一番大変なのは火の管理だ。必ず誰かが火の番をしていなければ当然火は消えるし、季節によってはそれが原因で凍えて死にかける……なんてことも珍しくない。
まぁ、それは俺が請け負う。
火の番は慣れているからな。過去にこう言ったことは何度もしてきた。勇者パーティにいた頃なんて、交代せずにずっと俺が火の番をしていたから、夜通しなんて今更だ。
「さて、と……」
火を付け終わったら、次はテントの設営だ。
別に俺は野ざらしで寝ても構わないが、大体の女性はそれを嫌がる。周りには魔物の気配も多く感じられるし、その中で横になるのは少女も安心できないだろう。テントで守られているだけでも気持ちは楽になるはずだ。
腰に下げたポーチの中から、テントを取り出す。
これは『収納ポーチ』という荷物袋だ。中には魔法で異空間が広がっていて、見た目以上に物を収納出来る便利な道具だ。ポーチがあるおかげで他の荷物を持つ必要が無くなるから、絶対に持っていて損は無い。……まぁその分値段は高くつくが。
慣れた手つきでテントを設営し、魔物除けの結界を張って完了だ。
少女はどうしているかと視線を移せば、言われた通り近くにあった切り株に腰掛け、こちらをジッと見つめていた。まだ状況を理解出来ていない様子だ。
……警戒もされているな。
まぁ、これに関しては仕方ない。
「追っ手はここまで来れないはずだし、魔物の警戒は俺がしておく。今日はもう休め。ゆっくり眠って疲れを癒すといい」
「……あ、え……あの……」
「いいから。ここは俺に任せておけ。こうして関わった以上、必ず守ってやるからさ」
何か言いたげな少女を半ば強引にテントへ押し込み、おやすみと言って入口を閉じる。
しばらく中で動く気配はあったが、すぐに静かになった。
…………。
……………………。
……………………………………。
「……はぁ。何やってんだ、俺」
落ち着いたら急に頭が冷静になり、俺は、俺のしたことを思い出して頭を抱えた。
名前も顔も知らない相手だ。
少女が追われていた理由も聞いていない。
仕方ないことだったとは言え、どうして俺は初対面の女性と野営をしているんだ?
「でも、見過ごすことなんて出来ないもんなぁ……」
少女を助けたこと事態、何も問題はない。
咄嗟に王都を出たことも、別に構わない。基本的に荷物は収納ポーチに仕舞ってあるし、勇者パーティから追放を言い渡された以上、王都に居続ける理由もない。いつでも旅立てる準備は出来ていた。
何も、問題は無いはずだ。
「うーむ…………ま、いいか」
『考えるより先に行動しろ、このウスノロが』
この言葉は俺の師匠の言葉だ。
昔から難しく考えることは苦手だった。
だから、俺は師匠の言葉通りに生きようとしていた……が、それを込みにしても今回の件は思い切りが良すぎだな。
だが、あそこで無視をすれば俺は一生後悔する。
ついでに師匠からもぶん殴られるだろうな。
女の子を守らない奴は男の恥だ! って、そう言われる未来が容易に想像できる。
「はぁ……明日、彼女から色々教えてもらうか」
まずは名前からだ。
まだ若干警戒されているとしても、俺はあの子を助けたんだ。名前くらいは教えてくれるだろう。
……………………教えて、くれるよな?
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